外堀を埋めてくる幼なじみに困ってたら、同じ中学出身のイケメンと偽装カップルになった。



◇◇


「小川会長、朝はほんとにありがとうございました……!」
 放課後。生徒会室にいるのは三人だけだ。
 一年生役員は今日はここに用事はないんだけど、僕と想くんは小川会長に改めてお礼を言うためにやって来ていた。
「巻き込んでしまって、なんてお詫びすれば良いか……」
「大勢で一人を責めるだなんて、生徒会長としても見過ごせないよ」
 専用の椅子に身体を預け、僕らを前に緩く笑う小川会長。
「未来の生徒会長候補である君たちに何かあったら大変だし」
「想くんはともかく、僕は生徒会長っていうには地味過ぎるかと……」
「私の前の生徒会長も目立たない人だったけど、先生たちには“色んな意味で歴代最強”って言われてるんだよ」
「色んな……?」
「ふふ」
 首を傾げる僕を横目に、小川会長は席から立ち上がる。
「おっきな仕事も一段落したし……私は帰ろっかな」
「あ、そしたら駅まで送りま──」
「阿澄くん」
 こちらもあとは帰るだけだからと申し出ようとしたのを遮って、デスク越しに伸びた会長の両手が僕の頬をむに、と包んだ。
「ちゃんと自分の気持ち、伝えてね。私はそれが出来なくて今も後悔してる」
「え……」
「じゃ、また明日。五十嵐くんは戸締りよろしくね」
 最後ににこ、と微笑んで小川会長は生徒会室を出て行った。あまりに可憐な去り際に魅了されていたところに、痛いくらいの視線を隣から感じて振り向く。想くんがなんとも言えない顔で僕を見ていた。
「そ、想くん。どうかした?」
「……」
 恐る恐る聞いてみるけど答えはない。……と思えば今度は想くんの長い指がそっと、さっき会長に挟まれたところをなぞった。
「っ」
「大丈夫?」
 羞恥で目を伏せる僕を気遣っているようで離すつもりはないらしい。頬に残った小川会長の体温が、押し込むような手つきによって想くんのそれに塗り替えられていく。
 ──昨日(さわ)られた時よりも熱い。
 ──僕は一体どうすれば良いんだろう。
『ちゃんと自分の気持ち、伝えてね』
 つい数分前の小川会長の言葉。
 たぶんあの人は自分が先に帰ることで、僕と想くんが生徒会室(ここ)で話が出来るようにしてくれたんだ。それなら、やることはひとつだ。
「──想くん」
 名前を呼んだついでに視線だけ上に戻したらすぐに目が合った。これは上目遣いってやつなのだろうか、気持ち悪いって思われてたらどうしよう……と心配しつつ続ける。

