命を狙った皇帝のお飾り妃になりました―この謎、私が解決いたします―

由羅は眠れずに、もう何度目かの寝返りを打った。
眠れない原因は明白である。

「結局、事件はどうなるのかしら」

夜になって、凌空が碧華宮に戻ってきたので、ようやく全員で事件について話すことができた。
梓琳の証言により、今回の妃候補怪死事件は魯楽雲の指示によるものだと分かった。
それに状況的に考えても、楽雲が主犯であることは間違いないだろう。
これで事件は解決、そう思った由羅の考えに反して、事はそう簡単に済む話ではなかった。

今回の怪死事件は被害者が全員病死扱いになっており、公での捜査は既に打ち切られている上、このまま楽雲を単純に捕らえても紅蘆派の妨害が入るのは目に見えている、というのが紫釉の考えだった。
それに対し凌空も泰然も同意を示した。

(もっと言い逃れできないように綿密な計画を練る必要がある、か……)

由羅は紫釉の言葉を思い出しながら反芻した。
犯人が分かっているのに逮捕できないもどかしさ。
だが由羅ができるのは、たぶんここまでだ。
これで事件は一旦解決を迎えることになり、あとは証拠固めをして楽雲を断罪するのは紫釉たちの仕事になる。

つまり、「怪死事件が解決するまでお飾り妃の役目を引き受ける」という紫釉との約束は果たされたことになる。
これで、由羅は晴れてお役御免となり、この碧華宮を出て宇航たちの元に戻れる。
嬉しいはずだ。
なのだが……どうしてか心から喜べないでいる。

(どうして……? ここから出るために怪死事件を解決しようとしていたはずなのに)

目を閉じると何故か紫釉の顔が浮かんだ。
ここを出たらもう紫釉とは会えなくなる。
そう思うと胸がぎゅっと締め付けられた。
その胸の痛みに由羅は驚いてしまう。
だがなぜそうなるのかは、やはり分からない。

(なに今の? 変なの……)

たぶんずっと事件を追って疲労がたまっているのだろう。
早く寝たほうがいい。
そう思って目を閉じて、しばらくするとようやく眠りが訪れ、うとうとと意識がなくなっていくのを由羅は感じていた。
このまま眠りに身を委ねようとした時だった。
その瞬間、人の気配がして一気に覚醒し、目を開けた。

窓の外に複数人の人の気配。
それは普通の人間には感知できない気配であるが、由羅は曲がりなりにも黒の狼として訓練されている。
由羅は相手に気取られないように、枕の下に忍ばせていた短刀を握る。
そして刺客が窓枠に足を掛けたと同時に、それを素早く放った。

「うっ」

小さな呻き声と同時に、人が崩れ落ちる音がした。
それを聞くか聞かないか。
由羅は勢いよく布団を剥ぐと、壁に掛けていた剣をするりと抜いて構えた。

「!!」

予想外の攻撃に一瞬だけ刺客が動揺を見せた。

「偶然だ! 女一人、抵抗などできるはずない。殺せ」

その声で刺客の一人が部屋へと侵入してきた。
黒い外套の下から双剣が見えた。
男はそれを構える。
刀剣が月明かりに照らされて鈍く光った。

「はああ!」

刺客は床を蹴って勢いよく由羅へと迫る。
その攻撃を、由羅は正面から受け止めた。
男は怯むことなく攻撃を繰り返す。
双剣だけあって、息をつかせぬ攻撃で、由羅は防戦一方となった。

「はっ!」

由羅は身をかがめて攻撃を避けると、足払いをした。
体勢を崩した刺客に今度は上段回し蹴りを食らわせた。
反動で男が倒れ込む。
陶器と家具が壊れる音が派手に室内に鳴り響いた。

「くそっ! なんだこいつは! ……全員でかかれ!」

(相手は4人……室内で戦うのは無理だわ)

