この恋が終わる頃

 最近、徳井の様子が変わってきている。
 何か悩む様子だけれど、私には絶対に言わない。
 そして、藍田の気持ちは薄々気づいているけれど、徳井がそれに悩んでいるようには見えない。
 鈍感そうな彼のことだ。
 気づいてすらいないのだろう。
 そろそろ文化祭も近い。
 藍田の気持ちを後押しするのもありだろう。
 私は今、フリーだ。
 好きな人もいないし、好きになってくれる人もいない。
 応援する側に回ろう。
 なのに、私は今、悩まされている。
 大崎が元カノに会いに行ったという。
 元カノは私だ。
 学校以外であった覚えはない。
 どうして、忘れたいのに忘れさせてくれないのだろう。
 ひどい男だ。
 沼らせるつもりなのか。そうなのか!?
 じーっと大崎を睨みつける。
 私以上に想いをはせる誰かがいたと言うのか。
 ……ん?それって、私以外の人なら、私と付き合っている時もその人に未練があったってこと?
 何それ、どう言うこと?
 元カノに未練はないって付き合ってた頃言ってなかった?
 あれ?私を傷つけるようなことは言わないって言ってたよね?
 じゃあ、そんな元カノに会う必要ないじゃん。
 未練ないんでしょ?ねえ?
 徳井が横を通る。
 ガシッと手首を掴んで手前の席に座らせる。
「え、なに?なんか怖いぞ」
「あ?」
「いやいや、どうしたの?」
「大崎のこと教えて」
「教えてって、別になんもないけど」
「嘘。元カノに会ったんだよね?どう言うこと?」
「え、誰から聞いたの?あ、いや、そんな話知らないよ」
 すーっと席を立つ彼をもう一度座らせる。
「教えて」
「二人、別れたじゃん。今はもう付き合ってないんだし、今更」
「でも、大崎、付き合ってる頃は元カノに未練はないって言ってた。どう言うことよ」
「それは……」
 何やら知ってそうな徳井。
 睨むと彼はカエルのように怯んだ。私は蛇じゃないぞ。
「ま、でもさ、浦間だって未練とかあるでしょ?後悔することとか」
「それは」
「大崎のことそんな気になるなら、まだ未練あるじゃん」
 言い返されてしまった。
 言葉を返せないのは、未練があるから。
 振られた本当の理由を知らないから。
「思ってることあるなら、聞くよ?」
 徳井に飛び込んでしまいたくなる。
 普段、明るくておちゃらけてて、そのくせ人の感情に機敏だ。
 すぐに気づいてくれて、悩んでいたらふざけずに聞いてくれる。
 その間ずっと付き合ってくれる。
 藍田はそう評価していた。
 でも、もし飛び込んだら、彼女に申し訳なくなる。
 彼女の気持ちに気づいてしまったのだから。
 言葉を詰まらせていると彼はいう。
「また何かあったら話してよ、いくらでも聞くから」
 席を離れる彼。
 逃げたのに、また捕まえる気にはなれなかった。

 放課後、部室でぼーっと座って考え込む。
 もしも大崎が、私と付き合っている間、元カノに未練があったとしたら。
 思い当たる節といえば、八月の花火祭り前に行ったデートで誰かと連絡を取り合っていたことくらい。
 普段はデート中、スマホを触ることがない彼がその日に限って触っていた。
 他の元カレはしょっちゅうスマホを触っていたけれど、大して気にはしなかった。
 それに気にすると怒ってくるし、何も言わないのが一番。
 彼は、珍しいから聞いてみたりしたけど、本当は元カノからの連絡だったりして……。
 いやいや、そんな不誠実な男には見えない。
 キスしてくれる時もわざわざ聞いてくるし、ハグだって聞いてくる。
 別に何も言わずに抱きしめてくれたっていいのに。
 元カノに散々嫌がられた過去があって、聞かないと不安になってしまうとか?
