この恋が終わる頃

 連絡があったのは、ちょうど夏休みの半ば。
 たまたま僕と浦間がデートに行った日、元カノに会った。
 浦間がトイレに行っている間に声をかけたきたのだ。
「久しぶりね、随分とまた大人に近づいたね」
「先生」
「あの子は、彼女さん?」
「えぇ、まぁ」
 本当は違うというべきだったんだろう。
 先生と復縁したかったのなら。
「大崎君、インスタやめちゃったでしょ?連絡したかったのに、できないから、悲しかったのよ?」
「本当にそんなこと思ってるんですか?」
 距離を置くことに重きを置いていた。
 また傷つくことになるから。それが、怖いから。
「ほんとよ。ずっと会えなくて寂しかったんだから」
 腕に絡みつく先生。
 細身で大人な清楚感。
 受けのいい顔立ちに愛嬌。
 昔、アイドルをやっていたと言われても納得いく立ち振る舞い。
「LINE、交換して欲しいな」
 スマホを向ける彼女。
 断ろうとしていた。
 だけど、先生は僕のポケットからスマホを取り出し、顔認証まで終わらせ、LINEを追加した。
 いつかの前戯にもこんなシチュエーションがあったことを思い出す。
「じゃあ、また連絡するね。ブロックとかしないでね」
 と、二の腕をツンツンする先生。
「しな」
 刹那、唇にキスをしてきた先生。
 言わせるつもりもないらしい。
「じゃ、楽しんでね」
 スッと離れていく先生。
 甘い香りに懐かしさを覚える。
 甘すぎずふわっと香るバニラ。
 あの口止めをするキスもいつぶりだっただろうか。
 通知がなる。
 なおの文字。
『久しぶりに会ったのに、先生呼びはひどいよ。泣いちゃう』
『すみません、久しぶりすぎたので』
『次会うときは、名前で呼んで』
 打ち返そうとした時、隣に気配を感じた。
「誰とやりとりしてるの?」
 浦間だ。
「中学の時の担任の先生。突然連絡くれたから」
「へぇ、どんな人?」
 スマホをポケットにしまい、彼女の手を繋いだ。
「んー、好かれてたと思う。授業も面白いし、優しいし、話聞いてくれるから」
「へぇー……」
 怒らせた覚えはなかった。
 だけど、女ってだけで怒らせたのかもしれない。
 担任は男だというべきか。
「なんで、甘い匂いがするの?」
「……」
 女子の嗅覚を侮ってはいけない。
 巷では女の勘というものがある。
 危険だ。
「さっき、香水きつい女子が目の前歩いてたんだよね。思わず、鼻を押さえちゃったよ」
「そ、それならいいや」
 誤魔化せたのだろうか。
 いや、きっと無理だろう。
 どうせ、女は勘が鋭い。
 先生にもどれだけ見抜かれてきたことか。
 圧倒的な経験値の差を前にして、僕は何ができただろう。


 中学二年生になった頃、同じ部活だった徳井と同じクラスになった。
 そんな中、担任としてやってきたのが、なおだった。
 森山なお先生をみんなは森山ティーチャーだのなんだの言って話しかけていた。
 前の席に座っていたある日、先生は僕のインスタを見ていう。
「こら、ダメだよ。スマホ没収しちゃうよ?」
 子供扱いしてくるのが気に食わなかったけれど、今までもてはやされてきた人生で少しでも叱ってくれる人はこの先生くらいだった。
「あれ、でもインスタ全然投稿してないじゃん」
 隣に来て顔を覗かせる先生。
 休み時間とはいえ、見に来ていいものだろうか。
 スマホ没収するかと思っていたが、しないらしい。
「あ、違う違う。没収です。中学校にスマホは持ってきちゃダメですよ」
 綺麗な横顔に惚れそうだった。
 ふわっと甘い香り。
 大人なのに、少し子供っぽい雰囲気。
 触れてはいけない危険な甘美。
「放課後取りに来てね」
 スマホを奪われ、心までも奪われてしまった。
 多分、この時にはもう僕の心は先生に釘付けだったのだろう。
 放課後、職員室にいる先生のもとに向かった。
 しかし、先生の姿は見えなくて探し回る。
 部活もあるため、早めに回収して向かいたいところ。
 他の先生に聞くとさっき教室に向かうと言っていたらしい。
 カバンを抱えたまま、教室につくと先生が先生用の机で何やら作業している様子。
「先生、スマホ取りに来ました。もう学校でスマホ触らないので返して欲しいです」
 本当なら、叱られるだろうし、叱られるつもりで誠実に言葉を紡いだつもり。
 さっきは他の生徒もいたから怒らなかったのだろうと思っていた。
「あ、大崎君。これ」
 スマホを手渡す先生。
 それ以上、何も言ってこなかった。
 だから。
「あの、怒らないんですか?」
「え?だって、部活あるんでしょ?」
 どこか冷たい態度になんだか苦しかった。
「そうですけど、ほら、他の先生ならもっと叱るから」
「何か用があってそういうことしたってことにしておくからいいよ。インスタ見てたのは良くないけど」
「すみません」
「いいよ。次からしないでね」
「はい」
 もう少し話したい欲に駆られる。
 これはもう恋だったんだろう。
 だけど。
「失礼します」
 ぎこちなくなってしまったけれど、仕方がない。
 部活に遅れる方がまずいと先生も気遣っているんだろう。
「あ、そうだ、大崎君」
 教室を出る刹那、先生は僕を呼び止めた。
「これ、大崎君のインスタでしょ?」
 先生が持つスマホに僕のアカウントが載っている。
「あ、えぇ。まぁ」
「フォローしちゃおー」
 さっきとは少し違って陽気だ。
 機嫌が悪いわけではなかったのか?
