恋をすることがあっても、応援することはなかった。
これまで他人の恋に興味がなかったのも応援しなかった理由の一つ。
浦間と藍田の恋を応援しようと一緒になって画策した。
少し緊張の走った徳井と藍田の関係に割って入って、藍田に声をかける。
廊下を歩いていくと横にいたはずの藍田がそこにはいない。
振り返ってみるといつの間にか立ち止まっていた藍田の姿。
「なんで、止めたの?」
「なんでってそれは……」
「あなたが、何か言える立場なの?」
質問責めに面食らう。
「立場っていうか。ほら、ちょっと空気重かったし、離した方がいいかなって」
目の前の彼女が怒っている理由に僕は知らないふりをした。
「藍田の気持ち、浦間から聞いたからさ。少しは、答えたいなって」
あの頃の四人みたいに。
「徳井も藍田から言われたら少しは考えてくれると思うよ」
刹那、彼女は鬼気迫って僕の頬にビンタした。
目が覚めたみたいに冷静になる。
「バカなこと言わないで。何が、答えたいよ。浦間がどんな気持ちだったかなんて知らないでしょ」
「……」
「元カノのと会った?ふざけないでよ。あんなのありえない。じゃ、どんな気持ちで浦間を振ったの?今までなんも言わずに一人で勝手なことしてきておいて、今更戻れると思わないでよ。浦間に今まで通り話しかけないでよ!」
藍田を心配して、呼び出したわけだけれど、彼女にとっては、そんなことよりも友達の心配をするらしい。
そもそも、僕がこうして今まで通り話しかけていることにさえ、不満があるのだ。それはそうだよなと思う他なかった。
「大体、徳井だって今の関係を壊したくないの。あんたたちが付き合ったのはいいよ。でも、徳井は私と友達でいたいの。わたしたちとずっと友達でいたいの。徳井の気持ちまで無碍にしないで」
「徳井の気持ちのために自分の気持ちを押し殺す必要はない」
「そんなのあんたにわかるわけない」
「その後で藍田に何が残るの?」
「あんたの質問になんか答えたくない」
「それは別にいいけど、徳井が他の誰かと付き合ったら?徳井が女子友を優先する?そんなわけない、大抵の男子はみんな彼女を優先する。藍田は、それでいいの?」
「…… それは」
「とっくに関係は壊れてる。僕が、壊した。無理に止めれば大きく壊れるだけ。それなら、もう壊しちゃいなよ。自分の気持ちを隠して、勝手に壊れるくらいだったら、そっちの方がいい」
「……大崎に、何も言われたくない」
肩をぶつけてもかまいもせず、教室へと戻っていく。
視界の端に徳井が見えた。
関係を壊しておいて、開き直ってそのくせに普通の顔して話しかける。
我ながら最低だった。
「徳井、お前さ」
「大崎、なんで迷惑なことばっかすんだよ。浦間と何か画策してただろ」
彼がこんなにも怒りを見せるのは珍しかった。
詰め寄ってくる彼に、僕は二の句を待つ以外にどうすることもできなかった。
「これ以上、自分勝手なことするなよ。いいな?」
「……わかったよ」
「わかってないだろ」
苛立ってる彼。
しかし、彼の気持ちは頑なで少し言ったくらいじゃ変わらない。
何もわかってない彼に少し嫌気がさす。
「壊されたくないんだろ?今の関係が壊れてほしくないからそんな圧かけてくるんだろ?それ依存してるってこと気づいてんの?」
「お前」
「今の関係、家族と照らし合わせてんじゃねぇの?」
徳井の家庭と僕の家庭はお互い片親だ。
彼の場合、両親がひどい喧嘩を毎晩のように繰り返し、父親が出ていった。
何度も関係修復に努めたらしいが、無意味と化した。
それ以降、友達関係でも時たまに壊れないように動く彼の姿を見てきている。
彼が、壊したくないのは、関係性じゃない。
過去の経験を思い出したくないだけ。
こいつが、明るいのはただ関係が良いものであるように努めているだけに過ぎない。
木偶の坊だ。
しかし、その経験がなかったら今頃僕と徳井は仲良くなっていない。
相談事はほとんどしないくせに、友達としていられる。
それは、側から見れば歪なのかもしれない。
だけど、彼とはこの先も大学が違えど、就職先が違えど、飲みいく仲になるんだろうとそう思わされる。
それすら、壊そうとする僕は、彼にとって最低なやつだろう。
「ふざけんな!何言ってんだ!お前が、全部壊してんじゃねぇか。中学の担任に唆されて、浦間を振って、担任のとこ行ったのに不倫相手にされるばかがなんで調子乗ってんの!?」
ぐうの音も出ない。
「お前がずっと浦間と付き合っていれば、この関係は壊れなかった!今もそうだ。ギリギリで耐えてんのに、邪魔ばかりすんなよ!!」
「……ギリギリなくらいだったら、一度壊せば」
「お前が壊したんだよ!何が壊せばいいだ!!なぁ、これ以上俺を怒らせんなよ!?どんな思いでみんなお前と話してんのか。普通に声かけられて、こっちは困惑してんだよ。何普通に話ができるんだ!?」
「……」
言い返す言葉なんてなかった。
目の前の彼が、怒りをぶつけることなんて滅多にない。
その怒りが、自分勝手だったことを思い知らされる。
謝罪の一言さえない僕に怒りを覚える彼は尤もだ。
彼は、教室とは逆方向に歩を進めた。
放課後になっても彼は、教室に戻ってこなかった。
文化祭準備期間のため、運動部はいつものように部活がある。
いく気力が無くて帰路に着く。
家に帰ると玄関には父親の靴が置いてあった。
リビングに入ると父親は、酒缶を五本開けていた。
