君のお腹を幸せにする部

 「……空が青い」
 仰向けに寝そべり空を仰ぐ。
 朝の涼しげな風が優しく僕の頬を撫でてくれる。

 爽やかな草木の香りが漂う高原の草原……なら気持ちいい朝なのだが、ここは違う。


 ここは……

 校門である。


 僕はこの高校の二年生佐藤 現実(さとう うつみ)
 この春に所属している部活の部長に選出されて、しっかりしなきゃ……と思ってます。
 今日、勧誘目的の部活紹介と部活体験オリエンテーションがあるのでその準備の為に朝早く学校に来た……所までは良かったのだけれど。

 何故か僕はこの校門で立てなくなって倒れているのである。
 いや、理由はわかっているんだ。
 張り切りすぎて朝ご飯を食べ忘れてしまい、お腹が空き過ぎてここで倒れているのだ。

 朝早くてみんなが登校する様な時間ではない。
 なので幸か不幸か、まだこの校門を誰も通らない。

 なんにせよ新部長である僕のこんな痴態を誰かに見られる訳にはいかない。

 僕は気合を入れて立ち上がろうとするも、力が入らない。
 まぁ、手や口は普通に動くので重症といった訳ではないのは自分でもわかる。

 もうちょっと寝そべってエネルギー回復すれば立ち上がれる……はずだ。

「……空が青い」
 ちょっぴり現実逃避しながら体力を回復させようと頑張る僕。


 すると……


「うぉっ!」
 これは僕以外の声?と思った瞬間、寝そべった僕に躓いた様でバランスを崩した人が僕の上にのしかかる。

「うぁあっ!」
 急に人にのしかかられて、僕も変な声をあげる。

「……」
 閉じていた目をゆっくり開けると、黒髪で顔の整った……同じ制服?この高校の生徒であろう人の顔が目の前にある。

「……ぁ、おはよう」
 とりあえず朝なので僕は寝そべったまま反射的に挨拶をする。


「おはよう、って」
「なぜここで寝てる……んです?」
 僕のブレザー制服のネクタイを見て敬語に切り替えるその男子。
 僕の通うこの高校では学年でネクタイの色が変わる。
 と言うか、学年と一緒にスライドして行くと言った方が正しいのか。
 とにかく二年である僕のネクタイの色は青。
 僕の胸の上から立ち上がった男子のネクタイの色は赤、一年生である。
 ちなみに三年は緑色である。

 なんて考えていると、その男子は僕を見て呟く。
「怪我、か急病……ですか?人を呼んだ方がいい?」

 そう僕に話しかけた男子は以外と身長があり、僕の身長165センチより高い感じで180位はありそうだ。

 そんな事を考えていたら……

 グゥ〜ゥゥゥゥゥッ!


 盛大に僕のお腹の音が鳴る。


「……もしかして」 
「お腹空いて動けない、とか?……」
 ちょっぴり呆れた様な感じで話すその背の高い後輩男子。


「……ぁ、うん」
「そんな感じ」
 新部長になったばかりなのにこんな痴態を見られてしまい軽くショックを受けながらも返事する僕。

 なんとか立ち上がりこの場を走り去りたい、がまだエネルギーが足らない。
 と、涙目になりそうな所を堪える僕。


「……」
 そんな僕を静かに見つめるその男子。

 そう思った矢先、僕の口に何か突っ込まれる。


「ふがっ!」
 突然口を塞がれて変な声を上げる僕。

「ん?」
 口元から香る香ばしい香り……海苔?

 いや、海苔に巻かれたこれは……おにぎりだ!