由羅は隙を見せることなく剣を構えつつ、対応を考えていると、部屋の扉が乱暴に開いた。
そして息を切らせて現れたのは紫釉だった。

「由羅! ……これは!」

そう言った紫釉だったが、部屋の状況を瞬時に把握したらしい。
闖入者の登場に驚く刺客たちだったが、そのうち2人がすぐさま標的を紫釉に変えた。
だが紫釉はその攻撃を容易に受けた止める。
室内での戦いは不利だ。
このまま乱闘になれば、互いに互いの攻撃を邪魔する形になってしまう。
それに相手は複数人。
いくら紫釉でもまともに戦って勝てるかは分からない。

(標的は私だわ。ならば!)

由羅は窓から身を躍らせ、外へ出た。
案の定、刺客の一人が由羅を追ってくる。
由羅は屋敷から離れると、くるりと急に方向転換し、追ってきた敵に向き直ると、そのまま地面を蹴って飛躍する。
そして加速をつけながら、その勢いのまま剣を振り下すと、相手もまた地面を蹴って真っ向から剣を受けた。
剣が交差し、火花が散る。
そのまま打ち合う事数度。
剣戟の音が月下の元に響き渡った。
相手よりも早く剣を振るう由羅の攻撃に、男は次第に押されていく。

「たああああっ!」

由羅は大きく振りかぶり、一際強く剣を振り下ろす。
刺客はその剣を弾くと、そのまま飛躍して距離を取った。
そして再び体勢を整えて突っ込んできた。
由羅はそれを右に薙ぎながら防ぎ、その反動で一回転しながら反撃する。
回転により加速度が付いた剣に、相手が剣もろとも吹き飛んだ。
地面へと叩きつけられた刺客は、そのまま二度三度と転がり、そのまま動かなくなった。
由羅は倒れた刺客を一瞥すると、小さく息をついた。

だが、安堵したのも束の間。
すぐに殺気を感じてそちらを見ると、壁の上にもう一人の刺客がいるのが見えた。
その刺客は跳躍し、由羅の前に降り立つ。
由羅と刺客は示し合わせたように走り出した。
互いに様子を窺いながら並行して走る。
隙を見せればすぐに攻撃が来るだろう。
そして由羅もまた、仕掛ける機会を窺った。

こういう場合、初手で仕掛けるのは暗殺者の基本である。
そうしなければ防戦一方になることが目に見えているからだ。
暗殺の場合にはいかに早く相手を仕留められるかにかかっているからだ。
長引けば援軍が来てしまい、数的不利になる。
だから、相手が先に仕掛けるであろうことは分かっていた。
こちらは寝所から出たばかりで、持っている武器はこの剣一つ。
たぶん相手は暗器を持っているが、由羅はこの剣だけで対抗する必要がある。

(さぁ、動きなさい!)

そして由羅の読み通り、相手が動いた。
数本の飛刀(くない)が飛んでくる。
足に力を込めて急停止すると、目標を失った飛刀のいくつかが由羅の目の前の地面に突き刺さった。
それでも刺客はすぐ目標を修正して再び飛刀を放つ。
だが、由羅は冷静にそれを弾いた。
金属音が闇夜に響く。

(この場合、死角に回り込むはず)

これも定石だ。
由羅は相手の攻撃を先読みすると、相手の攻撃よりも先んじて地面に刺さった飛刀を素早く取り、逆に投げつけた。
ひゅっという音と共に飛刀は男にまっすぐに向かっていく。
由羅の攻撃があまりにも滑らかで、そして速かったことに、男は驚いて息を呑んだ。
しかし次の瞬間には、男の胸と首に飛刀が刺さり、男はその場に崩れ落ちた。
耳を澄ませば、屋敷の方から聞こえていた剣戟の音も止んでいる。

(紫釉様はどうなったの?)