これだけ開けているということは、昼間から飲んでいた可能性がある。
「おう、おかえり。冷蔵庫から酒とってくれ」
人使いの粗いことだ。
冷蔵庫には、ビール缶とハイボール缶がそれぞれ三缶ずつあった。
「どれがいい?」
「ビール」
「了解」
仕事が休みなのだろうとビール缶を手渡す。
父親一人、母親は、物心がついた時には置き手紙を置いて出ていった。
『探さないでください』
そんな一言だけを置いて、今まで一度も会ったことはない。
この先も会いたいとは思わない。
連絡先も知らないし、知ったところで連絡する勇気もない。
探さないで欲しい理由も聞かない方がいいのだろうと思っている。
どうして、出ていったのか。
父親は、普通に働いて休みの日は起きたらすぐ酒を欲する。
家族で出かけたことはないし、旅行なんてもってのほか。
今更、母親に会ってどんな顔したらいいのかなんてわからない。
不倫相手になったことがありますとでもいうのだろうか。
ドン引きじゃないだろうか。
そもそもこの顔に覚えがあるかも怪しい。
会わない選択が一番だと思わされる。
「いつもよくそんな飲めるね」
父親にいう。
「仕事以外は、酒飲む方がいいんだ」
「そんなこと言ってるから、母さんが出てく」
久しぶりに母の名前を出した気がする。
普段は滅多に出さないのに。
「まぁ、お前も高校生だ。母さんに会いたいか?」
「別に」
「なんだ、そうか。会いたくなったらいつでも言え」
「……会う資格ないよ」
不倫なんて言ったら、父親も嫌うだろう。
大学進学を許してくれているのは、しっかり勉強して部活にも励んでいるから。
言えるわけがない。
「資格もクソもねぇだろ。何かあったか?」
隣をポンポンと叩く父親。
そこに腰掛ける。
「いや別に」
父親は、やけに勘がいい。
僕の周りは勘のいい人ばかりで困る。
「ないわけないだろ。普段だったら部活じゃねぇの?」
「そうだけど、文化祭近いから」
「運動部、文化祭関係ないだろ」
やはり、勘がいい。
「あのさ、友達が恋人振ってまで寄りを戻そうってした人がいてさ」
「おう、大胆だな」
「不倫相手になってたんだって」
ビールを吹き出す父親。
「そっから友達との関係も悪いみたいで、どうするべきだと思う?」
「どうするってそりゃ。謝るだろ。子供の時くらいだぜ?謝って大体済むのって。大人なんて謝りもしない」
「……」
「その友達が、どう思うかなんてどうでもいい。関係が悪いこと悩んでるなら、謝ってみろ。それでも無理なら無理だ。次に行け」
「次……」
「そうだ。どうせ、次がある」
「たとえば、どんな……?だって、次があるんなら、父さんだって次を考えるんじゃないの?未来とか想像できない」
いつの間にか弱くなっていた。
いや、気づかなかっただけ。
ずっとなおに振り回されて、心をかき乱されて、傷ついて。
戻ってきたら、関係が悪くなってた。
見て見ぬ振りして、話しかけた。
相手の逆鱗に触れた。
自分が悪いのに、他人に甘えたくなることも委ねてしまいたくなるのもきっと他の人から見れば最低な行為なんだろう。
「未来まで想像すんな。そういう時はな、今を見るんだよ。今どうするべきか。それが見えて課題をクリアしていくのが大事」
「今を見る」
「未来ばっか見てると足元掬われるぞ」
と、ビールを飲む父親。
「それにしても不倫相手ってなかなかだな。高校生だろ?」
「そうだね」
「まぁ、普通じゃねぇな。けどまぁ、俺の息子だ、イケメンだしこの先ありえるかもな!」
肩をたたく父親。
不倫相手になってましたと言えるわけなかった。
「そうなっても、助けてやるから安心しろ」
頷いて、席を立つ。
リビングを出る刹那。
「またなんかあったら、話聞いてやる」
「なんかあったらね」
と、部屋に戻った。
悩みのない人生だったらどれほど良かっただろうか。
都合よく利用されない人生だったらどれほど良かっただろう。
顔だけで選ばれる人生より、中身を見てくれる人はいるのだろうか。
性格で選んでくれる人がこの先いるのなら、僕は迷わずその人を選ぶだろう。
浦間は、そう言った意味ではどちらを選んで好きになってくれたんだろう。
なおと似ている性格と顔。
彼女は、僕の何を知って何を好きになってくれたんだろう。
どうせ、顔だと思う自分は、性格が悪いのだろうか。
思い返してみれば、僕は彼女の良さをあまり理解していない。
面影を感じた。
似ていた。
もう一度やり直している気分になった。
浦間には、河合という元彼がいた。
その彼の面影を感じて付き合ったわけじゃないだろう。
付き合っている頃、河合の話を彼女がしたことはなかったし、比べられることもなかった。
彼女が顔の良さで選んだようにも思えない。案外、その可能性もあるけれど、漠然と違う気がした。
ならば、僕だけが、彼女を彼女本人として見ていなかったことになる。
とてつもなく最低な男だ。
そんなやつに今更謝られたら、浦間はどう思うだろうか。
父親の言う通り、謝ってからじゃないと何も解決なんてしないのだろうか。
これからのことを考えるために今を考える。
とても難しい。
進学はもう決まっているし、それに向けて勉強だってしている。
人間関係を考えるのは、進路以上に難しく感じた。
息が詰まるような学校生活。
自分のせいだと言うのに、逃げ出したい。
そんなことを思ううちは、何もできないのだろうか。
そもそも恋愛を得ようとすれば、友達関係が壊れるなんて嘘だとさえ思える。
