『状態異常:毒・呪い』
なるほど。
内心はひどく焦っていたが、我はあえて思考を冷静に切り替える。
この重複したデバフのせいで、娘の体力も魔力も極限まで削り取られていた、ということか。
状態異常の重ねがけであれば、これほど身体が重く、思考が鈍るのも頷ける。
もしかすると――
我がこの娘に転生したのは、このデバフが原因で娘が命を落としたからなのかもしれぬ。
そう思った瞬間、胸の奥へ、小さな棘のような痛みが刺さった。
まだうら若き乙女を死に追いやった毒と呪い。
こんな町娘にデバフが二つ同時にかかるなど、偶然とは考えにくい。
ラノベでよくあるダンジョンの罠ならば話は別だが、ただの町娘がそんな危険な場所に足を踏み入れるだろうか。
だとすれば――
この娘は、人為的に殺された可能性が高い。
その結論に至った瞬間、胸の奥にどす黒い感情が湧き上がる。
我とて、攻略のためならば街の一つや二つ滅ぼそう。
だが、攻略に関係のない無力な民を弄ぶ趣味はない。
ただの町娘だ。その娘が殺されるほどのことを、何をしたというのだ。
この娘だって成長すれば、BやLの深淵へ目覚めるかもしれぬのだぞ。
それがトップクリエイターにならぬと、誰が言い切れよう!
しかも今は、あのイケメン騎士との愛の逃避行(仮)なのだ。
先が気になるというのに、黒幕は何を手出ししとるのだ。
心の中で、娘に手を下したであろう何者かへ、怒りを叩きつける。
あまりに憤慨しすぎたせいか、危うく咳き込みそうになり、慌てて息とともに押し殺す。
……この感情の処理は後だ。
まずは診断書の詳細を確かめねばならぬ。
それにしても、やはりステータス確認や魔法発動は、我の魂に馴染んだ母国語でなければならぬのだな。
この身体に我が入っていることで、発動条件が変わっているのだろうか。
もし、そもそも我の母国語が正式詠唱だとしたら――
異世界転生のロマンが削がれて、非常に遺憾である。
そんなことを考えている間にも、娘の顔色はさらに悪くなっていくのが、壁の鏡越しにも分かった。
――かわいそうに。
娘の身体を案じていた騎士は、次第に弱っていく様子を見るに耐えかねたのか、静かに立ち上がり、真剣な面持ちで声をかけた。
「食事を用意いたしました。できれば食べて、もう少し休んでいてください。私は、あなたの病を治せる医者を必ず探し出してみせますから……。だから、しばらく辛いでしょうが、耐えてください」
そう言って、娘の手を取ろうとする。
だが――その指先は、すんでのところでぴたりと止まる。
触れることをためらうように、その指先はかすかに揺れた。
結局そのまま手を下ろし、騎士は無理に微笑みを作った。
その様子に、女性向けラノベで鍛え上げられた我の脳が、即座に反応する。
おい。
今のは手を握るところであろう。
意気地がないのか、この騎士は。
もっとこう……ラブを注入せよ、ラブを。
脳内で盛大に突っ込みを入れる。
――が。
改めて騎士の顔を見た瞬間、我ははっと息を呑んだ。
その表情は決して甘やかなものではなかった。
娘の様態を案じるあまり、苦しさのほうが勝っている。
笑えてなど、いなかったのだ。
――茶化して済まなかった。
これは、我がいけない。
我にとっては異世界転生であり、ラノベの延長線上の出来事かもしれぬ。
だが、この娘も、この騎士も、この世界の住人だ。
彼らの現実へ、勝手に都合のいい物語を重ねてはならぬ。
その事実に、胸の奥がかすかに痛む。
軽口で済ませられる話ではなかったのだと、ようやく思い至る。
騎士は、心底つらそうな顔で一礼した。
その瞳には、己の無力を悔いる色がにじんでいる。
踵を返し、扉へと向かう背中は、先ほどよりもわずかに小さく見えた。
やがて、扉が閉まる。
その音だけが、やけに大きく部屋に響いた。
娘は、呪いと毒というデバフにより動けない。
騎士は、その娘に想いを寄せながらも、医者を探しに駆け出した。
――そして何より。
先ほどの、あの騎士の様子。
娘を心底案じながらも、どこかに甘い気配を滲ませたあの仕草。
娘のほうもまた、騎士の気配に胸を高鳴らせておった。
魂は我であれど、身体はこの娘のもの。
つまりこれは、身体の反応というやつか。
その瞬間、我の瞳がきらりと輝く。
――娘も騎士も、やはり両思いなのではないか?
