命を狙った皇帝のお飾り妃になりました―この謎、私が解決いたします―

善は急げ。
思い立ったが吉日。
捜査に加わることになった由羅は、さっそく行動を起こした。

まず、死因について気になることがあったことから検死官に直接話を聞くことにした。

「泰然様、付き合わせてしまってすみません」
「まぁ仕方ねーよ。凌空のやつも、あれで忙しいからな」

それは一国の宰相ともなれば多忙を極めているのは当然だろう。
ましてや皇帝である紫釉が由羅を案内するなど言語道断である。
結果、消去法で泰然が由羅に付き添うことになったのだ。

本当は由羅に断固としてついて行くと主張した紫釉だったが、凌空に首根っこを掴まれて執務室に連行されて行った。

「お前一人で行動させるわけにはいかないし、かといって他の女官を捜査に加えるわけにもいかないからなぁ」

捜査に加わることになったものの、女である由羅が刑部官吏に混じって捜査するのは難しい。
ということで、今日は由羅は女官の格好をして泰然と共に検死官のいる典薬寮へと向かっていた。

(死因についてばかり気になっていたから忘れていたけど、そもそも容疑者の目星はついているのかしら?)

噂だと筆頭五家のうち、劉家が怪しいとは聞いたが。
そう思った由羅は道すがら泰然に尋ねることにした。

「そういえば、容疑者の特定はできていますか? 聞いた話だと、筆頭五家のうち劉家が最も疑われているそうですが」

確か、劉家の当主は(りゅう) 董夜(とうや)という人物だった。
やはり彼が容疑者なのだろうか?

「まぁ、普通に考えればそうだよな。今も聞き込みと裏取り作業を続けてるけど、一括りに劉家の人間と言っても、末端まで含めたら相当の数がいるからなぁ」

「じゃあ、当主である劉 董夜は容疑者として浮上してないのですか?」

「奴は紅蘆派だからもちろん怪しいとは思っている。だけど劉 董夜と被害者の4人との直接的接点はないし、奴が直接手を下すってのは考えにくい。やっぱり実行犯を見つけて、口を割らせるしかないだろうな」

「そうですか……」

確かに劉家当主がこの事件に関与している証拠は簡単には見つからないだろう。
そうだったら、さっさと解決できているはずだ。

「それで俺たちは被害者の周辺に劉家の人間が接触していなかったかの聞き込み調査をする一方で、殺害方法を探るという二つの観点から犯人の特定を進めることにしているんだ」

「確かに、殺害方法が分かれば、それを足掛かりに犯人の目星もつきますね」

ならば、由羅はまず殺害方法を明らかにする方から犯人を追及することにしよう。
そんな話をしていると、一つの門の前で泰然が足を止めた。

「ここが典薬寮だ」

典薬寮は皇城内で働く官吏や女官などに対して医療行為、薬の調合、そして薬の研究を行う官庁である。
それゆえ敷地の中を歩いていくと、薬草の畑があったり、薬を調合している建物があった。
そして、一番奥の建物に入ると、酒の匂いと漢方薬の匂いが混じった複雑な香りが鼻を突き、由羅は思わず鼻を覆った。

「!?」

「あぁ、けっこうここの匂いって驚くよな。奥のほうで外傷の処置をしたりするから、消毒のために酒を使うせいらしいぜ」

泰然の説明になるほどと納得していると、奥からぱたぱたと足音を立てて小太りの男性が駆け寄ってきた。

「趙大将軍、どこかお怪我でもされたんですか!?」
「あ、いや。今日はケガで来たんじゃねーんだ。蘭陵(らんりょう)いるか?」
「あぁ、蘭陵ですね。少々お待ちください」

小太りの薬師の言葉に由羅は目を見開いて泰然を見上げた。
その反応に泰然は怪訝な顔をする。

「んだよ」

「そういえば、泰然様って大将軍でしたね……」

大将軍といえば軍の最高指揮官であり、文武に優れた人物が務めるものだ。
だから威厳のある、いかつい人間がするものだと思っていた。
だからそれとは大きく異なる泰然が大将軍だったことに、由羅は驚きを隠せなかった。

