文化祭が終わった。
藍田を振った理由を本人に直接聞かなければよかったと後悔した。
大崎が、中学の頃の担任とよりを戻せる可能性を感じて、私を振っただなんて信じたくない。
そんな理由で、私を振るだなんてあり得るだろうか。
私だけじゃない。
他の女の子もそんな最低な理由で振られたことあるだろうか。
こんなことなら、理由は知らないままでよかった。
まさかそんな大崎が中学の担任に未練があるだなんて。
未練を持ち合わせないタイプだと思っていたから意外だった。
確かに、付き合っているときに違和感を感じることはあった。
何か別のことに思いを馳せているような感じ。
だけど、私と付き合っていながら、未練を優先するだなんて想像もしない。
大崎は、未練がましい人なのかもしれない。
本人に直接聞いてみたいところだ。
席の横を通り過ぎようとする大崎の腕を捕まえる。
ビクッと震えた彼。
私に気づいてどうしたのと聞いてくる。
「私を振った理由、なおちゃんとやり直すため?」
彼は目を大きくした。
ビンゴだ。
なおは、鎌をかけただけ。
本当かどうかはわからなかったけど、事実だったみたいだ。
「中学の時の担任なんでしょ?なおちゃんって」
歳の差恋愛。
大人ならよくある話だろうけれど、中学生でそんなことできるだなんて思うまい。
当然、担任の先生ならば未成年との恋愛はアウトだ。
彼は都合よく使われただけじゃないのだろうか。
「私よりも魅力的だった?」
意地悪な質問に彼は、口を閉ざす。
こんなこと言っているから、振られるんだとか今は思えない。
だって。
「私なんか遊びだったんだもんね」
「いやそれは」
返事を聞く勇気がなくて、席を離れた。
こんなこと突然言い始める自分なんかを相手してほしくない。
そんな気持ちもあったはずなのに、引き止めて欲しいだなんて思ってしまう。
チグハグで曖昧で天邪鬼。
振られた原因が、元カノだったなんて何かの嘘だと信じきれない。
でも彼は、実際に私を振った。
もっといい人がいるだなんて本気で思っていないことは今になれば明白だ。
怒りが込み上げてくる。
なんだかもうムカついてしまってしょうがない。
きっと彼に呆れてしまったら話すこともしなくなるのだろう。
そんなことになりたくないから、より引き止めて欲しいだなんて思ってしまうんだ。
でも彼は私を引き止めることなんてしなかった。
私は廊下まで歩を進められてしまった。
その先には徳井がいる。
いらない情報をくれた彼はここ数日眉間に皺を寄せ人と関わることをやめてしまっている。
怖い。
普段明るい人が喋らなくなってしまうと妙な恐れを感じさせる。
「あ、あのさ」
か細い声。
私は彼にビンタをしてしまっている。
話を聞いてくれるとは到底思えない。
「徳井が言ったこと、私やっぱ許せない。だけど、なんであんなこと言ったのか私、知りたいよ」
素通りしていく彼。
彼が横を通る時私は腕を掴んだ。
「逃げないで。あなたにも責任があるでしょ」
「……」
振り向くことはおろか目すら合わせてくれない。
「私のこと好きならなんで、私が嫌うようなことあなたは言ったの?何か理由がないと納得できないよ」
「……」
それでも彼は口を開かない。
「ビンタしたことは謝る。でも、今の徳井は私の知ってる徳井じゃないよ。何か理由があるんでしょう?」
「……そんな甘い考えしてるから大崎に軽々振られんだろ」
グサっとナイフが刺さった気分だ。
「だ、だったら、教えてよ!なんでそんな怖い顔続けるの!私がなんかした!?」
「別に」
「別にじゃないじゃん。ずっと怒ってるじゃん!何が原因なの?」
掴む手を振り解こうとする彼の腕を必死に掴み続ける。
逃がしてくれないとわかった彼は、参ったようにボソボソ喋る。
「……られた」
「え!?」
全然聞こえない。
「藍田に告られた」
「え、知ってるけど。え?それが理由?」
「あぁ」
「え、でも……、徳井のこと好きなんてみんな知ってるじゃん」
「は……?」
「知らなかったの!?」
「知るわけないだろ」
「えでもそれとこれとは話違うじゃん。付き合っちゃえばいいじゃん」
「そういう話じゃないんだよ」
怒る彼は私の腕を今度こそ振り解き教室に戻っていってしまった。
付き合うことが嫌なのだろうか。
そういう話じゃないということはまた別の問題があるということか。
別の問題って何……?
全く想像がつかないのだけれど。
付き合っちゃえばいいとは言ったけれど、彼は藍田を振っている。
友達でいたかった?
