この恋が終わる頃

 男女の友情を成立させるためには、気持ちを我慢する必要がある。
 そのうちだんだんと気持ちは抑え込まれて、恋は生まれない。
 友情としての仲になって、関係が続く。
 綺麗事なのかもしれない。
 だけど、歪んでみるのは、関係者だけ。
 側から見れば、綺麗で羨ましがられるほどの関係性だ。
 もしそれすら叶わないのなら、もう全部壊してしまってもいいのかもしれないと俺の心の悪魔が囁いていた。

 文化祭一週間前、藍田に言われた。
『徳井はさ、どうして友達にこだわるの?』
 なんとなく浦間のことを相談した時に彼女に言われた言葉。
『友達でいれば、またあの頃に戻れるかなって』
 返した言葉はそれだけ。
 大崎が浦間を振ってからと言うもの、やけに変化していって関係性。
 当たり前だけれど、変わってしまうのが関係性というもの。
 だけど、変わってほしくなかったんだ。
 友達というあの四人にしかできなかったはずの男女の友情。
 誰かが隠せば成り立つものが、続くと淡い期待を膨らませた。
 うまくいかないのは、みんながみんなそれを望まないから。
 その後、大崎が藍田を呼び出して、連れていった。
 そして、浦間がきた。
 何か画策しているんじゃないかと気づいた。
 早めに会話を終わらせるべくちょっと傷つけてしまったが、案の定大崎は藍田に何かを唆す。
 文化祭前日も大崎は藍田に何かを唆した。
 わざわざ部活中に謝ってきたあの時の大崎の誠意はどこにいったのか。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 もうわからない。
 だが、この関係が変わらなければいいのだ。
 文化祭当日、何も起こらなければいい。
 そんな期待が外れることくらいどこか気づいている自分がいた。
 班ごとに回していくクラスの出し物であるカフェ。
 藍田と俺は、一緒に回ることにした。
 彼女が一緒に行きたいと言い出したのだ。
 班で動いた方が遅れる心配もないと首を縦に振ったのはいいが、考えてみれば藍田に話すことといえば、浦間の相談くらい。
 まともに会話することなんて滅多にないのではないだろうか。
「外の三年の出し物見に行こうぜ。せっかくだし」
 外に出れば秋の匂いがしてくる。
 田舎のこの町では緑が赤や黄色の木々が溢れている。
「お!肉あんじゃん。うまそー」
 彼女も連れて購入する。
 部活の先輩が出していたみたいで挨拶した。
「え、お前彼女できた?」
「いや、友達っすよ」
「またまたー」
「仲良いんすよ」
「んじゃ、これおまけ」
「え!?いいんですか!?あざす!」
「チョコバナナ他のクラス出してるっぽくておすすめだってさ」
「お、それ買いますわ!」
 と離れる。
 藍田がじっと俺を見ている。
「どした?」
 聞いてみると目があっていたはずの彼女は、目をそらす。
「すごいよね、私、全然人と話せないから。羨ましい」
「ノリでどうにかなるよ?ていうかさ、ちょっと元気なくない?」
 大丈夫?と気に掛ける。
 昨日に比べて、静かだなと思う。
 大崎が何か唆していたが、杞憂に終わればいいと願う。
「大丈夫だよ」
 ほらいこ、と彼女はいう。
 チョコバナナを二つ買って彼女に手渡す。
 食べてる顔を写真に収める。
「ちょっと!」
「いいじゃん、可愛いよ?」
 と何枚も撮ると恥ずかしそうにスマホを取り上げようとする。
 交わしにかわすと彼女はいう。
「もっと可愛く撮ってよ」
 綺麗めの彼女がそんなこと言うのは意外だった。
 しかし、女子が写真撮る時はそんなものだろうとカメラマンを務めた。
「なんかいいよ。可愛い」
「他の女の子より?」
「うん、もちろん」
「浦間より?」
「……うん、もちろんだよ」
 骨が喉につっかえるように、押し殺してた感情を隠すように。
 それでいて、彼女は探るように、試すように。
 だけど、俺たちはただの友達。
 誰が誰を好きでも構わない。
 それが、他の人なら問題ないはず。
「それなら良かったよ。ほらもう写真はおしまい」
 彼女は俺のスマホを取り上げた。
 うちかめにした彼女は、俺の腕にくっついて写真を一枚撮った。
「記念!ほら、やっぱ文化祭だし」
「おう、そうだよな。たくさん撮ろ」
 いつもみたいな明るさで返す。
 もし、俺が浦間と撮りたいだなんて言ったら、あの頃のような友達のままではいられなくなる。
 友達なんだから、変に気を張る必要はない。
 班での仕事、カフェも順調だ。
 なのに。
「あの子好きそう」
 藍田は、俺の好きなタイプを知らないのかそんなことを言ってくる。
 いや、知っているはずなのだ。
 これまで何度も浦間のことを相談したのだから。
 考えてみれば、浦間と顔の特徴は似ている。
 わざとそんなことを言っていると気づいた。
「いやいや、俺の方が可愛い」