そう言われれば、皇帝である紫釉や宰相である凌空と共にいるし、しかもため口を聞いている。
そう考えれば大将軍だというのも納得できる。

だが、やはり威厳というものは見られないのは事実だ。

「んだよ。らしくねーって?」

「いやぁ……」

何と答えるべきか分からず、由羅は目を泳がせて口を閉ざして誤魔化した。

「お前なぁ」

泰然が口を開いて文句を言いかけたその時、奥から涼やかな声が響いた。

「泰然様、私に何か用か?」

やって来たのは色白の青年だった。
切れ長の目に涼やかな目元、髪の毛を高い位置で一つにまとめて括って着物の上に白衣を纏っている。
細い眼鏡をかけていて、その奥から覗く瞳は温かみが無く、冷たさを覚えるほどだった。
醸し出している空気も、決して由羅たちを歓迎しているものではないように感じられた。
その青年の様子に由羅は一瞬戸惑ったが、泰然は全く気にした様子もなく、笑顔で青年に応じた。

「おう、蘭陵。忙しいところ悪いな。……実は、例の件でいくつか聞きたいことがあるんだけどちょっといいか?」

“例の件”で通じていることから、彼が怪死事件の検死官なのだろうか。

そう思って蘭陵を見ていると、逆に蘭陵が由羅の顔を一瞥して泰然に尋ねた。

「彼女は?」

「協力者だ。大丈夫、身元は俺が保証する」

普通なら女の由羅が協力者であることにもっと疑問を持つかと思ったが、蘭陵は泰然の言葉に反応するわけでもなく、無言で奥へとつかつかと歩き出してしまった。

由羅はそれに驚いて泰然を見ると、彼は苦笑しながら蘭陵の背を追って歩き出した。

「ちょっと変わり者だけど、検死の腕と薬学の知識は確かだぜ」

「はぁ」

蘭陵に導かれるようにして入った個室の中には、うず高く積まれた書物に囲まれて、書卓が置いてあった。
椅子に座った蘭陵は大仰に足を組むと、ふうと息をつきながら背もたれに体を預けた。

そして腕を組んで由羅たちを斜めに見た。

「それで、何を聞きたいのか?」

無愛想な口ぶりに少し戸惑いながら、由羅は自分から話していいのか確認するために泰然を見上げた。
泰然が小さく頷いたのを確認して由羅は自分の疑問を確認することにした。

「今回の被害者の検死結果についていくつか質問させてください」

「……君が?」

蘭陵は瞬間目を見開いて驚いた表情を浮かべたが、それも一瞬のことで、黙って由羅の言葉を待った。

「凌空様から、今回の被害者の死因はまだ断定できていないと伺いました。ですが検死結果からは毒殺の疑いが濃厚に見えます」
「そうだな。すべての可能性を排除すると中毒死の可能性が高い。だが、決め手に欠ける」
「それは紅玉薬に毒性がないからということでしょうか?」
「あぁ。あれは、他の貴族女性も口にしている薬だ。毒性がないと考えるのが普通だろう」

その言葉に泰然が思い出したように確認を口にした。

「そういえば依頼していた結果は出たのか?」

「あぁ、他の3人の紅玉薬に毒が入ってたのではという話か。調べた結果、彼女たちが飲んだ紅玉薬には毒は含まれていないことが確認できた。もちろん、彼女たちが薬を飲んだ時に使用した杯にも毒は付着していなかった」

「ということは、やっぱり紅玉薬が原因じゃないってことか」

泰然が眉間に皴を寄せてそう言うと、片手で頭を押さえて項垂れた。
紅玉薬に毒が仕込まれていれば、捜査はもっと容易に進めると踏んでいたからだろう。
由羅はその様子を見ながら考え込んだ。

(そういえば、特定の食べ物で嘔吐する人間がいるって聞いたことがあるわ)

大陸の西の端で書かれた有名な医者書に「牛乳で嘔吐、下痢、じんま疹を起こす人間がいる」という記述があると聞いたことがあった。
確か免疫過敏反応(アレルギー)と言っただろうか。

昔、黒の狼の仲間にも、卵を食べると体に紅斑が出て嘔吐した者がいて、崔袁が医者に診せたところ、食べ物によって体が異常反応を起こす人間がいると説明してくれたのを思い出した。