先ほどまで胸に渦巻いていた重い感情など、どこへやら。
想像し始めた途端、わくわくが止まらない。
とうとう来たのか。
立場の違う娘と騎士との――禁断めいたラブストーリーが。
――これはもしや、イベントが発生したのではないか。
ベッドに縫い付けられたように動けぬ町娘の身体の内で、転生者である我は、場違いなほど浮き立った声を心の中で上げる。
デュフフ、と娘に似つかわしくない笑いが漏れそうになるのを、かろうじて堪えた。
……だが。
浮かれてばかりもいられぬ。
騎士のためにも、まずはこの娘の身体をどうにかせねばなるまい。
このままでは、冗談抜きで看病イベントエンドという、あまりにも地味で盛り上がりに欠ける展開へ突入してしまうではないか。
それだけは、断じて避けたい。
先ほど唱えた診断書の画面を、もう一度くまなく確認する。
そこには確かに、状態異常『毒』『呪い』と記されていた。
だが、肝心の対処法まではどこにも書かれていない。
親切設計とは言い難い仕様である。
「というか、今さらだが……この娘、毒はおろか呪いまでかかっておるのか」
寝転んだまま腕を頭上へ掲げてみる。
だがその手は小刻みに震え、呼吸もすぐに荒くなる。
胸の奥がひりつくように痛み、身体の芯が鉛のように重い。
――普通に動くためには、毒と呪いを取り除かねばならぬ。
ならばやはり、呪文であろう。
「……キュア」
静まり返った室内に、我の声だけが虚しく響いた。
――うむ。何も起きぬ。分かってはおったがな。
やはりファンタジー風の言葉では駄目か。
だが、秘められし母国語に変換すれば、反応するやもしれぬ。
まずは毒だ。
体内から異物を排除するならば――。
「――我が体内にはびこる毒よ、余すことなく解毒されよ」
言葉が落ちた瞬間、身体が淡い緑の光にふわりと包まれた。
柔らかな光はゆらゆらと揺れながら上へと昇り、やがて霧のように溶けて消えていく。
……おお、エフェクトがある。
思わず胸が高鳴る。
視覚効果があるだけで、途端にファンタジー感が増すではないか。
これはなかなかにテンションが上がる。
さて――これで毒は消えたのであろうか。
再び診断書を呼び出し、画面を確認する。
そこに表示されていたのは――『状態異常:呪い』、その文字だけだった。
よし。案外あっさりと毒は消えたらしい。
試しに、先ほどと同じように腕を頭上へ伸ばしてみる。
あのときは震えていた腕が、今はしっかりと伸びきった。
呼吸も、いくぶん落ち着いている。
うむ。先ほどのような震えや息切れは、ひとまず収まったようだな。
まだ身体はだるいが、先ほどのような切迫感はない。
少なくとも、これ以上悪化することはあるまい。
――となると、あとは呪いだ。
しかし、呪いとはどのようなデバフなのか。
診断書を再確認し、数値に異常がないか目を凝らす。
すると、HPとMPの項目が赤く表示されているのに気づいた。
しかも、その数値はいずれも一桁である。
……というか。
HPとMPはステータス画面ではなく、こちらに書かれる仕様なのか。
さらに目を凝らすと、名前の横にも小さく数字が記されている。
最初は年齢かとも思った。
だが、「(10)」と記されているところを見るに――これはレベルなのではあるまいか。
レベルが存在していたことに、思わず胸が躍る。
もしかすると、まだ見ぬファンタジー要素が、他にも潜んでいるのではあるまいか。
画面を隅々までスクロールし、徹底的に調べ尽くしたくなる衝動に駆られる。
……が。
今は確認の途中であったことを思い出し、思考を引き戻す。
この赤い表示こそが、呪いによる影響なのだろう。
「……これはたぶん、体力と魔力の最大値が下がっておるということだな」
現在のHPは、まさかの一桁である。
これでは、少し躓いただけでも命取りになりかねぬ。
せっかく異世界に転生したというのに、あっさり死んでしまっては何も楽しめぬではないか。
ならば――やることは一つ。
この娘を蝕む呪いを、今ここで取り除く。
ベッドの上で不敵に口元を吊り上げ、天へ向けて両手を突き出した。
「我が身に絡みし穢れの鎖よ、今ここに解き放たれよ! この娘の体内から呪いを引き離すのだ!」
なるほど。
内心はひどく焦っていたが、我はあえて思考を冷静に切り替える。
この重複したデバフのせいで、娘の体力も魔力も極限まで削り取られていた、ということか。
状態異常の重ねがけであれば、これほど身体が重く、思考が鈍るのも頷ける。
もしかすると――
我がこの娘に転生したのは、このデバフが原因で娘が命を落としたからなのかもしれぬ。
そう思った瞬間、胸の奥へ、小さな棘のような痛みが刺さった。
まだうら若き乙女を死に追いやった毒と呪い。
こんな町娘にデバフが二つ同時にかかるなど、偶然とは考えにくい。
ラノベでよくあるダンジョンの罠ならば話は別だが、ただの町娘がそんな危険な場所に足を踏み入れるだろうか。
だとすれば――
この娘は、人為的に殺された可能性が高い。
その結論に至った瞬間、胸の奥にどす黒い感情が湧き上がる。
我とて、攻略のためならば街の一つや二つ滅ぼそう。
だが、攻略に関係のない無力な民を弄ぶ趣味はない。
ただの町娘だ。その娘が殺されるほどのことを、何をしたというのだ。
この娘だって成長すれば、BやLの深淵へ目覚めるかもしれぬのだぞ。
それがトップクリエイターにならぬと、誰が言い切れよう!