「うまっ!」
 程よい塩味と香ばしい海苔の香り。
 口の中でほどける程度に絶妙な握り加減で作られたおにぎり。

 モグモグ
 
 パクパク

 あっという間にそのおにぎりを平らげた僕。
 適合食材なのかみるみる内にエネルギーが回復していくのがわかる。

「美味しい!」
「このおにぎり凄く美味しい!」
 おにぎりを口に突っ込んでくれた背の高い後輩男子に向かって叫ぶ。


「そう、ならそんな所で寝てないで」
「さっさと立ち上がった方がいいのでは」
 美味しいと言って貰った事に少し嬉しかったのか、先程より優しい口調で僕にそう言う。


「ぁ、そうだね」
 体力の回復した僕はすぐさま立ち上がる。


 元気になって立ち上がった僕をみたその背の高い後輩男子は、少し安心した顔ですぐに僕に向かって話かける。
「……じゃ」


 そう言って立ち去ろうとする。

「ぁ、ちょっと待って!」
 そんな後輩男子を僕は引き留め、自分のカバンをまさぐる。

 ゴソゴソ


「こんなのしかないけれど」
「おにぎりのお礼」
 そう言ってその後輩男子の手にカバンから取り出した物を手渡す。


「……これは」
「ツチノコ?」
 それは自作のつちのこ縫いキーホルダー。
 お礼が思いつかなく、咄嗟にカバンの中にあった自作の縫いキャラキーホルダーを手渡したのだ。

