この恋が終わる頃

 徳井に頼ってしまった。
 本当はあんなこと言うつもりなかったのに。
 どうして素直になってしまったのだろう。
 あの時のハグ、とても優しかった。
 藍田が好きになるのもわかる気がする。
 あれだけ優しいのだ。
 この先もきっといろんな人に優しくて、いろんな人に愛されるんだ。
 私が、彼を好きになってもいいのだろうか。
 彼女の気持ちを蔑ろになんてできない。
 距離を置くべきだ。
 応援するつもりがあるのなら、彼とは少し離れる。
 会話も減らす。
 でないと、私は最低なやつになってしまう。
 ハグを彼女に見られてないといい。

 週明け、いつもみたいに藍田に声をかけた。
 だけど、彼女は、不機嫌みたいであまり話をしてくれない。
 それどころか、距離を置かれているような気がしてしまう。
 なぜなのか考えてみても、答えは出なかった。
 あの時のハグを見られていたとは思えない。
 だって、彼女は部活に参加していたはずなのだから。
 徳井に声をかけるのは、やだ。
 距離を置かないといけないのだから。
 なのにどうして、距離を置こうと考えると徳井のことを考えてしまうのだろう。
 彼は、優しい明るいやつ。
 それだけなのに。
「おっす、なんか元気ないね」
 徳井と目があってしまって、彼は声をかけてきた。
「別に」
 そっけなく返してみる。
「どうかした?」
 いつも見たく前の席に座られてしまって、どうしようもなくなる。
 話すしかないじゃん。
「別に」
「別にって顔してないじゃん。前みたいに言ってみなよ」
 ハグしてくれた時のあの日のように……。
 思い出してしまって、隠すように彼の肩をペシっと叩いた。
「え!?」
「うるさい!なんもないのに、すぐそうやって話聞こうとしないの!」
「え、ん、え!?な、え、どうしたの、急に」
「だから、悩んでない!いいから、自分の席ついた、ついた!」
 これ以上、仲良くしたら藍田との関係も悪くなってしまう。
 彼女とは友達でいたい。
 あの頃の四人には戻れなくても、この二人との関係まで終わらせたくない。
 それなら、徳井と藍田が付き合う未来の方が私は嬉しい。
 藍田の好きな人を奪う真似なんてしたくない。
「えぇ、なんかひどいな。まぁ、うん、わかったよ」
 彼は、自分の席についた。
 素直でよろしいとため息をつく。
 全く、変に勘ぐられたらどうするつもりなのか。
 頭を掻きむしる。
 もう、どうしたらいいのか、私にはわからない。
 モヤモヤしていると隣にやってきた男子に目を向ける。
 そこには、大崎がいた。
「徳井、嫌いなのか?」
「……大崎君」
「嫌いじゃないなら、どうして距離置くんだ。今まで通りでいいだろ」
「……」
 それを君がいいますかねぇ……。
 私のことなんで振ったのか聞いても、答えてくれるんですかねぇ。
 睨みつけていたのに、彼は気づかず話を続ける。
「あいつ、いいやつだし女子人気あるんだから、文化祭近い今告白してくる子は多いんじゃないか?」
 私に言うのは、なんの当てつけですか。
 振ったのあなたですよぉ?
「藍田のこともあるから」
「藍田?」
「好きなんだって。知らなかった?」
「まじか……」
「ここ二ヶ月くらいわたしたちと距離あったもんね。知らないのも当然だよね」
 嫌味ったらしくニコニコ言ってみる。
 彼は、謝って席に戻った。
 一体何に謝っているのだろうか。
 謝るなら、誠意くらい見せてほしいものだ。
 ため息をついて机に突っ伏す。
 なんで、こんなことしてるんだろう。
 もう彼は、恋人じゃない。
 私がこんなことしても許してくれていたのは、恋人だったから。
 今になって、振った理由を聞いてみたいとは思わないし、聞いたところで苦しくなるのが常。
 一人悶々と悩むことも今はしたくない。
 だって、今は藍田の友達らしく恋を応援したい。
 ふと思う。
 もしも徳井が藍田以外の誰かと付き合った場合。
 彼のことだし、他に仲のいい子がいたら教えてくれるだろうし、気づけるだろう。
 今の彼にそんな姿がないのであれば、気にする必要はないが、可能性は無限大。
 絶対にないと証明する方法はない。
 大崎の言う通り他の子が好きな可能性は大いにある。
 それが、知らない子でも徳井ならあり得る。
 うぎゃーー!!友達の恋を応援するって難しすぎるよ!!