しかも今は、あのイケメン騎士との愛の逃避行(仮)なのだ。
先が気になるというのに、黒幕は何を手出ししとるのだ。
心の中で、娘に手を下したであろう何者かへ、怒りを叩きつける。
あまりに憤慨しすぎたせいか、危うく咳き込みそうになり、慌てて息とともに押し殺す。
……この感情の処理は後だ。
まずは診断書の詳細を確かめねばならぬ。
それにしても、やはりステータス確認や魔法発動は、我の魂に馴染んだ母国語でなければならぬのだな。
この身体に我が入っていることで、発動条件が変わっているのだろうか。
もし、そもそも我の母国語が正式詠唱だとしたら――
異世界転生のロマンが削がれて、非常に遺憾である。
そんなことを考えている間にも、娘の顔色はさらに悪くなっていくのが、壁の鏡越しにも分かった。
――かわいそうに。
娘の身体を案じていた騎士は、次第に弱っていく様子を見るに耐えかねたのか、静かに立ち上がり、真剣な面持ちで声をかけた。
「食事を用意いたしました。できれば食べて、もう少し休んでいてください。私は、あなたの病を治せる医者を必ず探し出してみせますから……。だから、しばらく辛いでしょうが、耐えてください」
そう言って、娘の手を取ろうとする。
だが――その指先は、すんでのところでぴたりと止まる。
触れることをためらうように、その指先はかすかに揺れた。
結局そのまま手を下ろし、騎士は無理に微笑みを作った。
その様子に、女性向けラノベで鍛え上げられた我の脳が、即座に反応する。
おい。
今のは手を握るところであろう。
意気地がないのか、この騎士は。
もっとこう……ラブを注入せよ、ラブを。
脳内で盛大に突っ込みを入れる。
――が。
改めて騎士の顔を見た瞬間、我ははっと息を呑んだ。
その表情は決して甘やかなものではなかった。
娘の様態を案じるあまり、苦しさのほうが勝っている。
笑えてなど、いなかったのだ。
――茶化して済まなかった。
これは、我がいけない。
我にとっては異世界転生であり、ラノベの延長線上の出来事かもしれぬ。
だが、この娘も、この騎士も、この世界の住人だ。
彼らの現実へ、勝手に都合のいい物語を重ねてはならぬ。
その事実に、胸の奥がかすかに痛む。
軽口で済ませられる話ではなかったのだと、ようやく思い至る。
騎士は、心底つらそうな顔で一礼した。
その瞳には、己の無力を悔いる色がにじんでいる。
踵を返し、扉へと向かう背中は、先ほどよりもわずかに小さく見えた。
やがて、扉が閉まる。
その音だけが、やけに大きく部屋に響いた。
娘は、呪いと毒というデバフにより動けない。
騎士は、その娘に想いを寄せながらも、医者を探しに駆け出した。
――そして何より。
先ほどの、あの騎士の様子。
娘を心底案じながらも、どこかに甘い気配を滲ませたあの仕草。
娘のほうもまた、騎士の気配に胸を高鳴らせておった。
魂は我であれど、身体はこの娘のもの。
つまりこれは、身体の反応というやつか。
その瞬間、我の瞳がきらりと輝く。
――娘も騎士も、やはり両思いなのではないか?