「僕、想くんのことが好き」

 何の(ひね)りもない告白だと、自分でも思う。
「小さい頃から鵜飼くんとセットだった僕をちゃんと個人として見てくれて。生徒会とか……鵜飼くん以外の世界を教えてくれたのがすごく嬉しかった」
 だけどこれが今出来る精いっぱいだ。誰にも渡したくないと外堀を埋めておきたくても、僕は中学時代の鵜飼くんみたいにうまくやれない。
「ほんとはちゃんとした恋人になりたい。けど……君の役に立てるなら偽装だって良い。だからその、どんな形でも良いから、これからも僕を傍に置いてほしい」
 ストレートに気持ちをぶつけて、真正面からお願いするしかないのだ。
「……」
「……」
「……」
「想くん……?」
 決死の告白だったけど、透けるようなすだれまつ毛はぴくりともしない。
 二人とも喋らないとあまりに静かで、壁掛け時計の秒針の音すら聞こえてきそうだった。
 ──もしかして、引かれた……?
 言ってる間は勢いでどうにかなったのに、冷静(?)になると不安が一気に押し寄せてくる。
 ──『どんな形でも良いから傍に置いて』っていうのが重かった?
 ──というか、偽装で付き合ってる奴から本気の恋心向けられてたら普通に怖いのでは……!?
「ご、ごめん!言い直すから今のは一旦忘れてっ」
 いたたまれなくなり、咄嗟にそう口走った瞬間──。
「無理」
 未だ僕の頬を(とど)めていた手が後頭部に移動して、思いの(ほか)しっかりとした胸元に引き寄せられた。
 低く掠れた声は、中学時代から考えても初めて聞く。
「忘れるなんて無理。俺、ずっとりっくんが好きだったんだから」
「……!」
 ──今絶対、一秒くらい心臓が止まった。
 まさかの返事に硬直する僕の腰に想くんが空いた片手を添えてきて、本格的に抱き合う格好になる。
「鵜飼がりっくんにやってた“外堀を埋める”みたいなやつ……俺も中学の時クラスの女子にされてたでしょ」
「あっ」
「りっくんも知ってるはず。三年生の最初の方、やたら俺の席に来てた人」
 言われてすぐにピンときた。
 休み時間のたびに想くんの元へ来て、周りに聞こえる音量で『昨日もLIMEしたよね』とか『次の席替え隣になりたいな』なんて話していた子だ。
 ──もちろん知ってるけど……。
 ──それと想くんが僕を好きなことに何の関係があるんだろう。
「めんどくさくて適当に流してたら俺、いつの間にかその女子と付き合ってることになってて」
「……うん」
「その誤解を、りっくんが()いてくれた」
「えっ、僕が?」
「やっぱ覚えてないか」
 いつの間にか付き合ってることに……まではその女子がなかなか強烈だったから覚えているけど、後は心当たりがない。さりげなく僕の髪を撫ぜながら想くんは続けた。
「みんなの前であの子が『私の許可なしで想に絡まないで!』って騒いでた時にりっくんが言ってくれたんだよ。『仲良が良いんだとしても付き合うのとは違う』、『五十嵐くんは誰のものでもないんだから』って」
「……今思い出しました……」
「良かった」
 ぼんやりした記憶が徐々に鮮明(せんめい)になっていく。
 あの時は自分が鵜飼くんに振り回されていたのもあって、想くんの気持ちを無視して勝手に盛り上がってる彼女を見て放っておけなかったのだ。
 今考えれば僕はかなりの勇気を出した。当時の想くんも女子人気がすごくて、下手なことを言えば何されるか分からなかった。
「りっくんは鵜飼のことで精一杯で忘れてたんだろうけど、俺はそれがきっかけで好きになった。他の奴らみたいに『モテてるんだから良いじゃん』って笑わないで俺の気持ちを分かってくれて、本気で怒ってくれた初めての人だから」
「想くん……」
「でも俺も──やってることは鵜飼と変わらない」
 ここで想くんは(うつむ)く。迷いなく僕を抱き寄せていた腕の力が、ほんの少しだけ弱まった。
「受験する高校、りっくんに合わせたし」
「……ぅえ?」
 思わず漏れた間抜けな声が、想くんの肩に吸い込まれる。
「たまたま、進路指導の先生と話してるのが聞こえて。すぐに俺もここ第一志望にした」
「ほ、ほんとに……!?」
「怖いよね」
 想くんは自嘲気味に喉を鳴らす。
「りっくんを追いかけて高校まで来たの、鵜飼だけじゃないって知って」
 僕の髪に絡ませていた指が、見計らったようにするりと(ほど)けた。
「りっくんはちゃんとした恋人になりたいって言ってくれたけど……ほんとは偽装でだって傍にいたら駄目なんだ、俺は」
「そっ、それは違うよ!」
 離れていく指先が名残惜しくて、気づけば縋るように想くんに全身を預けていた。
「君も同じ高校だって知った時はすごくほっとしたんだ。クラスのみんなに鵜飼くんとのことからかわれて嫌な思いしても、想くんがいたから頑張れたっ」
 胸の奥が熱くて痛い。
 こんなの、中学時代好きだった彼にすら感じたことない。
「それに想くんは、『りっくんは俺と付き合ってる』なんて言いふらしてないでしょ?」
「……」
「やってたとしても」
 これ以上は言っても良いか迷ったけど、僕の話にじっと耳を傾けてくれている想くんを信じることに決める。
「想くんにだったら外堀を埋められても良い。むしろがちがちに囲って、どこにも行けないようにしてほしい」
「……」
「な、なんて。僕の方が怖いよね……」
 想くんを好きになったことで、これまで鵜飼くんが僕の外堀を埋めてきた心理が分かった。……好きな人にされるなら悪くないかもと、思ってしまった。
「……りっくん」
 僕の頭に自分のそこを寄せて想くんは言う。
「俺、煽られてる?」
「へっ?」
「好きな子にそんなこと言われて、平気でいられると思う?」
 僕の背中に遠慮がちに添える程度だった手に、ぐっと力がこもった。
 それこそどこにも行けなさそうな状況に、目の奥がチカチカする。
「りっくんって、追い詰められると大事なこと忘れちゃうよね」
「え……?」
「中学の時、俺を助けてくれたこともそう。朝だって」
 そこで困ったように眉を下げて、苦笑する想くん。
「俺が“キスしたかった”って言ったの、覚えてないでしょ?」
「……!」
 朝の教室。追い詰められた僕を庇いながら『キスしたかったのは俺の方だし』とさらりと告げた想くんの姿が、今になって脳内に(よみが)る。
「あ、あれはやっぱり僕とキスしたかったっていう……!?」
「あんなこと、りっくん以外に言わない」
 さすがに僕でも今、“そういう”雰囲気になりつつあると分かる。どう反応するのが正解なのか考えてる間に、想くんの指が僕の顎を持ち上げた。
「生徒会役員が学校で“こんなこと”してるってバレたら色々面倒だから……俺とりっくんだけの秘密ね」
 校内に残る生徒たちに下校を促す放送が鳴り響く。
 わかった、とよっぽど至近距離にいないと拾えないような音をこぼした僕の口元に、想くんの影が落ちる。
 生徒会室の扉のすぐ向こうで、チャイムに急かされたらしい無数の足音がバタバタと駆け抜けていった。

 ──僕らも帰らないと。

 ほとんど夜の色になった窓の外を横目に、いつ想くんに切り出そうかと悩むけど──重なった唇は喋るのを許してくれそうになかった。