「フィオレ様? 入ってもよろしいでしょうか?」
若い男の声だ。
敵意のない、優しげな声。
それでいて芯の通った、落ち着いた響きだ。
こちらを案じていることが、声色だけで伝わってくる。
「私です。リオヴェールです。食料などをお持ちしました。体調はどうですか?」
――もし本当に犯罪を企てている者ならば、わざわざ名乗り、許可を求め、このように気遣うだろうか。
そういえば、部屋にはベッドが二つあった。
もしかすると、この男は娘の仲間なのかもしれぬ。
そこまで考え、ひとまず入室を許可するため、重い身体をゆっくりと起こした。
万が一、味方でなかった場合に備え、魔法の準備もしておく。
しょぼくても、目くらましにはなるだろう。
ゆっくりと、警戒を解かぬように身構えながら声をかける。
「……入ってよい」
返事を受け、ゆっくりと扉が開かれた。
そこに立っていたのは、声から想像した通りの美丈夫だった。
「遅くなりました、フィオレ様。身体は苦しいままですか? 起き上がって大丈夫ですか?」
にこやかに微笑むその顔を見た瞬間、脳内に電撃が走った。
ぐわぁぁ!
なんと、キラキラしいのだ……!
ぐっ……こやつ、いわゆるイケメンではないか。
なんだその均整の取れた顔立ちは。
通った鼻筋に、澄んだ瞳。
微かに寄せられた眉には、憂いが滲んでいる。
直視しようとするたび、その眩しさに目が焼かれそうな気さえした。
プラチナブロンドの長い髪を無造作に後ろで束ね、胸元へと流している。
薄紫の瞳が、真剣な色で娘の様子をうかがっていた。
息の荒い我を見るや、青年は迷いなく一歩踏み出し、肩をそっと支える。
そのまま自然な動作で、再びベッドへと導いた。
横たわる我を、慣れた所作で支えてくれる。
なんて親切。
女性向けラノベに出てくる、完璧なヒーローか。
――これは確実に攻略対象ではないか。
その青年はベッドの脇に片膝をつき、胸に手を当てる。
恭しい姿勢で、心配そうに我を覗き込んだ。
「無理はなさらないでください。あなたがいなければ、私は――」
その言葉が耳へ落ちた瞬間――。
トゥンク。
この娘の心臓が、きゅんきゅんと高鳴っておる。
しかもこの男、我のラノベ探知脳から見ても、ただ者ではない。
身のこなしに無駄がない。
隠しきれていない品格が、我のラノベ感知能力へビンビンと突き刺さる。
視線の配り方ひとつ取っても、言葉遣いも、立ち居振る舞いも、あまりに洗練されすぎている。
着ている服は村人がよく身につける簡素なものだが、どう見ても仕立てが良く、ほとんど汚れもなく清潔すぎる。
腰には剣を携え、その存在を隠すかのようにマントを羽織っている。
そして、本気で娘を心配しているこの瞳。
その姿に、我のワクテカが止まらない。
――これは、騎士だ。
騎士、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
こやつが騎士ということは、この娘はただの町娘ではないのではないか。
やはり貴族の隠し子か?
それとも、駆け落ちの相手なのか?
駆け落ちだとしたら、この男は我の好みとはやや違う。
だが、町娘の想い人だと仮定した場合、そうそう冷たい態度も取れぬ。
さて、どうしたものか。くふふふ……。
「ぐふっ……!」
「フィオレ様!?」
心の中で羽目を外し、大はしゃぎしていたが、それが思わず喉に漏れ、盛大にむせてしまった。
騎士に、大層心配されてしまう。
背を支えられ、慌てて「大丈夫だ」と身振りで示すが、その言葉はまったく信用されていない様子だ。
「やはりまだ身体がお辛いのですね。申し訳ありません。風邪などの病ではないことは分かったのですが、どうしても不調の原因が分からず、回復方法の目処も立たなく……」
その言葉に、胸の奥がひやりとする。
たしかに、この体の怠さは異常だとは思っていた。
転生した喜びで、一瞬だけなら大はしゃぎもできた。
だが、あそこまで無理に昂らせなければ、動く気力すら湧かなかっただろう。
確かにこれは、ただの病ではない。
なにか別のものが、この町娘の身体を蝕んでいるのやもしれぬ。
――しかも、かなり厄介な類のものが。
その事実を実感した瞬間、背筋にぞわりと悪寒が走った。
訳ありで動けぬ町娘スタート。
嫌な予感はしていたが――どうやら我、とんでもなく厄介な異世界転生を引き当ててしまったのではないか……?