それは確かにある話だけど、眉間に皺を寄せるほどのことだろうか。
藍田も私には何も話してくれない。
振られた理由も知っていそうな雰囲気だったけど納得しているのだろうか。
今、彼女いない徳井だから付き合ってもいい話のはずだけど。
生半可な気持ちでは付き合わないと決めているのだろうか。
藍田にしてみれば、とても大胆で攻めたことをしたなぁと思ったけれど、彼はそういうのは求めてなかった。
友達だから。
男友達も多い彼のことだ。
友達に執着する理由がどこにあるのだろうか。
考えても埒が開かない。
被りを振って散歩することにした。
普段行かない図書室や保健室。
珍しいものを見るような新鮮な気持ち。
図書室に入ってみると教室とは違う匂い。そして何より落ち着く。
もしも昔みたいに四人で図書室にいたらボソボソと徳井が面白おかしい話をして、大崎が静かに笑う。場所を考えろって藍田は怒ってみたりあるんだろう。
私は、大崎の笑ってる姿を見てまた笑うんだろう。
昔みたいに戻れたらいいのに。
叶わないことだと知っている。
藍田は、徳井が好きで、でも振られてしまっている。
徳井も大崎と喧嘩した話を聞いたし、よりを戻しきれてはいない。
私も私で大崎とは距離ができたまま。
文化祭マジックだなんて一切起こらなかった。
それどころかちょっと喋ったきりで会話らしい会話をしていない。
もうずっとこのままだったりして……。
一年前、あの一歩を踏み込んでいなければ、私たちは変わらないままの仲でいられただろうか。
無理だと私たちはどこかで気づいてる。
だから誰も言葉にしない。
藍田は、徳井を好きになるだろうし、私も私で大崎が好きだった。
変えたかった関係が、変わり果て終わりを迎える。
もしかすると、徳井が一番嫌だったのはこの関係が空中分解してしまうことなのかもしれない。
だから、大崎が私を振った理由を晒した。
隠していれば、自然消滅できたはずの関係なのだから。
そうか。
だとしたら、徳井は今の課題を全部解決してあの頃のような昔の関係に戻れると思っているのかもしれない。
そう思えば思うほど、よりこれまでの行動に合点がいく。
一つ一つ解決すれば、徳井は藍田と付き合うかもしれない。
図書室を出て教室に戻る。
徳井の席の前、彼を廊下に連れ出す。
彼はいつからかあまり教室で喋らなくなった。
「最近元気ないよね」
彼は、下を向くばかり。
あの言葉、気にしているのだろうか。
「徳井が教えてくれた話、正直ショックだったよ。私よりも元カノを優先するんだぁって」
「それはその、俺が」
「いいの。どうせ、別れてた。どっか、私じゃない誰かに面影を寄せている気がしてたから」
納得したんだ。
やっぱり未練のある相手がいたんだと知れたから。
「でも、知らない方が」
「知りたかったのは、私。教えてくれてありがと」
「……それで、なんで呼び出したりなんか」
私がこんなこと言いたくて廊下に呼び出したわけじゃないことは、理解している様子。
「友達でいたいなんて無理だなって思ってさ」
「……」
「お互いもう気づいてるわけじゃんか。私もあの頃の関係を辞めた側だし。大崎も藍田も。あなたもそうじゃない?」
「……それは」
「確かに楽しかった、でも、壊れたと思う。しょうがないと思うの。壊れた関係をいちいち見つめ返したって埒が開かない。だってそうじゃん、どんなに頑張っても変わらないことってあるよ」
「説得?」
「うん。説得、こう見えても色々経験してるので。うざがられたり、拒絶されたり。もう慣れっこだよ」
「……」
「だから、本当はこんな説得したくないんだけどね。徳井とこれまで通り仲良くしていたいなって思ってるよ」
友達のまま。
それがいいと言うのなら、私もその関係を続けたいと思う。
だけど。
「好きな人はいる。でも、我慢した方がいいことだってある。浦間だって、大崎が振った理由聞かずに我慢したんだろ。俺も我慢してた。けどやっぱ、壊れるならとことん壊れた方がいいと思ってる」
「……え?いやそれは」
「俺が好きなのは、浦間だ。藍田じゃない」
「……」
こんな告白のされ方初めてだった。
「藍田にもたくさん相談乗ってもらってたのにな。まさか、みんなして恋がどうとか言い出すんだ。俺は言わないようにしようって思ってたんだけどな」
「何それ」
「お前だってそうだろ。付き合ってうざがられて、拒絶されるくらいなら、友達でいた方がいいって思うだろ。大崎みたいに都合よく使ってくるゴミだっているんだ。俺もお前も一緒。友達でいたほうが傷つかなくて済むんだよ」
もう、用は済んだかと踵を返す彼。
友達でいた方が傷つかない。反芻してしまうこの言葉。
友情を取れば、恋は叶わない。
