この恋が終わる頃

 振られてしまった。
 あの大きな花火祭りのクライマックス。
『別れよっか』
 彼の一言は、花火よりも大きく響いて胸が苦しくなって、言葉を続けられなかった。
『一ヶ月付き合ってみて、菜乃花にはやっぱり他にいい人がいるんじゃないかって思うんだ』
 躊躇うように。
『ごめん』
 彼は、それだけ言って先に祭り会場を後にした。
 一人で帰る電車は寂しい。
 行きの電車のように大丈夫?と声をかけてくれる彼はもう傍にいない。
 何がダメだったのか、何が彼にとって不服だったのか。
 考えては消えない問いと悩みに押しつぶされそうだった。
 家に帰り両親に心配されながらも私は風呂に入ってのぼせて、兄に介抱されされながらふらふらのままベッドにつく。
 そこまでは覚えている。
 友達に振られたといえば、すぐ近くの飲食チェーン店で話を聞いてくれた。
 なのに、気持ちは晴れないまま二学期に入ってしまう。

 同じクラスの彼、大崎海里は、優秀でスポーツもできて大学進学も上位のところを目指していると聞いた。
 将来は先生になりたいのだとか。
 そんな彼を目で追ってしまう。
 どうして振ったのか、一週間以上経ってしまった今、聞くに聞けないと言うか、インスタのDMで連投したせいで聞きづらい。
「ほら、そんなみてると気づかれちゃうよ」
 振られてすぐ話を聞いてくれた藍田真波。
 彼女とは幼稚園からの中で家も近い。
 お互い同じ高校に行こうねと受験期は必死に勉強したものだ。
「いいよ、どうせ、返信も既読もつけないんだから」
「そうやって怒ってると復縁できないよ」
「……」
 言葉が詰まる。
 どうせ、彼は復縁を望んでいない。
「なんで、振られたんだろう」
 聞けばすぐにわかる答えが、聞くことを恐れて考えないようにしてしまっている。
「うわあああ!!もう!カラオケ行こ!ね!」
 と、藍田の手を両手で掴んで懇願する。
「え、急だね……」
「いいじゃん!歌お!もう思いっきし歌お!ねねねね!」
「前も行ったのに?」
「いいから行こうよ!」
 と、話していると割って入ってくる徳井佑。
「なになに!カラオケ俺も連れてってよ!」
「あんたはいいの!いらない!」
「なんで!?いいじゃん!あ、そうだ、せっかくだし大崎も呼ぼうぜ。な、大崎」
 と呼び出したところで彼の口を手で塞ぎ床に押さえ込む。
「ばか!なに大声で呼んでんの!」
「あんたほんとデリカシーないわ」
 藍田が彼を叱る。
「え、なに、なんで?」
 何があったのか知らない様子だ。
「友達なんじゃないの?知ってるでしょ」
 藍田が聞くが彼は首を傾げるばかり。
「私、振られたんですけど」
 と、答えると彼は驚きのあまり口をぽかんと空けていた。
「え、大崎!?お前、振ったの?」
 止めるよりも早く徳井は大崎に聞きに行ってしまった。
 二つ返事で返したであろう大崎。
 徳井が驚きのあまり声を出せなくなってしまっている。
「あいつまじで」
 怒りを露わにする私。
 なぜか戻ってきた徳井が、なんで?と問う。
「知らないよ、花火祭りの打ち上げ花火クライマックスで振られた」
「え、だって、お前あんな準備してたじゃんか」
「うん」
「俺、聞いてこようか?」
「だめ!」
 と彼の腕をぶん殴る。
 悶絶する彼を横目にチラリと大崎を見やる。
 だけど彼はこんな私たちの会話に興味もなくただ黙々と小説を読んでいた。
 彼のあの姿は私だけのものだと思っていたのに。
『あれ、大崎くんって本読むんだ。何読んでるの?』
 図書室で彼が一人、本を読んでいた。
 普段は、部活仲間と一緒にわいわいやっているイメージだから意外だった。
『この本、面白いよ。よかったら』
 そう言って彼は、本を貸してくれた。
 一度読んだことある本だからいつ返してくれてもいい、と。