 私が大崎と付き合った時は自然な流れだったはず。
 四人で映画に行って、二人で行くようになって親密に、そして付き合った。
 藍田も徳井もそうなるようにしたらいいんだ。
 何か共通の趣味でもあれば……。
 チラッと大崎を見やる。
 彼なら徳井と仲がいい。
 趣味の一つや二つ知ってるはず!
 ぽちぽちとLINEを打ち込む。
『ねねね、徳井って趣味あるの?』
『ゲーム』
『他にはないの??』
 ぴえんの絵文字追加。
『ゲーセン』
『他は?』
 ぴえんの絵文字三つ追加。
『カラオケ』
『他には?』
 既読無視。
 会話が冷たい。
 普段ならもっとびっくりマークとかつけてくれるのに。
『やっぱ好きなのか?なら、次空いてる日聞いとくよ』
『違うよ。藍田が好きかも知れなくて』
 またも既読無視。
 彼の席を睨みつけると彼はスマホを閉じていた。
 勘違いされているかもしれない。
 スマホをチラッとみる彼。
「え!?」
 大きな声で反応する彼に睨みをきかす。
 たちまち縮こまる彼。
『協力する』
 彼からの返答。
 よし!と心の中でガッツポーズをする。
『藍田の予定教えて。徳井の予定聞いとく』
 またも心の中でガッツポーズをする。
 これで、彼女との関係も修復できるはず。
 今はもう変わってしまった関係。
 直せるのなら、戻せるのなら、少しの亀裂だけでも修復したい。
 授業が終わり、放課後、部室に行くと藍田はいなかった。
「ね、藍田は?」
「今日、休むって」
 同級生に聞く。
 そんな話聞いてない。
「休むって、なんで?体調悪いように見えなかったけど」
「わかんないけど、クラス一緒なら、何か知ってると思ってた」
 今日は、藍田と何も話さなかった。
 話さなかったと言うより、話しかけることさえできなかった。
 他の女子友達と話していて、入ってく勇気がなかった。
「文化祭の出し物、そろそろやんないといけないのに、何してるんだか」
「藍田がいないと進まないよね」
 しかし、それから一週間彼女は部活に来なかった。
 学校には通っているし、友達ともよく話している。
 私とはあまり話さなくなってしまったけれど、体調自体はいいはず。
 もしかして、私と同じ空間にいたくなくて距離を置いた?
 あの日、徳井にハグされたことを知ってる?
 そんなわけない。
 あれは誰にもみられていないはずなのだから。
 だって、誰も何も言わないのだから。
 放課後、大崎に声をかけられた。
「今日部活?ないなら、ちょっとどっかいかね?」
 大崎がいつもの口調で言う。
 前の前の彼女と上手くいっているのか、それとも吹っ切れたのか何もわからないけれど、彼の調子はいつものものに戻っていた。
「あぁ、でも、文化祭近いし」
「部活あるの?」
 これは、何か話すチャンスか。
「今日は、行かなくても大丈夫。文化祭の準備進んでるし」
「ほんと?なら、行くか」
 彼は、なんてことのない顔で私の隣を歩く。
 いい匂いがする。
 私と付き合っていた頃とは違う匂い。
 柔軟剤じゃなくて、香水だ。
 誰からもらったのだろう。
 私と付き合っていた頃は、香水をプレゼントしたことはないし、店まで見に行ったこともない。
 大人っぽい色気を感じる香水。
 誰か大人の女性からもらったのだろうか。
 未練がましくその人を好きでいる可能性でもあるのだろうか。
 そんな女々しい男に彼は見えないけれど。
 ファミレスに着くとドリバとポテトを頼む。
 食べたくなったらまた後で頼めばいい。
 ドリバでドリンクを取り戻ってくると彼はスマホをいじっていた。
 付き合っていた頃はそんなことせずに一緒に戻ってたのに。
 ドリンクを口に含む彼。
「前の彼女と会って、どうだった?」
 にっこりと笑顔で聞いてみる。怖くないよー。
 彼は途端にむせて慌てていた。
「なんか、聞いたんだよねぇ」
「……別に、会ってないよ」
 声が掠れている。
 分かりやすい限りだ。
「会ってないわけないよ。なんで、そんな嘘つくの?」
「……」
「学校、香水禁止なのにつけてるよね」
「これは、その柔軟剤」
 不倫している旦那を問い詰める妻みたいな気分。
 もう付き合ってもないただの他人なのに。
「柔軟剤ってそんな大人な匂いしなくない?」
「大人……、いや、まぁ、匂いがきつかったらあれだけど、親が使ってる柔軟剤だし僕は知らないから」
「疑ってるわけじゃないよ?友達だし。どうなったのか気になったの。友達の私に話してみてよ」
「それは……」
「今なら、怒らないよ」
 彼は口を閉じた。
 目線をキョロキョロ動かして、落ち着かせるべくドリンクを口に含む。
「なおさら気になるなぁ、そんなことされると」
 いじってみたのだけれど、彼はまたむせた。
 今の言葉にむせる要素はあっただろうか。
 女の子の名前でも入ってたらわかるけれど。
 ……なお?