藍田にあんなこと言ったけれど、また戻ってくる可能性は十分にある。
友達でいいと言うのなら、恋は諦めればいい。
諦めきれないから、悩んでいると言うのなら、一度関係が壊れることさえ含めて伝えてみればいい。
初めて見てからでも遅くない。
壊れる時は壊れる。
その後で考えればいいだなんて当事者じゃないから言えてしまうのだろうか。
徳井が聞いたら、怒るだろうな……。
当事者ではないと言えば、嘘だけれど、今の僕にできることなんてあるのだろうか。
静観しているのが一番被害を生むこともなくて安心なのだろうか。
「無理だよな」
独言る。
言い訳ばかり考えるのはやめよう。
そう思ったけれど、それからの一週間は満足に声をかけることもできずに終わってしまった。
文化祭準備の時間、その後の部活話す頃には徳井は帰ってる。
藍田にも声をかけれていない。
そして、ようやく声をかけれた放課後の部活。
「場所、移動しようか」
彼の後に続いて、テニスコートから離れて駐車場付近で止まる。
「ちゃんと考えた。僕の悪かったところも含めて」
僕に振り向いてくれることはない。
背を向けたままの彼に話を続ける。
「浦間を振ったのは、徳井の言う通りだ。なおと今度こそは付き合えるんじゃないかって。未練がましかった。ずっと連絡きてたし、一度くらい会おうって、でも言われたんだ。浦間と別れろって。なおと付き合えるならそれでもいいから、やってた。女々しいよな」
でも。
「そう言うことが言って欲しいんじゃないのもわかってる。ごめん、僕が、今の関係を壊した」
なおとうまくいかないと知って、未練を断ち切りたくて気持ちをぶつけて、もう会わないと決めた。
「不倫相手になるとも知らずに、やめとけって言葉も聞かずに。それを知っていても、身勝手なことしたんだ。藍田にも責められて当然だ」
「……」
「徳井、前に言った言葉、撤回させてほしい。僕が壊した関係を、亀裂を必死に食い止めさせてごめん。浦間や藍田にもちゃんと話す」
徳井は視線を僕に向けた。
だけど、どこか言いたそうで言わない方を選んでしまいそうで。
「徳井の気持ち、考えてなかった。僕もいつの間にかこの四人の関係が壊れることはないって思ってた。でも、一番に壊した僕のために」
「俺は、依存してたのか……?」
被せていう彼の目には迷いがあった。
本音を言えば壊れる関係がそこにはある。
だけど、彼はそれを知らない。
「まさか」
否定らしい否定はできなかった。
執着しているのは、壊れない関係。
この四人じゃなくてもどこかで壊れてしまう関係性が身内に起こるなら、彼は必死になって止めるだろう。
その危うさを今、伝えることなんて僕にできようか。
言えるわけがない。
謝る立場で何が言える。
「友達ってなんだろうな」
徳井がいう。
脈絡のない言葉に戸惑う。
「俺は、友達が欲しいのかな。違うと思ってるんだ。だけど、そうなると大崎が以前言った言葉がよく当てはまる」
まさか、ネガティブ思考になってしまっているのか?
僕が、片親を揶揄するような言い方をしたから。
「そんなつもりはないよ。僕が言いたかったのは、壊れない関係なんてないんじゃないかってことだけで」
縁が切れれば、他人より離れる。
恋人も両親も友達も。
全部、離れていってしまわないようにするのは当然だ。
徳井は真っ当だ。
「じゃあ、やっぱ」
「徳井は、間違ってない。僕が言えたことじゃないけど、壊したくないものを壊さないように丁重に扱うのは至極当然だ」
「……」
「何も、徳井の全てを否定したくてあんな言葉言ってないよ」
今ある関係をもうこれ以上壊さないように。
自分のせいで壊れないように、そうやって動くのが最善だと思ってた。
だから。
「じゃあ、大崎はこの先、この四人の関係が壊れないように協力してくれる?」
「もちろん」
賛成するほかなかった。
それもまた最善だと信じて。
この選択は、二人だけのものであると言うことも忘れて。
他二人がどう動くかなんて僕らには知る由もなかった。
ただ一つだけ、徳井と仲直りできたことの喜びと安堵はあったのだろう。
文化祭二日前。
準備に丸一日使うため、教科書など一切いらない荷の軽さ。
浮かれ気分のみんなで準備を進めていく。
今日、僕らの班は飾り付けをしていくらしい。
班長と副班長は廊下の飾り付け。
僕と浦間は教室の飾り付けを担当することになった。
どう言うつもりでこんなペアわけをしたのか気になるところだ。
だが、浦間も今のところは友達と接してくれている。
この時は謝るのは後でいいやと準備を進めることにしたのだが。
「なおちゃんと一緒の方が良かったんじゃない?」
上目遣いで彼女はいう。
今になって僕はどうして彼女と付き合ったのだろうと思う。
どんなところが好きだったんだろう。
彼女自身の良さをこれまで考えたことはあっただろうか。
……何も思い浮かばない。
首を横に振る。
また後で考えよう。
「違うんだ?意外だねぇー」
彼女は揶揄うようにいう。
付き合っていた頃は、彼女が揶揄うことは少なかったように思うが、友達として接していくれている今、本当は揶揄うのが好きな女子なのかもしれないと思った。
「ねね、これ、飾ってよ。手が届かなくて」
背伸びする彼女は、どうしたって飾りつける場所に手が届かないらしい。
可愛く見せたいのかもしれないが、今更だ。
どれだけあざとい姿を見てきたと思ってる。
なおに似て可愛いなとは思う。