由羅の脳裏に紫釉が血を流して倒れている姿が浮かんだ。
そう考えると由羅の胸がざわついて、一刻も早く紫釉の元へ戻らなくてはという焦燥感にかられた。
だが全速力で紫釉の元に戻った由羅が目にしたのは、全ての敵を倒した紫釉の姿だった。
よく見ると、その傍らには由羅が最初に倒した刺客を、駆け付けた泰然が縛り上げていた。

「紫釉様、無事だったんですね」
「由羅!」

紫釉がひどく心配そうに眉を下げて駆けて来た。
そして由羅をぎゅっと抱きしめた。
突然の抱擁に由羅は驚き、反射的に身を引こうとするが、強い力で抱きしめられて逃れられない。

「無事でよかった……」
「そんな、この程度なら大丈夫ですよ。一応黒の狼ですしね。それにそれは私の台詞です。お怪我はありませんか?」
「ああ、俺は大丈夫だよ」

由羅は紫釉の背をぽんぽんと安心させるように軽く叩くと、ようやく紫釉が体を離してくれた。
だが、由羅の腕に目を留めたかと思うと悲壮な声を上げた。

「って由羅! 怪我してるじゃないか!」
「? あぁ、気づきませんでした。このくらいかすり傷ですし、痛くないので平気です」

戦っている時、刃物が掠ったようで、由羅の腕の着物が切れている。
そしてその肌にはうっすらと血が滲んでいた。
それを見た紫釉はその傷口に口づけると、ちゅうと吸い上げた。
紫釉の唇の柔らかさを感じ、由羅の顔が瞬時に赤くなった。

「!? な、何するんですか!?」
「消毒だよ。綺麗な肌に傷がつくなんて。傷が残らないようにちゃんと止血しなくちゃ」

そう言って再び傷口に唇を寄せようとする紫釉を由羅は体を押し返してなんとか阻止した。

「大丈夫です! 平気です! 気にしないでください!」
「遠慮しなくていいんだよ?」
「遠慮してません!」

そんなやり取りをしていると、縛られていた刺客が悔しさを滲ませて吐き捨てるように言った。

「くそ……聞いてねーよ。なんだって妃がこんなに強いんだよ」

苛立って歯噛みしている刺客を、紫釉は凍てついた氷より冷たい目で男を見下ろした。

「さぁ、吐いてもらおう。依頼主は誰だ」

先ほどまでの紫釉とはまるで別人のように、由羅が今まで聞いたことの無いほどの底冷えする声で紫釉は言った。
刺客が黙っていると、紫釉は男の首筋に剣を突きつけ、薄く傷つけた。
なぞった後からつぅと微量の血が流れ落ちる。

「今ここでお前の首を刎ねても俺は構わない。あぁ、それよりも死んだ方がましだと思える拷問でもするか」

紫釉の眼差しは冷たく、見るものを凍らせるほどの静かな殺気が込められている。
さすがの刺客もその表情を見て、ごくりと唾を呑み込んだあと、吐き捨てるように言った。

「魯家のご当主様だ。魯楽雲とか言う男だよ」

その言葉を聞いた紫釉は、底の見えない冷笑を浮かべたあと、泰然に命じた。

「せっかくの好機(チャンス)だ、この機を利用することにしよう。泰然、今すぐに楽雲を捕縛してこい」
「どういうことだ?」
「現状、怪死事件については楽雲を公に捕縛することはできない。しかし、妃暗殺を企てた罪ならば、捕縛することができる。由羅の暗殺未遂について詮議しながら、怪死事件にも追及して、断罪することができるな」
「なるほど。そして、結果、楽雲に刑罰を科すことができるってことか」

紫釉は頷くと、誰を見るわけではなく睨みつけるような眼差しのまま吐き捨てるように言った。

「由羅を傷つけ、あまつさえ殺そうなどと、殺しても殺し足りない。死にたいと思えるほどの罰を与えてやる」

こうして、その日の深夜、() 楽雲(がくうん)は翡翠妃殺害未遂の罪で捕縛された。