 もしかして。
「なおちゃんが好きなんだぁ」
 クラスにもなおって女の子はいる。
 ちょっとギャルくてゲラな子だ。
 私と似ても似つかないタイプ。
 あんまり話しているようには見えないけど。
「そんな、え、は?いや、それは……、ないない。違う違う」
 動揺っぷりが目に見えてわかる。
「でも、なおちゃんと付き合ってたら、みんなわかるよね。それに、こんなに分かりやすくてどうやって隠したのか」
 名推理っぽく話してみる。
 だけど。
「え、わかってたの……。嘘、まじか。知らないと思ってた、徳井も言ってないはずだし」
 とだんだん声が小さくなる。
 なんか当たっていたっぽい。
 これまで四人で仲良くいた頃には、今、同じクラスのなおちゃんと付き合ってた。
 なおちゃんって大人っぽい匂いが好きなんだ。
 それに、よくもまぁここまでバレなかったものだ。
 ……徳井。
「あ!!」
 今日来た理由を私たちは思い出した。
 二人被った声にお互い笑ってしまったけれど、本来聞きたい話は徳井たちの事だ。
「あの二人、どうやってくっつける?」
「部活中、それとなく聞いたけど、あいつ、藍田のこと好きっぽくないんだよな」
「そうなの!?じゃあ、無理じゃん」
「藍田は、徳井のこと好きなのか?」
「好きだよ!あれは絶対好き!」
「じゃあ、やっぱ文化祭前日のクラスの出し物の準備で二人きりにするしかないかな」
「名案だね」
「あの二人、班一緒だしあとの二人はこっちで呼び出せばいいか」
「でも、それだとあと二週間持つかな。前日に気持ちがわかっても文化祭で付き合うかな?」
「というと?」
「だって、私たちが付き合うときも少し時間かかったじゃん。前日に気持ちがわかっても、徳井がアタックするかどうか」
「……」
 彼は黙ってしまった。
 私と付き合っていた事実を後悔しているように。
「あのさ、私のこと、どう思ってたの?付き合う前、付き合おって言ってくれたこと、あの時、どう思ってくれてたの?」
「それは……」
 めんどくさいと思われていないだろうか。
 嫌がられていないだろうか。
 いつもこんなこと言って、嫌われる。
 私は、ひどい人だから今もまた色んな人に嫌われてしまう。
 だから、どんなに嫌でも明るく振る舞う。
 それくらいしか私にはできない。
「好きだったから、告白した。ちゃんと場所も考えた」
 でも。
「徳井は、衝動的に告白する可能性の方が高い気がするんだよな」
 彼は話を戻した。
 しかも、自然に。
 迷惑だって思ったんだろう。
「それはどうして?」
「あいつ、前の彼女の時、この日告白するとか言ってたくせに、結局その前に告白してた」
「それが、衝動的?」
「うん」
「じゃあ、文化祭前日でも私たちが藍田に意識が行くようにすれば可能性がある?」
「だと思うな」
 そうと決まれば、動くだけだった。
 答えが出ているのだ。
 翌日、LHRで文化祭の準備をしている時、大崎が徳井の班の男女を助っ人として借りた。
 二人きりになったところを遠巻きに大崎と確認する。
 楽しそうに準備を進める徳井と下ばかり見る藍田。
 藍田が徳井に何かを言う。
 一気に空気が固まった。
 徳井が言葉を詰まらせているから。
 何を話しているのか気になる。
「大崎くん、行って来なよ」
「え?!なんで、僕が」
「ほら、なおちゃんのことバラすよ?」
「わかりました」
 彼を脅すとスタスタと歩いていく。
 なぜか藍田を借りていく大崎。
 グッとサインを見せる大崎。
 意味がわからない大崎。
 徳井の隣に向かう。
「ね、準備どう?」
「……え、あぁ、今日の分は終わりそうだね」
「すごい、これ全部二人で作ったの?」
「うん」
「器用なんだね」
「まぁ」
「……どうかしたの?」
「いや、藍田が見てたんだって。俺が、浦間のことハグしたところ」
 一瞬、脳がフリーズした。
「そうだよって返したけどさ、なんかショックだったっぽくて。なんでだろうな。俺と藍田、友達なのに」
「い、いや、それ、え!?見られてたの!?」
「うん」
「なんで、そんな普通なの?」
「え、なんでって、そもそも俺と藍田、友達だろ?藍田にも言っといたよ。俺とあいつはそんなんじゃないよって」
「ほ、ほんと?」
「もちろん」
 安心した。
 私と徳井が付き合う関係になったら、藍田の恋は応援できない。
 ……ん?ちょっと待って。
「藍田に、友達って言ったの?」
「うん。伝えといた。藍田だって俺のこと友達だって思ってるだろ?それと一緒だよって」
「……」
 ありえない。
 なんて鈍感な男なんだ!