「貸して」
その飾りを手に取り、適当に飾る。
すると。
「ね!ちゃんと飾ってよ!ズレてる!」
どうやら怒っているらしい。
「どこにつければいい?」
「もう少し右」
初めからやり直しらしい。
言われた通り付け直していく。
どうして飾り付け一つにここまで真剣になれるのか意味がわからなかった。
とりあえずつけてから、訂正していけば楽なのに。
最後まで飾りつけると彼女はいう。
「完璧!いいじゃん!」
ハイタッチを求められた気がしたが、見て見ぬふりをした。
気づかないふりを続けて、徳井の言う通り友達でいることを選ぶ。
だって、僕には彼女に対する好意はもうめっきりないのだから。
今はもう恋愛から距離を置きたい。
「……大崎くんはさ、どうしたら今も私と付き合ってくれたの?」
なんで。
「私のこと振ったの?」
彼女はいう。
やめて欲しかった。
聞かないで欲しかった。
だけど、そうやって逃げる権利を僕は持ち合わせていない。
彼女の目を見やることができない。
逃げることなら簡単で、今まで通りになおから逃げたみたいにすればいい。
しかし、徳井と約束した。
もうこれ以上、壊さないって。
「それは」
「ごめん!聞かなかったことにして!」
スタスタと教室を出て行ってしまった彼女。
呼び止めることもせず、立ち尽くしてしまった。
文化祭まで後二日。
こんなのでいいのだろうか。
よくない。
早く呼び止めに行けと心が叫ぶ。
動き出せば、廊下に出るのは早かった。が、そこに浦間はいない。
班長たちに彼女がどこに行ったのか聞いてみる。
トイレの方に行ったと班長はいう。
「聞いてなかったのか?」
「あ、いや、まあ」
「で、飾りはどう?」
「一応、こんな感じ」
廊下から教室に戻ると班長たちは指でグッとサインを作った。
どうやら今日の飾り付けは無事終了らしい。
あとは明日に机の配置などをやって完成とのこと。
学校でのやるべきことは終わった。
藍田達は、まだやることがあるみたいで声をかけるのは躊躇われた。
放課後になっても話しかける目処も立たず、翌日を迎えた。
前日に控え、クラスの雰囲気は浮き上がっていた。
去年も文化祭をやったと言うのに、変わらない。
放課後に残って準備するためなのか今日は部活がない。
これはもう残る他ないのだろう。
そうやって放課後残り、トイレから戻る廊下で藍田にであった。
謝るなら今しかない。
「あのさ」
立ち止まってくれた彼女。
「この前はごめん。藍田も気を遣ってるんだよな。僕はそれも知らずに、助け舟を出そうだなんて。どの立場がって今になってよくわかった」
「……」
「嫌な思いさせてごめん」
彼女は、俯いたまま。
「話しかけられるのも嫌なほどだったら、金輪際話しかけない。じゃあ」
教室に向かうために歩を進める。
刹那、彼女は僕の袖を掴んで離さなかった。
「あの時、『徳井の気持ちのために自分の気持ちを押し殺す必要はない』ってなんでそんなこと言ったの?」
「……え?」
「だって、徳井も気持ちを押し殺してる。なんで?私だけ気持ちをぶつけたら徳井の気持ちはどうなるの?」
「それは……」
「私は、徳井が嫌なら……言いたくないよ……」
「……」
気持ちを言うよりも前に我慢する。
僕にはできないことだった。
だから、浦間を振ってまでなおのところへ行った。
デートにも行った。
そして、不倫相手に成り下がった。
「結果は最悪になると思う」
言えることは、少ない。
「でも、後悔はない。吹っ切れた。前に進む意志が生まれた。これからのことを考えられる」
「徳井は」
「自分勝手なのはみんな一緒。徳井だって、友達でいるために必死。僕はそうじゃなくていいと思ってた。でも、それは、他人のことを一切考えてなかっただけ。今は違う」
だけど。
「悶々と悩むくらいだったら、一度しっかりぶつけるのは悪いことだとは思わない」
しっかりと話して、建設的な会話でどうしていくのか方向性を決める。
それだけでもいいのかもしれない。
ただ、友達でいるためにそこまでするのなら、もう友達として一緒にいるには手遅れなのかもしれない。
どうするかは藍田次第だった。
僕が、その会話に参加する権利はない。もちろん、浦間にも。
「徳井のこと、真剣に考えているのなら、徳井もわかってくれる」
これが聞かれているだなんて思ってもいなかった。
誰か一人にとっての最善だと考えて行動した。
だけど、これが崩壊を招くことになろうとは思いもしなかった。
友達でいることは難しい。
友達だと思っていても、好意を寄せられたり、好意を寄せていても都合よく使われたり。
だから、関係がギクシャクしたりする。
恋が盲目だと言うのは正しい。
一人で突っ走って当たって砕けて、残るのは砕けた破片に傷ついたもの達。
それらを癒すのは当事者の仕事。
その責任さえあるのなら、恋ができるのかもしれない。
表面的に男女の友情が成立していたからこそ楽しかった関係も、それこそ曖昧だったからこそ成り立った関係も、水面下で動いてた感情が暴走してしまえば、水面は荒れる。
男女で友情は成立しない。
同級生同士も無論、大人も。
誰かが誰かに何かを求める。
都合のいい相手を探したり、面影を寄せてしまったり、綺麗事じゃないから、歪んでしまっている。
綺麗にしようと必死になればなるほど、人は醜い部分が露出するのかもしれない。
それでもまた、何度でもやり直せるのならそんな都合のいい物語があるのなら、どれほど嬉しかっただろうか。