「うん、美味しかった」
「ありがとう!」
 僕は精一杯美味しさとお礼をその背の高い後輩男子に伝える。


「……別に」
「……じゃ」
 素っ気ない態度を取りつつもキーホルダーを受け取り、その場を去って行く背の高い後輩男子。


 その男子が去り際に一言。
「ごはん粒、ついてる」


「ぁ、ぇ?」
 僕はすぐさま口元のごはん粒を確認する。

「ぁ、ありがとう」
 口元にあったごはん粒を取りながらお礼を言おうと再び顔を上げるが、そこにはもうその後輩は居なかった。

 僕は指についたごはん粒を再び口に入れ、食べながら朝の風を感じていた。





 キーン コーン

 カーン コーン


 午前の授業と言うかホームルーム的な物が終わり、午後からは体育館で部活紹介があった後、各部活の活動場所で体験部活オリエンテーションがある。

 この体験部活オリエンテーションが僕の担当なので準備に明け暮れていた。

 多少トラブルがあったもののなんとか準備は出来て、後は体育館で部活紹介を終えた新入生が各部活の活動場所へと体験に来るので迎え入れるのを待つだけだ。

 新部長になったという事もあるが、僕は気合が入っている。
 なぜかと言うと、この体験部活オリエンテーションで絶対に新入部員を見つける必要があるからだ。

 この部活、今体育館で部活紹介をしてくれている二人の他には僕しか居なくて、合計三人である。

 部活は最低四人という条件がある。
 なのでこの部活を維持するには、ここで新入部員を入れて四人以上にしなければ存続が危うい、といった具合なのだ。


「よしっ!」
 両手で頬を頬を叩きながら気合を入れなおし、いざ新入部員を迎え入れるために身構える僕。


「……」
 僕は部屋の窓からほんのり見える廊下を眺める。

 この部活は文化部、運動部希望の生徒は運動場か体育館にいるのだろう。

 ここは文化部などの部活が活動する棟だからそういう生徒が廊下を歩くのがチラホラ見える。

 廊下を歩く生徒を見る度に入って来るのか?と身構えるものの、扉を開けて入って来る生徒は居ない。

 体育館で部活紹介をした二人は用事があるそうなのでそのままここに寄らず帰宅すると聞いているので、この部屋に入って来るのは新入生というのは確定している。

「……」
 体育館での部活紹介は終わっているはず、後はこの部屋に来てくれるだけ……という状況なのに未だ一人も来ない。


「……やっぱり」
「体育会系や美術部とかそっち行っちゃってるのかな……」
 なんて諦めムードが漂い始めて僕は部屋の椅子に座り、少し哀しげな表情で呟く。


 すると、


 ガラッ


 部屋の扉が開く。


「!」
 僕は声にならない声を上げながら椅子から立ち上がり、扉の方を見つめる。


「ぇと」
「家庭科部はここで合ってます?」
 入って来た生徒は僕の方を見ながら呟く。


「ぁ、はい!」
「合ってます!」
「ここが家庭科部です!」
 先程迄の諦めムードを吹き飛ばす様に、なるべく元気な声で返事する僕。


「ぁ」
 そんな僕を見てその背の高い後輩男子が一言。
「つちのこの人」


 そう、その生徒は朝僕の口におにぎりを突っ込んだあの背の高い後輩男子だった。
「ぁ、はい」 
「おにぎりさん」
 僕はつい反射的にそう返事してしまう。


「おにぎりさん?」
 その生徒はオウム返しで僕にそう言う。


「ぁ」
「違う」
「違わないけれど」
 しどろもどろで返事する僕。


「ぁ」
「僕はこの家庭科部部長の佐藤 現実(さとう うつみ)です」
 僕は冷静さを装いながらなんとか自己紹介する。


「ぁ、どうも」
鈴木 猛宗(すずき もうそう)、です」
 背の高い後輩男子がそう返してくれる。


「と、とりあえず……鈴木、くん」
「こっちにどうぞ」
 そう言って椅子に座る様に促す。


「……どうも」
 鈴木くんはそう言って椅子に座る。


「家庭科部……は一人だけ?」
 周りを見渡しながら鈴木くんはそう話しかけてくる。

「ぁ、いや」
「部活紹介していた二人も居るから」
 僕は鈴木くんの疑問にそう返す。


「三人?」
 周りに人が居ない事を確認した鈴木くんは僕を見つめ再びそう言う。


「まぁ、そうかな……」
「男子校で家庭科部って珍しいからね……」
 不人気部活であるという自覚はあるので、少々言葉を濁しながら返答する。


「まぁ、その方が」
「いいかな」
 少しクールな感じで返事してくれる鈴木くん。


「ぁ、じゃあ」
「早速体験部活オリエンテーション」
「しようか」
 僕は朝から気合入れて準備した成果を見せる為に話を進める。


「……ぁ〜」
「はい」
 少々やる気無さそうに返事する鈴木くんだが、この千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。

 僕は張り切って準備を始める。



 この部活は家庭科部。
 家庭科部の花形といえばやはり料理だ。

 なので少々苦手ながらも僕はこの体験部活オリエンテーションに向けて料理の腕を磨いてきた!

 昔は砂糖と塩を間違えたり、塩鮭に塩を振ってとんでもない塩分にしたりした事もあったが、この三日間で鍛えた三日坊主……もとい短期特訓の成果を見せる時だ。

 少々徹夜しすぎて寝坊して朝ご飯抜いて倒れたりしたが、しっかり腕は上がっているはずだ。


 そして今日作るメニューは……

 朝ご飯!

 白米に漬物、焼き魚に味噌汁!
 極めつけは玉子焼き!
 これでときめかない日本人など居ない!

 なんて独自理論でメニューを決定したのである。


 ご飯と漬物に関してはあらかじめ準備してある、よそって出すだけなので問題は無い。
 
 調理するのは焼き魚と味噌汁、それに玉子焼きだ。


 ここは部長としてカッコイイ所を見せて、是非この部活に入部してもらわないと。
 なんて心の中で気合を入れる。

 焼き魚と味噌汁……はちょっとハードルが高いので先ずは玉子焼きから始めよう。

 などと思いつつ僕は割烹着と三角巾をつけ調理の準備に入る。

「じゃあ、始めるよ」
「ぇと、鈴木くんはそこで見ててくれるかな」
 ちょっぴり先輩風を吹かせながら僕は喋る。


「ぁ、はい」
 クールな感じで僕を見つめる鈴木くん。
 短期特訓をしたとはいえまじまじと見つめられると、少し緊張してしまう。

 とは言えこれを見てもらうために朝早くから準備してきたのだ、頑張らなきゃ。
 そう思い今一度気を引き締める僕。

「先ずは……卵を」
 少々おぼつかない手つきながらもパックから卵を取り出す。

 特訓をする前は力加減を間違えて卵をぶちまけたり、殻が盛大にボウルに入ったりなど料理初心者あるあるをしていたが、この三日間の短期特訓で培った成果を見せる時が来た!
 
