我、町娘に転生したと思ったら逃亡中の姫だと?魔王復活より騎士との逃避行が気になりすぎる!

「さて、新しい魔法を試してみようではないか」

 我は捕らえた男の前にしゃがみ込み、その頭部へ手のひらをかざす。
 内心わくわくしながら、男へ向けて魔法を発動した。
 
 抵抗されるか、あるいは失敗するかと思いきや――。
 男の瞳は一瞬で焦点を失い、糸が切れた人形のように、力なく項垂れた。

 さすが我、未来の大魔法使いである。
 自分の成長が恐ろしい。

 満足感に頷き、尋問に戻る。

「お前たちは何者だ。なぜ、この娘――我を狙う?」

 朦朧とした黒ずくめの男が、喉の奥から言葉を絞り出した。

「我らは……魔王崇拝教団……。娘を捕らえるのは……娘を媒体とし……魔王様を復活させるため……だ……」

 魔王、という言葉に、我の肩がわずかに震える。

 そうだ。
 今まで転生できたことに浮かれておったが、転生者の醍醐味といえば魔王討伐ではないか。
 このまま娘の魔法が無双すれば、そういう方向の話にもなるのかもしれぬ。

 我は思わず居住まいを正し、どこか期待を滲ませながら騎士へ問いかけた。

「騎士よ、この世界のどこに魔王が復活するのだ?」

「いえ……そのような話は聞いたことがございません」

 ……んん?
 ……いない、だと?

 思わず騎士に向かって驚愕の視線を向ける。
 そんなはずはない。ならば我はなぜこの世界に転生したというのだ。

「どうされました?」

 騎士は、魔王という言葉にも特に反応を示さない。
 その様子からして、どうやら嘘ではなさそうだった。

 ……魔王討伐。
 我の思い描いていた異世界テンプレは、どうやら開幕早々に打ち切られたらしい。

 とはいえ、我の胸には、先ほどの返答への小さな引っかかりがまだ残っていた。
 
 再び騎士に問う。

「だが、復活と言うからには、過去に魔王という存在がいたのではないか?」

 我の質問に、騎士は困ったような顔を見せたあと、わずかに眉間へ皺を寄せる。
 騎士にしては珍しく、不快感を滲ませた表情で答えた。

「私にはわかりかねます……。ですが、フィオレ様も知っての通り、魔王の復活を目的とする教団は存在します」

 我も知っている……。

 ――いや、我はこの娘じゃないからまったく知らん。
 知らぬが、騎士の様子から察するに、今回の町娘逃亡および弱体と無関係とも思えぬ。

 過去に存在したかどうかも定かでない魔王。
 その復活を目論む教団。

 しかも召喚ではなく、“復活”。
 その言葉の意味が、どうにも腑に落ちない。

 ……きな臭くなってきたな。

 我は再び、催眠に落ちている男へと向き直る。

「その魔王を復活させて、お前たちは何をするつもりだ」

「この世界を……壊すのだ……」

 男の言葉に、思わず首をかしげる。

 復活するのは魔王であろう?
 ならば、単体ではないのか。

 魔王軍でも、古代兵器でも、神の遺物でもなく――。
 魔王ひとりで世界を壊すと?

 たとえ我が想像もできぬほど強大な魔法を持ったとしても、単体でこの世界を破壊できるとは思えないのだが。
 疑問は増すばかりだ。

 我はさらに、その具体的な手順を問いただす。

「魔王は、どうやって世界を壊すというのだ?」

 だが返ってくるのは、
 魔王がどれほど偉大だとか、復活すれば皆が幸福になれるだとか、魔王を拝んだおかげで身長が五十センチ伸びただの、宝くじに当たって億万長者になれただの――。
 要領を得ない妄言ばかりであった。

 この世界の魔王はラッキーアイテムか何かか?

 こやつらの信じる魔王像は、どうにも解像度が浅いというか……。
 本当に魔王が世界を侵略するというなら、まず魔王軍を組織し、四天王を配置し、物量で各地を制圧するはずだ。
 むろん、最弱の四天王も必要だ。これはテンプレとして譲れぬ。

 半ば呆れる我と騎士をよそに、男はなおも一人で喋り続ける。
 
「……姫の……魔力が……魔王様を復活させ……この世を壊し……我ら教団を楽園へと……導くのだ……ヒヒ……」

 さっぱり分からぬ。

 魔王を復活させて、何をどうすれば楽園になるというのだ。
 そもそも過去に存在したかどうかも定かでない魔王など、復活のしようがないではないか。常識的に考えて。

 百歩譲って召喚であれば、呼び出すことも可能かもしれぬ。
 だが、それで魔王が、赤の他人が暮らす他の世界を壊すメリットがどこにある。
 我ですら、俺tueee無双ができたとして、まずは異世界を滅ぼそうなどとは考えぬぞ。

 だが……これで、姫が狙われる理由は分かっ――。

 そこまで思考が進んだところで、反芻した自分の言葉に、ぴくりと心が反応する。

 待て。

 今、この男は何と言った?

 『姫』と言わなかったか?

 姫……?

 この娘、姫なのか!

