帝都のエリート退魔師は婚約者の溺愛に気づかない

『神奈さん、危ないですよ』
『%$€°〆……っ?!』

 ある日、二人揃って帝都の街へでかけ、大通りを歩いていた途中。通行人にぶつかりそうになったときに御幸に肩を抱かれた瞬間、神奈の頭はお湯が沸かせるのでは、と言わんばかりに沸騰した。

 何の香りか分からないが、ふわりと香ってきた良い香り。たおやかな見かけに反して、引き締まった御幸の体を間近で感じた結果、鼻血を出して醜態を晒しそうになったのだ。

 そんなやばい女は、きっと御幸の好みとは程遠いだろう。そう気づいた時、神奈は絶望した。

「このままでは、いけませんわ……!」

 それからというもの、あるときは寺で座禅修行、あるときは山奥で滝行をし、精神統一の修行を行うなど、今度は神奈の修行の日々が始まった。

 けれど、どんな修行を重ねても、婚約者を前にすると正気を保っていられないことを神奈は常々悩んでいた。気づけば、胸に秘めた想いが爆発しないようにと、「冷たい」と思われても仕方がないほどツンとした態度で、御幸に接する癖がついてしまっていた。

 それもひとえに、「御幸に嫌われたくない」との思いから。彼の理想の女性でありたかったからだ。

「……なのに最近の私は、努力が全然足りませんわ」

 多紀が下がり、ひとりきりになった私室で神奈はぽつりと呟いた。

 鏡台の前に座り、台の上に置いてある髪飾りをそっと手に取る。薄桃色の桜と白い小花が彩られた髪留めは、神奈の誕生日に御幸が贈ってくれたものだった。

『春の花のように美しい貴女に、ぴったりの髪飾りだと思って選んだんですよ』

 優しげな笑みを浮かべながら、そう言ってくれた御幸に神奈はときめいて、胸がいっぱいになった。

 けれど嬉しい気持ちを感じると同時に、胸がギュッと掴まれたような痛みも感じていた。

 本当の自分は、彼が理想と描くような人間ではない。もし本当の自分を知ったら、彼に嫌われてしまうかもと。

(そんなのは嫌……と思っていたけれど。私の心も、もう限界なのかもしれませんわ)

 そんな風に御幸のことを騙すような真似をしていたから、だろうか。神奈の身に予想外の出来事が起こってしまったのは、それから一週間後のことだった。