叶えたかった恋も諦めて、傷つかない選択を選ぶ。
今の私は、徳井と一緒だ。
うざがられて拒絶されるそれが嫌で、恋から距離を置く。
振られた理由も知りたくないと言い聞かせながら。
徳井は、どうしてそんなふうに思うようになったんだろう。
踵を返し、教室に戻る刹那。
そこにいたのは藍田だった。
「闇深いよね、彼」
彼女は口にする。
昼休憩のタイミングで外に出た。
夏も過ぎて秋の風に葉が舞う季節。
「闇深いってそんな言い方ないと思うんだけど」
藍田にいうが、彼女の方が詳しそうだった。
「あいつさ、親が離婚してるんだって。母方に引き取られて、大学も推薦狙ってる。学費免除狙って今から準備してるようなやつだよ」
「それが、どういう」
「両親の喧嘩、絶えなかったんだって。どれだけ引き留めても意味なくて、離婚届をちらつかせて最後は二人とも記入したんだってさ」
「……」
「破り捨てたらしいんだけど、でも、また徳井のいないところで記入して届出を出して受理された。それを知ったのは、母方に引き取られる当日」
「……ひどい」
「関係が壊れることを恐れてるんだよ、あいつ」
「今の私たちみたいに?」
「トラウマなんだろうね。それにこの関係真っ先に壊したのが、大崎だもん。友達が壊すだなんて思ってなかったんだろうね。すごい悩んでた」
「それ全部、藍田が聞いてた?」
「うん。そんな暗い話もしてくれるなら、心許してくれてるって思ってたんだけどなぁ。付き合うとは違うみたい」
「人たらしだ」
「無自覚のたらし野郎」
と小馬鹿にしてみる。
「でもさ、一人で抱えてるんだよね」
「壊れるなら全部ぶっ壊れればいいって思ってるあいつを、どうすることもできないでしょ」
「それはそうかもしれないけど」
けど、何を言えばいいだろうか。
彼の気持ちは彼にしかわからない。
「どうしたら、いいのかな」
悩んでいると横を通り過ぎる大崎の姿。
睨みつける私、藍田はその間に大崎をとっ捕まえた。
「なになになに」
「座んなよ」と、藍田。
怯んだカエルのように大崎はベンチに腰掛ける。
なんで普通に私の隣に座れるのでしょうか。
「どうしたの?」
恐る恐る聞く彼。
「徳井、メンタル辛そうだけどあんたのせいじゃない?」
「いや、そんなわけない。僕は、ちゃんと謝った」
「……謝れば許されるとでも?クズ男」
藍田の当たりが強い。
どうしたというのか。
「じゃあ、何、どうしろと」
「開き直るの!?」
思わず、声を出してしまった。
「そんなつもりないけど」
「うわ、クズだ」
「だから、何?なにしろって?」
「徳井のメンタルどうにかしてよ」と、藍田。
「メンタルって、別にいつも通りだろ」
「そんなわけない」
「部活じゃいつも通りだけど」
「この関係を真っ先に壊した張本人がシラを切るのね!?」
と、私はいうが、彼は私を一向に見向きもしない。
距離を置かれている。当然なのかもしれない。昔からずっと変わらず私はこんな扱いを受ける。
「僕にどうしろと」
「徳井のことなんか教えてよ。彼の悩み解決してあげたい」
藍田はいう。
「そんな好きなら、直接助けてやればいいじゃん」
確かにと思った刹那、藍田は大崎の膝を蹴った。
痛みに悶絶する彼。
「俺にできることあるわけなくね」
苦し紛れの言葉。
火に油。
もう一度、藍田に膝を蹴られると観念したように口をひらく。
「徳井の親は離婚してる。それくらいしか理由は思いつかないけど。友達関係も良好だし、周りの奴らもデリカシーのない人はいない」
「じゃあ、やっぱ親との関係?」
「土足で踏み込むのはデリカシーに欠ける」
「大崎がいう?」
「それはまぁ、そうだけど。そもそも家族関係の話に首を突っ込むのはセンシティブだろ」
真っ当な意見だった。が、藍田はまたも膝を蹴ろうとする。
「わかったわかった。少しそれとなく聞いてみる。だけど」
「だけど?」
藍田の正面に立ち、彼はいう。
「お前も一緒だ。藍田の方が素直に話してくれるはず」
「なんで」
「あいつの友達だろ」
あ……。
地雷をガッツリ踏み抜く彼。
瞬きも束の間、膝に蹴りを入れられた彼は、痛みに屈した。
いつから藍田が暴力的になったのかわからないが、好きな人のためにはとことん尽くすタイプなのかもしれない。
「ほらおいで」
首根っこを掴み、徳井の元へ向かう彼ら。
私は後を追うことにした。
昼休憩、授業まであと十分。
そろそろ準備したい頃、徳井を見つけた大崎と藍田。
「あのさ、徳井、話したいことあるんだけど」
と、藍田。
「ごめん、授業の準備」
避ける徳井をぎゅっと腕を掴んで離さない藍田。
「何?」
「避けないで」
「避けてない。授業の準備しないと」
「やっぱり避けてる」
