「――この世界に、魔王は二人もいらぬということよ」
その場にいた全員が、我の気迫に呆然と息を呑む。
空気はぴんと張り詰め、誰ひとり、すぐには言葉を返せなかった。
やがて我に返った教祖が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「姫がおかしくなった!」
「おかしくなどなっておらぬわ!」
どうやらこの世界の住民は、どうしても我に突っ込まれたいらしい。
「姫が魔王様だと? 儀式も成功していないのに魔王様の名を騙るなど、誇大妄想も大概にするがよい!」
誇大妄想が大概なのは、そちらの方ではないか。
そう思いながらも、我はひとまず説明してやることにした。
どうせ理解は追いつかぬだろうが、真実を語るのもまた一興だ。
「我は、実際にはこの世界の魔王ではない。その聖典と同じ“場所”から転生してきた魔王である」
「この聖典と同じ“場所”から――だと……?」
我は展開していた風魔法の一部だけを鋭く強めた。
「あっ……聖典が――!」
瞬間、教祖の手から聖典が弾かれ、ひゅるりと宙を舞う。
薄い本を燃やし、黒焦げにしてしまうことも考えた。
だが、たとえ成人向けであろうと、作者が魂を削って描き上げた尊き本だ。
そのような暴挙、我にはできぬ。
「聖典を返せ! 大体、貴様が本当に魔王様なら、なぜ世界を破滅に向かわせないのだ!」
その言葉に、我は鋭く目を細め、射抜くように睨み返す。
「この本を手にしたというのに、わからぬのか」
我は吹き飛んだ聖典を風魔法で引き寄せ、そのまま手に取る。
ちらりと中身を確認する。
魔王が封印されている山奥の教会で、魔力量の高い少女と――ピー。
すると少女の魔力が暴走し、魔王が復活。
さらにピーしている間に世界は滅び、その後、誰もいなくなった楽園で、少女と信者は幸せに暮らしました――という、癖しか詰め込まれていない漫画だった。
……いや、どんな内容だ。需要あるのか?
ともあれ、聖典――もとい同人誌は無事我のものとなった。これでひとまず安心である。
うろたえる教祖たちに、真実を教えてやろうではないか。
我は静かに口を開く。
「我は昔、とてもやんちゃだった。滅ぼした国は数知れぬ。そして滅ぼす国がなくなった我ら魔王軍は魔法を極め、隣り合う別次元の人間界へ侵略することにした」
国を滅ぼし尽くした。
だからこそ、次は別次元へ侵略しようとした。
あまりにも壮絶な告白に、教徒たちが目を見開き、身体を震わせる。教祖までもが言葉を失い、喉をひくつかせた。
「一体……どうして、そのようなむごいことを……」
「理由? 世の中がつまらなかったからだ」
我は肩をすくめ、さも些細なことのように言い放つ。
「我は飢えておった。……いや、正確には暇でな。
戦っている間は、まだ楽しかったのだ。だが、その相手すらいなくなると、本当に暇でな。
だから何か一発、ドカンとやれば気が晴れるかと思ってな。
ならば隣の次元に穴を開け、ひとつ侵略してみるか――そう考えたのだ」
驚愕すべき事実と、あまりにも軽い調子の語り口。
その落差に耐えきれず、信者たちも次々と膝を折っていく。
「だがな、教祖よ。我はその人間界で、この世の理を知ったのだ」
何を言っているのかまったく分からないという顔で教祖は聞き返す。
「理……とは……?」
我は一度、瞼を閉じる。
長く息を吸い、肺の奥をいっぱいの空気で満たす。
教祖も信徒たちも、唾を飲み込み、その「真理」を待った。
周囲の空気がピリピリと震え、魔王の口から紡がれるであろう凄絶な言葉に、全員が息を呑んだ、その刹那。
我は堰を切ったように、内側の熱を吐き出した。
「我は侵略するために、別次元の人間界へ降り立った。
だが、そこはアキハバラ! イケブクロ!
