コートではキスしないでください。

「パシーン!!」と、空に突き抜けるような音が聞こえて、顔をあげた。
目の前にはソフトテニス部のエース、長野千秋(ながのちあき)の背中。
視界を覆い隠すほどに迫り、とっさに首を縮こませる。
その視線の先を見て、ベースラインを大きくオーバーしたボールを、隣のコートまで飛ばした音だと分かった。

「おっと!」
そのまま後ろにいた俺に倒れ込みそうになり、器用にクルッと体の向きを変えて手をつく。
すぐ後ろで「ガシャン!」とフェンスが軋む音がした。
向かい合う形になり、その日焼けした筋肉質な腕が、俺の耳のすぐ横にある。
「ぼーっとしてんなよ!晴人」
反対の手――ラケットを握っている手の甲で汗を拭いながら、ちょっとだけ口角を上げて言う。
今にも汗が滴り落ちてきそうな距離だ。
「ご、ごめんっ!千秋」
色気がすごすぎる!
囲い込むように見下ろされて、顔を上げられずにドクドクと鳴る胸を手で押さえる。
そんな俺の仕草を見てなのか、喉仏が一度だけ上下するのが見えた。
「ちゃんと見てろよな!」
「うんっ!」
千秋はサッと腕を引いて、何事もなかったかのようにコートへ戻っていく。

ふう、と息をついた。
胸を押さえる手はまだそこにあり、落ち着く気配のない心臓をなでている。
千秋の汗、息遣い、声……すべてが俺、町田晴人(まちだはると)を狂わせる。



高校2年生の夏が迫っていた。
俺は1年前のあの日からずっと、この背中に囚われている。