「だから、避けてないっつてんじゃん」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
私たちがいないとき、藍田と徳井はこんな話をしていたのだろうか。
「もう何度も避けてる。声かけても逃げられる私の気持ち考えてよ」
「勝手に好きになった方が悪い。俺は悪くない」
なんだろう、この悪役感。
本当にこんなこと思って、言ってるんだろうか。
言ってないことがわかるから、藍田は傷ついてでも声をかけているんだろうか。
傷つくくらいなら、話しかけなければいいのに。
「そんなの無理だよ。悪いよ、徳井は。無理してるじゃん」
「……」
やっぱりと思わせるほど、彼は言葉を詰まらせる。
「無理やり言いたくない言葉言う必要ないよ」
「……それは」
「私にはたくさん話してくれたのに、なんで何も言ってくれないの?」
「……」
「肝心なことは何も言ってくれない。いつもそうだった。だけど、いつも待ってたよ」
「……あぁ、気持ち悪い。大崎と一緒に来た理由は?こんなこと言うために誰かいないと言えなかった?弱っちい精神。そんなんなら言わなきゃいいのに」
「と、徳井だって言いたいこともっとはっきり言えばいいのに!」
「お前らみたいに幼稚じゃない。俺は、俺の気持ちを一番理解している。お前らよりも何倍も言葉を選んで喋ってる」
「選んでるなら、傷つけるようなこと言わないでよ!」
藍田は、もう感情的になってしまっている。
制御の効かない怒りを徳井にぶちまけていた。
「傷ついてもらうために言ってんの。バカかよ」
「そ、そんな……」
逃げ出しそうな藍田。案の定、彼女は踵を返す。
しかし、大崎は彼女の腕を掴み、引き留めた。
彼女の涙が溢れる前に、逃がしてあげるべきなんじゃないのだろうか。
「こんなこと言い出したのは、藍田だ。ちゃんと向き合え」
どの口が言うのか。
「逃げんな」
藍田の背を押して、徳井と面と向き合う。
頑張れと心の中で思うしかない。
そして、何より徳井の恋愛観がわかってきた気がする。
回避型だ。
人の好意に気づいたら逃げてしまう。
だから、藍田と距離を置いてしまうのではないだろうか。
部員とは普通に会話をしていると言うのなら、それ以外の答えが見当たらない。
彼が、今一番悩んでいるのは、四人の関係が壊れることなんかじゃなくて、相手への好意に気づいた自分と好意を向けられている現実をどう対処するべきかどうかだ。
もしそうだとすると、今逃げるなと言われた藍田より彼の方が逃げたくてしょうがないのではないだろうか。
私に大崎が振った理由を告げたことにも合点がいく。
距離を置くためなら、回避型はなんでもする。
徳井は今、逃げ場を失っている。
全部ぶっ壊すための言葉を彼は持ってるはず。
だけど、大崎がいる手前、部員のことも考えれば、その言葉を言う可能性は低い。
話し合う時間はしっかり取れている。
大崎ももしかしたら、その可能性に気づいたんじゃないだろうか。
「徳井が思ってること、全部知りたい。でも、そんなこと言ったら、逃げ出したくなるんでしょ?その理由も知りたいけど、逃げたくなるんでしょ?ねぇ、徳井はさ、私のこと嫌いになったの?」
藍田もまた気づいてたんだ。
だから、大崎と徳井が喧嘩した時も藍田は大崎に怒ったんだ。
友達を失うことの方が嫌だと知ってたから。
「……そんなことない」
彼を責めないように、心が荒んでしまわないように。
「そうだよね、そんな気がする。だって、徳井さ、私を振る時、傷つけないようにって必死だったから」
回避型は自尊心が低い。
失敗談を思い出しては苦しむ。
いつか付き合っていた頃に大崎が教えてくれたこと。
教師志望の彼は、心理に詳しかった。
「今も本当は傷つけたくないんでしょ。これだけ長くいるんだよ?あなたの気持ちわからないわけないよ。わかってるから、告白するのも躊躇ったの」
彼女の素直な気持ち。
彼は、口も開いては閉じてを繰り返し、頭を掻いてため息をついた。
けれど、何も言わず彼は教室に戻っていってしまった。
「長い戦いになりそうだな」
大崎はいう。
「少しずつ歩み寄ってみようかな」
藍田がいう。
「逃げるなって言ってくれてありがとうね」
彼女たちの言葉が聞こえる。
私は、居た堪れなくなって逃げ出した。
階段を駆け下りトイレの個室に入り、急いで鍵をかける。
逃げるなの一言。
大崎が一番言ってほしくなかった言葉。
彼にとって私はなんだったのか。
どうでもいいの?都合がいいの?
誰かのために動ける優しい彼。付き合っていた頃は確かに私のために動いてくれた。
なんで私に何も言ってくれないの?謝ってくれないの?
見向きもしてくれないの?距離を置くの?
ねぇ、なんで?なんで、そんな酷いことができるの?