 それはヒューマンドラマ系と言うべきか、群青劇というか、悩みに一つ一つ向き合っている作品だった。
 明るい一面しか知らなかった私だから、私しか知らないことだと錯覚したんだろう。
 教室で本読むことなかったのに。
「ほら、見過ぎだよ」
 藍田が、私の目の前で手を振る。
 思い出に耽る私を現実に呼び覚ます。
「しょうがないじゃん。結局、振られた理由分からずじまいなんだから」
「他にもいい人いるって」
 と、徳井がいう。
 軽々しく言うなと睨みを利かす。

 放課後、マックで藍田と徳井に文句を垂れ流した。
 なぜかついてきた徳井も話をばらすような最低なやつではないので付き合わせることにした。
 ポテトをつまみながらシェイクを飲み干し、ヤケ食いだ。
「そんな状態でよく学校来れたな」
 改めて徳井がいう。
 イライラして彼のポテトを二つ奪った。
「あ、俺の」
「うるさい!少しは乙女の気持ちを考えてみよ!」
「三十文字以内に収めてね」
 と、藍田がふざける。
「え、むず」
 何やら指をおり考える彼。
「本気にするな!ばか!」
 と、もう一本奪った。
「そんなことしてるから、振られたんじゃね」
 どでかい一本の矢が刺さった気がした。
 手に持っていたポテトが机に落ちる。
「言い過ぎだよ」
 藍田がパシっと彼を叩いた。
 少し前までは私の隣に大崎がいたけれど、今はもう彼はここにいない。
 隣にいたはずの彼がなぜあんな言葉で私を振ったのか。
 私には彼がいたはずなのに、彼は私をみてくれていたのだろうか。
「そうだよね。こんなんだから、振られるんだよね」
「うわ、めんど」
 と、徳井。
 藍田がすかさずバシッと叩いた。
 ありがとう。
「なんだよ、急にヘラってさ、そんなの一番大崎が嫌いなやつだろ」
「……」
 二本目の矢が私の心をブッ刺す。
「言い過ぎ!」
 藍田がまたも彼をぶっ叩いてくれた。
 ありがとう。
「それよりさ、なんでカラオケにしなかったわけ?」
 今日はカラオケに行く予定だった。
 それをなぜマックにしたのか、特に理由はない。
「気分っていうのものがあるのですよ、徳井くん。そんなんだから彼女できないのですよ」
 と、やり返した。
「……まぁ、そうだな」
 藍田曰く彼には好きな人がいるようで、私に知られたときはすごく嫌がっていた。
 いじり倒すと彼は不貞腐れていたが、今ではもう慣れたのか気にしていない様子。
「な、浦間は復縁できるならしたいの?また振られるかもしれないのに」
「嫌な聞き方するね」
「だって、あいつが振ったんなら復縁なんてなさそうじゃん」
「そうだけど」
「なんて言って振られたの?」
「他にもいい人いるって言われた」
「……俺にしとくか?」
「ありえない」
 なぜか彼は精神攻撃を喰らいグデェっと机に突っ伏す。
「受験のこともあるし、一旦置いておきたいとかあるんじゃないの?大崎、教師志望でしょ?」
「なんで教師志望なのか教えてくれなかったなぁ……」
 藍田の言葉に納得できない私がいる。
「あ、徳井、中学から一緒じゃん。なんでか知らないの?」
「え、あぁ、あいつ中学の時……」
 いいかけてやめた彼。
「なんでだっけな。あいつから聞いたほうがいいんじゃない?」
「教えてくれたっていいじゃん。知ってそうじゃん」
「えぇ、分からん」
 彼をじっとみてみても本当に知らなそうな顔をするので詮索するのは諦めた。
 詮索されていい気分にはならないだろう。
「カラオケ行かね?せっかくだしパッと歌おう」
 と、三人で歌い明かす。
 なぜか徳井が一番熱唱していたけれど、それはそれで面白かった。

 学校で別れた噂は瞬く間に広がった。
 大崎は気にする素振りを全く見せず、私はなぜかそれがショックだった。
 彼は気にしていないのだ。
 きっと彼にとって私は数多の彼女のうちの一人にすぎない。