 一時期は片手で卵を華麗に割って部長の威厳を高めようなんて事をしようとしていたが、この三日間の特訓で僕には無理だと身に染みてわかった。

 ここは丁寧に一つづつ両手で割り、堅実さをアピールしよう。
 少々手が震えている気もしたが、僕はなんとかボウルに卵を三つ割り入れる事が出来た。
 運良く殻も入らず、僕としては上々の出来だ。

「……」
 そんな僕の勇姿を新入部員候補の鈴木は静かに見ている。

 菜箸で卵をかき混ぜる。

 チャッチャッ

 チュッチャッ

 ここはなんとなくカッコよく見せれるシーンなので、すました顔で僕は卵をかき混ぜる。
 ぁ、勢い余ってこぼさないように気をつけなくちゃ。


 次に玉子焼き用の四角いフライパンを取り出し、コンロに火をかけてフライパンを置いたら油を引く。

 火力も調整し程よく温まった所で、
「……よし」
 僕は意を決して溶いた卵をフライパンに流し込む。


 ジュウ……ゥウゥゥ

 いい音がして卵に火が通り始める。

 菜箸で軽く混ぜる、料理本に書いてあったやり方だ。

「……さて」
 本来ならばここで菜箸を使い上手に巻いていく所、なのだが……

 短期特訓したとはいえ菜箸で巻くなんて芸当、そんな簡単に出来るものではなく僕には出来ない作業だった。

 菜箸では無くフライ返しなどを使って簡単に巻く技などもあったが、それすら僕には荷が重い作業だった。

 体験部活オリエンテーションという一大イベントなのにひっくり返すのを失敗して大惨事になるというリスクを避けるために僕は新技を習得したのだ。

 その名も……ブルドーザー!

「……ここだ」
 上手く巻けない僕が編み出したその技は、卵をフライ返しでフライパンの端に圧縮する技!
 巻かずに端に寄せることで巻いたのと同じ?効果を得る事が出来る……はずである。

 端に寄せた卵が固まり始め固形になってくれば、フライ返しでなんとかひっくり返す事が出来る。
 そして再び卵を追加投入、そして固まり始めたらブルドーザー!
 さらにひっくり返して……程よく焦げ目がついたら出来上がり!


 ひっくり返す時にぶちまけたりもしていないし焦がしてもいない、少々不格好だが一応四角い形になっているので見た目も大丈夫だ。

 なんて自分の中では結構イケてる出来栄えであると、ちょっぴりドヤ顔で新入部員候補である鈴木くんを見る。


「……」
 が、なんだかクールというか冷ややかな目で見られている……気がする。

 ま、まぁ大きな失敗もしていないし、だ、大丈夫。

 ひとまず出来上がった玉子焼きをお皿に移して、次は焼き魚に取り掛かる事にしよう。

 そう思い家庭科室に設置されている冷蔵庫に向かう。
 朝ご飯の焼き魚と言えば焼き鮭、その鮭が冷蔵庫に入れてある。

 その鮭を冷蔵庫から取り出す……が、

「丸々一匹!」
 冷蔵庫に入っていたのは切り身ではなく小ぶりの鮭丸々一匹だった。


「……どうしたんですか?」
 少々驚いて大きな声を出してしまったので、鈴木くんが心配してか声をかけてくれる。

 が、ここはカッコイイ所を見せなくてはいけない部活体験。
 部長としての威厳を保つためにもここは冷静にならないと。
「ぁ、いや」
「何でもないよ、大丈夫」
 などど先輩風を吹かせようと頑張って返事する。


「……そうですか」
 鈴木くんはそう言って素直に引き下がる。


「さて……」
 とは言え強がってみたものの魚なんて捌いたこともないし、焼き魚なんて切り身とか開きとか捌かれた物しか見たことがない。

 冷蔵庫から取り出した小ぶりの鮭をまな板に置きながら、どうしてこうなったか頑張って思い出す。

 ぁ、そうだ!魚の準備はここに来ていない残り二人の部員に頼んであったのだった。
 魚は準備しておいてくれるという言葉に僕は切り身か開きのイメージしか持っていなかった。
 まさか、丸々一匹冷蔵庫に入っているなんて思ってもみなかった。

