帝都のエリート退魔師は婚約者の溺愛に気づかない

 神奈の言葉に、御幸からの返事はなかった。静かな沈黙が二人の間に流れる。そこには、頬を撫でる風が、周りの木々や花たちを揺らす音が聞こえるだけだった。

(ああ、言ってしまったわ……)

 けれど、神奈はこれが最後だと思い、これまで胸に秘めてきた自分の想いを打ち明けることにした。

「……私、もう限界です。これ以上、御幸様の隣にいることが」

 すると、革靴の音がゆっくりと近づいてきた。

「……僕のこと、嫌いになりましたか」

 そう言われて、神奈は頭を左右に振った。

 ずっと恋焦がれていた相手だ。嫌いになるなんて、あるはずなかった。むしろ好きという気持ちが大きすぎて、どうしようかと思い悩んでいた程なのだから。

「だったら、どうして」
「……さっき見たでしょう? 私の霊力は白雪家のご令嬢よりも随分劣っておりました。御幸様のお義父様は、私の退魔師としての腕を買って婚約をしたとおっしゃっていましたわ。そうであれば、芦屋家と桐生院家が婚約関係を続ける理由はなくなったも同然です」

 神奈は「それに」と付け足した。両手でドレスをギュッと握りしめ俯けば、この日のために新調した靴が目に入る。少しでも御幸によく見られたくて、多紀と一生懸命選んだ靴だ。

「……御幸様と、有栖嬢の方がお似合いだって、よく聞きますわ。こんなつっけんどんな私よりも、御幸様だって彼女の方が──」
「本気で言っているのか」

 神奈の言葉を遮った怒気をはらんだその声に、思わず体がぴくりとなった。いつもにこやかな笑みを浮かべている彼らしくない、静かな怒りが込められた声だった。

「……本気、ですわ」

 そう言った瞬間、神奈の腕が後ろからぐいと引かれ、御幸と目が合ってしまう。神奈の顔を見た御幸は眉間にしわを寄せ、切なげに顔を歪めた。

「……だったら、どうして泣いているんですか」