この世の娯楽が集う、まさしく楽園であった!」
両腕を広げ、我は天を仰ぐ。
「やり込めばやり込むほど、楽しみが溢れてくるゲームたち。
読めば読むほど虜にされる、小説や漫画たち。
あちらの世界には“インターネット”という連絡網が密に張り巡らされており、情報は一瞬で集まり、検索でき、さらには他者との対戦ゲームまでできてしまうのだ!」
熱がこもる。
口が止まらぬ。
「あの世界は、ありとあらゆる娯楽が街中に溢れておった。
おかげで、あれほどつまらなかった我の灰色の世界は、一気にフルカラーで色づいたのだ。
そのうえ、次から次へとゲームや本が生み出される。作り手が多すぎて、この我ですら追いつかぬ。まったく時間が足りぬ。
あれほど暇だった我の時間は、今や睡眠時間を削るほどになったのだ!」
オタク特有の熱量そのままに、一気にまくしたてる。
もはや完全に早口である。
しかし、周囲はついてこられず、ただ呆然と我を見上げていた。
周囲の置いてけぼりな視線に気づき、我は小さく咳払いをひとつ挟んだ。
「そして我は、ついに悟ったのだ――」
カッと目を見開く。
「文明、滅ぼすの、イクナイ」
効果音があるなら、背景に“バーン”と大きく入っているところだろう。
実際は、周囲の人間が“ポカーン”としているだけだが。
「こんな素晴らしい文明を、滅ぼしてなるものか。
そう結論づけた我は、侵略を主張して抵抗する幹部や部下を、千切っては投げ、千切っては投げ、力で従わせた。
そして人間界のあらゆる娯楽を、きちんと正規のルートで輸入したのだ」
そこで一度、真顔になる。
「奪ってはならぬ。今後も生産してもらうためには、作者へ正しく還元せねばならぬからな。
娯楽の少ない我の国で、その考えを浸透させるのは実に骨が折れた。
だが我は頑張ったのだ。推しのために。そして、推しを生み出すクリエイターのためにな」
感無量といった面持ちで天を仰ぐ。
その瞳は、心なしか潤んでいるようにも見えた。
「おかげで我は幸せだ。
どのような文明も、いつか必ず開花する。数多の国や世界を蹂躙してきた魔王たる我が、そう確信しておるのだ。
ゆえに今さら、どの世界も滅ぼすわけがなかろう。楽園はすでに、我が居城にあるのだから」
そう言って、我は堂々と胸を張った。
理解はできない。
それでも、自分たちが完全に敗北したことだけは、本能的に悟ったのだろう。
信者たちは精神的な気力を失い、次々と倒れ込んでいく。
「まさか……本当に魔王様……なのですか……」
教祖が、はっと何かを思い出したように顔を上げる。
先走った教徒が、本山ではない場所で儀式を執り行おうとしたことを。
「あの時失敗した儀式が、実は成功していたというのか。魔王が姫の中で復活していたと――」
教祖は目を見開き、驚愕に顔を引きつらせた。
自分の足元が崩れ落ちていくかのような、不安と畏怖がないまぜになった表情を浮かべている。
そんな教祖に、我は呆れたように肩を落とす。
「だから復活ではないと言っておろう。
お前たちの儀式とは、まったく関係のない転生だ。
――我が、夢にまで見た転生なのだ」
「……っ、魔王様――!」
我が本物の魔王であると理解した瞬間、教祖は力を失ったように両手を地面につき、そのまま深く頭を垂れた。
先ほどまでの威勢は見る影もない。
我は頭を垂れる教祖を見下ろし、低く問いかけた。
「お前らは娘を媒体に、我とは違う“魔王”という象徴を復活させ、この世界を自分たちの思い描く楽園へと変えるつもりだった。そのために娘を殺したのであろう?」
声は静かだったが、その底にある怒気は隠しきれない。
もっとも、根も葉もない同人誌を根拠にしている以上、魔王の復活など起こるはずもない。
だが、思想のためにうら若き娘を殺すなど、到底看過できぬ。
この娘が将来、創作に目覚め、素晴らしき娯楽を世に生み出す可能性だってあったのだ。
文明の芽を摘むなど、万死に値する。
――ちなみに、我が追っ手を殺した件はノーカンである。
だってあやつら、創作などしそうにないし。
我は創造主と作品を心待ちにする同志は擁護するが、基本魔王なので塵芥などどうでもよい。