「あの、体質的に紅玉薬に反応する方だった……という可能性はありますか?」

「その可能性は低いだろうな。確かに特定の食べ物に体が異常反応する人間はいるが、妃候補4人だけがその体質で死亡しているというのは偶然にしてはできすぎている」

「まぁ、確かにそうですよね」

4人だけが同じ食べ物に対して拒絶反応を示す体質だったとは考えにくいだろう。
だが、念のために確認しておく必要はあるだろう。
そう考えた由羅は、そのことを泰然に依頼することにした。

「泰然様、一応ですが4人の妃候補の方が何かを食べて体に異常があったことがあるかを侍女に確認してもらってもいいですか?」
「分かった。あとで刑部に調べさせる」
「お願いします」
「まぁ、なんにせよ紅玉薬が原因ってわけじゃないっぽいな」

泰然の言う通り、これまでの流れだと紅玉薬を飲んだことで死亡したとは考えにくいだろう。
ならば、それ以外の毒で死亡したことになる。

「あ、そうだ! そもそもの話なのですが、紅玉薬以外に毒を盛られたという可能性はないのでしょうか?」

死ぬ直前に口にしたのは紅玉薬だが、その他に口にしたものがあったのかもしれない。
だが、それについても蘭陵はゆるく首を振って否定した。

「ないだろうな。今回、死亡時の状況を聞いた限りでは呼吸困難により死亡したという線が濃厚だろう。呼吸困難となる毒としては毒芹(どくせり)福寿草(ふくじゅそう)が考えられるが、彼女たちがそれを食べたという報告はない」

蘭陵の言葉を裏付けるように、泰然も言葉を続けた。

「刑部からの報告でも、死ぬ前に食事をしていたわけじゃないみたいだ。だから食べ物に毒が入っていたっていうのは無いだろうな」

ここまでの話を聞いて由羅の中で、一つの可能性が浮かんでいた。
というより、この可能性が一番高いのではないかと思っており、そのことが最も聞きたいことだった。

「あの、話は変わるのですが一つ聞いていいですか? 検死記録を見ると外傷はないという事でしたが、小さな傷があったとか、針の跡があったといったことはありませんでしたか?」

由羅の言葉に蘭陵は少し逡巡した後、一つの考えに思い立ったように、ポツリと呟いた。

「なるほど、毒針の可能性か」
「はい」

黒の狼の仕事でも、接触が難しい相手には毒矢で暗殺するということがある。
毒矢を用いれば小さな針でも殺すことは可能だし、掠っただけでも殺せる。

「吹き矢を使って針を刺せば遠くからでも殺せるでしょうし、衣に毒針を仕込んで殺害することも可能です」

由羅はその方法が一番あり得るのではないかと思っていたのだ。
だが、由羅の考えに反して蘭陵は首を振った。

「残念ながらと言っていいかは分からないが、針の跡は無かったな。まさに傷一つない体だった」

「そうですか……」

予想が外れてしまいがっくりと肩を落とす由羅に、泰然がぽんぽんとその肩を叩いた。

「まぁ、落ち込むなって。もう少し色々考えてみようぜ」
「はい……」

項垂れたままでいる由羅に対し、蘭陵は感情の見えない声で淡々と告げた。

「聞きたいことはそれだけか? ないなら帰ってほしい。私も忙しいからな」

そう言って由羅たちとの会話を打ち切るように机に向かってしまった。
その背中からは邪魔だということがひしひしと伝わってきた。
由羅もまた聞きたかったことは全て聞けた。
これ以上ここにいても蘭陵の邪魔になるだろう。

「今日はありがとうございました。あの……また追加で何かあったら相談させてもらってもいいですか?」

その言葉に蘭陵が書物に目を向けたまま頷いたのを見て、一応礼をして由羅たちは部屋を出ようとした。

「そうだ」

扉をくぐった時、背後から蘭陵が声をかけてきたので、由羅は足を止めて振り返った。
蘭陵は書物からは目を離さずに、淡々と言葉を続けた。

「紅玉薬についてお前たちに一つ言い忘れていたことがあった。凌空様から言われて紅玉薬について調べてみたが、たぶん漢方薬にはない調合だ。というより、我が国で使用する漢方の素材では作られていないだろう。まぁ、紅玉薬が原因ではない可能性が高いから、どうという情報ではないが、一応共有しておく」