 それ以上言わせまいとふざけた返しをする。
 ペシっと叩く彼女は、まるで浦間のよう。
 班の仕事を終えて、他の人と見て歩こうか迷う。
 藍田と一緒にいる理由はあまりないし、それに話題も尽きてしまう。
 それとなく別行動を提案して、離れる。
 午後は部員と一緒に一年生の出し物や体育館でやってる演劇や演奏を見た。
 中学生の時、大崎ともう一人と三人でバンドをやったことを思い出す。
 あの頃とはもう違う俺たちを受け入れるには時間がかかりそうだ。
 なぁ、大崎、お前が中学の担任との恋を未練がましく引きずっていなければ、浦間は、あんなに悲しむ必要なかったんだぞ。
 思い耽りそうな時、藍田からLINEが来た。
『今から、会えない?体育館裏にいる』
 文化祭は、もう少しで終わり。
 気がつけば雲の多いなか、夕陽が俺たちを照らす。
「どうした?そろそろSHR始まるぞ?」
 体育館裏にベンチがあり、彼女は俯いて腰をかけていた。
 何か嫌なことでもあったのだろうかと少し明るい目に声をかける。
 隣をポンポンと叩いて、俺を誘導する彼女に従い腰掛ける。
 しかし、彼女は口を開かない。
 何か言いたいことがあると思ってきたのだが、気のせいだっただろうか。
 それとも言いたいことはあれど、言いずらい内容なのか。
「なんか飲み物でも買ってこようか?」
 少し離れたところに自販機がある。
 学校内でも安いと話題だ。
 浮かせた腰を制するように彼女は俺の手をとり、離れることを許さない。
「そう言うのやめて。友達だって言うんなら、尚更」
「……え、あ、ごめん」
「謝んないでよ」
「でも」
「徳井は、友達相手になんでそこまで優しくするの?」
「優しい、か?」
「優しいよ。なんでわざわざあってくれるの?」
 彼女から会えない?とか連絡来たのだから、いかない理由もないだろう。
 ましてや、友達だ。
 大切にしたいと思うのは普通じゃないか。
 これまでたくさん悩みを聞いてくれたのだから。
「鈍感だよね。もう、気づいて欲しいくらいなのに」
 嫌な予感がした。
「それって」
 だけどもう、遅いことくらい気づいてしまう。
「ずるいよ、徳井は」
 スッと俺の顔に近づいた彼女。
「私の気持ち、気づいてない」
 気づいた頃には唇が触れ合っていて、離れた頃には悲しげな顔をした彼女と向かい合う。
「ど、どうしたんだよ、急に。ほら、SHR始まるし戻ろうぜ」
 離れようとする俺の体にそっと抱きしめる彼女。
「やだ」
「で、でも」
「私だって我慢してきた。徳井が、ずっと浦間のこと好きだった時も、浦間と友達でいようと決めたあの日からも」
 ずっと。
「我慢したよ。……もう、できないよ」
 だから。
「この関係が、壊れてもいい」
 そして。
「私は、あなたのことがずっと前から好きです」
「……」
 言葉を濁せば、きっと離してくれることはない。
 態度で示せば、この先話すことはない。
 これまで恋をして、友達に戻れた試しはない。
 大崎じゃないのだ。
 あいつみたいに振られてからも普通に話したりできないし、話しかけてもらえたことはない。
 今ここで、適切な対応を取らなければ、藍田との関係が悪化する。
 友達だと思っていた彼女は、ずっと俺のことが好きだった。
 浮かれているのかと思えるほどなのに、当の本人は、本気。
 もっといい人くらいいる。
 そのはずなのに、どうして俺を選んだのか。
「気持ちは嬉しい。でも、やっぱその」
「友達でいたい理由はなんなの?」
「それは……」
「だって、徳井も苦しいじゃん。浦間のこと好きなんでしょ?それなのにひた隠しにしようだなんてあんまりだよ」
 言葉が出ない。
「私はもう、限界。徳井の優しいところ全部私が欲しい。浦間じゃなくて私にしてよ。私なら、徳井の全部好きになれる」
 彼女の腕を掴んで、距離を置く。
 嬉しい言葉だった。
 初めてそんなこと言われた。
 普段から明るいせいか一緒にいると楽しいからと稀に告白される。それしか理由はない。
 彼女だけだけど、俺は彼女にそれを求めてない。
 恋心はない。
「私のことどう思ってるとか、どうでもいいの。私を好きになってよ」
「……」
 彼女がなんと言おうと変わらない。
 好きは、相手にとって伝えたいことでも俺からしてみれば、いらない好意を切り捨てるほか考えはない。でも。
「気持ちは嬉しいよ」
 友達でいるためには、これ以外の言葉は出ない。
 戻れるかもしれないのだ。
 あの頃の四人にまたもう一度やり直せるかもしれない。
 だけど。
「そうだよね。ずっと言ってたもんね。浦間が好きだって。応援するつもりだったよ。でもさ、今の私は徳井を応援できない」
 だって。
「好きだから」
 一度壊れた関係は戻らない。
 それぞれの思惑が、交差していく。
 交わってはいけないものが、どんどん交わっていく。
 変わっていく。