我に逆らう者は、等しくギルティなのだ。
つまり、こやつらはこの世界に必要ない。
それまでのおちゃらけた空気が、一瞬で冬山の頂のように冷え切る。
そこにいた教祖も信徒も、目に見えない圧力で押さえつけられているように動けない。
「覚えておくがいい」
「――我は魔王。
お前らを滅する者だ」
その場にいた全員が、我の気迫に呆然と息を呑む。
空気はぴんと張り詰め、誰ひとり、すぐには言葉を返せなかった。
やがて我に返った教祖が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「姫がおかしくなった!」
「おかしくなどなっておらぬわ!」
どうやらこの世界の住民は、どうしても我に突っ込まれたいらしい。
「姫が魔王様だと? 儀式も成功していないのに魔王様の名を騙るなど、誇大妄想も大概にするがよい!」
誇大妄想が大概なのは、そちらの方ではないか。
そう思いながらも、我はひとまず説明してやることにした。
どうせ理解は追いつかぬだろうが、真実を語るのもまた一興だ。
「我は、実際にはこの世界の魔王ではない。その聖典と同じ“場所”から転生してきた魔王である」
「この聖典と同じ“場所”から――だと……?」
我は展開していた風魔法の一部だけを鋭く強めた。
「あっ……聖典が――!」
瞬間、教祖の手から聖典が弾かれ、ひゅるりと宙を舞う。
薄い本を燃やし、黒焦げにしてしまうことも考えた。
だが、たとえ成人向けであろうと、作者が魂を削って描き上げた尊き本だ。
そのような暴挙、我にはできぬ。
「聖典を返せ! 大体、貴様が本当に魔王様なら、なぜ世界を破滅に向かわせないのだ!」
その言葉に、我は鋭く目を細め、射抜くように睨み返す。
「この本を手にしたというのに、わからぬのか」
我は吹き飛んだ聖典を風魔法で引き寄せ、そのまま手に取る。
ちらりと中身を確認する。
魔王が封印されている山奥の教会で、魔力量の高い少女と――ピー。
すると少女の魔力が暴走し、魔王が復活。
さらにピーしている間に世界は滅び、その後、誰もいなくなった楽園で、少女と信者は幸せに暮らしました――という、癖しか詰め込まれていない漫画だった。
……いや、どんな内容だ。需要あるのか?
ともあれ、聖典――もとい同人誌は無事我のものとなった。これでひとまず安心である。
うろたえる教祖たちに、真実を教えてやろうではないか。
我は静かに口を開く。
「我は昔、とてもやんちゃだった。滅ぼした国は数知れぬ。そして滅ぼす国がなくなった我ら魔王軍は魔法を極め、隣り合う別次元の人間界へ侵略することにした」
国を滅ぼし尽くした。
だからこそ、次は別次元へ侵略しようとした。
あまりにも壮絶な告白に、教徒たちが目を見開き、身体を震わせる。教祖までもが言葉を失い、喉をひくつかせた。
「一体……どうして、そのようなむごいことを……」
「理由? 世の中がつまらなかったからだ」
我は肩をすくめ、さも些細なことのように言い放つ。
「我は飢えておった。……いや、正確には暇でな。
戦っている間は、まだ楽しかったのだ。だが、その相手すらいなくなると、本当に暇でな。
だから何か一発、ドカンとやれば気が晴れるかと思ってな。
ならば隣の次元に穴を開け、ひとつ侵略してみるか――そう考えたのだ」
驚愕すべき事実と、あまりにも軽い調子の語り口。
その落差に耐えきれず、信者たちも次々と膝を折っていく。
「だがな、教祖よ。我はその人間界で、この世の理を知ったのだ」
何を言っているのかまったく分からないという顔で教祖は聞き返す。
「理……とは……?」
我は一度、瞼を閉じる。
長く息を吸い、肺の奥をいっぱいの空気で満たす。
教祖も信徒たちも、唾を飲み込み、その「真理」を待った。
周囲の空気がピリピリと震え、魔王の口から紡がれるであろう凄絶な言葉に、全員が息を呑んだ、その刹那。
我は堰を切ったように、内側の熱を吐き出した。
「我は侵略するために、別次元の人間界へ降り立った。
だが、そこはアキハバラ! イケブクロ!