これまで他人の恋に興味がなかったのも応援しなかった理由の一つ。
浦間と藍田の恋を応援しようと一緒になって画策した。
少し緊張の走った徳井と藍田の関係に割って入って、藍田に声をかける。
廊下を歩いていくと横にいたはずの藍田がそこにはいない。
振り返ってみるといつの間にか立ち止まっていた藍田の姿。
「なんで、止めたの?」
「なんでってそれは……」
「あなたが、何か言える立場なの?」
質問責めに面食らう。
「立場っていうか。ほら、ちょっと空気重かったし、離した方がいいかなって」
目の前の彼女が怒っている理由に僕は知らないふりをした。
「藍田の気持ち、浦間から聞いたからさ。少しは、答えたいなって」
あの頃の四人みたいに。
「徳井も藍田から言われたら少しは考えてくれると思うよ」
刹那、彼女は鬼気迫って僕の頬にビンタした。
目が覚めたみたいに冷静になる。
「バカなこと言わないで。何が、答えたいよ。浦間がどんな気持ちだったかなんて知らないでしょ」
「……」
「元カノのと会った?ふざけないでよ。あんなのありえない。じゃ、どんな気持ちで浦間を振ったの?今までなんも言わずに一人で勝手なことしてきておいて、今更戻れると思わないでよ。浦間に今まで通り話しかけないでよ!」
藍田を心配して、呼び出したわけだけれど、彼女にとっては、そんなことよりも友達の心配をするらしい。
そもそも、僕がこうして今まで通り話しかけていることにさえ、不満があるのだ。それはそうだよなと思う他なかった。
「大体、徳井だって今の関係を壊したくないの。あんたたちが付き合ったのはいいよ。でも、徳井は私と友達でいたいの。わたしたちとずっと友達でいたいの。徳井の気持ちまで無碍にしないで」
「徳井の気持ちのために自分の気持ちを押し殺す必要はない」
「そんなのあんたにわかるわけない」
「その後で藍田に何が残るの?」
「あんたの質問になんか答えたくない」
「それは別にいいけど、徳井が他の誰かと付き合ったら?徳井が女子友を優先する?そんなわけない、大抵の男子はみんな彼女を優先する。藍田は、それでいいの?」
「…… それは」
「とっくに関係は壊れてる。僕が、壊した。無理に止めれば大きく壊れるだけ。それなら、もう壊しちゃいなよ。自分の気持ちを隠して、勝手に壊れるくらいだったら、そっちの方がいい」
「……大崎に、何も言われたくない」
肩をぶつけてもかまいもせず、教室へと戻っていく。
視界の端に徳井が見えた。
関係を壊しておいて、開き直ってそのくせに普通の顔して話しかける。
我ながら最低だった。
「徳井、お前さ」
「大崎、なんで迷惑なことばっかすんだよ。浦間と何か画策してただろ」
彼がこんなにも怒りを見せるのは珍しかった。
詰め寄ってくる彼に、僕は二の句を待つ以外にどうすることもできなかった。
「これ以上、自分勝手なことするなよ。いいな?」
「……わかったよ」
「わかってないだろ」
苛立ってる彼。
しかし、彼の気持ちは頑なで少し言ったくらいじゃ変わらない。
何もわかってない彼に少し嫌気がさす。
「壊されたくないんだろ?今の関係が壊れてほしくないからそんな圧かけてくるんだろ?それ依存してるってこと気づいてんの?」
「お前」
「今の関係、家族と照らし合わせてんじゃねぇの?」
徳井の家庭と僕の家庭はお互い片親だ。
彼の場合、両親がひどい喧嘩を毎晩のように繰り返し、父親が出ていった。
何度も関係修復に努めたらしいが、無意味と化した。
それ以降、友達関係でも時たまに壊れないように動く彼の姿を見てきている。
彼が、壊したくないのは、関係性じゃない。
過去の経験を思い出したくないだけ。
こいつが、明るいのはただ関係が良いものであるように努めているだけに過ぎない。
木偶の坊だ。
しかし、その経験がなかったら今頃僕と徳井は仲良くなっていない。
相談事はほとんどしないくせに、友達としていられる。
それは、側から見れば歪なのかもしれない。
だけど、彼とはこの先も大学が違えど、就職先が違えど、飲みいく仲になるんだろうとそう思わされる。
それすら、壊そうとする僕は、彼にとって最低なやつだろう。
「ふざけんな!何言ってんだ!お前が、全部壊してんじゃねぇか。中学の担任に唆されて、浦間を振って、担任のとこ行ったのに不倫相手にされるばかがなんで調子乗ってんの!?」
ぐうの音も出ない。
「お前がずっと浦間と付き合っていれば、この関係は壊れなかった!今もそうだ。ギリギリで耐えてんのに、邪魔ばかりすんなよ!!」
「……ギリギリなくらいだったら、一度壊せば」
「お前が壊したんだよ!何が壊せばいいだ!!なぁ、これ以上俺を怒らせんなよ!?どんな思いでみんなお前と話してんのか。普通に声かけられて、こっちは困惑してんだよ。何普通に話ができるんだ!?」
「……」
言い返す言葉なんてなかった。
目の前の彼が、怒りをぶつけることなんて滅多にない。
その怒りが、自分勝手だったことを思い知らされる。
謝罪の一言さえない僕に怒りを覚える彼は尤もだ。
彼は、教室とは逆方向に歩を進めた。
放課後になっても彼は、教室に戻ってこなかった。
文化祭準備期間のため、運動部はいつものように部活がある。
いく気力が無くて帰路に着く。
家に帰ると玄関には父親の靴が置いてあった。
リビングに入ると父親は、酒缶を五本開けていた。
これだけ開けているということは、昼間から飲んでいた可能性がある。
