我、町娘に転生したと思ったら逃亡中の姫だと?魔王復活より騎士との逃避行が気になりすぎる!

「異世界転生、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! これは滾る!! 滾るではないか!」

 抑えきれない衝動のまま、意味不明な動きを繰り返した――その直後だった。

 急激な立ちくらみに襲われた。

「――っ」

 視界がぐらりと揺れる。
 慌てて身体を支えようとするが、ほとんど倒れ込むようにしてベッドへ突っ伏した。

 荒い呼吸が、止まらない。

 喜びのあまり、すっかり忘れていた。
 そういえば我、酷い風邪でも引いているかのような状態だったな……。

「……思わず、はしゃいでしまったではないか。だが、これは――はしゃがずにはいられまい」

 荒い息の合間に、この身体が発した可愛らしい声が耳へ届く。
 聞き覚えのない声――それだけで、胸の奥に残る熱が、再び燃え上がりそうになる。

 自分自身を抱きしめる。
 込み上げる衝動のまま肩を震わせ、そのままベッドの上をごろごろと転げ回った。

 シーツが擦れる音すら、今は心地よい。

 ――が。

 すぐに息が上がった。

「はぁ……っ、は……っ」

 荒い呼吸が収まらない。
 たかがベッドの上で転げ回った程度で、この有様か。
 
 呼吸を整えながら、先ほど覗いた鏡の中の少女を思い出す。

 そこに映った姿は、確かに金髪の美少女だった。
 だがその一方で、唇は乾き、頬の色艶は乏しく、目元もわずかにやつれており、全体としてどこか生気に欠けていた。

 健康的とは言い難い。
 むしろ――重病人のようであった。

 だが、それを差し引いてもなお、胸の高鳴りは収まらない。

 ここは異世界。
 そして我は、美少女に転生した。

「異世界転生……いい響きだ」

 数多の物語を読み漁り、そのたびに「いつか行きたい」と夢見てきた異世界。
 憧れ続けたその場所に、いま、確かに自分は立っている。
 ――なお、実際はベッドで寝転がっているが。

 胸の奥から込み上げる感情に耐えきれず、思わず両手を強く握りしめた。

 感無量――その一言に尽きる。

 ――さて。

 ひとしきり転生イベントを堪能し、荒ぶっていた心拍をどうにか落ち着かせる。
 このまま浮かれ続けて、本当の意味で倒れるわけにはいかない。

 転生者たるもの、まずは状況把握が基本であろう。
 まずは現状確認だ。

 ここは宿屋の……二階、なのだろうか。

 確認するため、ベッドの横にある窓へ向かおうとする。
 一度深く呼吸を整えてから、今度は慎重に立ち上がった。

 足元がわずかにふらつくが、そのまま窓枠の横へと身を寄せる。

 外からこちらの姿を見られぬよう、意識して気配を潜めながら、ほんのわずかだけ顔を出した。

 何も知らぬ異世界だ。
 慎重に越したことはない。
 うっかり目立って、いきなりイベント戦闘など御免である。

 我くらいのラノベマスターともなれば、フラグの位置や発生条件くらい、大体把握しているのだ。

 そして覗いた窓の外には、期待した通りの景色が広がっていた。

 やや広めの石畳の道が陽光を受け、淡くやわらかな輝きを放っていた。
 道行く人々は、見慣れぬ村人風の服装を身にまとい、思い思いに通りを歩いていた。
 その道の中央を、馬車が蹄の音を響かせながら、ゆっくりと進んでいるのが見える。

「――――!!」

 ――アスファルトや自動車ではなく、石畳に馬車!

 その光景を視界に捉えた瞬間、脳内で再び盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 ――本物の異世界!

 再びテンションが爆発しかける。
 だが、先ほど興奮しすぎてベッドに突っ伏したことを思い出し、必死に自分を抑え込む。

「今はまだ、興奮する時(そのとき)ではない――」

 はあ、はあ、と荒い息を上げながら、誰もいない部屋でひとり、意味深に呟く。
 なお、本人はなぜかドヤ顔である。

 改めて周囲へと視線を巡らせ、思考を整理する。

 家の造りや、街道の様子を踏まえると――ここは間違いなく、異世界の街中だろう。

 少なくとも、我が元いた世界ではない。

 そして我は、この娘の身体へ転生した転生者。

 転生者。

 その言葉を、心の中でゆっくりと反芻する。

 転生者。

 転生者……。

 繰り返すたびに、腹の奥から「ぐふ、ぐふふ……」と、抑えきれない笑いが込み上げてくる。

 先ほど鏡で見た限り、この娘は十七、十八といったところだろう。
 そして――文句のつけようもない、金髪碧眼の美少女である。
 思わず「キャラが強い」と呟きたくなるほど、圧倒的な存在感を放っている。