 モテる男は羨ましい。
 私のことなんてどうでもいいのだ。
 遠巻きに彼をみていると徳井がいつもの調子で大崎と話している。
 これ以上、大崎のことを考えても無駄だと思い、教室を出た。
 どうせ私は、振られた身だ。
 トイレを済ませて教室に向かう。
 廊下の奥で話す大崎と徳井の姿があった。
 さっきとは違って真剣な顔の徳井。
 話がついたのか徳井は教室に戻っていく。
 何があったのかみていると大崎と目が合う。
 彼は視線を逸らし、私を無視して教室に向かった。
 なんだか悲しくなって彼を手首を掴み引き留めた。
「無視はひどいじゃん。別れたかったのかもしれないけど、それは嫌だよ……」
 彼は私に振り返り目を見やる。
「ごめんね、友達に戻れたら嬉しいよ」
 と、優しく手を離させる。
 友達に、それがもう復縁はないのだと知らしめた。
「何がダメだったのか教えてよ。なんで、他にいい人いるなんて、そんな」
「ごめん、教室の前では話したくない」
 そそくさと席についた彼。
 ごめんしか言ってくれなかった。
 ほしかったのは謝罪じゃなくて、理由。
 それ以上に楽しかったかどうかだけでも聞けたらよかった。
 付き合えないのなら、友達に戻るだけでもいいのかもしれない。
 そんなふうに思うのは、私が彼を諦めているからなのだろうか。
 諦められてなんかいないのに、どうして、諦めようとしているのだろう。
 席につけば、藍田が肩をぽんぽんと叩く。
 今の見ていたのだろう。
「大丈夫だよ……」
 そんなわけないのに、見栄を張る。
 気分が沈んだまま、放課後になってしまった。
 時間の流れが早く感じたのは、ずっとぼーっとしていたからかもしれない。
 授業の内容なんて覚えてない。
 部活もあるのに席に座ってぼーっとしている。
「ヤッベ、忘れ物ー」
 教室に入ってきたのは、徳井だった。
「あれ、何してんの?部活は?」
「ないよ」
 適当に嘘をつく。
「え、藍田部活行ってたけど」
 藍田と部活一緒だ。なんで見てんだ。
「徳井は何してんの?」
 ガン無視で質問してみる。
「シューズ忘れたからとり来た」
「そっか。じゃあ、私もそろそろ行こうかな」
 席を立ち、カバンを背負って扉まで近づいた時。
「あのさ、浦間、大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
 藍田にも同じこと言ったなと思い出す。
「嘘だよそれは」
「嘘じゃないって」
 視界がぼやける。
「だって、泣いてんじゃん」
 彼の言葉が聞こえる刹那、頬に伝う何かに驚かされる。
 今まで全然泣いてなかったのに。
「大丈夫じゃないんだろ、ほんとは」
「こんなの全然平気。ちょっと目にゴミでも入ったのかな」
 と、笑ってみる。
 だけど、限界だったのかもしれない。
 伝う涙は、とめどなく溢れる。
 今、私は辛いんだと思い知らされた。
 やけになっていれば、空元気でいれば、どうにかできたのかもしれない。
 だが、限界がある。
 限界が来ちゃったんだ……。
 どうして振られたのかも教えてくれない。
 どうして彼が距離を置くのかも分からない。
 振られただけだ。別に私は嫌いじゃないのだから、話しかけてくれたっていいのに。
 でも、それよりももう一度付き合うことはできないと知った今が苦しいんだ。
 涙を何度拭っても溢れてしまう。
「ごめん、こんなつもりじゃなくて」
 ふと頭に何かが被った。
「使ってないタオル。貸すよ」
 その優しさに我慢できなくなった。
 しゃがみ込んで嗚咽を漏らす。
 タオルで涙を拭ってもいつまで経っても溢れる。
 彼は、シューズを持って教室を出た。
 扉を閉めると彼は、教室に向かっていた誰かを引き留め私を一人にしてくれた。
 私は一人、泣いていた。