「おう、おかえり。冷蔵庫から酒とってくれ」
人使いの粗いことだ。
冷蔵庫には、ビール缶とハイボール缶がそれぞれ三缶ずつあった。
「どれがいい?」
「ビール」
「了解」
仕事が休みなのだろうとビール缶を手渡す。
父親一人、母親は、物心がついた時には置き手紙を置いて出ていった。
『探さないでください』
そんな一言だけを置いて、今まで一度も会ったことはない。
この先も会いたいとは思わない。
連絡先も知らないし、知ったところで連絡する勇気もない。
探さないで欲しい理由も聞かない方がいいのだろうと思っている。
どうして、出ていったのか。
父親は、普通に働いて休みの日は起きたらすぐ酒を欲する。
家族で出かけたことはないし、旅行なんてもってのほか。
今更、母親に会ってどんな顔したらいいのかなんてわからない。
不倫相手になったことがありますとでもいうのだろうか。
ドン引きじゃないだろうか。
そもそもこの顔に覚えがあるかも怪しい。
会わない選択が一番だと思わされる。
「いつもよくそんな飲めるね」
父親にいう。
「仕事以外は、酒飲む方がいいんだ」
「そんなこと言ってるから、母さんが出てく」
久しぶりに母の名前を出した気がする。
普段は滅多に出さないのに。
「まぁ、お前も高校生だ。母さんに会いたいか?」
「別に」
「なんだ、そうか。会いたくなったらいつでも言え」
「……会う資格ないよ」
不倫なんて言ったら、父親も嫌うだろう。
大学進学を許してくれているのは、しっかり勉強して部活にも励んでいるから。
言えるわけがない。
「資格もクソもねぇだろ。何かあったか?」
隣をポンポンと叩く父親。
そこに腰掛ける。
「いや別に」
父親は、やけに勘がいい。
僕の周りは勘のいい人ばかりで困る。
「ないわけないだろ。普段だったら部活じゃねぇの?」
「そうだけど、文化祭近いから」
「運動部、文化祭関係ないだろ」
やはり、勘がいい。
「あのさ、友達が恋人振ってまで寄りを戻そうってした人がいてさ」
「おう、大胆だな」
「不倫相手になってたんだって」
ビールを吹き出す父親。
「そっから友達との関係も悪いみたいで、どうするべきだと思う?」
「どうするってそりゃ。謝るだろ。子供の時くらいだぜ?謝って大体済むのって。大人なんて謝りもしない」
「……」
「その友達が、どう思うかなんてどうでもいい。関係が悪いこと悩んでるなら、謝ってみろ。それでも無理なら無理だ。次に行け」
「次……」
「そうだ。どうせ、次がある」
「たとえば、どんな……?だって、次があるんなら、父さんだって次を考えるんじゃないの?未来とか想像できない」
いつの間にか弱くなっていた。
いや、気づかなかっただけ。
ずっとなおに振り回されて、心をかき乱されて、傷ついて。
戻ってきたら、関係が悪くなってた。
見て見ぬ振りして、話しかけた。
相手の逆鱗に触れた。
自分が悪いのに、他人に甘えたくなることも委ねてしまいたくなるのもきっと他の人から見れば最低な行為なんだろう。
「未来まで想像すんな。そういう時はな、今を見るんだよ。今どうするべきか。それが見えて課題をクリアしていくのが大事」
「今を見る」
「未来ばっか見てると足元掬われるぞ」
と、ビールを飲む父親。
「それにしても不倫相手ってなかなかだな。高校生だろ?」
「そうだね」
「まぁ、普通じゃねぇな。けどまぁ、俺の息子だ、イケメンだしこの先ありえるかもな!」
肩をたたく父親。
不倫相手になってましたと言えるわけなかった。
「そうなっても、助けてやるから安心しろ」
頷いて、席を立つ。
リビングを出る刹那。
「またなんかあったら、話聞いてやる」
「なんかあったらね」
と、部屋に戻った。
悩みのない人生だったらどれほど良かっただろうか。
都合よく利用されない人生だったらどれほど良かっただろう。
顔だけで選ばれる人生より、中身を見てくれる人はいるのだろうか。
性格で選んでくれる人がこの先いるのなら、僕は迷わずその人を選ぶだろう。
浦間は、そう言った意味ではどちらを選んで好きになってくれたんだろう。
なおと似ている性格と顔。
彼女は、僕の何を知って何を好きになってくれたんだろう。
どうせ、顔だと思う自分は、性格が悪いのだろうか。
思い返してみれば、僕は彼女の良さをあまり理解していない。
面影を感じた。
似ていた。
もう一度やり直している気分になった。
浦間には、河合という元彼がいた。
その彼の面影を感じて付き合ったわけじゃないだろう。
付き合っている頃、河合の話を彼女がしたことはなかったし、比べられることもなかった。
彼女が顔の良さで選んだようにも思えない。案外、その可能性もあるけれど、漠然と違う気がした。
ならば、僕だけが、彼女を彼女本人として見ていなかったことになる。
とてつもなく最低な男だ。
そんなやつに今更謝られたら、浦間はどう思うだろうか。
父親の言う通り、謝ってからじゃないと何も解決なんてしないのだろうか。
これからのことを考えるために今を考える。
とても難しい。
進学はもう決まっているし、それに向けて勉強だってしている。
人間関係を考えるのは、進路以上に難しく感じた。
息が詰まるような学校生活。
自分のせいだと言うのに、逃げ出したい。
そんなことを思ううちは、何もできないのだろうか。
そもそも恋愛を得ようとすれば、友達関係が壊れるなんて嘘だとさえ思える。
