この音が恋になるまで

 初めての公式戦の応援は、想像していたよりも、ずっと熱気にあふれていた。
 自分の音が、スタンド全体の熱と混ざっていく感じ。誰かの「打てー!」という声と、手拍子と、楽器の音がひとつになる、はじめての感覚。
 ふだん練習しているエアコンの効いた音楽室とは、ぜんぜん違う。照りつける日差しで、楽器がじりじりと熱くなる。終わるころには、汗だくになっていた。
 試合は、勝った。
 興奮の余韻のなかで楽器を片づけていると、少しだけ頭がくらくらした。慣れない暑さと、全力で吹き続けた疲れかもしれない。
 楽器を背負って通路へ向かったとき、足元がふらついて、視界が揺れた。
「おっと」
 とっさに、誰かが、俺の腕を支えてくれた。
 顔を上げると、野球部のユニフォームを着た選手が心配そうにこっちを見ているのと目が合った。
「大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
「あ……ごめん、ちょっと、ぐらっときて」
「応援、暑かっただろ」
 汗で湿った前髪を、わざとらしくない程度に遊ばせた髪型。坊主頭の部員もいる野球部のなかでは、ちょっと洒落ている。
「もう大丈夫、ありがとう。いい試合だったよ」
「三組の町谷だよな。たまにさ、吹部が練習してんの廊下まで音聞こえてきて、こっそり聞いてたよ」
「えっ、マジで」
「今日の応援、すっげーよかった。やっぱ応援あると、ぜんぜん違うな」
 そう言って、彼――小田原暁良(あきら)は、今日の勝者にふさわしい笑顔を見せた。背番号を見て、試合前に覚えた名前を思い出した。
「七回表のチャンスのときだったかな、トランペットの目立つ曲あっただろ。あれ、すっげー気分上がった」
「ほんと!? あの曲、かっこいいよな! ちゃんと聞こえてたんだ」
「もちろん。次もデカい音で頼むぜ」
 そう言って、暁良はバットを振る真似をして見せる。
 ――応援が届くって、こんなに嬉しいことなんだ。
 その瞬間、ふっと櫂の顔が浮かんだ。
「どした?」
「あ、いや、なんでもない。次もがんばれよ!」
 そう言うと、暁良は「おう、気を付けて帰れよ」と言って、野球部員の列の方へ駆けて行った。
 自分の音が、誰かの背中を押せることが嬉しい、すごく。でも、こんなときでも、櫂のことを考えている。
 いまは吹奏楽部のみんなで、野球部を応援してるんだから。野球部は勝ったし、こうして応援を喜んでくれる人がいる。いまはそれでいいじゃないか。俺は自分に言い聞かせる。
「町谷先輩、大丈夫ですか?」
 後ろからやってきた後輩が、心配そうに声をかけてきた。
「ごめん、大丈夫。あとで水買って飲むよ」
「思ってたよりハードでしたね。次はしっかり熱中症対策もしてこないと……てか次の試合っていつでしたっけ」
 俺はかばんから日程表を引っぱり出した。次は、ベスト8を賭けた一戦だ。
「えっと、次は――」
 日付を指でたどって――そこで、止まった。
 二日後。その日は、櫂の関東大会と同じ日だった。