我は荒い呼吸を整えながら、今の状況を冷静に整理していく。
騎士が言うには、これは風邪のような病ではないらしい。
それなのに、息をするだけでこれほど疲労感があるのはなぜなのか。
この不調の正体を突き止めなければ、異世界転生どころか、寝たきりエンド一直線である。
そんな地味で救いのない結末、我は断じて認めぬ。
せっかく転生したというのに、ベッドの上で衰弱死など御免こうむる。
ベッドに身体を横たえたまま、先ほど入ってきた騎士へと目をやる。
騎士はマントを壁へ掛けると、買ってきたのであろう食料をテーブルへ並べ、手際よく準備を始めた。
どう見ても軽食寄りのサンドイッチなのに、フォークとナイフを用意するのか、騎士よ。
育ちの良さが出まくりだな、騎士よ。
――そういうところ、嫌いではないぞ。
ぐふふ、と再びこの顔に似つかわしくない笑い声が漏れそうになり、慌てて深呼吸で押し込める。
騎士が食事の用意をしているこの隙に、我は娘の状態を探ることにした。
(ステータス……履歴書を見せよ)
心の中で念じると、やはり現れたのはあの履歴書画面である。
レベルなし。スキルなし。魔力量の記載もなし。
おまけに健康状態の欄すら存在しないとは、どこの簡易エントリーシートだ。
これでは自己紹介はできても、命は救えぬ。
……いや、待て。
ふと、ひらめく。
身体の状態を見たいということは、我が必要としているのは履歴書ではない。
つまりこれは、病院――すなわち、診察案件ではないか。
医者。
診察。
診断。
――そうだ、診断書だ。
口元が、にやりと緩む。
この世界が、我の世界のような書類文化で成り立っているならば、診断書があっても不思議ではない。
むしろ、この状況で使わずしていつ使う。
――この体の診断書よ、出ろ。
命じた途端、目の前の空間がふわりと歪んだ。
空気が紙のようにめくれ上がり、その裂け目から、するりと別の画面が現れた。
水面のように揺らめきながら浮かび上がったそれは、確かに新たな情報の窓だった。
……本当に出るのか、診断書。
出たこと自体は嬉しい。
だが、やはり診断書という書類文化なのは、どうにも残念感が拭えない。
せっかくのファンタジー異世界転生だというのに、臨床感が強すぎるのはいかがなものか。
というか、そもそも空間へ画面を出す仕様なのに、なぜ書類前提なのだ。
我の世界ですら電子カルテがあるというのに、異世界、文化レベルの方向性が迷子である。
あまりの残念仕様に、思わず深いため息が漏れた。
「ため息などつかれて、大丈夫ですか?」
火魔法と魔石で器用に食事を温めていた騎士が、心配そうにこちらを見る。
「食欲はあまりないかもしれませんね。スープがもうすぐ温まりますので、それだけでも飲めると良いのですが……」
その騎士の様子に、ふと疑問が浮かぶ。
――よもや、騎士にはこの診断書が見えていないのか?
様子を見る限り、こちらの顔色を気遣うことにしか意識が向いていない。
どうやら、この画面は我にしか見えていないらしい。
ならば、人前でも確認できるな。
そこはひとまず安心である。
騎士が再び作業に戻ったのを見届け、改めて宙に浮かぶ画面へと視線を戻す。
身長、体重、スリーサイズに足のサイズ、視力、血液型――。
そこに並ぶ文字列をひとつずつ追い、ある一角に差し掛かった瞬間、眉がぴくりと跳ねた。
そこには、はっきりとこう記されていた。
『状態異常:毒・呪い』
――その文字が、容赦なく我の視界へ突き刺さった。
ちょっと待て。
いくらなんでも、初期デバフの難易度にしては高すぎやしないか……?