藍田にあんなこと言ったけれど、また戻ってくる可能性は十分にある。
友達でいいと言うのなら、恋は諦めればいい。
諦めきれないから、悩んでいると言うのなら、一度関係が壊れることさえ含めて伝えてみればいい。
初めて見てからでも遅くない。
壊れる時は壊れる。
その後で考えればいいだなんて当事者じゃないから言えてしまうのだろうか。
徳井が聞いたら、怒るだろうな……。
当事者ではないと言えば、嘘だけれど、今の僕にできることなんてあるのだろうか。
静観しているのが一番被害を生むこともなくて安心なのだろうか。
「無理だよな」
独言る。
言い訳ばかり考えるのはやめよう。
そう思ったけれど、それからの一週間は満足に声をかけることもできずに終わってしまった。
文化祭準備の時間、その後の部活話す頃には徳井は帰ってる。
藍田にも声をかけれていない。
そして、ようやく声をかけれた放課後の部活。
「場所、移動しようか」
彼の後に続いて、テニスコートから離れて駐車場付近で止まる。
「ちゃんと考えた。僕の悪かったところも含めて」
僕に振り向いてくれることはない。
背を向けたままの彼に話を続ける。
「浦間を振ったのは、徳井の言う通りだ。なおと今度こそは付き合えるんじゃないかって。未練がましかった。ずっと連絡きてたし、一度くらい会おうって、でも言われたんだ。浦間と別れろって。なおと付き合えるならそれでもいいから、やってた。女々しいよな」
でも。
「そう言うことが言って欲しいんじゃないのもわかってる。ごめん、僕が、今の関係を壊した」
なおとうまくいかないと知って、未練を断ち切りたくて気持ちをぶつけて、もう会わないと決めた。
「不倫相手になるとも知らずに、やめとけって言葉も聞かずに。それを知っていても、身勝手なことしたんだ。藍田にも責められて当然だ」
「……」
「徳井、前に言った言葉、撤回させてほしい。僕が壊した関係を、亀裂を必死に食い止めさせてごめん。浦間や藍田にもちゃんと話す」
徳井は視線を僕に向けた。
だけど、どこか言いたそうで言わない方を選んでしまいそうで。
「徳井の気持ち、考えてなかった。僕もいつの間にかこの四人の関係が壊れることはないって思ってた。でも、一番に壊した僕のために」
「俺は、依存してたのか……?」
被せていう彼の目には迷いがあった。
本音を言えば壊れる関係がそこにはある。
だけど、彼はそれを知らない。
「まさか」
否定らしい否定はできなかった。
執着しているのは、壊れない関係。
この四人じゃなくてもどこかで壊れてしまう関係性が身内に起こるなら、彼は必死になって止めるだろう。
その危うさを今、伝えることなんて僕にできようか。
言えるわけがない。
謝る立場で何が言える。
「友達ってなんだろうな」
徳井がいう。
脈絡のない言葉に戸惑う。
「俺は、友達が欲しいのかな。違うと思ってるんだ。だけど、そうなると大崎が以前言った言葉がよく当てはまる」
まさか、ネガティブ思考になってしまっているのか?
僕が、片親を揶揄するような言い方をしたから。
「そんなつもりはないよ。僕が言いたかったのは、壊れない関係なんてないんじゃないかってことだけで」
縁が切れれば、他人より離れる。
恋人も両親も友達も。
全部、離れていってしまわないようにするのは当然だ。
徳井は真っ当だ。
「じゃあ、やっぱ」
「徳井は、間違ってない。僕が言えたことじゃないけど、壊したくないものを壊さないように丁重に扱うのは至極当然だ」
「……」
「何も、徳井の全てを否定したくてあんな言葉言ってないよ」
今ある関係をもうこれ以上壊さないように。
自分のせいで壊れないように、そうやって動くのが最善だと思ってた。
だから。
「じゃあ、大崎はこの先、この四人の関係が壊れないように協力してくれる?」
「もちろん」
賛成するほかなかった。
それもまた最善だと信じて。
この選択は、二人だけのものであると言うことも忘れて。
他二人がどう動くかなんて僕らには知る由もなかった。
ただ一つだけ、徳井と仲直りできたことの喜びと安堵はあったのだろう。
文化祭二日前。
準備に丸一日使うため、教科書など一切いらない荷の軽さ。
浮かれ気分のみんなで準備を進めていく。
今日、僕らの班は飾り付けをしていくらしい。
班長と副班長は廊下の飾り付け。
僕と浦間は教室の飾り付けを担当することになった。
どう言うつもりでこんなペアわけをしたのか気になるところだ。
だが、浦間も今のところは友達と接してくれている。
この時は謝るのは後でいいやと準備を進めることにしたのだが。
「なおちゃんと一緒の方が良かったんじゃない?」
上目遣いで彼女はいう。
今になって僕はどうして彼女と付き合ったのだろうと思う。
どんなところが好きだったんだろう。
彼女自身の良さをこれまで考えたことはあっただろうか。
……何も思い浮かばない。
首を横に振る。
また後で考えよう。
「違うんだ?意外だねぇー」
彼女は揶揄うようにいう。
付き合っていた頃は、彼女が揶揄うことは少なかったように思うが、友達として接していくれている今、本当は揶揄うのが好きな女子なのかもしれないと思った。
「ねね、これ、飾ってよ。手が届かなくて」
背伸びする彼女は、どうしたって飾りつける場所に手が届かないらしい。
可愛く見せたいのかもしれないが、今更だ。
どれだけあざとい姿を見てきたと思ってる。
なおに似て可愛いなとは思う。
「貸して」
その飾りを手に取り、適当に飾る。