 まじまじとまな板の上の鮭を見つめる。
 そんな僕を新入部員候補の鈴木くんも見つめる。

「ここは、やるしか……」
 新部長としての威厳もあるし、新入部員候補な鈴木くんにもカッコイイ所を見せなきゃいけないし……と僕は意を決してまな板の魚を捌きにかかる。

 まな板の上にいる鮭をまずは観察すると、有難い事に内臓部分は処理されている。
 これなら三枚におろすか、ぶつ切りにするか、言葉しか知らない切り方でもなんとかなるかもしれない。
 なんて軽い気持ちで僕は包丁を持ち、鮭に刃を入れようとした。

 その瞬間、包丁を持つ僕の手を誰かが握った。

「ぅえぇ!?」
 急に誰かに手を握られて変な声を上げる僕。

 その手は僕の背後から出ていて、僕の右手に覆いかぶさるように同じく右手が乗っていた。

 勢い余って包丁を振り回さないようになのか、ギュッと強く握られた手を僕は見つめる。
 なんだか人肌が温かい。
 先程まで冷蔵庫やら生魚やらを触っていたからだろうか。


「そんな使い方だと……怪我しますよ」
 急に僕の左の耳元に言葉が囁かれた。

「ぅぉえぇ!」
 握られた右手を見ていたからか完全に不意打ちを食らって再び変な声を上げる。

「す、鈴木くん?」
 その声の主は先程まで僕の料理デモンストレーションを見ていたはずの鈴木くんだった。

 その鈴木くんはいつの間にか僕の背後に回り、右手を強く握り左耳に言葉を囁いたのだ。

「ぇ、えと、あの?」
 背中に鈴木くんが密着していて手を握られているので身動きが取れない。
 僕は動揺しながら背中にいる鈴木くんに返事する。

「貸して下さい」
「俺がやります」
 そう言って手を離した鈴木くんは予備として置いてあった割烹着と三角巾を手早く付けて僕を再び見つめる。

「ぁ、えと、でも……」
 これはデモンストレーションだし、新部長としてカッコイイ所見せなきゃいけないし……と葛藤していると、


「魚捌くの、というか料理慣れてないですよね」
「目の前で怪我されても寝覚めが悪いですし」
「俺がやりますよ」
 鈴木くんはそう言って、手を離して置いていた僕の包丁を見つめる。

「とりあえず手を洗って」
「大人しく待っていて下さい」
 そう言いながら鈴木くんは手を洗い始める。

「ぁ、でも、その……」
 僕がしどろもどろで返答していると、

「待っていて下さい」
 先程まで僕が使っていた包丁を手に取り、僕に向かってクールにさっきと同じセリフを言い放った。



「……はぃ」
 そのクールな威圧感と、包丁を持ったまま語りかける謎の圧に僕はそう返事する。


「三徳包丁か……」
 包丁をチラリとみてそう呟く鈴木くん。


「さんとく?」
 謎のワードに僕もつられて呟くが、鈴木くんは静かに作業を始める。


 ダッ

 サッサッ

 料理初心者の僕が見ても分かるぐらい鈴木くんは手際のいい動きで鮭を捌き始める。


 頭を一瞬で落とし、身も綺麗に切り分けられていく。
 そう、これ見たことある切り身。
 
 そうこうしている内にその綺麗な切り身はグリルに入れられた。

「次は、味噌汁ですか?」
 鈴木くんが手と調理器具を洗いながら僕に問いかける。

「ぁ、うん」
「これが材料、だけど」
 そう言って料理番組のアシスタントみたいな動きになりつつある僕は準備してあった味噌汁の材料を並べる。

 豆腐、ワカメ、そして味噌。

 豆腐はパックのやつ。
 ワカメは乾燥のやつ。
 味噌汁の具の定番といえばこれかな?ってものをチョイスしてみた。
 味噌はあまり詳しくは無いので、味噌!って感じのパックを準備した。