 だとしたら、未練たらたらなわけがない。
 相当ショックな振られ方をした以外に未練は残らない。
 受験を理由に振られた私は、あまり元彼に未練がない。
 今はもう連絡も取り合ってないし、会っても普通の反応だ。
 ドアのノックオンが聞こえた。
 一瞬ドキッとしたけど、誰も対応しない。
 そうだった。今はこの部室に私一人だ。
 返事をしてドアを開ける。
 するとそこには、河合が立っていた。
 元彼だ。
「あ、浦間?部長は?」
「今、いないけど」
「そっか。あ、これ、渡しといて」
「何これ」
「生徒会のやつに頼まれてさ。多分、部費の件だと思う」
「そっか。渡しとく。それにしても、生徒会に頼まれるなんて、いつの間に優等生になったのさ」
「優等生なんて程遠いよ。君のこと傷つけたりしてさ」
「……」
「ごめん、聞いたよ。大崎と別れたんだろ?」
 私のことを狙っているのかと疑う。
「復縁するつもりはないよ」
「俺もできると思ってない。今もたまに思い出して、後悔してる。次付き合っても、同じこと繰り返すだけだよ」
 彼は少し、ネガティブなところがある。
 また同じことをして失敗するのが怖い。
 だから、逃げる。
 そして、それに後悔する。
 そんな悪循環が嫌だから断ち切るために恋をしない。
 彼は、高校入ってすぐ告白されたようだけど降ったらしい。
 傷つけたくないから、と。
「反省してるから、やり直せるは違うでしょ?それは、浦間も思うんじゃない?」
「うん」
 でも。
「河合はさ、私のことどう思う?振られて当然の面倒な女だって思う?」
「どうしたの、急に」
 私が彼に惹かれたのは、彼のネガティブさゆえの優しさ。
 強い人じゃないから、弱い人の気持ちを理解してくれる。
 きっと気持ちを理解してくれる誰かを私は求めてる。
 じゃあ、大崎は?
 お互い、一緒にいて楽しかった。
 気持ちの乖離が、結局のところ私と彼を引き離したのだろう。
 なんで今になって冷静になれてしまったのか。
「明るくてもうざがられて、ベラベラ喋ってても面倒臭がられて。何をしても邪魔者。だから、女子から好かれないのかな」
「そんなこと……」
 ない、と言ってくれないのは、彼も思い当たる節があるから。
 現に、振られた理由はそこだ。
「私はね、きっと空気が読めないんだ。彼が大切にしている目標や時間を私は、奪おうとした」
 だから。
「恋がうまくいかない」
 好きな人と恋をして、愛が生まれて結婚して。
 一生涯を添い遂げる夢のような理想。
 脳内お花畑と言われても仕方ないような幻想。
 こんなこと言って元彼の時間を奪い、救われようとしている。
 私は、最低だ。
「ごめん、これ渡しとくから。じゃあ、そのバイトとか頑張ってね」
 ドアを閉めようと少し閉じたところで彼は止めた。
「あのさ、もし時間あるなら、少しその時間ちょうだい。三時間だけでいい。今週末、時間取れないかな?」
「え?」
「また連絡する」
 彼はそう言い残して、帰って行った。

 週末、彼に言われた通りの場所に時間通りに到着。
 彼は先に待っていたようで駆け寄ってくる。
「ごめん、急に。ほらこれ」
 夕方に会って三時間だけ。
 そんな都合のいい話があるわけない。
 もしかして、と頭に浮かんだ疑念に被りを振った。
 変なことを考えるのは止そう。どうせ、ネガティブになっちゃうだけだ。
 しかし。
「どうみても美術館だよね」
 大きな建物、検索しても学生が行くような場所ではない。
「うん、おすすめなんだ」
 海の近くにある美術館ですぐに海に行ける。
 エモいという言葉が似合うのかもしれないが、そもそもエモいって言葉自体死語なんじゃないだろうか。
「こういうところ、大人のカップルが行くイメージだよ」
「まぁ、いいから。これ、チケット」
「いくら?」
 財布を取り出す。
 しかし。
「え、貰い物だから気にしないで」
 嘘だ。
 美術館に入るとそこには幻想的な絵が飾られていた。
「すごいね、綺麗」
「こういうところ来るとさ、たまに自分の気持ちを表現してるんじゃないかって絵が出てくるんだ。それをずっとみてるとさ、自分の悩みがなんなのか思い出す」
「悩み……」
 少し歩くと林檎の絵が見えた。
「これ」
「あぁ、これ、大崎も目に留まったらしいな。元カノと行ったって」
 今の私たちみたいだ。……ん?