「早くフォロー返してよ」
 スマホをポッケに戻す僕にムッとする先生。
 どこか子供っぽい。
 手招きする先生。距離を置くべきはずだったのに、どうしてか話したい衝動は抑えられなかった。
「あ、ドア閉めてね」
「え、はい」
 ドアを閉めて、先生の前に立つ。
 スマホを開くと先生がインスタを開いて勝手にフォロバした。
「先生と連絡のやり取りってダメなんじゃ」
「えぇ、だめ?」
 学校のルールをなぜ先生が破るのか見当がつかない。
 それにこの上目遣い。
 慣れている人がしているものだ。
「ダメじゃないですけど」
「ならいいじゃん。あ、これ、誰にも言わないでね」
「は、はい」
 スマホを返されるとポケットにしまう。
「先生は、今、仕事ですか?」
「そうだよ。中間テストに向けて小テストを作ろうかなって」
「……」
 徳井が聞いたら絶望しそうなワードだ。
「嫌がらないんだね」
「先生が作る問題ならなんでも解きます」
「いい心意気だね」
 僕は、なんてことを言っているんだろう。
「じゃ、早速この問題解いてみて」
 デスクに置いてあるパソコンの画面をこちらに向ける。
 綺麗な指で指された問い。
 社会科担当で、二年生からは地理の問題。
「気候の問題ですか?」
「そうそう。簡単なはずなんだけどね、みんな躓くから」
「……」
「おや?難しいかな?」
「ちょっと、すぐに出てこないですね」
 難易度の高い問題に頭を悩ます。
 というか。
「これ、授業でやってない」
「正解!」
「試したんですか?」
「そうだよー。ほら、やっぱ難しい問題に当たっておいた方が、次やる問題が簡単に見えたりするからね」
「……」
 次はこれと指をさす。
 すんなりと解けた。
 やはり試されたんだ。
「授業内容はちゃんと覚えているみたいで安心した」
「それは、先生が教えるの上手だから」
 あっけに取られた先生。
「ほんと?」
「えぇ」
「やったー。授業しててよかったよー」
 無邪気な笑みを浮かべる先生。
「あ、大崎君、部活!間に合わなくなっちゃうよ!」
 時計を見ると時間は刻一刻と迫っている。
「やば、先生、先に失礼します!」
 急いで教室を出る。
 ふと廊下から先生を見やる。
 どこか儚いような寂しそうな、悲しそうな表情でパソコンを見ている先生。
 時間の感覚が止まったようで、見つめてしまう。
 さっきまであれだけ明るかった先生が、何を考えているのか気になって仕方がない。
 だけど、部活の時間が迫っている。
 被りを振ってテニスコートに向かう。
「すみません、遅れました!」
 制服から運動着に着替え、ポケットにあったスマホを取り出すと画面に通知がでる。
『部活頑張ってね、応援してる』
 思わず笑みがこぼれた。
 まるで彼女ができたみたいな。
『はい!』
 送り返して、カバンにしまう。
 その日の部活は一日中浮かれていた。

 それから、放課後時間の空いている時は、先生と話すことが増えていった。
 ずっと気になっている。
 初めて、放課後話し終わった時の表情が頭にこびりついて離れない。
「先生、ここ教えて欲しいです」
 最近はもうこんな言葉を言って、勉強を教えてもらっている。
 授業の復習じゃなくて、予習してもらっていた。
 テスト内容を教えてくれることはないが、先生は僕に付き合ってくれた。
「勉強できるんだし、一人でもできるんじゃないの?」
「一人だとやる気がなくなるので」
 いつか、徳井がそんなことをぼやいていた。
 家で勉強しようとするとスマホを触ってしまったり、片付けや掃除を初めてしまったり。
 手付かずの友達が近くにいてよかったと初めて思う。
「嘘はよくない」
 ピシャリと言われてしまう。
 いつもみたいな雰囲気はどこにもなく至って真面目に先生はいう。
「それは」
「でも、勉強するのはいいことよ。他の人も見習ってほしい」
 先生は僕の頬を撫でた。
 まるで子供のように扱う先生に少しイラついた。