なんだかもう最悪の気分だよ。
「あとは、大崎の番だよ?浦間とのこと、ちゃんと精算しなよ」
藍田は、目の前の大崎にいう。
「……もちろんだ」
迷いのある大崎。
「ここが解決すれば、また戻れるから」
藍田はいう。
浦間を呼びに階段のほうへといくけれど、そこに彼女の姿はない。
大崎は不思議そうに藍田を見やる。
いないと知っても、大崎は教室に戻る方がいいという。
トイレかどっかだろと二人は教室に戻っていった。
逃げるか否か。
友達を選ぶか否か。
傷つかない方がいいのか否か。
答えはいつも間違いばかりだ。
藍田を振った理由を本人に直接聞かなければよかったと後悔した。
大崎が、中学の頃の担任とよりを戻せる可能性を感じて、私を振っただなんて信じたくない。
そんな理由で、私を振るだなんてあり得るだろうか。
私だけじゃない。
他の女の子もそんな最低な理由で振られたことあるだろうか。
こんなことなら、理由は知らないままでよかった。
まさかそんな大崎が中学の担任に未練があるだなんて。
未練を持ち合わせないタイプだと思っていたから意外だった。
確かに、付き合っているときに違和感を感じることはあった。
何か別のことに思いを馳せているような感じ。
だけど、私と付き合っていながら、未練を優先するだなんて想像もしない。
大崎は、未練がましい人なのかもしれない。
本人に直接聞いてみたいところだ。
席の横を通り過ぎようとする大崎の腕を捕まえる。
ビクッと震えた彼。
私に気づいてどうしたのと聞いてくる。
「私を振った理由、なおちゃんとやり直すため?」
彼は目を大きくした。
ビンゴだ。
なおは、鎌をかけただけ。
本当かどうかはわからなかったけど、事実だったみたいだ。
「中学の時の担任なんでしょ?なおちゃんって」
歳の差恋愛。
大人ならよくある話だろうけれど、中学生でそんなことできるだなんて思うまい。
当然、担任の先生ならば未成年との恋愛はアウトだ。
彼は都合よく使われただけじゃないのだろうか。
「私よりも魅力的だった?」
意地悪な質問に彼は、口を閉ざす。
こんなこと言っているから、振られるんだとか今は思えない。
だって。
「私なんか遊びだったんだもんね」
「いやそれは」
返事を聞く勇気がなくて、席を離れた。
こんなこと突然言い始める自分なんかを相手してほしくない。
そんな気持ちもあったはずなのに、引き止めて欲しいだなんて思ってしまう。
チグハグで曖昧で天邪鬼。
振られた原因が、元カノだったなんて何かの嘘だと信じきれない。
でも彼は、実際に私を振った。
もっといい人がいるだなんて本気で思っていないことは今になれば明白だ。
怒りが込み上げてくる。
なんだかもうムカついてしまってしょうがない。
きっと彼に呆れてしまったら話すこともしなくなるのだろう。
そんなことになりたくないから、より引き止めて欲しいだなんて思ってしまうんだ。
でも彼は私を引き止めることなんてしなかった。
私は廊下まで歩を進められてしまった。
その先には徳井がいる。
いらない情報をくれた彼はここ数日眉間に皺を寄せ人と関わることをやめてしまっている。
怖い。
普段明るい人が喋らなくなってしまうと妙な恐れを感じさせる。
「あ、あのさ」
か細い声。
私は彼にビンタをしてしまっている。
話を聞いてくれるとは到底思えない。
「徳井が言ったこと、私やっぱ許せない。だけど、なんであんなこと言ったのか私、知りたいよ」
素通りしていく彼。
彼が横を通る時私は腕を掴んだ。
「逃げないで。あなたにも責任があるでしょ」
「……」
振り向くことはおろか目すら合わせてくれない。
「私のこと好きならなんで、私が嫌うようなことあなたは言ったの?何か理由がないと納得できないよ」
「……」
それでも彼は口を開かない。
「ビンタしたことは謝る。でも、今の徳井は私の知ってる徳井じゃないよ。何か理由があるんでしょう?」
「……そんな甘い考えしてるから大崎に軽々振られんだろ」
グサっとナイフが刺さった気分だ。
「だ、だったら、教えてよ!なんでそんな怖い顔続けるの!私がなんかした!?」
「別に」
「別にじゃないじゃん。ずっと怒ってるじゃん!何が原因なの?」
掴む手を振り解こうとする彼の腕を必死に掴み続ける。
逃がしてくれないとわかった彼は、参ったようにボソボソ喋る。
「……られた」
「え!?」
全然聞こえない。
「藍田に告られた」
「え、知ってるけど。え?それが理由?」
「あぁ」
「え、でも……、徳井のこと好きなんてみんな知ってるじゃん」
「は……?」
「知らなかったの!?」
「知るわけないだろ」
「えでもそれとこれとは話違うじゃん。付き合っちゃえばいいじゃん」
「そういう話じゃないんだよ」
怒る彼は私の腕を今度こそ振り解き教室に戻っていってしまった。
付き合うことが嫌なのだろうか。
そういう話じゃないということはまた別の問題があるということか。
別の問題って何……?
全く想像がつかないのだけれど。
付き合っちゃえばいいとは言ったけれど、彼は藍田を振っている。
友達でいたかった?