「元カノ?」
「あれ、聞いてないの?徳井なら言ってると思ったんだけど。まぁ、なんか二人で言って目に留まったって大崎が俺と徳井に言ってた」
 なんでも河合は大崎らと仲がいいらしく、たまに廊下ですれ違った時に話すらしい。
「聞いてないよ」
 元カノと会った話は聞いてるけど、美術館行ってるなんてそれ、デートじゃん。
 やっぱ未練あるじゃん。
「毒林檎でも食べて、死んじゃえばーか」
 隣にいる彼は何も返してこなかった。
 怖いよとかなんとか言ってくれればいいのに。
 歩を進めると彼も後ろをついてくる。
「でもさ、河合がこういうところ来るの意外かも」
「受験終わった後、来たんだ。ずっとこれでよかったのかって悩んでて。そんな時に、この絵に出会った」
 立ち止まる彼の目の先にあったのは、とんでもなく美しい海の絵。どこまでも儚くて青くて、でも濁っても見えて。
「最近ようやく、この絵が綺麗なんだって気づいた。ずっと下ばかり見て濁っているところに意識がいってた。意外と前をむけば、綺麗なものに出会えたりするのかなって。だから、後悔するのやめたんだよ。俺は、俺のこれまでをちゃんと悔いて次に進もうって」
 なんだか大人に見えた。
 ずっと同じ学生に見えていたから、先に大人になられた感じ。
「きっと、浦間もいつか気づくよ」
 外に出ると海に向かった。
 あいにくの曇り空。
 海も濁って見える。
 それどころか波は私を責め立てる。
 私が子供だからこんなふうに甘えてしまうのか。
 誰かが私を救ってくれると期待してしまう。
 人並みの恋をしてきて、人並みに愛されて。
 だから、自立することを知らない。
 これからは将来も考えなきゃいけない。大学や就職、いろんなことに押しつぶされるんだろう。
 海の波は、そんなんでいいのかと問いている。
 口を開きかけたとき、河合が先に言葉を発した。
「もう一つ、伝えたいことがあってさ。……あの時は、ごめん。ちゃんと謝ってなかったと思って。ずっと謝りたくて」
 付き合っていた頃のことを言っているのだ。
「余裕がなかったのは、言い訳で、君を傷つけたこと今も後悔してる。そりゃ、謝れば俺は楽になるのかもしれないけど、でも、言わないのもまた違う気がして。君を傷つけたこと一生忘れない」
 それに。
「浦間は、他にもっといい人と出会えるよ。応援してる。今日はそのために呼んだ」
「ずるいよ……」
「ごめん」
「私、振られたばっかだよ?」
「ごめん……」
「謝られてばかりでお腹いっぱい。なんで急に優しくなるのかなぁ……。私が悪い人みたいじゃん」
「ご、ごめ、いや、それは違くて。その」
「大丈夫だよ。でも、ありがと。謝ってくれると思ってなかったよ。押しつぶされないでね?」
「え?」
「私のこともあって、恋愛から距離を置いてるんでしょ?」
「それは……」
「もういいんだよ、自分のこと許してあげても」
「……」
 彼は海風に煽られたのか目元に涙が浮かんでいる。
「やっぱ、浦間はすぐいい人見つかるよ」
 彼はスマホを取り出すと時間を確認してこういった。
「もう三時間か」
「早いね」
「帰ろうか」
 頷くと帰路に着く。
 自分の悩みが解決したわけじゃない。
 だけど、少し気持ちが軽くなった。
 河合があれだけ後悔していただなんて思ってもいなかった一方で、邪なことを考えた私を殴ってやりたいくらいだ。
 彼が前を見ていくと言ったあの時、自分に言い聞かせるのではなくて宣言のように聞こえた。
 ずっと強くなっていた彼に、置いていかれる気持ちになるのは私が今なんの目標もなく今を生きているからなんだと思わされる。
 恋に悩むくらいなら、その先の未来を、将来を描いておく必要があるというのか。
 しかし、やりたいことなんて特にない。
 見据えた未来のために動けない。
 とりあえず、大学に行くのもいいのだろう。