「……これ、です」
 鈴木くんのあまりの手際の良さに完全にアシスタント状態の僕。

「……」
 暫くその材料を見つめる鈴木くん。


 どうしたのかな?と思い、声をかけようとした所で鈴木くんの方から話し始めた。
「……出汁は?」


「だし?」
 問いかけた鈴木くんに素っ頓狂な声で返答する僕。

「味噌汁ってこの味噌まぜて作るんじゃ?」
 そう言って味噌の入ったパックを手に取り、そう鈴木くんに言った。


「……」
「出汁は和食の基本」
 僕のセリフを聞いて冷蔵庫やら辺りを見回し、手際よく食材を準備する鈴木くん。

「とりあえず……」
「この鰹節使っていいですか?」
 何かの料理の残りだったか鰹節を取り出し僕に許可を求めてくる鈴木くん。

「ぁ、うん」
「大丈夫かと」
 なにに使ったのか忘れてる位だから多分大丈夫だろうと、僕は返答する。

 すると手際よく調理器具を準備した鈴木くんは鰹節を使って黄金色の液体を作り上げる。

「……凄くいい香り」
 その黄金色の液体から発せられる香りに僕は思わず呟く。


「これが和食の基本」
「出汁」
「本来はもっと手をかけて作るのだけど」
「今日の所はこの出汁で行けると思う」
 先程より少し饒舌になった気がする鈴木くんが、そう説明してくれる。

「後はこの出汁を使って味噌を溶かし」
「具を適切なタイミングで投入する」
 鈴木くんは喋りながら手の上で豆腐を鮮やかに切る。

「ぅおっ!」
「……凄い!」
 手に乗った豆腐に包丁が入るたびに何故か僕の方が緊張してしまい、思わず声を上げる。

 そうこうしている内にグリルから香ばしい香りが漂って来る。

「ぉお……」
 出汁の香りといい、グリルから香る香ばしい匂いといい思わずヨダレが垂れてきそうだ。

 なんて思っていると手際のいい鈴木くんが素早く動き、いつの間にか僕の目の前に朝ご飯?が準備されていた。
 

 ありのまま今起こった事を話すと……僕は新入部員候補の鈴木くんの前で朝ご飯を作っていたと思ったら、いつの間にか朝ご飯を作ってもらっていた。

何を言っているのか分からないと思うけれど、僕も何が起きたのか分からなかった。

 催眠術とか瞬間移動とかそんなものでは無く、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がする。


 ともあれ僕の目の前には美味しそうな朝ご飯が置かれている。
 今はお昼過ぎなのに朝ご飯だとかそんな細かい理由はどうでもよくなる程食欲をそそる香りが僕を刺激する。


 対面の机にも同じ朝ご飯が並べられており、そこに鈴木くんが座る。

「あ、どうぞお構いなく」
 クールに話しかける鈴木くんの勇姿に少々見とれる僕。
 魚を捌く時の手際や料理中の動きが凄く綺麗で、カッコ良かったからである。

 とは言え新部長としてカッコイイ所を見せようとしたのに、何故かカッコイイ鈴木くんを見ていた件についてはちょっぴり哀しいかも、しれない。

 なんて朝ご飯と鈴木くんを見つめていると、

「……食べないんですか?」
 呆けている僕に鈴木くんがそう声をかける。


「ぁ、いや」
「いただきます」
 僕はそう言って手を合わせる。

「いただきます」
 鈴木くんもそれに次いで手を合わせた。


 ぇと、とりあえず味噌汁から食べるのが一般的なマナー、なのかな?
 僕は薄い知識をフル回転させて味噌汁を手に取る。

 ズズ
 ぁ、音を立てちゃった、なんて心配していたら……


「うまっ!」
 そんな心配を吹き飛ばす様な旨味が口の中に広がり、思わず声に出ていた。

「ぇ、なんで?」
「家で作った時はこんなに美味しく無かったのに」
 なんて思わず三日坊主短期特訓の時の感想を口に出していた。

「出汁」
「取ってなかったからでしょう」
 鈴木くんは味噌汁をすすりながら淡々と僕の質問に答える。

「……出汁」
「そんなに凄いんだ」
 先程鈴木くんが手際よく作っていた黄金色の液体。
 和食の基本とか言っていたし、こんなにも違うものなのか……と感心する。

 次いで鈴木くんが捌いて調理してくれた焼き鮭をつまむ。
 箸で触っただけで鮭のふっくら感が伝わって来て、僕はたまらず口の中に放り込む。

「ぉ、美味しいよこれ!」
 鮭の身はふっくらジューシーで皮はパリパリ香ばしい。
 僕か短期特訓で作っていた焼き鮭とは別次元の料理である。

「あれ?でもなんで?」
「身が何でこんなにジューシーなの?」
「皮もブヨブヨじゃ無い」
 思わず僕は声に出す。

「……多分」
「単に焼きすぎなんでしょう」
「フライパンとかを使って皮目から焼かずに身に火を通しすぎるとそうなりますよ」
 鈴木くんも焼き鮭を口に入れながら説明してくれる。