 子供なんかじゃなくて一人の男子としてみてほしい。
 そんな思いが届くとは到底思えなかった。
 いつもみんなは僕はスポーツもできて勉強もできて、できないことがない人だと言う。
 少しは人に悩みを言いたいけれど、悩んでいる人がいるとそんな悩みも言えなくなる。
 一人で解決することばかりが増えていく一方だ。
 先生ならそんな悩み聞いてくれるんじゃないだろうか。
 淡い期待だった。
 聞いてくれたら余計に好きになる。
 だから、そんな甘ったれたことは言いたくなかった。
 これ以上は好きになりたくないし、そもそも先生にだって恋人はいるだろう。
 聞いてみたい。
 だけど、もしいるなんて聞いて諦められるだろうか。
 無理だ。
 絶対、諦められる自信がない。
 その日の予習は何も捗らなかった。

 中間テスト明け。
 どうやらクラスの平均点は低く先生はお怒りだった。
「どうして、あれだけ小テストさせたのに点数取れないわけ?」
 そこそこいい点数を取れた僕は、つきっきりで先生に教えてもらっていた結果なんだろう。
 徳井もあまりいい点数ではなかった。
 苦手教科というのもあり今回はだいぶ低い。
「だって、先生、むずいっすもん」
 クラスメイトの男子がいう。
「ここはよく覚えておいてって言ったよね?」
「でも、むずいっすよ。無茶っすよこれ」
 捻った問題は多かった。
 だけど、授業を聞いていれば、言い換えて考えればどれも解ける問題。
 例えば、水もちがいいならば水捌けが悪いだし、それによって起こる災害についてはすぐに答えが出る。
 暗記ゲーのような問題ばかりで前提さえわかっていれば、少しは解けただろう。
 実際、僕は先生に聞いていないのにその辺は割と解けた。
 口を酸っぱく何度も言っていた先生だ。
 テストに出すよと言っているようなもの。
「先生が悪いってこれー。無理無理ー」
「そうだそうだ。こんなの無理ゲー」
 先生にヘイトが溜まっている様子。
 それでも彼女は、怒鳴ったりしなかった。
 舐められていると言っても過言ではない。
 先生の柔らかい雰囲気は、いまだに崩れなかった。
「今回のテスト、解き直して単語の意味も書いて次の授業で提出ね。今日はその時間にします」
 先生が廊下に出るとクラスメイトたちが文句を次々と口にする。
 言い過ぎじゃないかと思う。
 しかし、ここで止めるのは学級委員長の仕事。
 他の生徒と一緒になって文句を言うのでは止める人は誰もいない。
 先生は、廊下に行くべきじゃなかったはずだ。
「大崎、お前、点数良かったおかげで解き直し少なくて良かったな」
 徳井が、声をかけてくる。
「ちょっとごめん」
「え?あ、おい」
 廊下に行った先生が気になって教室を離れる。
 呼び止める徳井を無視して辺りを探す。
 廊下の奥まで行くと右端に階段が見えた。
 もしかして、と階段を上がっていくと先生が階段の段差に座っている。
 辛そうな顔をしていた。
 担任のクラスの点数が悪いと言うのは、他の先生からも何か言われるのだろう。それに、他クラスの生徒からも何か言われる。
 声をかけていいのかわからない。
 だけど、いつも僕は誰かの悩みを聴く側だった。
 気がつけば、歩を進めていた。
「先生」
 声をかけると先生が目元を拭った。
「あ、あの……その」
「解き直し、終わったの?」
 顔は一向に見せてくれない。
「終わってないです」
「なら、早く解きに行きなさい。家で勉強する羽目になるわよ。家だと勉強しないって言ってなかった?」
「あれ、嘘です。いくらでも家で勉強します。先生だって、気づいてたくせに」
 こう言う時だけ僕の嘘を信じる。
 嘘を見抜いていたくせに酷いことを言う。
「……おいで」
 隣をポンポンと叩く先生。
 腰掛けると先生は、淡々と口を開いた。
「言われちゃったんだ。他の先生方にね、テストの点数低いなんて教え方が悪いんじゃないかって。でも、そんなつもりなくて、いつも配ってるプリントだってわかりやすいようにってやってきた。何がダメだったんだろう」