「もしかして、まずかった?」
「まずいよ!!全然、よくないよ!」
「え、いや、でも友達じゃん」
「徳井、なんもわかってない!じゃあ、好きな人いてさ、その人に友達だよなって言われたらどう思うの!?嫌じゃないの!?」
「それは」
「ほら!嫌な思いするじゃん!」
「じゃあ、浦間はさ、俺のことどう思ってんの?ハグされて、友達だったら嫌じゃねぇの?」
「……それは」
 嫌な予感がした。
「拒んでたら、俺だって少しは考え直せた。でも、違ったじゃんか」
 やめて。
「あのあと、結局距離置かれて、何がしたいんだろうって思った」
 お願い、やめて。
「どうせあれだろ?誰かに甘えたかったんだろ?俺じゃない誰かでもよかった」
 そんなつもりなくて。
「ほんとは、俺じゃなくて、大崎にしてもらいたかったんだろ」
「やめて!!」
 でも、本当は彼の言う通りだった。
 あの時、誰でもよかったのかもしれない。
 知ってる人の方がいいかもしれない。
 徳井ならまだいいかと思えた。
 できれば、大崎がいいなんて変なことさえ考えた。
 二の句なんてつげない。
「俺は、あの頃の四人に戻れるならそれがいい。だから、俺だって気持ちを我慢する」
「……」
「大崎と何か画策してたみたいだけどさ、友達でいたい」
 だから、こう言うことは。
「迷惑なんだよ」
 彼は、場を離れた。
 教室には私一人。
 呼び止めようと思ったけれど、もうその場に彼はいない。
 元彼の河合を思い出す。
 いつもこうだ。
 何かしようとして迷惑がられて、嫌われる。
 頼んでもないことしてめんどくさがられる。
 当然だ。
 相手にとってはなんの得にもならない。
 私はいつもミスばかりする。
 邪魔ばかりする。
 いつになっても変わらない。
 謝ってくれた彼だけど、今回は話がちがう。
 私から謝らなきゃいけないのに、放課後になってもできなかった。
 藍田との関係も修復できていない。
 部活に行くのもやめて、帰路に着いた。
 部屋でぼーっとしているとスマホに着信が入る。
「もしもし」
 名前も確認せずに出ると大崎の声がした。
「どうしたの?」
「徳井、ちょっとピリついてるだけだから、気にしないで」
「……そんなこと言われても」
 付き合いたいと彼は願ってない。
 余計なことした私になんでそんなこと言ってくれるんだろう。
「どうにかなるよ」
「でも、私は、徳井の嫌がることしたんだよ?」
「それは、僕も一緒だよ」
 味方になんてなんないでよ。
 振った私のことどう思ってるとか言ってくれないくせに。
 元カノのなおに会ってたくせに。
 藍田が部活に来ないのも私のせい。
「いつも通り学校にこればいい。徳井もまたいつも通り接してくれる」
 そう言うと彼は電話を切った。
 彼に気を遣わせた。
 いつもみんなに気を使わせてばかりで最低だ。
 自己嫌悪だ。
 どうしてこんな私に優しくするの。
 ふと窓の外に目をやる。
 気がつけば、窓の外は暗くなっていた。
 夜の空は青く暗くて、なぜか滲んで歪んで見ていた。