命を狙った皇帝のお飾り妃になりました―この謎、私が解決いたします―

凌空はゆっくりと、由羅に分かりやすいように説明を始めた。

「由羅さんも既にご存じの通り、妃候補4名が怪死していますが、これは明らかに連続殺人事件です。被害者は一般女性ではなく妃候補ですから、私たちは皇帝の威信をかけて犯人を捕らえる必要がるのです」

「まあ、裏で糸を引いているのは十中八九紅蘆だろうけどよ」

凌空の言葉を補足するように泰然が言葉を続けた。
その言葉を聞いて、由羅はお飾り妃を引き受けた時の話を思い出した。
確かにあの時、義母の紅蘆が紫釉に世継ぎが生まれることを防ぐために妃候補を殺害しているのだと紫釉は説明していた。
そして、この殺人事件が紅蘆の指示によるものだと確信しているにも関わらず、紅蘆を捕らえられないのは確たる証拠がないからだとも言っていた。

「犯行を指示している紅蘆を捕らえられないのは仕方がないとして、実行犯はいるはずですよね? その実行犯を捕らえることはできないのでしょうか? 少なくとも何らかの証拠はないのですか?」

皇帝直々に刑部へ調査を命じているのだ。
全く証拠がないはずはないだろう。
そんな由羅の疑問に対し、泰然が難しい顔で答えた。

「実はよ、この捜査はこれまで度々紅蘆によって妨害されているんだ。どうやら刑部の中に紅蘆派の息がかかった者がいるらしくてさ、証拠の隠蔽や調書の改ざんが行われているようなんだ」

すると泰然の言葉を受け、凌空が痛ましい表情を浮かべながら更に言葉を続けた。

「加えて捜査員や目撃者が変死体で発見されるってことも増えてったのです。ですから、私たちはこれ以上関係者を危険に晒すわけにはいかないと考え、被害者は病死したということにして、表向き捜査を終了しました」

捜査に加わりたいと由羅が言った時、紫釉がしきりに「危険な目に遭わせたくない」と言っていたのは、このような事情があったからなのだと気づいた。

「だからあんなに私が捜査に参加するのを拒んだんですね」
「うん。でも安心して。俺が由羅を絶対に守るから」

そう言って、紫釉は由羅の手に自分の手を重ね、優しく握りしめながら由羅の顔を覗き込むようににっこりと笑った。
安心させるためにそう言ってくれるのであろうが、突然手を握られて紫釉の顔が近くにあることに、由羅は驚いて思わず手を振り払い、身を引いた。

「い、いえ! 私は黒の狼ですから、守ってもらわなくても結構です!」

天女が驚いてしまうほどの美丈夫の顔を間近に見るのは心臓に悪い。
あわあわと慌てて早口で言った由羅を見て、紫釉は今度はくすっと微笑んだ。
そんなやり取りを見ていた凌空は、場を引き締めるようにコホンと一つ咳払いをし、話を続けた。

「ですが私たちもこのまま黙っているわけにはいきません。現在は信頼できる人間で、秘密裏にこの事件の捜査を続けています。こうのような状況であることを理解していただけましたか?」
「はい」
「ですから、由羅さんも捜査に加わるのであれば、他の人間に決して悟られぬように気を付けてください。そして決して一人では行動しないでください。それが、貴女が捜査に加わる条件です」
「分かりました」
「くれぐれも、前回のように、勝手に宮から抜け出すなんていうことはしないでくださいね!」
「は、はい!」

凌空にずいっと迫られながら言われた由羅は、たじろぎながらそう答えた。

「それで、資料を読んで何か質問はありますか?」

凌空の問いに、由羅は捜査資料を見て最初に気になった箇所について、尋ねることにした。

「はい。私が気になったのはこの死因です。ここは何故空欄なのでしょうか?」

検死報告書には四人とも死因が空欄だったのだ。
いくら捜査を妨害されたとしても、さすがに死因が空欄なのはおかしい。
それに以前紫釉は被害者は呼吸困難になって死亡したと言っていたはずだ。
由羅がそう指摘すると、凌空は小さくため息をつきながら答えた。

「これは死因が特定できなかったためです」
「特定できない?」

凌空の言葉の意味がよく分からず、由羅は首を傾げた。

「この間、紫釉様は呼吸困難だって言っていたと思うんですが」

お飾り妃を引き受けた夜、紫釉は『突然苦しみだして呼吸困難になり、最後は痙攣して死んでしまう』と言っていたと記憶している。
ならば死因の欄には呼吸困難と書くのが普通なのではないのだろうか?