「……ダメなんかじゃないです。先生の授業わかりやすくて、その、めっちゃ頭に入ってくるんです。たまにある雑談とかすごい覚えてます」
「でも」
「先生の授業、まだ教わりたいです。もっとたくさん」
 きっと何かがいけなかった。
 先生との恋は、危険な甘美。
 毒林檎だと言われても食べてしまいたくなるような異彩。
「僕、先生のこと」
 刹那、僕の肩にポンと頭を乗せる先生。
 僕の右手を両手で掬うように持ち、甲を撫でてくる。
「大崎君だけだよ、そんな嬉しいこと言ってくれるの。でもね」
「だったら、もっと教えてほしいです。僕のために」
「ありがと」
 右肩が濡れる。
 先生の顔を見たかったけれど、見てはいけない気がして、見れなかった。
「ねぇ、こっち向いて」
 弱々しい声に振り向くと、唇にキスをされる。
「え……」
 初めてのキスだった。
 甘く柔らかいキス。
「もう少しだけ」
 二度目のキス。ぐいっときたけれど、どうしたらいいかわからず固まってしまう。
 目が合うと先生は僕にそっと抱きつく。
「先生……?」
 言葉は返ってこなかった。
 誰にも見られない場所とはいえ、こんなことしてしまっていいのだろうか。
 好きな気持ちに変わりはないけれど、これが僕の望んだことだっただろうか。
 だけど、もしこれが先生のためになるのなら、僕はそれでいい気がした。

 それからと言うもの、どこかぎこちなくて放課後に先生に授業を教わることもなく目を合わせるのも恥ずかしくて会話は減った。
 そんなある日、徳井と帰っているとインスタのDMに連絡がきた。
『最近冷たい』
 通知に気づいたけれど、それ以上の連絡はない。
「どうした?」
 徳井に言われ、我にかえる。
「いや、なんでもない」
「なんでもないって顔してないけど。あ、もしかして好きな人でもできたか?」
 おちゃらけた声で彼はいう。
「まぁ、いるけど」
「どうせ、担任だろ」
「まぁ、そうだけど。…………え!?」
 彼を見やると特別驚いた様子もない。
「そりゃ、噂になってるわ。お前、いつも放課後授業してもらってんだろ。で、最近、やめた。中間テスト以降、距離できてるし、先生の方もお前のことずっと見てんじゃん」
「……いや、そんなはず」
 大の大人が僕にそんな目を向けるはずない。
 でも、噂になってるならもしかして。
 と思っていると、電話音が鳴る。
 先生からだ。
 徳井に断り、応答ボタンを押す。
「はい」
「ね、今度一緒に来て欲しいところがあるの。だめ?」
「いいですけど」
「じゃあ、後でまた連絡するね」
 と、きられる。
 あっけに取られた。
「誰?」
「いや、なんでもない」
「どうせ、先生だろ」
「なんでわかんの!?」
「いや、なおって名前先生くらいしかいないじゃんか」
「……」
「わかりやす」
「いやいや、でも他の、ほら、塾とか」
「行ってないだろ」
「じゃ、じゃあ、女子テニスとか」
「話す機会ないだろ」
「……」
「それに、なんか聞かれたよ。大崎の趣味が何か」
「……それって」
「先生もお前に気があるんじゃないの?デートの話だろ、今の」
 デート。
 それは、初めてのことだ。
 しっかり準備して挑もう。
「服選び、付き合ってくれ」
 予定を変更して、徳井を付き合わせて服選び、ヘアワックスを選ぶ。
 後日、SNSで自分磨きについて調べ、美容室に向かった。
 美容師から聞いたヘアケア商品を購入。
 土曜日、先生とのデート。
 学校外で会う先生は、大人なファッションに少し可愛さのある飾り。
 大人の女性ってこう言うことかと思わされる。
「来てくれてありがと、こないかと思った」
「それはその、き、キスが初めてだったから」
「かわいいね。女の子の好きなタイプがわからなかったから、こんな格好にしてみた。どう?」
 上目遣い。とてもかわいい。