それは確かにある話だけど、眉間に皺を寄せるほどのことだろうか。
藍田も私には何も話してくれない。
振られた理由も知っていそうな雰囲気だったけど納得しているのだろうか。
今、彼女いない徳井だから付き合ってもいい話のはずだけど。
生半可な気持ちでは付き合わないと決めているのだろうか。
藍田にしてみれば、とても大胆で攻めたことをしたなぁと思ったけれど、彼はそういうのは求めてなかった。
友達だから。
男友達も多い彼のことだ。
友達に執着する理由がどこにあるのだろうか。
考えても埒が開かない。
被りを振って散歩することにした。
普段行かない図書室や保健室。
珍しいものを見るような新鮮な気持ち。
図書室に入ってみると教室とは違う匂い。そして何より落ち着く。
もしも昔みたいに四人で図書室にいたらボソボソと徳井が面白おかしい話をして、大崎が静かに笑う。場所を考えろって藍田は怒ってみたりあるんだろう。
私は、大崎の笑ってる姿を見てまた笑うんだろう。
昔みたいに戻れたらいいのに。
叶わないことだと知っている。
藍田は、徳井が好きで、でも振られてしまっている。
徳井も大崎と喧嘩した話を聞いたし、よりを戻しきれてはいない。
私も私で大崎とは距離ができたまま。
文化祭マジックだなんて一切起こらなかった。
それどころかちょっと喋ったきりで会話らしい会話をしていない。
もうずっとこのままだったりして……。
一年前、あの一歩を踏み込んでいなければ、私たちは変わらないままの仲でいられただろうか。
無理だと私たちはどこかで気づいてる。
だから誰も言葉にしない。
藍田は、徳井を好きになるだろうし、私も私で大崎が好きだった。
変えたかった関係が、変わり果て終わりを迎える。
もしかすると、徳井が一番嫌だったのはこの関係が空中分解してしまうことなのかもしれない。
だから、大崎が私を振った理由を晒した。
隠していれば、自然消滅できたはずの関係なのだから。
そうか。
だとしたら、徳井は今の課題を全部解決してあの頃のような昔の関係に戻れると思っているのかもしれない。
そう思えば思うほど、よりこれまでの行動に合点がいく。
一つ一つ解決すれば、徳井は藍田と付き合うかもしれない。
図書室を出て教室に戻る。
徳井の席の前、彼を廊下に連れ出す。
彼はいつからかあまり教室で喋らなくなった。
「最近元気ないよね」
彼は、下を向くばかり。
あの言葉、気にしているのだろうか。
「徳井が教えてくれた話、正直ショックだったよ。私よりも元カノを優先するんだぁって」
「それはその、俺が」
「いいの。どうせ、別れてた。どっか、私じゃない誰かに面影を寄せている気がしてたから」
納得したんだ。
やっぱり未練のある相手がいたんだと知れたから。
「でも、知らない方が」
「知りたかったのは、私。教えてくれてありがと」
「……それで、なんで呼び出したりなんか」
私がこんなこと言いたくて廊下に呼び出したわけじゃないことは、理解している様子。
「友達でいたいなんて無理だなって思ってさ」
「……」
「お互いもう気づいてるわけじゃんか。私もあの頃の関係を辞めた側だし。大崎も藍田も。あなたもそうじゃない?」
「……それは」
「確かに楽しかった、でも、壊れたと思う。しょうがないと思うの。壊れた関係をいちいち見つめ返したって埒が開かない。だってそうじゃん、どんなに頑張っても変わらないことってあるよ」
「説得?」
「うん。説得、こう見えても色々経験してるので。うざがられたり、拒絶されたり。もう慣れっこだよ」
「……」
「だから、本当はこんな説得したくないんだけどね。徳井とこれまで通り仲良くしていたいなって思ってるよ」
友達のまま。
それがいいと言うのなら、私もその関係を続けたいと思う。
だけど。
「好きな人はいる。でも、我慢した方がいいことだってある。浦間だって、大崎が振った理由聞かずに我慢したんだろ。俺も我慢してた。けどやっぱ、壊れるならとことん壊れた方がいいと思ってる」
「……え?いやそれは」
「俺が好きなのは、浦間だ。藍田じゃない」
「……」
こんな告白のされ方初めてだった。
「藍田にもたくさん相談乗ってもらってたのにな。まさか、みんなして恋がどうとか言い出すんだ。俺は言わないようにしようって思ってたんだけどな」
「何それ」
「お前だってそうだろ。付き合ってうざがられて、拒絶されるくらいなら、友達でいた方がいいって思うだろ。大崎みたいに都合よく使ってくるゴミだっているんだ。俺もお前も一緒。友達でいたほうが傷つかなくて済むんだよ」
もう、用は済んだかと踵を返す彼。
友達でいた方が傷つかない。反芻してしまうこの言葉。
友情を取れば、恋は叶わない。
叶えたかった恋も諦めて、傷つかない選択を選ぶ。
今の私は、徳井と一緒だ。
うざがられて拒絶されるそれが嫌で、恋から距離を置く。
振られた理由も知りたくないと言い聞かせながら。