「いえ、呼吸困難というのは正確には死因と言わないそうです。呼吸困難は何かしらの原因があって引き起こされるもので、その原因が死因となるのです」

由羅の疑問に対し、凌空が首を振って否定した。
その言葉を補足するように紫釉が続きを説明した。

「例えば首を絞められて呼吸困難で死んだとすると、死因は窒息死になる、ってことだよ。検死官の話だと、呼吸困難となる死因は大きく5つらしいんだ」

曰く、死因は次の5つらしい。
窒息死、呼吸不全、喘息死、肺炎・肺水腫、中毒死
先ほど紫釉が例に挙げた窒息死は、気道が物理的に塞がれたことが原因で起こることで、絞殺や喉に何かを詰まらせたときの死因である。

「だけど4人には、首を絞められた跡や喉に何かが詰まった形跡もなかったんだ」
「つまり窒息死ではないってことですね」
「うん。そして、残りの喘息死、肺炎、肺水腫についても、全員が健康体であることが確認されているので該当しないという報告だったんだよ」

確かに捜査報告書にも、全員に基礎疾患がなく、健康に問題がないという記載があったはずだ。

(呼吸不全っていう可能性は……ないわね)

由羅はすぐに呼吸不全という可能性を否定した。
なぜなら呼吸不全は外傷がある場合、あるいは肺や心臓に関連する疾患がある場合に引き起こされる。
だが、捜査資料には「外傷無し」と書かれていたし、健康にも問題が無かった。

ということは死因が呼吸不全という線は消えることになる。

「となると、残るのは中毒死ですね」

由羅が一つの可能性を提示すると、凌空が神妙な顔をして頷いた。

「私達もそう考えているのです。検死官からもなんらかの中毒症状の可能性が高いが、毒物の摂取が認められないので断定できない断定できないとの報告がありました」

「ええと、中毒症状症状なら原因がすぐに分かると思うのですが」

凌空の言葉の意味が理解できず、由羅は再び首を傾げた。
4人が中毒死ならば、彼女達が口にした共通の食べ物を見つければ断定できそうなものだ。

「確かに普通ならば断定しやすいものですが、彼女達が直前に口にした〝紅玉薬〟には中毒を起こすような成分は入ってないなかったのです」

「紅玉薬、ですか?」

凌空の口から出た薬の名は、由羅が聞いたことの無いものだった。
由羅は黒の狼での教育で毒についての知識もあり、薬師ほどではないが薬についても学んでいる。

毒殺の時には何を使えばいいのか、それを使うとどんな症状が出るのかという知識が必要だからだ。
それに任務中に負傷した場合、どんな薬草を煎じればいいのかなど、不測の事態に対応するために薬の知識が必要だ。
だが、「紅玉薬」という薬は聞いたことがない。

「紅玉薬は最近一部の貴族の間で流行している美肌の薬です。それを飲んだ直後に彼女たちは亡くなりました。ですから紅玉薬にが原因なのではとも考えましたが、紅玉薬は一般的に”流行している”……つまり、多くの人がこの薬を飲んでいます。ですが、この薬を飲んだ人全員が死亡しているわけではないのです」

「それじゃあ、4人が飲んだ紅玉薬にだけ毒が入っていた可能性はないんですか?」

普通に考えれば4人が飲んだ紅玉薬が毒入りだったと考えるのが自然だろう。
由羅の言葉に凌空が渋い顔をした。

「そんなに単純でしたら私たちもこんなに捜査に手間取ってませんよ」
「といいますと?」

「被害者の一人である楊翠蓮の侍女が、翠蓮からもらってその場で一口飲んでいます。ですが彼女は呼吸困難になることも、死亡してもいません」
「そんな……」

なるほど、だから「毒物の摂取が認められないので断定できない」という先ほどの凌空の言葉になるのだ。
確かに単純な事件ではなさそうだ。

思った以上に難しい事件のようだ。
捜査に協力するなど息巻いて言ったものの自分が捜査に参加して果たして戦力になるのか、自信が無くなってきた。
由羅の内心に気づいたのか、紫釉が笑顔で励ます。

「まぁ、他の3名の紅玉薬に毒が入っていないのかは結果待ちなんだけどね。地道に捜査していこう。それに途中から捜査に加わった由羅にしか見えないものがあるかもしれないしね」

紫釉の言葉に由羅は、一つ大きく呼吸をして、気を引き締める。

(確かに、気弱になっている場合じゃないわ。やれることを見つけてやるしかない)

由羅がそう意気込んでいると、部屋の外から蘭香が声をかけて来た。

「お食事のご用意ができましたが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「腹が減ってはなんとやら……、だな。俺たちもここで食事を食べようか」

紫釉の言葉を受けて、4人分の食事が食卓に並んだ。
由羅は運ばれてきた茶粥を一口食べ、ふと3人の顔を見つめた。

(そう言えば、誰かと食事をするのって久しぶりかも)

由羅は碧華宮に来てからずっと一人で過ごしていた。
蘭香忙しいので、もちろん食事も一人だった。
だからこうして人と食卓を囲むのは、かなり久しぶりの事だ。
凌空もこの部屋に来た時の刺々しい態度から一転し、落ち着いた雰囲気で茶粥を口にしている。
もうすっかり重苦しい空気は消え、穏やかな空気の中、由羅は久しぶりに楽しい食事を味わった。