 服装もまた、見逃せない。

 清潔で、仕立てもいい。
 布地も明らかに安物ではなく、少なくとも貧民街育ちという雰囲気ではなかった。

 先ほど見た街の人々の装いと比べても、この娘が中流階級以上に属していることは、ほぼ間違いないだろう。

 ちなみに、街並みをざっと見渡した限りでは、獣人の姿は確認できなかった。
 耳も、尻尾も、今のところ視界には入っていない。

 ……非常に残念である。

 異世界といえば、やはり獣人であろう。
 もふもふしたかった。

 心の中でもふもふ不足を嘆きながら、改めて、自分の姿を見下ろした。

 可愛らしい上着に、動きやすそうなやや短めのスカート。
 その下には、きちんと短パンを履いている。

 全体として、過度な装飾はないが、実用的で整った印象だ。
 活動的な娘、といった雰囲気が強い。

 そして、武器らしきものはどこにも見当たらない。

 つまり、戦闘職――あるいは冒険者という線は薄い。

 ――ということは。

「この娘……よもや町娘か?」

 思わず、ぽつりと声に出していた。

 異世界転生といえば、冒険者、貴族、聖女あたりが王道ではないのか?
 少なくとも、何かしら特別な肩書きを背負ってスタートするものではないのか。

 それなのに。

 我は……町娘スタート?

 期待していた華々しいポジションとは、あまりにもかけ離れていたため、我のテンションは、目に見えて下降した。

 転生ボーナスは、どこへ行った。

「そういえば、ステータス確認を試していなかったな。ステータスオープン」

 ライトノベルのお約束よろしく、それっぽく呟いてみる。
 声に出した瞬間、わずかに胸が高鳴った。

 期待を込めながら、しばし待つ。

 だが。

 何も、起きない。

「……」

 沈黙。

 空気が、やけに重い。

「ステータス! オープン! ええい、説明でろ! 状態説明を見せぬか! この娘の能力値を可視化せぬか! 履歴書でいいから見せぬか!」

 半ばやけくそで叫ぶ。

 その瞬間、目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

「っ……!?」

 思わず息を呑む。

 まるで水面に石を落としたかのように、空間に波紋が広がっていく。
 やがて――そこに、半透明の画面が浮かび上がった。

 光を帯びたそれは、空中に固定されたモニターのようにも見える。

 半ばやけくそで叫んだ言葉だった。
 だが、きちんと現れてくれたステータス画面に、胸が高鳴る。

「……やった。やったぞ! ついにステータスが見れたぞ!」

 抑えきれず、両手を勢いよく振り上げる。

 だが。

「っ……!」

 あまりにも興奮しすぎたのか、意識がふっと遠のきかけた。

 ぐらつく身体をどうにか制御しながら、ゆっくりとベッドへ腰を下ろす。

 心臓が、ばくばくと暴れている。
 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 ――落ち着け、我。病人であったことを思い出せ、我。

 身体が落ち着きを取り戻したあと、視線を切り替え、改めて目の前に浮かぶステータス画面へと向き直る。

「ええと? この娘のジョブは……町娘で合っておったか。ワンチャン、貴族の隠し子みたいなドラマもあるかと期待していたが、まったく無いようだな」

 淡い希望が、ぱきりと音を立てて砕け散る。

 それでも、画面に並ぶ文字列を、ひとつひとつ目で追っていく。

「しかもレベル表記がないではないか。書かれているのは、名前……フィオレ・アルディア。顔に似合った可愛い名前だな」

「あと……これは住所か? 地名など書かれていても分からぬわ。ん? 王都アストレイム学園? これは学歴……なのか?」

 我の知る異世界知識では、平民が学園へ通うことは珍しいはずなのだが。
 そういえば、町娘にしては服の仕立てが良かった。
 この娘、裕福な商家の娘かなにかかもしれぬな。

「それから、趣味・ポエム……うむ、これは見なかったことにしてやろう。あとは資格や特技……」

 指先が、わなわなと震え始めた。
 読み進めるほどに違和感が膨らんでいく。

「これでは、ステータスというより履歴書ではないか!」

 思わず声を張り上げる。
 もしここにちゃぶ台があれば、間違いなく勢いよくひっくり返していたことだろう。

 先ほどの自分の発言を思い返し、遠い目になる。

「そういえば、このステータスを出すときに、履歴書とか言った気がするな……。だが……」

 我の知る履歴書には存在しない、「ジョブ」という項目。
 そこに堂々と記されていたのは「町娘」の文字。

「異世界転生といえば、チート能力で異世界制覇とか、俺Tueeeとか無双とか、女子に転生したなら聖女とか悪役令嬢とか……そういうものだと思っておったのに……」

 言葉が、少しずつしぼんでいく。

「我、なんの能力も期待できない町娘スタートで、全体的に詰みなんじゃなかろうか……?」

 呟いた瞬間、現実がずしりと重くのしかかった。

 全身から力が抜け、そのまま勢いに任せてベッドへ倒れ込む。
 柔らかな感触が背中を受け止めるまま、大の字に身体を投げ出す。

 それに、この底しれぬ倦怠感……。
 もしかしてこの身体、あと数日の命なんじゃ……?
 それはそれで、薄幸の美少女という物語的には美味しいのかもしれぬが……我は普通に困るぞ?

 天井を、ぼんやりと見上げる。
 胸の内に、じわじわと気の抜けたような感覚が広がっていった。

 ――なんというか、思っていたのと違うではないか。

 この履歴書仕様のステータスで、いったい何ができるというのだ。

 レベルもない。
 スキルも表示されない。
 魔力量すら、どこにも書かれていない。

 しかも、病弱町娘スタート。

 我の異世界転生――どうなってしまうのだ?