帝都のエリート退魔師は婚約者の溺愛に気づかない

『似合ってますよ、そのワンピース』

 夏樹のそんな言葉が聞こえてきた時、何でもないフリをして二人の前に出ていったけれど、心の奥底にはドス黒い感情が渦巻いていた。

 たかが、そんな言葉ぐらいで。そう思うのに、神奈のこととなると冷静でいられない自分を、まったく情けないと感じるばかりである。

(まだまだだなぁ、僕も)

 そんなことを考えながら、ふと視線を隣に向けると、頬を染めたまま、どこか緊張した面持ちで歩いている神奈の横顔が目に入った。その原因が、自分が握りしめている左手にあるのだと思うと嬉しいと感じてしまうほど、彼女に執心している自覚はある。

「神奈さん」

 名前を呼べば、恥ずかしそうにこちらを見上げる婚約者と目が合う。

 「かわいいですね」と、今度は口に出してそう伝えれば、ぐるんと勢いよく視線を逸らされ、「かわいいのは御幸様のほうですわ!」などと言われてしまった。よく分からない。そう思いつつ、そんな彼女がやっぱり愛しくて仕方がないと、御幸は幸せを噛みしめた。

「今度まとまった休みができたら、僕と遠方にでかけませんか?」

 緊張気味な神奈の横顔を見つめながら、そう提案した御幸。

「遠方へ……?」
「ええ、今の仕事がひと段落ついたら、少しゆっくりできそうなので。最近は会うのも食事の時ばかりでしたし」
「ぜ、ぜひ行きたいです!」

 前のめりにそう言った神奈に、御幸は目を瞬かせた後、嬉しそうに笑った。

「では、また神奈さんの休みの日を教えてください。行きたいところがあれば、どこでも連れていくので言ってくださいね」
「分かりましたわ……!」

 親同士が取り決めた婚約者という間柄の自分たち。世間的にも見合い結婚は一般的で、とりたてて珍しい話ではないのだが、初恋の女の子とこうして両想いになり、結婚できるのはとても贅沢な話だろう。

 これから結婚するまでの間、かわいい婚約者と少しずつ距離を縮めて愛を育んでいけたらと考えていた、その時だった――。

「こんなところで何をしている、神奈」

 聞こえてきた厳格な声に振り向けば、そこにいたのは濃紺の着物に、灰色の羽織を着て腕組みをしている男の姿。

「お父様……」

 神奈の父親、桐生院玄瑞(げんずい)がそこにいた。