「似合ってます」
 大人への褒め方を調べておいて良かった。
「どの辺が?」
「え?あ、えっと、その耳飾りとか」
「服のことも教えてよ」
 と二の腕を小突く先生。
「それはその……、でも、ちょっと意外でした。かわいい系だと思ってたので、綺麗系の服着てくると思ってなくて」
「この歳にもなってかわいいの着てたら浮くのよ」
「そんなことないですよ」
「ほんと?」
「ほんとです」
「そか。なら良かった。あ、いい店あるの。そこ行こ」
 連れて行かれたのは、街の電車や新幹線が行き交うビル内のカフェ。
 心なしか高そうだ。
「え、あの、ここですか?」
「うん」
 手首を掴まれ、二人で入っていく。
 予約していたみたいですぐに案内された。
 カフェで予約なんてできるのか。
「何飲む?」
 メニューを渡され、いろいろみていく。
 大人みたくコーヒーが飲めればいいけれど、頑張ってカフェオレだ。
 ならば、最悪だけどメロンソーダとかにするべきか。
 炭酸飲んだら、後で顧問に言われそうだが。
「先生は逆に何飲むんですか?」
「私は、コーヒーかな」
 大人だ。
「じゃあ、僕も」
「本当に飲めるの?」
 といじってくる先生。
「バカにしないでくださいよ、先生。僕だってコーヒーくらい飲めます」
「ね、先生呼びはやめて。外で会ってるんだよ?なおって呼んで」
「なお先生、僕はコーヒー飲めます」
「だから、先生ダメだよ」
「じゃあ、なおさん?」
「さんもいらないよ」
「え、でも、呼び捨てじゃ」
「大崎君ならいいよ」
「い、いいんですか?」
「うん」
 大人の余裕ってこう言うことなんだろうか。
 何か企んでいそうな笑みとかいじってくる感じとか何もかも余裕を感じる。
 あの時の涙を感じさせない。
「じゃあ、コーヒーふたつ」
 先生が、店員に言うとすぐに持ってきてくれた。
 休みの日だと言うのに忙しくないのだろうか。
 コーヒーを口に含むと苦味が強くて、無理して飲み込む。
「苦ぁ……」
 口周りに少し溢れたコーヒーを先生がおしぼりで拭いてくれた。
 なんだか少し恥ずかしい。子供みたいだ。
「苦いんじゃない、やっぱり」
 と、くすくす笑う先生。
「だって、その」
 いけると思ったけれど、無理だった。
 これでは、子供みたいに思われる。
「ほら、ガムシロ、ミルクあるから使いなよ」
「大丈夫です、僕は飲めます」
「無理しないの」
 諦めて、ガムシロ二つ、ミルク一つ入れる。
 かく言う先生は何も入れずに飲んでいた。
「すごいですね」
「いつか慣れるよ」
「慣れ、なんですか?」
「うん」
「僕も早く慣れたいです」
「急がなくていいのよ」
「でも」
 早く先生と付き合いたい。
 好きを伝えたい。
 言えないのは、世間体を気にしてしまっているから。
 恋人がいるか聞けていないから。
「でも良かった。最近避けられてる気がして、普通に話してくれるじゃん」
 被せるように先生はいう。
「それは」
「いいの。突然、あんなことしたんだもん。嫌がるのも無理はない」
「嫌じゃないです」
「そう?普通はよくないよ。教職員と生徒だもの」
「そんなの気にしないです。これからまた放課後、話しかけに行きます」
 それから二度目のデートで映画に行って、三度目のデートで先生の家に行った。
 その頃にはなお呼びもしていた。
 そして、童貞も捨てた。
 その日の帰り。
「送ってくれてありがとうございます」
「こんな夜道に一人で帰すわけないでしょ?」
 シートベルトを外し、ドアを開ける刹那。
 先生は、僕の手を掴みふとキスをする。
「おやすみのキス。またね」
 この時はもうお互いが好きなんだと思っていた。
 学校では普通にしているもののやはり徳井にはバレているようで。
 しかし、そんなことさえ気にせんとデートの回数を重ねていた。
 先生の好きなファッションで遠足を迎える予定だ。
 その日もまた楽しいものになるだろうと気持ちは浮ついてた。