すると。
「ね!ちゃんと飾ってよ!ズレてる!」
どうやら怒っているらしい。
「どこにつければいい?」
「もう少し右」
初めからやり直しらしい。
言われた通り付け直していく。
どうして飾り付け一つにここまで真剣になれるのか意味がわからなかった。
とりあえずつけてから、訂正していけば楽なのに。
最後まで飾りつけると彼女はいう。
「完璧!いいじゃん!」
ハイタッチを求められた気がしたが、見て見ぬふりをした。
気づかないふりを続けて、徳井の言う通り友達でいることを選ぶ。
だって、僕には彼女に対する好意はもうめっきりないのだから。
今はもう恋愛から距離を置きたい。
「……大崎くんはさ、どうしたら今も私と付き合ってくれたの?」
なんで。
「私のこと振ったの?」
彼女はいう。
やめて欲しかった。
聞かないで欲しかった。
だけど、そうやって逃げる権利を僕は持ち合わせていない。
彼女の目を見やることができない。
逃げることなら簡単で、今まで通りになおから逃げたみたいにすればいい。
しかし、徳井と約束した。
もうこれ以上、壊さないって。
「それは」
「ごめん!聞かなかったことにして!」
スタスタと教室を出て行ってしまった彼女。
呼び止めることもせず、立ち尽くしてしまった。
文化祭まで後二日。
こんなのでいいのだろうか。
よくない。
早く呼び止めに行けと心が叫ぶ。
動き出せば、廊下に出るのは早かった。が、そこに浦間はいない。
班長たちに彼女がどこに行ったのか聞いてみる。
トイレの方に行ったと班長はいう。
「聞いてなかったのか?」
「あ、いや、まあ」
「で、飾りはどう?」
「一応、こんな感じ」
廊下から教室に戻ると班長たちは指でグッとサインを作った。
どうやら今日の飾り付けは無事終了らしい。
あとは明日に机の配置などをやって完成とのこと。
学校でのやるべきことは終わった。
藍田達は、まだやることがあるみたいで声をかけるのは躊躇われた。
放課後になっても話しかける目処も立たず、翌日を迎えた。
前日に控え、クラスの雰囲気は浮き上がっていた。
去年も文化祭をやったと言うのに、変わらない。
放課後に残って準備するためなのか今日は部活がない。
これはもう残る他ないのだろう。
そうやって放課後残り、トイレから戻る廊下で藍田にであった。
謝るなら今しかない。
「あのさ」
立ち止まってくれた彼女。
「この前はごめん。藍田も気を遣ってるんだよな。僕はそれも知らずに、助け舟を出そうだなんて。どの立場がって今になってよくわかった」
「……」
「嫌な思いさせてごめん」
彼女は、俯いたまま。
「話しかけられるのも嫌なほどだったら、金輪際話しかけない。じゃあ」
教室に向かうために歩を進める。
刹那、彼女は僕の袖を掴んで離さなかった。
「あの時、『徳井の気持ちのために自分の気持ちを押し殺す必要はない』ってなんでそんなこと言ったの?」
「……え?」
「だって、徳井も気持ちを押し殺してる。なんで?私だけ気持ちをぶつけたら徳井の気持ちはどうなるの?」
「それは……」
「私は、徳井が嫌なら……言いたくないよ……」
「……」
気持ちを言うよりも前に我慢する。
僕にはできないことだった。
だから、浦間を振ってまでなおのところへ行った。
デートにも行った。
そして、不倫相手に成り下がった。
「結果は最悪になると思う」
言えることは、少ない。
「でも、後悔はない。吹っ切れた。前に進む意志が生まれた。これからのことを考えられる」
「徳井は」
「自分勝手なのはみんな一緒。徳井だって、友達でいるために必死。僕はそうじゃなくていいと思ってた。でも、それは、他人のことを一切考えてなかっただけ。今は違う」
だけど。
「悶々と悩むくらいだったら、一度しっかりぶつけるのは悪いことだとは思わない」
しっかりと話して、建設的な会話でどうしていくのか方向性を決める。
それだけでもいいのかもしれない。
ただ、友達でいるためにそこまでするのなら、もう友達として一緒にいるには手遅れなのかもしれない。
どうするかは藍田次第だった。
僕が、その会話に参加する権利はない。もちろん、浦間にも。
「徳井のこと、真剣に考えているのなら、徳井もわかってくれる」
これが聞かれているだなんて思ってもいなかった。
誰か一人にとっての最善だと考えて行動した。
だけど、これが崩壊を招くことになろうとは思いもしなかった。
友達でいることは難しい。
友達だと思っていても、好意を寄せられたり、好意を寄せていても都合よく使われたり。
だから、関係がギクシャクしたりする。
恋が盲目だと言うのは正しい。
一人で突っ走って当たって砕けて、残るのは砕けた破片に傷ついたもの達。
それらを癒すのは当事者の仕事。
その責任さえあるのなら、恋ができるのかもしれない。
表面的に男女の友情が成立していたからこそ楽しかった関係も、それこそ曖昧だったからこそ成り立った関係も、水面下で動いてた感情が暴走してしまえば、水面は荒れる。
男女で友情は成立しない。
同級生同士も無論、大人も。
誰かが誰かに何かを求める。
都合のいい相手を探したり、面影を寄せてしまったり、綺麗事じゃないから、歪んでしまっている。
綺麗にしようと必死になればなるほど、人は醜い部分が露出するのかもしれない。
それでもまた、何度でもやり直せるのならそんな都合のいい物語があるのなら、どれほど嬉しかっただろうか。