徳井は、どうしてそんなふうに思うようになったんだろう。
踵を返し、教室に戻る刹那。
そこにいたのは藍田だった。
「闇深いよね、彼」
彼女は口にする。
昼休憩のタイミングで外に出た。
夏も過ぎて秋の風に葉が舞う季節。
「闇深いってそんな言い方ないと思うんだけど」
藍田にいうが、彼女の方が詳しそうだった。
「あいつさ、親が離婚してるんだって。母方に引き取られて、大学も推薦狙ってる。学費免除狙って今から準備してるようなやつだよ」
「それが、どういう」
「両親の喧嘩、絶えなかったんだって。どれだけ引き留めても意味なくて、離婚届をちらつかせて最後は二人とも記入したんだってさ」
「……」
「破り捨てたらしいんだけど、でも、また徳井のいないところで記入して届出を出して受理された。それを知ったのは、母方に引き取られる当日」
「……ひどい」
「関係が壊れることを恐れてるんだよ、あいつ」
「今の私たちみたいに?」
「トラウマなんだろうね。それにこの関係真っ先に壊したのが、大崎だもん。友達が壊すだなんて思ってなかったんだろうね。すごい悩んでた」
「それ全部、藍田が聞いてた?」
「うん。そんな暗い話もしてくれるなら、心許してくれてるって思ってたんだけどなぁ。付き合うとは違うみたい」
「人たらしだ」
「無自覚のたらし野郎」
と小馬鹿にしてみる。
「でもさ、一人で抱えてるんだよね」
「壊れるなら全部ぶっ壊れればいいって思ってるあいつを、どうすることもできないでしょ」
「それはそうかもしれないけど」
けど、何を言えばいいだろうか。
彼の気持ちは彼にしかわからない。
「どうしたら、いいのかな」
悩んでいると横を通り過ぎる大崎の姿。
睨みつける私、藍田はその間に大崎をとっ捕まえた。
「なになになに」
「座んなよ」と、藍田。
怯んだカエルのように大崎はベンチに腰掛ける。
なんで普通に私の隣に座れるのでしょうか。
「どうしたの?」
恐る恐る聞く彼。
「徳井、メンタル辛そうだけどあんたのせいじゃない?」
「いや、そんなわけない。僕は、ちゃんと謝った」
「……謝れば許されるとでも?クズ男」
藍田の当たりが強い。
どうしたというのか。
「じゃあ、何、どうしろと」
「開き直るの!?」
思わず、声を出してしまった。
「そんなつもりないけど」
「うわ、クズだ」
「だから、何?なにしろって?」
「徳井のメンタルどうにかしてよ」と、藍田。
「メンタルって、別にいつも通りだろ」
「そんなわけない」
「部活じゃいつも通りだけど」
「この関係を真っ先に壊した張本人がシラを切るのね!?」
と、私はいうが、彼は私を一向に見向きもしない。
距離を置かれている。当然なのかもしれない。昔からずっと変わらず私はこんな扱いを受ける。
「僕にどうしろと」
「徳井のことなんか教えてよ。彼の悩み解決してあげたい」
藍田はいう。
「そんな好きなら、直接助けてやればいいじゃん」
確かにと思った刹那、藍田は大崎の膝を蹴った。
痛みに悶絶する彼。
「俺にできることあるわけなくね」
苦し紛れの言葉。
火に油。
もう一度、藍田に膝を蹴られると観念したように口をひらく。
「徳井の親は離婚してる。それくらいしか理由は思いつかないけど。友達関係も良好だし、周りの奴らもデリカシーのない人はいない」
「じゃあ、やっぱ親との関係?」
「土足で踏み込むのはデリカシーに欠ける」
「大崎がいう?」
「それはまぁ、そうだけど。そもそも家族関係の話に首を突っ込むのはセンシティブだろ」
真っ当な意見だった。が、藍田はまたも膝を蹴ろうとする。
「わかったわかった。少しそれとなく聞いてみる。だけど」
「だけど?」
藍田の正面に立ち、彼はいう。
「お前も一緒だ。藍田の方が素直に話してくれるはず」
「なんで」
「あいつの友達だろ」
あ……。
地雷をガッツリ踏み抜く彼。
瞬きも束の間、膝に蹴りを入れられた彼は、痛みに屈した。
いつから藍田が暴力的になったのかわからないが、好きな人のためにはとことん尽くすタイプなのかもしれない。
「ほらおいで」
首根っこを掴み、徳井の元へ向かう彼ら。
私は後を追うことにした。
昼休憩、授業まであと十分。
そろそろ準備したい頃、徳井を見つけた大崎と藍田。
「あのさ、徳井、話したいことあるんだけど」
と、藍田。
「ごめん、授業の準備」
避ける徳井をぎゅっと腕を掴んで離さない藍田。
「何?」
「避けないで」
「避けてない。授業の準備しないと」
「やっぱり避けてる」
「だから、避けてないっつてんじゃん」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
私たちがいないとき、藍田と徳井はこんな話をしていたのだろうか。
「もう何度も避けてる。声かけても逃げられる私の気持ち考えてよ」
「勝手に好きになった方が悪い。俺は悪くない」
なんだろう、この悪役感。
本当にこんなこと思って、言ってるんだろうか。