若い男の声だ。
敵意のない、優しげな声。
それでいて芯の通った、落ち着いた響きだ。
こちらを案じていることが、声色だけで伝わってくる。
「私です。リオヴェールです。食料などをお持ちしました。体調はどうですか?」
――もし本当に犯罪を企てている者ならば、わざわざ名乗り、許可を求め、このように気遣うだろうか。
そういえば、部屋にはベッドが二つあった。
もしかすると、この男は娘の仲間なのかもしれぬ。
そこまで考え、ひとまず入室を許可するため、重い身体をゆっくりと起こした。
万が一、味方でなかった場合に備え、魔法の準備もしておく。
しょぼくても、目くらましにはなるだろう。
ゆっくりと、警戒を解かぬように身構えながら声をかける。
「……入ってよい」
返事を受け、ゆっくりと扉が開かれた。
そこに立っていたのは、声から想像した通りの美丈夫だった。
「遅くなりました、フィオレ様。身体は苦しいままですか? 起き上がって大丈夫ですか?」
にこやかに微笑むその顔を見た瞬間、脳内に電撃が走った。
ぐわぁぁ!
なんと、キラキラしいのだ……!
ぐっ……こやつ、いわゆるイケメンではないか。
なんだその均整の取れた顔立ちは。
通った鼻筋に、澄んだ瞳。
微かに寄せられた眉には、憂いが滲んでいる。
直視しようとするたび、その眩しさに目が焼かれそうな気さえした。
プラチナブロンドの長い髪を無造作に後ろで束ね、胸元へと流している。
薄紫の瞳が、真剣な色で娘の様子をうかがっていた。
息の荒い我を見るや、青年は迷いなく一歩踏み出し、肩をそっと支える。
そのまま自然な動作で、再びベッドへと導いた。
横たわる我を、慣れた所作で支えてくれる。
なんて親切。
女性向けラノベに出てくる、完璧なヒーローか。
――これは確実に攻略対象ではないか。
その青年はベッドの脇に片膝をつき、胸に手を当てる。
恭しい姿勢で、心配そうに我を覗き込んだ。
「無理はなさらないでください。あなたがいなければ、私は――」
その言葉が耳へ落ちた瞬間――。
トゥンク。
この娘の心臓が、きゅんきゅんと高鳴っておる。
しかもこの男、我のラノベ探知脳から見ても、ただ者ではない。
身のこなしに無駄がない。
隠しきれていない品格が、我のラノベ感知能力へビンビンと突き刺さる。
視線の配り方ひとつ取っても、言葉遣いも、立ち居振る舞いも、あまりに洗練されすぎている。
着ている服は村人がよく身につける簡素なものだが、どう見ても仕立てが良く、ほとんど汚れもなく清潔すぎる。
腰には剣を携え、その存在を隠すかのようにマントを羽織っている。
そして、本気で娘を心配しているこの瞳。
その姿に、我のワクテカが止まらない。
――これは、騎士だ。
騎士、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
こやつが騎士ということは、この娘はただの町娘ではないのではないか。
やはり貴族の隠し子か?
それとも、駆け落ちの相手なのか?
駆け落ちだとしたら、この男は我の好みとはやや違う。
だが、町娘の想い人だと仮定した場合、そうそう冷たい態度も取れぬ。
さて、どうしたものか。くふふふ……。
「ぐふっ……!」
「フィオレ様!?」
心の中で羽目を外し、大はしゃぎしていたが、それが思わず喉に漏れ、盛大にむせてしまった。
騎士に、大層心配されてしまう。
背を支えられ、慌てて「大丈夫だ」と身振りで示すが、その言葉はまったく信用されていない様子だ。
「やはりまだ身体がお辛いのですね。申し訳ありません。風邪などの病ではないことは分かったのですが、どうしても不調の原因が分からず、回復方法の目処も立たなく……」
その言葉に、胸の奥がひやりとする。
たしかに、この体の怠さは異常だとは思っていた。
転生した喜びで、一瞬だけなら大はしゃぎもできた。
だが、あそこまで無理に昂らせなければ、動く気力すら湧かなかっただろう。
確かにこれは、ただの病ではない。
なにか別のものが、この町娘の身体を蝕んでいるのやもしれぬ。
――しかも、かなり厄介な類のものが。
その事実を実感した瞬間、背筋にぞわりと悪寒が走った。
訳ありで動けぬ町娘スタート。
嫌な予感はしていたが――どうやら我、とんでもなく厄介な異世界転生を引き当ててしまったのではないか……?