 その時になって動いてみるのもいいかもしれない。
 勉強さえできていれば、そこそこの大学には行けるはず。
 赤点取ったこともない。
 後からでも問題はないはず。
 なのに、どうしてこんなにもモヤモヤしてしまうのか。
 未来を想像する。
 全く想像できなかった。
 これといった趣味もない。
 大崎みたいに教師になる夢もない。
 思えば、付き合っている間彼から教師になりたい理由を聞いたことがない。
 教師……、私には向いていないだろう。
 河合のようにバイトしているわけでもないのだから。
 何か新しいことを始めるなら、バイトするところか始めるべきなんだろうか。
 スマホでバイトを調べてみる。
 この辺では、コンビニの接客か飲食チェーン店のホールか厨房くらい。
 あまりやってみたいものはない。
 もしも都会だったら興味の湧く何かがあったのかもしれない。
 誰かのなりたいものに私がなりたいとは、到底思えない。
 じゃあ、私はこれまで何をしてきたのか。
 何をやりたいのか。
 部活だって友達が入ったから入っただけ。
 結果が悪くても何も感じない。
 いい結果を残したい欲もない。
 どうしてみんなは結果を残そうと必死になれるのだろう。
 大学の面接で聞かれるから?いや、そこまで考えている人、そんなにいない。
 なら、今の私ってなんなんだ。
 何者でもない私は、何者かになりたいわけでもない。
 だめだ。すごくネガティブになってしまう。
 被りを振って考えを停止する。
 今の私が何考えても悪い方向にいってしまうのなら、少しは時間を置こう。
 遅すぎるなんてことはないはずなのだから。

 週明け、先生がみんなに進路調査の紙を配った。
 どこの大学に行きたいか、どんな仕事に就きたいか。
 遅かった。
 行きたい大学もやりたい仕事もない。
 昼休み、先生のいる職員室に向かう。
「どうした」
「やりたいことがないんです。就職も特にやりたい仕事がなくて」
「なら、今の学力で行ける大学でも書いといて」
「わかりました」
 先生は、どうして先生になったのだろう。
「どうかしたか?」
「いえ」
「何か悩んでるのか?」
 私の顔を覗かせる先生。
 男子からも人気あるノリのいい先生が私のために時間を使う。
 なんだか申し訳なくなって、首を横に振った。
「俺の話だけどな、先生になったのは特に理由はないんだ。大学に行ったらたまたま教師の資格を得る必要があったってだけ。なら、資格の活かせる仕事がいいと思って先生を選んだ」
 だから、まぁ。
「成り行きに身を任せるのもたいした問題じゃない。今時、夢を持たない人も多いだろ。俺の周りにもいる。浦間も気負う必要はない」
「でも、それでいいのかなって。自分のことだから真剣に考えたくて。バイトとか考えたんです。やりたいって思えるバイトはなくて」
 先生は笑った。
「バイトなんてみんなやりたくてやってないぞ。金が欲しいからやってるだけ。学校だから、それなりに理由を求めるけど、大抵は金のため。うちのクラスにもバイトしてるやつはいるだろ?金が必要なんだよ。目的のためにバイトしてる。バイトは二の次」
 逆に言えば。
「今、バイトしてみて、金貯めて、何かやってみたいことにすぐ打ち込める準備をする。それもあり」
「準備……」
「うちのクラスで言うなら、大崎とかは教師志望だよな。高校生でなりたいって思えるのはいいことだ。なりたいものがある人にどういう経緯があったのか聞いてみるのも悪くないぞ」
 と、パソコンと向かい合う先生。
 先生は、私が大崎と別れたことを知らないのだろうか。
 刹那、あっと口を開く先生。
 知っていたらしい。
 睨みつけると先生は、ほら帰った帰ったとあしらった。
「失礼します」
 不貞腐れた態度で職員室を後にする。
 なんでみんな私が大崎と付き合っていたことを知っているのか。
 そんな噂になる程か?