 三日坊主短期特訓でなんとか腕を上げた気でいたけれど、それを遥かに越える美味しさである。

「だけど……」
 僕は皿に盛られた玉子焼きに手をつける。
 この玉子焼きは一応僕が作ったものだ。

 一応見た目は玉子焼きっぽく仕上がっているので、ここで新部長としての威厳を回復すべく口に放り込む。

 モグモグ

 モグモグ

「うまい、と言いたい所だけれど……」
「卵の素材の味が……凄い」
 思っていたのと違う感じの味に僕は戸惑う。

「そうですね」
「味付けしてませんでしたからね」
 鈴木くんがクールに的確なツッコミを入れてくる。

 そう、だった。
 焼くことに集中し過ぎて、だし巻きたまごなのに出汁を入れてなければ塩すら振っていない。

 そりゃあ卵の素材の味が全面に出ているわけだ。

「ってだし巻きたまごのだしって、出汁のだし?」
 自分でもだしだし言い過ぎだと自覚するぐらい、だしだし言っている。

「……ですよ?」
「なんだと思ってたんですか?」
 鈴木くんは冷静な顔で僕に突っ込んでくる。

「だしかぁ〜」
 凄く基本的な事に気付いてアハ体験真っ最中な僕。

 コトリ

 そんな僕の前に小皿を置いてくれる鈴木くん。

「……これは」
 その小皿にはうっすら黄金色の液体が入っている。

「だし?」
 僕がそう問いかけると、

「です」
「塩加減とかは調整してありますが」
 鈴木くんは端的に返してくれる。


「だし巻きたまごにしたかったみたいなので」
「後付けでいいなら」
 と、鈴木くんが僕に優しく語りかける。

 確かにだし巻きたまごにしたかった。
 なのでこの出汁に漬ければ完全再現とまでは行かずとも、だしとたまごでそれっぽくはなる。

 ヒタリ

 僕はその鈴木くんの提案に乗り、自分の素たまご焼きを出汁に漬ける。

 パクリ

「ぅおぉっ!」
 口の中に広がるジューシーな旨味。
 最初に口にしたただの焼きたまごとは完全に別物の美味しさが広がる。

「す、凄い」
「あのただの焼きたまごが、だし巻きたまごになってる!」

 パクパク!

 モグモグ!

 出汁の旨味といい塩加減でご飯が進む。

 焼き鮭の魚の旨味と油、塩加減もご飯を進ませる。

 何故か既成品のお漬物まで何故だか味の深みを増している気がして美味しい。

「凄い!美味しい!」
「凄いね!鈴木くん」
 僕は夢中でお昼に朝ご飯を食べ続ける。

「……大した事はしてませんよ」
 僕と一緒に黙々と朝ご飯を食べながらそう呟く鈴木くん。

 夢中で食べながらも鈴木くんが気になってチラ見すると少々嬉しそうな顔をした気もしたが、すぐにクールな顔に戻る。


「ぷふぁ〜」
「美味しかった〜」
 鈴木くんの作ってくれた?朝ご飯を満喫した僕。


「ごちそうさま、鈴木くん」
 美味しかった事を伝えたくて満面の笑みで鈴木くんに全力で微笑みかける。


「……どうも」
「っていうか……佐藤先輩、のデモンストレーションじゃなかったんですか?」
 少々照れくさそうな顔をしながらも、僕主導の部活体験だったはずの件にツッコミを入れる。