我は荒い呼吸を整えながら、今の状況を冷静に整理していく。
騎士が言うには、これは風邪のような病ではないらしい。
それなのに、息をするだけでこれほど疲労感があるのはなぜなのか。
この不調の正体を突き止めなければ、異世界転生どころか、寝たきりエンド一直線である。
そんな地味で救いのない結末、我は断じて認めぬ。
せっかく転生したというのに、ベッドの上で衰弱死など御免こうむる。
ベッドに身体を横たえたまま、先ほど入ってきた騎士へと目をやる。
騎士はマントを壁へ掛けると、買ってきたのであろう食料をテーブルへ並べ、手際よく準備を始めた。
どう見ても軽食寄りのサンドイッチなのに、フォークとナイフを用意するのか、騎士よ。
育ちの良さが出まくりだな、騎士よ。
――そういうところ、嫌いではないぞ。
ぐふふ、と再びこの顔に似つかわしくない笑い声が漏れそうになり、慌てて深呼吸で押し込める。
騎士が食事の用意をしているこの隙に、我は娘の状態を探ることにした。
(ステータス……履歴書を見せよ)
心の中で念じると、やはり現れたのはあの履歴書画面である。
レベルなし。スキルなし。魔力量の記載もなし。
おまけに健康状態の欄すら存在しないとは、どこの簡易エントリーシートだ。
これでは自己紹介はできても、命は救えぬ。
……いや、待て。
ふと、ひらめく。
身体の状態を見たいということは、我が必要としているのは履歴書ではない。
つまりこれは、病院――すなわち、診察案件ではないか。
医者。
診察。
診断。
――そうだ、診断書だ。
口元が、にやりと緩む。
この世界が、我の世界のような書類文化で成り立っているならば、診断書があっても不思議ではない。
むしろ、この状況で使わずしていつ使う。
――この体の診断書よ、出ろ。
命じた途端、目の前の空間がふわりと歪んだ。
空気が紙のようにめくれ上がり、その裂け目から、するりと別の画面が現れた。
水面のように揺らめきながら浮かび上がったそれは、確かに新たな情報の窓だった。
……本当に出るのか、診断書。
出たこと自体は嬉しい。
だが、やはり診断書という書類文化なのは、どうにも残念感が拭えない。
せっかくのファンタジー異世界転生だというのに、臨床感が強すぎるのはいかがなものか。
というか、そもそも空間へ画面を出す仕様なのに、なぜ書類前提なのだ。
我の世界ですら電子カルテがあるというのに、異世界、文化レベルの方向性が迷子である。
あまりの残念仕様に、思わず深いため息が漏れた。
「ため息などつかれて、大丈夫ですか?」
火魔法と魔石で器用に食事を温めていた騎士が、心配そうにこちらを見る。
「食欲はあまりないかもしれませんね。スープがもうすぐ温まりますので、それだけでも飲めると良いのですが……」
その騎士の様子に、ふと疑問が浮かぶ。
――よもや、騎士にはこの診断書が見えていないのか?
様子を見る限り、こちらの顔色を気遣うことにしか意識が向いていない。
どうやら、この画面は我にしか見えていないらしい。
ならば、人前でも確認できるな。
そこはひとまず安心である。
騎士が再び作業に戻ったのを見届け、改めて宙に浮かぶ画面へと視線を戻す。
身長、体重、スリーサイズに足のサイズ、視力、血液型――。
そこに並ぶ文字列をひとつずつ追い、ある一角に差し掛かった瞬間、眉がぴくりと跳ねた。
そこには、はっきりとこう記されていた。
『状態異常:毒・呪い』
――その文字が、容赦なく我の視界へ突き刺さった。
ちょっと待て。
いくらなんでも、初期デバフの難易度にしては高すぎやしないか……?