 いや、大崎が有名人すぎるだけだ。
 きっと都会にいたら芸能事務所からスカウトされるのだろう。
 ここが田舎でよかったよ。
 とりあえず、行ける大学を調べて三つ志望校として記入。
 学校説明会とかいかなきゃいけないのか。
 大崎のことで悩むよりこういう悩みで埋め尽くして忙しくしていれば、いつの間にか吹っ切れていることもあるのだろうか。
 一度やってみようか。
 河合の時は、自分のせいだからと割り切れたけど、大崎の場合、一方的で理由も聞けずじまい。
 彼に話しかけようとここ一ヶ月と少しやってみたけれど、タイミング悪く誰かが話しかけていたり、教室にいなかったりする。
 もう諦めよう。
 みんな次へ行けと言うだけだ。
 また新しい恋でもしたらその時に恋をしたらいい。
 自分に言い聞かせて、進路希望調査の紙を先生に渡しに行った。

 文化祭が近づいてきたこの頃。
 クラスメイトは浮かれていた。
 恋人を作る人も増えてきたし、かくいう目の前の藍田も少しそわそわしていた。
「ね、そんなに目で追ってたらバレるよ?」
「そう言うのじゃないし」
「でも」
 徳井に指差すとその手をバシッと机に押さえつけてきた。
 痛みに悶絶する。
「好きなら言っちゃえばいいじゃん。意外と付き合えたりするかもよ」
「理想的な付き合い方をするあなたとは違うので」
「理想的って」
「だって、徳井はそう言うことしないよ。絶対、ちゃんと告白してくる。絶対する」
 だから、告白してこない時点で脈なしだと言いたいのか。
「わかんないじゃん」
「わかるよ」
「なんで?」
「わかるものはわかるの」
 彼女にも何か思い当たる節があるのだろうか。
「でも前に、腕引っ張られて連れていかれてたじゃん。乙女の顔してたよ」
 と、いじると今度は頭を叩かれた。
「ひどい!」
「あれは、仲良いって思われたくなくて徳井が逃げたの!」
「なんでさ!」
「知らないよ!ていうか、浦間が一番わかってるじゃん!」
「何を!?」
「なんでもない!」
 腰を上げてスタスタ行こうとする彼女をとっ捕まえる。
 近くに徳井がいたからだ。
 目で合図して来いと伝える。
 ぴょんぴょんやってきた徳井。
 いつもふざけてる徳井が、恋に悩むとは思えない。
「どした?」
「藍田のことどう思ってる?」
「ばか!!」
 またしても頭をぶっ叩かれる。
「藍田のこと?」
「うん」
「えー、なんだろ。俺は好きだよ。悩み聞いてくれるし」
 んじゃ、と予定があるらしく教室を離れていった。
「好きだって」
 と藍田に伝える。
「絶対、違う」
「なんでさー。もう伝えちゃえばいいのに」
「無理だよ」
「ウジウジしてると取られちゃうよ?」
「取られないよ絶対」
「なんで?」
 藍田は真剣な目をして私に告げた。
「徳井が何言っても断ってね」
「え、あ、うん。でもなんで?」
 友達の言葉だ。そりゃもちろん、藍田の好きな人を取るつもりはない。
「なんでも」
 席を離れていった藍田。
 辺りを見渡す。そういえば、大崎もいないな。
 告白でもされているんだろうか。
 そんな気がする。
 去年のこの頃は、ファミレス行っていつもこのクラスのこの子に告白されたと聞かされていた。
 数回デート行ってたこともあり、私はブチギレそうな思いを抑え、可愛い子を演じた。
 演じる。
 役者とか向いてるのか?