 脳内で、高らかなラッパの音が鳴り響いた。

 これまで町娘だと思い込んでいたこの身体が、まさかの姫であったという衝撃の事実に、思考が一瞬ふわりと浮き上がる。

 そうだ。
 鞄の紋章。

 こいつらのフードの刺繍とは違う、かなり精巧な意匠。
 
 我の目から見てもカッコイイ、デザイナーが全力で心血を注いで考えたであろうあの文様が、いわゆる王家の証なのではないのか。

 期待に満ちた顔で、隣に立つ騎士へと勢いよく振り向く。

 騎士は「どうなさいました?」と言わんばかりの穏やかな表情で視線を返し、わずかに微笑んだ。
 その仕草は自然で、どこか高貴な者に対する礼を含んでいるように見える。

 そう。
 この隣にいる男は、正真正銘――姫を守る騎士なのだ。

 これはすなわち、騎士と姫の愛の逃避行というやつではないか!

 こ・れ・は・滾る!

 心の内では太鼓が鳴り響き、紙吹雪が舞い、脳内実況が勝手に始まっていた。

 だが、ふと一抹の不安がよぎった。

 ――この騎士は、本当に姫を任せられる存在なのか。

 実はぺーぺーの新米で、貴族特有の肩書きだけの小僧という可能性はないのか。

 我は平静を装いながら、ちらりと騎士を見やる。
 内心は大騒ぎだが、表情だけは姫としての威厳を保たねばならぬ。

 そんな内心を必死に押し隠しながら、我は恐る恐る問いかけた。

「騎士よ、お前は偉いのか……? 役職などはあるのか?」

 今までの流れとは無関係な突然の質問に、騎士はきょとんとした顔を見せた。
 だがすぐにいつもの真面目な表情へと戻り、軽く敬礼する。

「……一応、王宮騎士団の団長を務めております」

 ――騎士団長。

 騎士を束ねる団長。

 この若さで。この容姿で。

 お前は乙女ゲームか女性向けラノベの住人か。

 思っていた以上に、とんでもない優良物件ではないか……!

 これで姫と騎士団長の愛の逃避行は成立――……いや、待て。
 一国の姫と、その護衛たる騎士団長だと?

 この姫は魔王崇拝教団に目をつけられ、王城にいるはずの身でありながら毒と呪いをかけられていた。
 どう考えても内部犯の仕業である。

 ならば。
 城の中では助からぬと判断した騎士団長が、弱った姫を救うため密かに連れ出し、原因不明の病を治すべく奔走していた――そういう構図ではないか。

 ……おや。
 そうなるとやはり、愛の逃避行ではない?

 我が感じ取った騎士の“愛”は、娘個人への想いではなく、主君へ捧げる忠誠だったのか。

 寸分の隙もない己の推理に、我はがくりと肩を落とした。

 脳内で華々しく開幕した「姫と騎士の禁断逃避行物語」は、わずか三分で打ち切りである。

 だが、我は絶対に、騎士が姫を想っていると踏んでいる。
 あれは忠誠だけではない。絶対にラヴも混ざっておる。

 我は諦めぬからな!

 それにしても、騎士団長が姫を連れ立って逃げていれば、かなり目立ったはずだ。
 それなのに、これほど長く追っ手がかからなかったのは、この騎士団長の隠密行動能力が非常に高いということだろう。
 
 こやつ、有能すぎる。
 本当に乙女ゲームから攻略対象が抜け出したわけではあるまいな。

 まあ、教団側も、王都の騎士団長がこんな地方にいるはずがないと高を括っていた可能性もあるが。

 だが、気を抜いていられる状況でもない。
 愛の逃避行物語への未練は尽きぬが、ひとまず脇へ置く。

 我らがこのまま逃げ続けていても、数で押し切られれば、いずれ捕らえられる可能性は高い。
 騎士がいかに強くとも、娘の魔法がいかに強大になろうとも、二人では限界がある。

 ――ならば。

 娘の魔法の威力が増してきた今こそ、初心に立ち返り、念願の魔法無双を志すべきではないか。

 一度は沈みかけた我の瞳に、再びぎらりと光が宿る。

「ここは――こちらから攻めに出るべきであろう」

 ◇

「未だに姫は捕らえられぬのか!」

 山奥にひっそりと佇む、教会を思わせる薄暗い建物。
 その内部で、黒ずくめの男たちが慌ただしく走り回っている。

 そのうちの一人が、一段高い場所に設えられた椅子に腰かける、年嵩の男のもとへ駆け寄った。
 長いひげを蓄えた痩身の男は、ぎらつく眼光で部下を睨み据えた。

「それが……教祖様。報告によりますと、姫は毒と呪いからなぜか回復したようで、現在も逃走中とのことです」

 教祖は、さらに鋭い視線で部下を睨みつけた。

「何を馬鹿な。あの毒はその辺の医者では治せぬのだぞ。解呪のできる高位僧侶どもも、こちらで潰しておるのだ」

 焦りを滲ませながら、椅子の肘掛けを強く握り締める。
 
「突き止めた宿では、確かに姫は動けぬ状態で寝たきりだったと報告が上がっておりました。ですが、捕縛に向かわせた部下が姫の反撃に遭い――」

 苛立ちを隠さない教祖は、部下の報告を遮った。

「ふん。おおかた騎士にやられたのだろう。あの者は王都最強だからな。その後の姫の足取りは掴めておるのか?」

 部下たちがうなずく。

 それを見た教祖は、遠くを見つめた。

「魔王様復活の儀式である、次の満月まで時間がない」

 教祖は決意を固めたかのように、颯爽と椅子から立ち上がる。
 その動きは、年齢を感じさせぬほど軽やかで、不気味なほど無駄がなかった。

 一段下に控える黒ずくめたちへ手をかざし、声を張り上げる。

「人員を総動員せよ。必ずや数日のうちに姫を捕らえるのだ!」