京の守護から解放された最強おっさん陰陽師、式神や弟子と共に旅をする。~異世界で【陰陽術】は常識の範囲外~

「……ここはどこだ?」

 頭上には雲ひとつない澄み切った青空、目の前には広々とした大平原、そのさらに先には高々とそびえる山脈が続いている。

 京の都で生まれ育ち38年。これほどの大自然を目の前にしたのは初めてのことだ。

「身体が軽い……。我は死んだのか?」

 誰もいない場所で独り言のように呟くが、もちろん誰からも答えは返ってこない。

 我の身体は病に侵され、薬師は匙を投げた。ここ一月はずっと床に伏せていたはずなのだが、なぜか胸の痛みが消えており、気付けばこんな場所でひとり佇んでいる。

「ここが黄泉の国であるのか? いや、それならば……」

 右手を前に突き出し、空に五芒星を描く。

「いでよ、朱雀! 急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 五行力(ごぎょうりょく)を練り、呪を唱える。

『ご主人! 会いたかったよ~!』

「おおっ、スーよ! 息災であったか!」

 五芒星の陣が光輝き、そこから1尺半(45センチメートル)ほどの深紅の鳥が現れ、我の懐へと抱き着いてくる。

 南の守護神である朱雀。スーは四神の中で我が初めて顕現させた式神で、我がこれまで一番長く苦楽を共にした式神でもある。

『ご主人、身体は大丈夫なの?』

「ああ、なぜか胸の痛みが消えている。ここしばらくは床に伏せており、式神を顕現させることができなかったはずなのだがな。もしかすると我は死に、ここは黄泉の国なのかもしれぬ」

『黄泉の国~!? ……その割においらの身体は今まで通りだよ?』

「うむ、それに黄泉の国の鬼が我を迎えに来る様子もなさそうなのだ」

『でも、たとえここが黄泉の国でも、ご主人と一緒にいられるならそれでもいいかな!』

「ふふ、我もだぞ」

 そう言いながら我の胸にいるスーの頭を撫でてやる。

 契約者が死ねば式神はまた新たな契約者を探すと聞いていたが、実際には黄泉の国まで共にするのかもしれぬ。

「さて、これからどうしたものか?」

『京の都とは全然違う場所だね。もしかすると黄泉の国じゃなくて神隠しにでもあったのかな?』

「う~む、さっぱりわからぬ。とりあえず鬼の迎えは来ぬようだし、歩いてみるか」

『うん!』

 スーを右肩に乗せ、道らしきものを進む。厄のある鬼門(北東)や裏鬼門(南西)の方角は避けたいところであったが、ここでは方角がわからないので、まずは山のある方角へ向かって進むことにした。

『それにしても、ご主人が京の都から出るなんて本当に久しぶりだね。確か最後に都を出たのは5〜6年前に南の草原に現れた(あやかし)を祓う時だっけ?』

「ああ、そうだな。あの大入道はなかなかに手強い相手であった」

 陰陽師――国に仕える陰陽寮という組織に仕える者の総称。一般的には占いや暦づくりなどを行っているとされているが、裏では検非違使(けびいし)(警察)と共に都の守護を行っていた。特に妖退治は陰陽師の領分となる。

 弓月(ゆみづき)家は代々陰陽師の家系で、我はその六代目当主だ。そのため、幼少のころから京の都を離れたことは数えるほどしかない。

「すでに当主の任は他の者に譲っている。京の都へ戻れたとて、我の役割はもうないかもしれぬな」

『……ふ~ん。でもさ、それならそれでいいんじゃない。ご主人はこれまでずっと京の都を守ってきたんだし、これからはご主人がしたいことをしてみようよ!』

「ふむ、確かにそれもよいかもしれぬ。本音を言うと、我は幼い頃からいろんな場所へ行ってみたかったものだ。スーは知っているか? この世には海という溜め池とは比べ物にならぬほど大きな水たまりがあるらしい。しかもそれはただの水ではなく、しょっぱいらしいぞ」

『へえ~そんなものがあるんだね。おいらも見てみたいよ!』

 他の者に聞いた話だが、この世には一面が水だらけの湖や海、火が噴き出す山、京の都よりも大きな森があるらしい。いつかはそんな景色を見てみたいと思っていたことだし、それも良いかもしれぬ。



「ふう~疲れたな。それにしても本当に景色が変わらぬ」

『京の都どころか、村さえも見えないね。でもこれだけで疲れるなんて、ご主人は運動不足過ぎるよ』

「……確かに式神に頼りすぎているのもあるが、身体も思うように動かなくなってきた。病にもかかってしまったし、もう歳だな」

 スーの言う通り、運動不足であることも否定しないが、この歳になると身体も昔通り動かないものである。陰陽師は基本的に肉体労働をせぬからな。

「このまま日が暮れる前に人里を見つけることができないかもしれない。ビャクを呼ぶか」

『うん、その方がよさそうだね』

 式神顕現には五行力という特別な力を必要とし、現世(うつしよ)に顕現させ続けるためにはそれを消費する。朱雀であるスーは五行力の消費が四神の中でもっとも少ないので常に顕現させても問題ないが、他の式神たちを常時顕現させることはできない。

 五行力は休めば回復していくが、妖が現れた時のために常に余力はもたせておくようにしている。

「いでよ、白虎! 急急如――」

『ご主人、ちょっと待って! あっちに人がいるよ、それに妖に襲われているみたいだ!!』

「なに!」

 スーの翼が差す先には確かに人影のようなものが見える。そしてそれとは別の小さな集団に囲まれているようにも見えた。

「ゆくぞ、スー!」

『うん!』

 懐から五芒星が描かれた一枚の霊符を取り出す。目を覚ました時は我がいつも身に着けていた白い狩衣(かりぎぬ)や袴、烏帽子はそのままで、懐へ忍ばせていた霊符もそのまま残っていた。

(りょう)!」

 霊符の力を開放すると、急速に身体中に力がみなぎってくる。草原を駆け、襲われている人影のもとへ向かう。

「ゲギャギャ!」

「ギャギャ!」

「……小鬼(こおに)、餓鬼の類か。スー、任せるぞ!」

『うん、任せて!』

 小柄な(わらわ)が小さな妖どもに追いかけられている。

 餓鬼の類であろうが、あのような緑色の餓鬼は初めて見た。

『その子から離れろ! ええい!』

「ギャアア!」

「ギャギャ……」

 スーが紅蓮の炎を口から吐き出す。5匹の餓鬼どもは悲鳴を上げながら炎に包まれ、そのまま動かなくなった。

 スーは火を司る四神である。この程度の妖であれば、まったく相手になどならぬ。

「……むっ、この妖、滅してもなお体が消えぬぞ」

『あれっ、本当だ。それに妖気もなんだか変だよ』

 通常妖は滅すれば身体が消滅する。だが、この餓鬼の身体は燃え続けて炭となった。

 まだ息があるのかと攻撃用の霊符を構えて様子を窺っているのだが、一向に動く気配はない。

「た、助けてくれてありがとうございました!」

「ああ、気にする必要は――」

 背後から声をかけられ、振り向いて童の容姿を見た瞬間に我の言葉が止まった。



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