言ってないことがわかるから、藍田は傷ついてでも声をかけているんだろうか。
傷つくくらいなら、話しかけなければいいのに。
「そんなの無理だよ。悪いよ、徳井は。無理してるじゃん」
「……」
やっぱりと思わせるほど、彼は言葉を詰まらせる。
「無理やり言いたくない言葉言う必要ないよ」
「……それは」
「私にはたくさん話してくれたのに、なんで何も言ってくれないの?」
「……」
「肝心なことは何も言ってくれない。いつもそうだった。だけど、いつも待ってたよ」
「……あぁ、気持ち悪い。大崎と一緒に来た理由は?こんなこと言うために誰かいないと言えなかった?弱っちい精神。そんなんなら言わなきゃいいのに」
「と、徳井だって言いたいこともっとはっきり言えばいいのに!」
「お前らみたいに幼稚じゃない。俺は、俺の気持ちを一番理解している。お前らよりも何倍も言葉を選んで喋ってる」
「選んでるなら、傷つけるようなこと言わないでよ!」
藍田は、もう感情的になってしまっている。
制御の効かない怒りを徳井にぶちまけていた。
「傷ついてもらうために言ってんの。バカかよ」
「そ、そんな……」
逃げ出しそうな藍田。案の定、彼女は踵を返す。
しかし、大崎は彼女の腕を掴み、引き留めた。
彼女の涙が溢れる前に、逃がしてあげるべきなんじゃないのだろうか。
「こんなこと言い出したのは、藍田だ。ちゃんと向き合え」
どの口が言うのか。
「逃げんな」
藍田の背を押して、徳井と面と向き合う。
頑張れと心の中で思うしかない。
そして、何より徳井の恋愛観がわかってきた気がする。
回避型だ。
人の好意に気づいたら逃げてしまう。
だから、藍田と距離を置いてしまうのではないだろうか。
部員とは普通に会話をしていると言うのなら、それ以外の答えが見当たらない。
彼が、今一番悩んでいるのは、四人の関係が壊れることなんかじゃなくて、相手への好意に気づいた自分と好意を向けられている現実をどう対処するべきかどうかだ。
もしそうだとすると、今逃げるなと言われた藍田より彼の方が逃げたくてしょうがないのではないだろうか。
私に大崎が振った理由を告げたことにも合点がいく。
距離を置くためなら、回避型はなんでもする。
徳井は今、逃げ場を失っている。
全部ぶっ壊すための言葉を彼は持ってるはず。
だけど、大崎がいる手前、部員のことも考えれば、その言葉を言う可能性は低い。
話し合う時間はしっかり取れている。
大崎ももしかしたら、その可能性に気づいたんじゃないだろうか。
「徳井が思ってること、全部知りたい。でも、そんなこと言ったら、逃げ出したくなるんでしょ?その理由も知りたいけど、逃げたくなるんでしょ?ねぇ、徳井はさ、私のこと嫌いになったの?」
藍田もまた気づいてたんだ。
だから、大崎と徳井が喧嘩した時も藍田は大崎に怒ったんだ。
友達を失うことの方が嫌だと知ってたから。
「……そんなことない」
彼を責めないように、心が荒んでしまわないように。
「そうだよね、そんな気がする。だって、徳井さ、私を振る時、傷つけないようにって必死だったから」
回避型は自尊心が低い。
失敗談を思い出しては苦しむ。
いつか付き合っていた頃に大崎が教えてくれたこと。
教師志望の彼は、心理に詳しかった。
「今も本当は傷つけたくないんでしょ。これだけ長くいるんだよ?あなたの気持ちわからないわけないよ。わかってるから、告白するのも躊躇ったの」
彼女の素直な気持ち。
彼は、口も開いては閉じてを繰り返し、頭を掻いてため息をついた。
けれど、何も言わず彼は教室に戻っていってしまった。
「長い戦いになりそうだな」
大崎はいう。
「少しずつ歩み寄ってみようかな」
藍田がいう。
「逃げるなって言ってくれてありがとうね」
彼女たちの言葉が聞こえる。
私は、居た堪れなくなって逃げ出した。
階段を駆け下りトイレの個室に入り、急いで鍵をかける。
逃げるなの一言。
大崎が一番言ってほしくなかった言葉。
彼にとって私はなんだったのか。
どうでもいいの?都合がいいの?
誰かのために動ける優しい彼。付き合っていた頃は確かに私のために動いてくれた。
なんで私に何も言ってくれないの?謝ってくれないの?
見向きもしてくれないの?距離を置くの?
ねぇ、なんで?なんで、そんな酷いことができるの?
なんだかもう最悪の気分だよ。
「あとは、大崎の番だよ?浦間とのこと、ちゃんと精算しなよ」
藍田は、目の前の大崎にいう。
「……もちろんだ」
迷いのある大崎。
「ここが解決すれば、また戻れるから」
藍田はいう。
浦間を呼びに階段のほうへといくけれど、そこに彼女の姿はない。
大崎は不思議そうに藍田を見やる。
いないと知っても、大崎は教室に戻る方がいいという。
トイレかどっかだろと二人は教室に戻っていった。
逃げるか否か。
友達を選ぶか否か。
傷つかない方がいいのか否か。
答えはいつも間違いばかりだ。



