この俺――朝倉啓一のことを知らない日本人はいないと言っても過言では無いだろう。
生後二か月で出演した化粧品会社のCMで華々しいデビューを飾った俺は、とても生後二か月とは思えないほどの美しい顔の作りに加え、水分をふんだんに含んだ肌の艶で注目を集め、一歳に上がる頃には誘拐される赤ちゃん役でドラマ出演も果たした。
そのドラマでもとても一歳とは思えない演技力を発揮し、翌年には子役オーディションに取り憑かれた母親とその子どもを題材とした映画の子役として出演し、二歳という年齢のためか俳優にまつわる賞こそ貰うことはできなかったが、国民には朝倉啓一こそがこの年一番活躍した俳優であると言われるほどだ。
その後も俺はキャリアを重ね、小学校低学年のときには無口で冷静な役を。小学校高学年のときには普段はヤンチャだが家庭環境が良くなく心に闇を抱えた少年の役を。中学生の頃には筋ジストロフィー症に悩まされながらも必死に前を向く罹患者の役や、天才的な頭脳を使って村を発展させていく大正時代を舞台としたドラマの主役など、容姿だけではなくその類まれなる演技の才能を遺憾無く発揮し、今では俺のことを知らない人はいないほどにまで朝倉啓一という名前をこの世界に轟かせ、俺は『天才子役・朝倉啓一』という人物を完璧に演じ続けてきた。
そんな順風満帆な人生を歩んできている俺だが、高校に進学してからとある悩みを抱えている。
高校の渡り廊下にある自動販売機を見下さなければならないほどの身長を持っている俺はいつものように周りからのイメージを保つため飲みたくもないブラックの缶コーヒーを吟味している最中に彼は大きく手を振りながらやってきた。
「朝倉せんぱーい! 先輩ってば! 今日こそ! 今日こそお時間どうですか?」
俺の悩みの元凶がこの男――倉敷勤。
彼は俺も通っている桜島高校の一年生であり、俺の後輩にあたる人物である。
そんな彼は俺よりも十五センチほど背が低いのだが、その体の一体どこにそんな元気があるのかと思うほど、学校内で俺を見つけてはどこにいても飛んでくる厄介者だ。
「はぁ……またお前か」
「お前じゃありません! 倉敷勤です!」
「……知ってるよ」
「え! 先輩! 僕の名前覚えててくれたんですか? 嬉しいです!」
本物の犬のように俺にちょっとしたことで笑顔を振りまくコイツに俺はほんの少しだけ苦手意識を持っている。しかし俺はあの朝倉啓一なのだ。品行方正で学力優秀。それでいてイケメンで高身長とどこを取っても完璧な朝倉啓一を演じているのだ。いくら苦手意識を持っていようとそれを周りに感じさせることの無い振る舞いを常日頃から徹底している。
「それで? 今日はどうしたのかな?」
ガコンッと二回音がなる自動販売機から冷たいブラックの缶コーヒーと冷たい缶のコーラを取り出すと、コーラを倉敷に手渡す。彼はそれを「え! いいんですか! いつもすみません」と言いながら少しぺこぺこした様子で受け取る。
しかし受け取った瞬間何かを思い出したかのように彼は慌てふためき始めた。
「あ! これ受け取ったから今日もなしとかじゃないですよね! え、でも一度受け取ってしまったものを返すのは……」
徐々に声が小さくなっていく彼はそれに比例するように身を縮こませていくのがわかる。そんな一秒一秒で表情をコロコロ変えていく彼のコトをなんとなく憎めず、いつもテキトーな返事を返してしまう。
「今日も演技指導の相談?」
「はい! そうです! え、演技指導してくれるってことですか?」
そう言うと彼が本当に嬉しそうな声を上げながら俺に抱きつこうとする勢いで迫ってくる。ここまでであればただただ俺に懐いてくれている後輩という印象だろう。桜島高校の演劇部に所属している彼はほぼ毎日のようにこの俺に演技指導の申し出をしてくる。
最初こそ「失礼なヤツだ」「生意気な後輩だ」といったマイナスの印象を持っていたが、毎日のように俺の元へ駆け寄ってくるそんな彼に俺は徐々に心を開き始めていた。
しかし問題はある。
――見てみて! 今日もあの子、朝倉くんに声かけてるよ
――いい加減諦めなって
――見ててちょっと痛いよね
――あの朝倉くんでしょ? あんなヤツ相手にするわけないじゃん
――ほんと身の程知らずじゃない?