 いや、演劇部の演技を見ているとあの長いセリフを覚える必要があるみたいだし、向いてない。
 方向性は全く定まらないな。
 大学の説明会も日程も決まったし、やることがない。
 やることやっちゃうとまた暇になる。
 暇になると考えてしまう。
 あの花火祭りの日、どうしたらよかったのか。
 どうして引き留めなかったのか。
 なんで泣きじゃくってでも首を横に降らなかったのか。
 思えば、その少し前のデートの日以降、噛み合わなくなった電話の時間。
 連絡が遅くなっていったこと。
 頑張って浴衣を着て、髪型もまとめたのに褒めてくれなかったこと。
 急激に変わっていった彼を私はどうして見抜けなかったんだろう。
 あぁ、そっか。
 見抜けなかったんじゃない。
 だんだんと掛け違えていったことを見なかったことにして、気づかないふりをして、嘘にも騙されて、関係を続けようとしたから。
 気づいていたから、断れなかったんだ。
 振られた後でもまぁ、そうだよねって冷静になれてしまったんだ。
 こんな気持ち、今更大崎に伝えたら嫌がるのかな。
 河合の気持ちでさえ、一年半かかってる。
 私が大崎の気持ちを聞くのは三年生になった頃になるのだろうか。
 それまで私は、前に進めなさそうだ。

 放課後、教室に忘れ物をしたことを思い出して、急いで向かった。
 そこには、徳井が自分の席に座って何かと睨み合いっこをしていた。
「どうしたの?」
「おお、びっくりした。進路希望調査だよ。俺、やりたいこと特にないからさ」
「ないの?」
「お前はあるの?」
「ないよ。だから、先生に今の学力で行ける大学書いとけって言われた」
「まぁ、そうなるよなぁ。俺も言われた」
「提出してなかったんだ」
「浦間は、どうしてここに?」
「忘れ物しちゃって」
 机の引き出しから筆箱を取り出し、見せてあげる。
「あぁ、そっか。なんか、いつかの俺たちの逆バージョンだな」
「そうだね」
 と、お互い笑った。
 彼はペンを走らせて第二希望まで書いたところで第三希望は未定と書いてファイルにしまい、カバンに放り入れた。
 隣に座ると彼は驚いた表情を見せる。
「少し前にさ、話聞いてくれるって言ったじゃん」
 頷く彼。
「今、聞いてもらってもいい?」
「いいよ」
「私がさ、大崎くんのこといまだに忘れられないのは、優しい私を演じようとしたからだと思うの」
 思い返してみれば、お笑いに走った映画を私は好きじゃないし、それをみようといってくれた彼の気持ちを汲んで一緒に行っただけ。
「彼が好きな私を好きになってくれればいいって思ってた」
 そんなに面白くなくても、面白おかしそうに笑って見せて、好きになってもらいたくてボディタッチしてみたり。
「好きになってもらうために必死だったんだ」
 それはきっと元彼のこともあるから。
 提案するばかりで、彼の邪魔をしたくない。
 少しはお淑やかな人でありたい。
 でも私はそんなタイプじゃない。
 だから、
「大崎くんが、私を振る少し前から連絡の頻度が遅くなったり、電話しようねって日に無視されたり、近い将来別れるのかなって想像がついてた」
 仕方ないって思うようにした。
「花火祭りの日、振られた時引き留めなかったのは、引き留められなかったから。引き留めて、嫌われたくないし、優しい女でいようって思った」
 でも、
「無理だった。家でずっと泣いてたし、LINEを打っては消してを繰り返してた。今更、理由を聞いて嫌がられたらそれも嫌だし、それくらいだったら私は気にしてないよって顔をするつもりだった」
 実際は、何もうまくできないまま。
 ずるずると引き摺った。
「私は今、大崎くんのいい女になれたならそれでいいよ。彼は、復縁とか望んでないだろうし、元カノと会ってるくらいだからどうしようもない。私は元カノよりいい女にはなれない」
 言い聞かせる自分。
 なのに、どうしてか目先が滲む。
 言葉にしたら楽なのに、苦しいのはどうして?
 歯を食いしばってみても、声が溢れそうなのは、なんで……。
 やっぱりまだ、未練があるの?
 廊下の足音も消えた今、ここにいるのは私と徳井だけ。
 彼の前で泣きたくない。
 藍田と約束したじゃん。
 でも、でも……。
 もう、我慢の限界だ……っ。
 刹那、彼は私を抱き寄せた。
 大崎とは違い、何も聞かずに。
 その温もりが温かくて、優しくて。
 そして、苦しかった。
 私は、最低な女だ。