そう言ったきり、蘭陵は由羅たちの存在など忘れてしまったかのように書物に集中してしまった。
由羅は驚いて泰然を見上げると、泰然は苦笑を浮かべている。
どうやら蘭陵にとってはこれが通常運転のようだ。
由羅はこれ以上蘭陵を邪魔しないように小さく頭を下げてから、部屋を後にした。




蘭陵の部屋を出ると、由羅は大きく深呼吸した。
先ほどまでの酒と漢方の微妙な臭いから解放され、新鮮な春の空気が由羅の肺を満たした。

「はぁ……空気が美味しいです」
「ははは、まぁ独特な香りではあるよな。んで、由羅的には納得できたか?」
「そうですね……」

泰然に尋ねられて、由羅は顎に手を当てながら蘭陵の話を踏まえて思考を整理した。
死亡状況から察するに中毒死、しかも毒殺で間違いないだろう。
ただ、やはり何の毒で死亡したかは分からずじまいだった。
それに被害者達がどのように毒を摂取したのかも不明のままだ。

「毒矢で亡くなったのではないかと踏んでいたので、それが否定されてしまったことは残念ですが、一つ可能性が消えて条件が絞れたので良しとします。それに紅玉薬についても情報を貰えましたし」

少なくとも、4人が死亡直前に服用した紅玉薬には毒は含まれていなかったという情報だけでも一歩前進だ。
由羅がそう答えると、泰然が少しだけ驚いた後に、笑みを浮かべた。

「お、あんまり落ち込んでないな。そういう前向きな奴は好きだぜ!」
「あ、ありがとうございます」

泰然はニカッと笑ったが、次に視線を上げて空を見ながら難しい顔をした。

「でもやっぱ紅玉薬が原因じゃなかったってことだよな」

犯人を突き止めるためには、やはり何の毒をどうやって被害者女性達に摂取させたかが鍵となるだろう。

「うーん。毒を飲んだり食べたりしていないとなると、あとは吸引投与、点眼、経皮投与のどれかの方法で摂取したってことかしら」
「ん?」

由羅が自問自答した言葉に、泰然が反応して首を傾げた。
それを受け、由羅は自分の考えを説明した。

「えっと、薬の摂取法は大きく分けて5つあるんですよ」

口から飲む経口摂取、注射による投与、粉末にして吸う吸入投与、目薬などの点眼による投与、薬を皮膚に塗る経皮投与が主なものだ。

「それで、毒殺も薬を投与するという意味では似たようなものですよね」
「まぁ、そうだな」

「今回口から毒を飲んだというのは否定されましたし、針の跡は体になかったので注射での投与もないです。なので、残るは吸引か点眼か……となります。まぁ、紅玉薬以外に毒が入った食べ物を食べた可能性と、毒の入った塗り薬を使った経皮投与の可能性も捨てきれないのですが……」

「なるほどな。……それにしてもお前、ずいぶん詳しいな」
「ははは……まぁ、仕事柄いろいろと……」

黒の狼では暗殺も請け負う。

直接手を下すこともあるが、毒殺による暗殺を行うこともあるために知っている知識だが、おおっぴらに言えるわけもなく、由羅は笑って誤魔化した。

「泰然様、一つお願いがあるのですが、現場を一度見せてもらうことはできませんか? さっき言った可能性を確認するのに現場を見れば分かることもありますし、関係者の方からもお話を聞きたいのですが」

「そこは凌空と相談だな。分かってるとは思うけど、お前を一人で行かせられねーし、かといって俺が一緒だとちょっと大事になるしなぁ」

確かに大将軍である泰然が突然屋敷を訪れたら、相手方は驚いてしまうだろう。

「まぁ、最初の被害者の翠蓮は凌空の従妹だから、うまく調整してくれるかもな」

そういえば被害者の翠蓮は楊家の方だった。
同じ楊家である凌空とは、血縁者かもしれないなとは思っていたが、従妹だったのか。

「ただ、もう時間が経ってしまってるし、刑部の奴らもかなり入念に調べたんだぜ。今更なにか出るとは思わねーけどな」
「それでも、自分の目で確認したいんです。現場百回と言いますし……」
「『現場百回』? ってのはよく分からねーけど、とにかく凌空と相談して決めようぜ」
「はい」

由羅が泰然の言葉に頷いた時だった。
背後から由羅の名を呼ぶ声がした。

「おや、由羅ではないか?」