この恋が終わる頃

 逃げることは簡単だ。
 僕だって意図も容易く逃げ切れる。
 だけどそれは、その場しのぎにしかならない。
 いつかはちゃんと決断し、向き合わないといけない日が来る。
 なおとの関係には終わりを告げた。
 浦間の問題が残ってる。
 わかっているのに、足踏みしてしまう。
 人に言える言葉じゃなかった。
 藍田はあの一言で徳井と向き合い、徳井もまた回避という回避を避けた。
 逃げることをやめた。
 僕は徳井みたいに逃げることをやめられただろうか。
 いや、辞めることなんかできなかった。
 浦間から逃げることばかりして、本当は自分が言えないことをいってしまった。
 藍田らが、うまく関係を修復したって僕は浦間との関係を修復することはできないままだ。
 僕はこの先、高校生活を上手くやっていけるだろうか。
 部活中、徳井が話しかけてきた。
 藍田に言われたことを引きずっているらしい。それはそうだ。
 しかし、彼は正面から向き合っている。それは少し前を向いているようにも見えた。
 それでも何か思うことがあるらしい。
「気づいてたか?俺が、その、恋から逃げてるって」
「……なんとなく」
「いつ?」
「徳井が、中学の時の彼女と上手くいかなかったときかな」
「あれか」
「逃げたろ。ハグもキスも。デートだって、求められてること気づいてて、答えなかったんだろ?」
「それで気づくか普通」
「家族の話も聞いてたし、なんとなく可能性として。でも、どちらも僕は藍田に伝えてない」
「それで気づいたんなら、わかりやすいのか……、俺は」
 答えられなかった。
 思いの外、ショックを受けている彼に何をいうべきか。
 恋に悩むというのは、本来こういうもので、僕にはそんな悩みはなかった。
 徳井の悩みが少し羨ましくさえ感じた。
「友達友達言ってたから、友達でいたいのかって思ったけど、なら、なんで好きな人がいるのか気になってさ。僕が、浦間と別れて、徳井が怒ったことで気づいたよ。あぁ、そういうことかって」
 徳井は、浦間が好きで藍田は徳井が好き。
 彼の場合、浦間が徳井を好きなったら距離を置いてしまいかねない。
 あの頃の四人の関係に戻りたいだなんて、本気で思っていたのなら、関係をぶち壊す必要なんかなかった。
 裏を返せば、関係を壊すことで自分の気持ちに蓋をしようとしていた。
「あれだけ一緒にいたんだ。お前のことひとつも知らないわけがない」
「大体、予想ついてたのか、みんな」
「浦間はわからん」
 徳井の言葉に普通に傷ついてたのだから、本気でそう思ったのだろう。
「俺は、どうするべきだと思う」
「謝ればいいんじゃない?僕が言えたことじゃないけど」
「そうだよな」
 今の俺が言えたことじゃないけど、と彼はいう。
「大崎は、このまま浦間に何も言わず終わりにするのか?あの頃の四人に戻るつもりもない?」
「……」
「俺は、どっちでもいい。どちらも尊重する。俺はなんも言えんよ」
「……決め切らないな」
 徳井と目を合わせることさえできなかった。
 後ろめたさがあったのだと思う。
 逃げたから、距離を置いたから、昔の女に戻ろうとしたから。
 好きな人に好きだと思う一度伝えるチャンスがやってきたと思ったから。
 それはもうチャンスなんかじゃない。
 すぐ気づけたはずのことさえ気づけない盲目なばか。
 僕は今、浦間に謝るべきだと気づいているのに、気づかないふりをしている。
 そもそも僕はもう誠実な人じゃないからと開き直ってしまっているのもある。
 なぁ、それでいいのか。
 そんなもんでいいのか。
 わかんない。
 そうやって逃げるのは、いつだって後ろめたさや認めれば言い返せなくなるプライドの弱さが原因。
 もう全部わかってんなら、逃げ切ることはできない。
 浦間に連絡を入れる。
『明日、会えないか。謝りたいことがある』
 既読はつかなかった。
 一日待てども既読にならない。
 前までなら即レスだったものも関係が終わって仕舞えば、レスも遅い。
 それでもいいかと思う自分もいた。
 もう終わったのだから。
 恋人ではないのだから。
 そう思えば、心に残るものは何もなかった。
 空っぽの自分が、誰に何を言えようか。
 相談なんかしたことない。
 悩みを打ち明ける相手も父親くらい。
 こんな自分が今更、大嫌いだ。
 父親に会えば、きっと気づいて声をかけてくる。
 傷つけないようにと細心の注意を払いながら。
 でも、これは僕の問題だ。
 僕が悪いのだ。
 また会うとき、話しかければいい。