 変えたくなかったことは、変わらないままではいられない。
 一度、変わってしまった関係性は、行き着く先までいかなければ変わりようがない。
 代替品なんてものは存在しない。
 俺じゃない誰かが友達の代わりになったって、俺の気持ちは、あの頃の四人に戻ること。
 目の前の彼女も気持ちには気づいているのだろう。
 だから。
「ごめんね、こんなこといきなり言ってしまって」
 立ち上がって距離を置く彼女。
 目が合う。
 だけど、すぐに逸らされてしまう。
「HRいこっか」
 無理して笑ってるんだろうことはすぐにわかる。
 先に歩を進める彼女。俺はその隣を歩けるわけがない。
 文化祭初日、俺は彼女との距離を見誤った。
 もう戻れない。
 変わった関係に固執できない。
 でも、じゃあ、俺がこれまでやってきたことは無駄だったのか。
 無駄なのだろう。
 無意味なのだろう。
 それぞれの気持ちを抑え込ませて得られた関係になんの価値もない。
 もしも仮にあの頃の関係を取り戻せたとしても素直に喜べるだろうか。
 否、無理だろう。
 俺は、決定的に何かを間違えた。
 わかってる。
 わかっていて、言葉にしたくない。
 最初から間違っていただなんて言葉にしたくない。
 でもどうしてだろうか。
 全てが壊れて仕舞えばいいだなんて思ってしまうのは。
 どうして、何もかも許せないのだろう。
 この怒りはどこから湧いてくるのだろう。
 文化祭二日目、最終日。
 浦間が話しかけてくる。
 藍田に告白された事実を知っていたようだった。
「振ったの?」
「振ったね」
 言葉にしていない。だが、しなくてもわかってしまうほど、俺は、拒絶反応を見せたのだろう。
「どうして?」
「好きじゃないから」
「あんなに仲良かったのに」
「仲良いから、付き合うは違うでしょ」
 なんだかどうでもいい。答えるのもめんどくさい。
「浦間が好きだったから。大崎と付き合うってなった時、嫉妬したよ。隠して、おめでとうだなんて言ったよ。なんであいつがって、そりゃもちろん、モテるのは知ってる。一緒にいたし、恋愛についても話したことある。でも」
 攻撃的な言葉を止められない。
「あいつは、中学の時の担任が忘れられなくて、未練があって、浦間を振った。最低なクソ野郎を今も好きなお前が意味わかんねぇよ」
「え……?」
「あいつさ、お前振った理由、中学の担任とより戻せるかもってだけで、見切り発車で振ったんだぜ?最低じゃね?」
「……な、何それ。ていうか、それは、大崎くんが言うならまだしも」
「言わねぇだろ。そんなんばれたらあいつの価値下がるんじゃねぇの?」
 どうして、止められない。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私はただ、どうして振ったのか聞きたかっただけで」
「それもそれでしょ。俺は、浦間が好きだっただけ。友達でいいって思ってどうにかあの頃の関係を戻そうとしたけど無意味だった」
「だから、振ったの?」
「そうだよ。そもそも藍田を好きなわけないし、ただの友達。勝手に好きになられた方がだるい」
 あぁ、でも、そうだよな。
「浦間からしてみれば、俺が浦間を好きでもそっちの方が嫌だよな」
「……それは」
「気持ちは嬉しいとか綺麗事はいらない。今の大崎のこと聞いてもまだ付き合いたい?俺だったらあり得ないけどね。意味わかんねぇじゃん。ゴミ野郎だろ」
 刹那、彼女は俺の頬をビンタする。
 ふと冷静になる。だけど。
「大崎くんのこと、悪く言わないで」
 彼女の気持ちは今もなお、大崎に向いている。
 俺は、どうなる。
 どうしたら、よかった。
 変わらず友達でいるのが最善だと思ってた。
 だけど、みんな考えなしに、告白なんかする。
 友達でいた方が別れがなくて済む。
 悲しい思いをしなくて済む。
 離れ離れにならなくて済む。
 また出会ったとして、都合よく使われる。
 だったら、友達のまま関係を続けた方がいい思い出もたくさん作れるんじゃないのか?
 でも、今俺は好きな人さえ怒らせた。
 告白しない方がいいだなんて思っておきながら、いざ、振られると弱い。
 ちゃんと告白していたらまた変わっていたかなんて今更考えても遅い。
 最低な俺らしいエンディングはいつ訪れるだろうか。
 俺の求めた関係はもう訪れない。
 高校生らしい青春はもう来ない。
 じゃあ、俺は、今までなんのために頑張っただろう。
 大崎が中学の担任の元へ戻ろうとした時、しっかり止めていれば、関係は続いただろうか。
 夏祭り以降の関係も変わらないままだったんだろうか。
 俺にできたことは、その時以外なかったんだ。
 今更気づいても遅い。
 全部、今、俺が壊した。
 俺は、悪役だ。
 大崎よりも最低で最悪なゴミだ。
 あとはもう二人に任せよう。
 俺にできることは何もないのだから。