先ほどまで胸に渦巻いていた重い感情など、どこへやら。
想像し始めた途端、わくわくが止まらない。
とうとう来たのか。
立場の違う娘と騎士との――禁断めいたラブストーリーが。
――これはもしや、イベントが発生したのではないか。
ベッドに縫い付けられたように動けぬ町娘の身体の内で、転生者である我は、場違いなほど浮き立った声を心の中で上げる。
デュフフ、と娘に似つかわしくない笑いが漏れそうになるのを、かろうじて堪えた。
……だが。
浮かれてばかりもいられぬ。
騎士のためにも、まずはこの娘の身体をどうにかせねばなるまい。
このままでは、冗談抜きで看病イベントエンドという、あまりにも地味で盛り上がりに欠ける展開へ突入してしまうではないか。
それだけは、断じて避けたい。
先ほど唱えた診断書の画面を、もう一度くまなく確認する。
そこには確かに、状態異常『毒』『呪い』と記されていた。
だが、肝心の対処法まではどこにも書かれていない。
親切設計とは言い難い仕様である。
「というか、今さらだが……この娘、毒はおろか呪いまでかかっておるのか」
寝転んだまま腕を頭上へ掲げてみる。
だがその手は小刻みに震え、呼吸もすぐに荒くなる。
胸の奥がひりつくように痛み、身体の芯が鉛のように重い。
――普通に動くためには、毒と呪いを取り除かねばならぬ。
ならばやはり、呪文であろう。
「……キュア」
静まり返った室内に、我の声だけが虚しく響いた。
――うむ。何も起きぬ。分かってはおったがな。
やはりファンタジー風の言葉では駄目か。
だが、秘められし母国語に変換すれば、反応するやもしれぬ。
まずは毒だ。
体内から異物を排除するならば――。
「――我が体内にはびこる毒よ、余すことなく解毒されよ」
言葉が落ちた瞬間、身体が淡い緑の光にふわりと包まれた。
柔らかな光はゆらゆらと揺れながら上へと昇り、やがて霧のように溶けて消えていく。
……おお、エフェクトがある。
思わず胸が高鳴る。
視覚効果があるだけで、途端にファンタジー感が増すではないか。
これはなかなかにテンションが上がる。
さて――これで毒は消えたのであろうか。
再び診断書を呼び出し、画面を確認する。
そこに表示されていたのは――『状態異常:呪い』、その文字だけだった。
よし。案外あっさりと毒は消えたらしい。
試しに、先ほどと同じように腕を頭上へ伸ばしてみる。
あのときは震えていた腕が、今はしっかりと伸びきった。
呼吸も、いくぶん落ち着いている。
うむ。先ほどのような震えや息切れは、ひとまず収まったようだな。
まだ身体はだるいが、先ほどのような切迫感はない。
少なくとも、これ以上悪化することはあるまい。
――となると、あとは呪いだ。
しかし、呪いとはどのようなデバフなのか。
診断書を再確認し、数値に異常がないか目を凝らす。
すると、HPとMPの項目が赤く表示されているのに気づいた。
しかも、その数値はいずれも一桁である。
……というか。
HPとMPはステータス画面ではなく、こちらに書かれる仕様なのか。
さらに目を凝らすと、名前の横にも小さく数字が記されている。
最初は年齢かとも思った。
だが、「(10)」と記されているところを見るに――これはレベルなのではあるまいか。
レベルが存在していたことに、思わず胸が躍る。
もしかすると、まだ見ぬファンタジー要素が、他にも潜んでいるのではあるまいか。
画面を隅々までスクロールし、徹底的に調べ尽くしたくなる衝動に駆られる。
……が。
今は確認の途中であったことを思い出し、思考を引き戻す。
この赤い表示こそが、呪いによる影響なのだろう。
「……これはたぶん、体力と魔力の最大値が下がっておるということだな」
現在のHPは、まさかの一桁である。
これでは、少し躓いただけでも命取りになりかねぬ。
せっかく異世界に転生したというのに、あっさり死んでしまっては何も楽しめぬではないか。
ならば――やることは一つ。
この娘を蝕む呪いを、今ここで取り除く。
ベッドの上で不敵に口元を吊り上げ、天へ向けて両手を突き出した。
「我が身に絡みし穢れの鎖よ、今ここに解き放たれよ! この娘の体内から呪いを引き離すのだ!」