「あ、そうだった」
「でも美味しかったから」
「お礼は伝えたいから!」
 そう言って僕は鈴木くんの手を握る。


「!?」
「ぁ、いや」
「本当に大した事してませんよ!」
「まだ所詮見習いですし……」
「偉そうなこと言える立場じゃないです……」
 鈴木くんは急に手を握られて照れたのか、席から立ち上がり顔を背けながら叫ぶ。


「いや」
「鈴木くんは凄いよ!」
「僕の作った焼きたまごをだし巻きたまごにしてくれたし」
「魚も捌いてくれた」
「なによりこの味噌汁!」
「毎日飲みたいぐらいだよ!」
 僕はこの素晴らしかった料理と素晴らしかった鈴木くんを心の底から褒め称える。



「……ありがとう、ございます」
「っていうか」
「家庭科部のデモンストレーションなら佐藤先輩がこういう料理を見学に来た新入部員に振る舞うべきなのでは?」
「こんなんじゃ、誰もこの部活になんて入りたいなんて思いませんよ」
 一瞬照れた様な顔を見せてくれたかと思ったら、すぐさま的確なツッコミを入れて僕に詰めてきた。



「……ぁ、まぁ」
「確かにそうなんだけど……」
「いや、でも入って貰わないと困る!」
「だから是非この部活に入って!鈴木くん」
 僕はそう言って立ち上がり、再び鈴木くんの手を握る。


「……」
 鈴木くんの方が背が高いから、自動的に上目遣いになりウルウルした瞳でその顔を見つめる。

「……」
「……俺にメリットとか無さそうだから」
 一瞬絆されそうになった鈴木くんだが、すぐに鋭いツッコミを入れてくる。


「……なら」
「僕に料理を教えて欲しい!」
 ツッコミに対抗する様に僕は勢い余って変な事を口走ってしまう。


「いや、俺まだ見習いだし」
「そんな人に教えれる程の腕前では無いし」
「メリット無いって言ってるのに教えてって」
 鈴木くんが言い訳を始める。
 マズイ、このままの流れでは入部してくれない流れだ。


「こんな美味しい料理作れるなんて凄いし」
「ほら、教えることでまた新たな気づきがあるって言うし」
 僕は精一杯鈴木くんを引き留める。


「確かに、一理あるといえばある……のか?」
 少し鈴木くんが食いついてきたので、

「それに……」
 追い打ちをかけるように僕がそこまで言うと、

「……それに?」
 鈴木くんはさらに食いついた。


「教えて料理の腕前が追い抜かれちゃう事が怖い?」
 僕はちょっぴり意地悪な言い方を鈴木くんにする。


「はぁ?」
「そんな訳無いし」
 鈴木くんの何かに触れてスイッチが入った感じになった。


「いいですよ、教えてあげます」
「でも、料理の道はそんなに簡単では無いので」
「泣いて逃げ出すなら今のうちですよ」
 目が座り不敵な笑みを浮かべる鈴木くんはまくしたてるように喋る。


「……!」
 そんな鈴木くんに一瞬気圧されそうになるが、ぐっと堪え、

「望むところです!」
「僕だって負けませんよ」
 精一杯背伸びして鈴木くんに言い返す。


そんな僕を見て鈴木くんは少し悩んだ様な顔をしたが、すぐに口を開く。
「……わかりました」
「これから毎日味噌汁を作ってあげます」
「それを見て料理の基礎を覚えて貰いますよ」
 背伸びした僕を超えていく位の勢いで鈴木くんはそう返してくる。


「やった〜!」
「鈴木くんの味噌汁が毎日飲める!」
 僕は鈴木くんの言葉に飛び上がって喜ぶ。


「いや、それを見て覚えて下さいって」
「言ってるんです」
 浮かれた僕を見て鈴木くんがクールにツッコんでくる。



「ぁ、そうだった」
「でもありがとう」
「ようこそ!家庭科部へ」
 僕が満面の笑みで鈴木くんに飛びついて抱きしめ、そう叫ぶと、


「ぁ、ちょ」
「まぁ、いいか……」
 鈴木くんは急に抱きつかれて驚いて顔が赤くなった様な気がしたが、なんだか微笑んだ様な気がした。