――朝倉くんも可愛そうだよね。あんな後輩に懐かれちゃってさ
それは渡り廊下の自動販売機前で喋っている俺と倉敷の会話を盗み聞きしている連中からの倉敷に向けられた心無い言葉だ。
俺も今年で芸歴が十七年になる。こんなにも長いこと芸能活動をしていれば悪口や陰口を言われるのは至極当然のことのように毎日発生しており、SNSを開けば異質なほどに執着して俺の悪口を言い続けるアカウントとそのアカウントの発信に同調するようにしてあること無いことを書くアカウント。小腹がすいてファストフード店に入店すれば「天才子役の実態! 両親は食事の提供すらしないのか!」などといったでっち上げにも程があるだろうと思うほどの記事が記者によって書かれる。
しかしコレは芸能界の最前線は張ってきた俺だからこそ耐えられるものであり、ただの高校の演劇部員が耐えられるものではない。さらに言えばそれをヒソヒソと喋るのではなく、あえて本人にも聞こえるように言ってくるのだからたちが悪い。
「あんま気にすんなよ」
気づけばそう彼に声を掛けていた。
だが彼はそんな心無い言葉にメンタルを持っていかれたのか、今日一番と言っていいほど小さな声で「はい……大丈夫です」と呟いた。そのまま続けるように次は俺にもちゃんと聞こえるような声のボリュームで口を開いた。
「すみません! この後用事があるのをすっかり忘れてました! コーラありがとうございます。お礼に今度僕の演技指導をする権利を朝倉先輩には差し上げましょう!」
そう言うと来たときと同じように大きく手を振りながら、倉敷は踵を返すように去っていってしまった。「僕の演技指導をする権利を朝倉先輩には差し上げましょう」などといった軽口を叩けるのであれば大丈夫だとは思いたいが、それでも明らかに嘘がバレバレな嘘をついて俺の前から姿を消そうとしたのだからやはり心にはダメージを負っているのかもしれない。
本当なら会話を盗み聞きしていた連中を睨んでやりたいところだが、俺は今あの天才子役と言われた”朝倉啓一”なのだ。こんなコトでイメージを落とすわけにはいかない。
(……イメージねぇ)
そんなコトを思いながら俺は、あたかも盗み聞きが聞こえていないかのように振る舞うと、プルタブを引き、缶を開け、全く好きじゃないブラックコーヒーを胃に流し込む。
そして空になった缶コーヒーを力いっぱいゴミ箱に投げ入れる。ガシャンというあからさまな音をたてるが、このくらいなら許されるだろう。
そのまま俺は自動販売機の前から移動し、自身の教室へと戻った。
その一歩一歩は強く地面を踏みつけていたと思う。
生後二か月で出演した化粧品会社のCMで華々しいデビューを飾った俺は、とても生後二か月とは思えないほどの美しい顔の作りに加え、水分をふんだんに含んだ肌の艶で注目を集め、一歳に上がる頃には誘拐される赤ちゃん役でドラマ出演も果たした。
そのドラマでもとても一歳とは思えない演技力を発揮し、翌年には子役オーディションに取り憑かれた母親とその子どもを題材とした映画の子役として出演し、二歳という年齢のためか俳優にまつわる賞こそ貰うことはできなかったが、国民には朝倉啓一こそがこの年一番活躍した俳優であると言われるほどだ。
その後も俺はキャリアを重ね、小学校低学年のときには無口で冷静な役を。小学校高学年のときには普段はヤンチャだが家庭環境が良くなく心に闇を抱えた少年の役を。中学生の頃には筋ジストロフィー症に悩まされながらも必死に前を向く罹患者の役や、天才的な頭脳を使って村を発展させていく大正時代を舞台としたドラマの主役など、容姿だけではなくその類まれなる演技の才能を遺憾無く発揮し、今では俺のことを知らない人はいないほどにまで朝倉啓一という名前をこの世界に轟かせ、俺は『天才子役・朝倉啓一』という人物を完璧に演じ続けてきた。
そんな順風満帆な人生を歩んできている俺だが、高校に進学してからとある悩みを抱えている。
高校の渡り廊下にある自動販売機を見下さなければならないほどの身長を持っている俺はいつものように周りからのイメージを保つため飲みたくもないブラックの缶コーヒーを吟味している最中に彼は大きく手を振りながらやってきた。
「朝倉せんぱーい! 先輩ってば! 今日こそ! 今日こそお時間どうですか?」
俺の悩みの元凶がこの男――倉敷勤。
彼は俺も通っている桜島高校の一年生であり、俺の後輩にあたる人物である。
そんな彼は俺よりも十五センチほど背が低いのだが、その体の一体どこにそんな元気があるのかと思うほど、学校内で俺を見つけてはどこにいても飛んでくる厄介者だ。
「はぁ……またお前か」
「お前じゃありません! 倉敷勤です!」
