外堀を埋めてくる幼なじみに困ってたら、同じ中学出身のイケメンと偽装カップルになった。



◇◇
 

「──あれ、生徒会長?」

 鞄に隠した顔の熱が引いた頃、誰かが呟く。
 振り返れば想くんの後ろの開け放たれた扉の向こうに、小川生徒会長が立っているのを見つけた。
「朝からすごい騒ぎだねぇ」
 いつも通り柔らかい雰囲気ではあるけど、その目は冷静に教室全体を見渡している。
 突然の生徒会長登場に気圧(けお)されたのか、クラスメイトたちが次々と口を閉ざしていった。
 僕の背中を支えたまま想くんは言う。
「わざわざすみません、会長」
「そりゃあ、可愛い後輩が大変だって聞いたらね。阿澄くんは大丈夫?」
「はっ、はい!」
 プレッシャーですっかり掠れた声でどうにか返事をすると、整った口元がふふ、と(ほころ)んだ。
「話はだいたい聞こえてたけど……“二股”っていうのはちょっと無理があるんじゃないかな」
 扉の前から一歩だけ中に踏み出し、鵜飼くんに向かって切り出す小川会長。
「……は?」
 鵜飼くんの眉がぴくりと動く。自分より身長のある相手に凄まれたら普通は怖いだろうに、会長は気にした様子はない。
「だって阿澄くん、生徒会の仕事ですごく忙しいし。放課後はもちろん休日も来てくれてるよね?」
「えっと……」
「はい」
 急に話を振られて戸惑う僕の代わりに想くんが頷く。
「図書委員との合同作業も校外活動の準備も、ほとんどりっくんが担当してくれました」
「そうそう!先生たちもすごく助かってるって。毎日そんなに大変なのに、二股する時間なんてあるかなぁ?」
 教室のあちこちで小さなどよめきが起こる。
「それに正直、生徒会(わたしたち)から見れば……」
 小川会長はそこで少し首を傾げ、想くんと鵜飼くんを交互に見た。
「そこの鵜飼くん?って子より五十嵐くんの方が、阿澄くんといっしょのイメージある。ついこないだも付き合ってるんじゃないかって噂してたくらい」
「……!」
 せっかく引いた顔の熱がぼっ、と舞い戻ってくる。
 教室の空気が大きく揺れて、また僕に視線が集まった。今度は軽蔑じゃなく、純粋な動揺の目。
「え、生徒会だとそういう感じなの?」
「五十嵐くんと阿澄くんって、そんな仲良かったんだ……」
「じゃあ鵜飼と付き合ってるって話は?」
 周りの僕への敵意が和らいでいくのに対し、段々強ばる鵜飼くんの表情。
 教室を支配していた“鵜飼くんは可哀想な被害者”という空気に、迷いが混ざっていく。
「……あのっ!」
 そんな中、端の方で控えめな声が上がる。クラスメイトの江波(えなみ)さんだ、急に注目を集めたせいかびくりと肩を揺らしている。
「私図書委員で、この間まで阿澄くんと一緒に仕事してたんだけど……資料の順番を間違えちゃったことがあって」
 余計なことは言うな、とばかりに鵜飼くんの眉間の皺が深くなった。江波さんもそれに気づいただろうけど、膝の上で手を握りしめて続ける。
「締切ギリギリだったし、普通なら怒られても仕方なかったのに……阿澄くんは全然責めなくて。『一緒にやろう』って最後まで手伝ってくれたの」
 ──そういえば、そんなこともあった。
 こちらとしてはただ困ってたから手伝っただけだけど、彼女はちゃんと覚えてくれたんだ。
 ──あれ、待って。
 ──確か、僕はその後……。
「それで、ほんとは言って良いのか分からないんだけど……」
 江波さんがちらりと僕を見る。
「その時阿澄くん、貸し出し名簿で鵜飼くんの名前が出ただけですごく震えてた……。ほんとに付き合ってるならそんな反応しないよね?」
「……っ」
「阿澄くん、そうなの?」
 小川会長に聞かれて小さく頷く。
 まさかあそこで鵜飼くんの名前が出てくると思わなくて、咄嗟に身構えてしまった記憶がある。
「他の図書委員の人たちと顧問の先生も見てたから、お願いしたら証言してくれると思う。……その後すぐ五十嵐くんが迎えに来た時は阿澄くんほっとしてたから、あの二人は仲良いんだねってみんなで話してて」
「……それで」
 話が終わり膝の上に視線を落とした江波さんから引き継ぐ形で、小川会長が口を開く。
「全校生徒と先生たち相手に頑張ってた阿澄くんと、このクラスだけで有名人な鵜飼くん。みんなはどっちの言うことを信じるのかな?」
 たまたまなのか、少し前に鵜飼くんが僕に言ったのと同じような内容だった。
 これまで鵜飼くんに同調していたクラスメイトたちは、今は探るように互いの顔を見合っている。
「じゃあ……鵜飼が嘘ついてたってこと?」
「でも写真は本物なんだよね?」
「五十嵐は生徒会長まで連れて来てるんだから、後ろめたいことはなさそうだよな」
「阿澄くんが無理やり迫ったって感じではないかも」
 ひそひそ声の風向きが、僕の疑いが晴れる方へと変わっていく。
 ……でもそれは僕に向けられていた不信感が鵜飼くんへ移ってるっていうことで。
「っ、お前らまでなんだよ!」
 僕のすぐ後ろにいた鵜飼くんが怒鳴った。その表情に、さっきまでの余裕はない。
「俺よりそいつらを信じんのか!?」
「う、鵜飼くん落ち着いて!」
「うるせぇ!!俺が……」
 身体をそちらに向けて駆け寄れば、鵜飼くんが荒く息を吐きながら僕を睨む。
 思い通りにいかなくて逆上(ぎゃくじょう)してるんだ、暴れる前に止めないと……!という考えは、その表情を見てすぐに消えた。
 
「俺の方が一緒にいたのに……っ」
 
 今にも泣きそうな顔だった。
 いつも自信満々に開かれた目が、今は置いてけぼりにされた子供みたいに揺れている。
 ここで僕は悟った。
 ──ああ。
 ──もしかして鵜飼くんは。
 今まで僕は、鵜飼くんはただ嫌がらせでこんなことをしてるんだと思ってた。
 自分より下だと思ってた相手に避けられるのが気にいらなくて、意地になってるだけなんだって。
 でも違う、もし本当にそうならこんな顔するわけない。
「──……もういい」
 それだけ言うと鵜飼くんは教室を出て行った。追い掛けようとして止める、今は何を言っても傷つけてしまうだけだ。
「結局、鵜飼が暴走しただけ?」
「今はそっとしといてやろうか」
「五十嵐くんと阿澄くん、疑ってごめんね」
 同時に校内に予鈴が響いて、僕らの周りにいたクラスメイトたちがいそいそと離れていく。
「あっ、一時間目体育だった。私ももう行くね」
「はっ、はい!」
「ありがとうございました、小川会長」
「お手数お掛けしました!」
 軽やかな足取りで去っていく小川会長の背中に想くんと揃って頭を下げる。ちら、と隣を盗み見れば端正な横顔が意外と近くにあって息を飲んだ。
「やっぱり五十嵐くんは誠実だったね」
「やばい、かなり好きかも」
 そんな女子たちの話し声がどこからともなく聞こえてきて胸が騒ぐ。
 ──誰にも渡したくない。
 ──自分だけを見てほしい。
 ──どこにも行かないように、傍で縛り付けておきたい──……。
 “好きな人”に対してそう思って、外堀を埋めようとしていた鵜飼くんの気持ちが分かったような気がした。