この世の娯楽が集う、まさしく楽園であった!」
両腕を広げ、我は天を仰ぐ。
「やり込めばやり込むほど、楽しみが溢れてくるゲームたち。
読めば読むほど虜にされる、小説や漫画たち。
あちらの世界には“インターネット”という連絡網が密に張り巡らされており、情報は一瞬で集まり、検索でき、さらには他者との対戦ゲームまでできてしまうのだ!」
熱がこもる。
口が止まらぬ。
「あの世界は、ありとあらゆる娯楽が街中に溢れておった。
おかげで、あれほどつまらなかった我の灰色の世界は、一気にフルカラーで色づいたのだ。
そのうえ、次から次へとゲームや本が生み出される。作り手が多すぎて、この我ですら追いつかぬ。まったく時間が足りぬ。
あれほど暇だった我の時間は、今や睡眠時間を削るほどになったのだ!」
オタク特有の熱量そのままに、一気にまくしたてる。
もはや完全に早口である。
しかし、周囲はついてこられず、ただ呆然と我を見上げていた。
周囲の置いてけぼりな視線に気づき、我は小さく咳払いをひとつ挟んだ。
「そして我は、ついに悟ったのだ――」
カッと目を見開く。
「文明、滅ぼすの、イクナイ」
効果音があるなら、背景に“バーン”と大きく入っているところだろう。
実際は、周囲の人間が“ポカーン”としているだけだが。
「こんな素晴らしい文明を、滅ぼしてなるものか。
そう結論づけた我は、侵略を主張して抵抗する幹部や部下を、千切っては投げ、千切っては投げ、力で従わせた。
そして人間界のあらゆる娯楽を、きちんと正規のルートで輸入したのだ」
そこで一度、真顔になる。
「奪ってはならぬ。今後も生産してもらうためには、作者へ正しく還元せねばならぬからな。
娯楽の少ない我の国で、その考えを浸透させるのは実に骨が折れた。
だが我は頑張ったのだ。推しのために。そして、推しを生み出すクリエイターのためにな」
感無量といった面持ちで天を仰ぐ。
その瞳は、心なしか潤んでいるようにも見えた。
「おかげで我は幸せだ。
どのような文明も、いつか必ず開花する。数多の国や世界を蹂躙してきた魔王たる我が、そう確信しておるのだ。
ゆえに今さら、どの世界も滅ぼすわけがなかろう。楽園はすでに、我が居城にあるのだから」
そう言って、我は堂々と胸を張った。
理解はできない。
それでも、自分たちが完全に敗北したことだけは、本能的に悟ったのだろう。
信者たちは精神的な気力を失い、次々と倒れ込んでいく。
「まさか……本当に魔王様……なのですか……」
教祖が、はっと何かを思い出したように顔を上げる。
先走った教徒が、本山ではない場所で儀式を執り行おうとしたことを。
「あの時失敗した儀式が、実は成功していたというのか。魔王が姫の中で復活していたと――」
教祖は目を見開き、驚愕に顔を引きつらせた。
自分の足元が崩れ落ちていくかのような、不安と畏怖がないまぜになった表情を浮かべている。
そんな教祖に、我は呆れたように肩を落とす。
「だから復活ではないと言っておろう。
お前たちの儀式とは、まったく関係のない転生だ。
――我が、夢にまで見た転生なのだ」
「……っ、魔王様――!」
我が本物の魔王であると理解した瞬間、教祖は力を失ったように両手を地面につき、そのまま深く頭を垂れた。
先ほどまでの威勢は見る影もない。
我は頭を垂れる教祖を見下ろし、低く問いかけた。
「お前らは娘を媒体に、我とは違う“魔王”という象徴を復活させ、この世界を自分たちの思い描く楽園へと変えるつもりだった。そのために娘を殺したのであろう?」
声は静かだったが、その底にある怒気は隠しきれない。
もっとも、根も葉もない同人誌を根拠にしている以上、魔王の復活など起こるはずもない。
だが、思想のためにうら若き娘を殺すなど、到底看過できぬ。
この娘が将来、創作に目覚め、素晴らしき娯楽を世に生み出す可能性だってあったのだ。
文明の芽を摘むなど、万死に値する。
――ちなみに、我が追っ手を殺した件はノーカンである。
だってあやつら、創作などしそうにないし。
我は創造主と作品を心待ちにする同志は擁護するが、基本魔王なので塵芥などどうでもよい。
我に逆らう者は、等しくギルティなのだ。
つまり、こやつらはこの世界に必要ない。
それまでのおちゃらけた空気が、一瞬で冬山の頂のように冷え切る。
そこにいた教祖も信徒も、目に見えない圧力で押さえつけられているように動けない。
「覚えておくがいい」
「――我は魔王。
お前らを滅する者だ」