「……知ってるよ」
「え! 先輩! 僕の名前覚えててくれたんですか? 嬉しいです!」
本物の犬のように俺にちょっとしたことで笑顔を振りまくコイツに俺はほんの少しだけ苦手意識を持っている。しかし俺はあの朝倉啓一なのだ。品行方正で学力優秀。それでいてイケメンで高身長とどこを取っても完璧な朝倉啓一を演じているのだ。いくら苦手意識を持っていようとそれを周りに感じさせることの無い振る舞いを常日頃から徹底している。
「それで? 今日はどうしたのかな?」
ガコンッと二回音がなる自動販売機から冷たいブラックの缶コーヒーと冷たい缶のコーラを取り出すと、コーラを倉敷に手渡す。彼はそれを「え! いいんですか! いつもすみません」と言いながら少しぺこぺこした様子で受け取る。
しかし受け取った瞬間何かを思い出したかのように彼は慌てふためき始めた。
「あ! これ受け取ったから今日もなしとかじゃないですよね! え、でも一度受け取ってしまったものを返すのは……」
徐々に声が小さくなっていく彼はそれに比例するように身を縮こませていくのがわかる。そんな一秒一秒で表情をコロコロ変えていく彼のコトをなんとなく憎めず、いつもテキトーな返事を返してしまう。
「今日も演技指導の相談?」
「はい! そうです! え、演技指導してくれるってことですか?」
そう言うと彼が本当に嬉しそうな声を上げながら俺に抱きつこうとする勢いで迫ってくる。ここまでであればただただ俺に懐いてくれている後輩という印象だろう。桜島高校の演劇部に所属している彼はほぼ毎日のようにこの俺に演技指導の申し出をしてくる。
最初こそ「失礼なヤツだ」「生意気な後輩だ」といったマイナスの印象を持っていたが、毎日のように俺の元へ駆け寄ってくるそんな彼に俺は徐々に心を開き始めていた。
しかし問題はある。
――見てみて! 今日もあの子、朝倉くんに声かけてるよ
――いい加減諦めなって
――見ててちょっと痛いよね
――あの朝倉くんでしょ? あんなヤツ相手にするわけないじゃん
――ほんと身の程知らずじゃない?
――朝倉くんも可愛そうだよね。あんな後輩に懐かれちゃってさ
それは渡り廊下の自動販売機前で喋っている俺と倉敷の会話を盗み聞きしている連中からの倉敷に向けられた心無い言葉だ。
俺も今年で芸歴が十七年になる。こんなにも長いこと芸能活動をしていれば悪口や陰口を言われるのは至極当然のことのように毎日発生しており、SNSを開けば異質なほどに執着して俺の悪口を言い続けるアカウントとそのアカウントの発信に同調するようにしてあること無いことを書くアカウント。小腹がすいてファストフード店に入店すれば「天才子役の実態! 両親は食事の提供すらしないのか!」などといったでっち上げにも程があるだろうと思うほどの記事が記者によって書かれる。
しかしコレは芸能界の最前線は張ってきた俺だからこそ耐えられるものであり、ただの高校の演劇部員が耐えられるものではない。さらに言えばそれをヒソヒソと喋るのではなく、あえて本人にも聞こえるように言ってくるのだからたちが悪い。
「あんま気にすんなよ」
気づけばそう彼に声を掛けていた。
だが彼はそんな心無い言葉にメンタルを持っていかれたのか、今日一番と言っていいほど小さな声で「はい……大丈夫です」と呟いた。そのまま続けるように次は俺にもちゃんと聞こえるような声のボリュームで口を開いた。
「すみません! この後用事があるのをすっかり忘れてました! コーラありがとうございます。お礼に今度僕の演技指導をする権利を朝倉先輩には差し上げましょう!」
そう言うと来たときと同じように大きく手を振りながら、倉敷は踵を返すように去っていってしまった。「僕の演技指導をする権利を朝倉先輩には差し上げましょう」などといった軽口を叩けるのであれば大丈夫だとは思いたいが、それでも明らかに嘘がバレバレな嘘をついて俺の前から姿を消そうとしたのだからやはり心にはダメージを負っているのかもしれない。
本当なら会話を盗み聞きしていた連中を睨んでやりたいところだが、俺は今あの天才子役と言われた”朝倉啓一”なのだ。こんなコトでイメージを落とすわけにはいかない。
(……イメージねぇ)
そんなコトを思いながら俺は、あたかも盗み聞きが聞こえていないかのように振る舞うと、プルタブを引き、缶を開け、全く好きじゃないブラックコーヒーを胃に流し込む。
そして空になった缶コーヒーを力いっぱいゴミ箱に投げ入れる。ガシャンというあからさまな音をたてるが、このくらいなら許されるだろう。
そのまま俺は自動販売機の前から移動し、自身の教室へと戻った。
その一歩一歩は強く地面を踏みつけていたと思う。



