帝都のエリート退魔師は婚約者の溺愛に気づかない

 あれは、神奈が退魔師養成所に入る前の年の頃。父の友人たちが集まる会合でたくさんの女の子に囲まれている男の子がいた。

 彼こそが、のちに神奈の婚約者となる芦屋御幸その人。

 「美男子」という噂はかねがね耳にしていたが、神奈がその張本人と初めて会ったときの衝撃は予想以上のことだった。

(こ、この御方は神か、何かの(たぐい)かしら……!)

 中庭の桜が、はらはらと舞い散る春。その雅な光景すら目がかすんでしまうほど、濃紺の和服姿で現れた御幸の姿は美しかった。

 育ちの良さがひと目で分かる品の良さに加え、どこか儚げな雰囲気。惚けた顔で彼を見ていた神奈に気づいたのか、顔をあげた御幸に微笑まれた瞬間、神奈の体に文字通り稲妻が走ったのだ。

『御幸君は、どんな女の子が好きですの?』

 彼を取り囲み、そんな質問を投げかけた女の子たちに交じり、神奈は興味がないフリをしながらも耳を大きくして、その答えを待った。すると──。

『好みの女の子ですか? 落ち着きがあって、おしとやかな方が理想です』

 周りを囲むご令嬢たちに爽やかな笑みを向け、そう言っていた御幸。その瞬間、彼に詰め寄っていた女の子たちが、すっとおとなしくなり、オホホと微笑み始めたのを見て、神奈は目が点になったことを思い出す。

 ライバルは多く、激戦必至。その日以来、「落ち着きがあって、おしとやかな女性」を演じるために、神奈は努力を重ねてきた。

 それから月日は流れ、神奈に転機が訪れたのは、十六歳のとき。秘かに恋心を抱いていた御幸と、見合いをすることになったのだ。

 海運業で財を成す芦屋家の跡取り息子である御幸。一方、神奈は退魔師の名家として知られる桐生院家の令嬢。

 特に、神奈は現役の退魔師の中でも桁外れの霊力を持っていることを、御幸の父はたいそう気に入ったらしい。そんな両家の間に、婚約の話が出てくるのは自然なことだった。

「はじめまして、神奈さん。これから、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、御幸様」

 長年、恋焦がれた相手との婚約。「前世で私どれだけ徳を積んだんだ」と言いたくなるほどの喜び。だが、「よっしゃぁ!!!」と喜んだのも束の間。神奈の修行の日々はここから始まった。