外堀を埋めてくる幼なじみに困ってたら、同じ中学出身のイケメンと偽装カップルになった。



「おい理久(りく)、今日もどっか付き合ってやるよ」


 放課後の教室。鞄片手に席を立った瞬間、背中に声がかかった。
鵜飼(うかい)くん……付き合ってるのは僕でしょ?昨日のよく分からないラーメン屋さんとか」
「ラーメン屋じゃなくて中華カフェな!つか小学校の時みたいに下の名前で呼べしっ」
「嫌だよ、恥ずかしいもん」
「おまっ、今さら何が恥ずかしいんだよ!?」
 相手が元気なツッコミを入れた直後に上がる、クラスメイトたちの笑い声。
「またやってるよ、鵜飼と阿澄(あすみ)くん」
「うちのクラスの名物コンビ」
「いや。なんだかんだいつも一緒に帰ってるし、もはやカップル」
「カッ、カップルじゃない!」
 カップルと言った女子に向かって全力で首を振るけどそれすら「はいはい」と流されてしまう。いつの間にか僕の肩に腕を回している幼なじみも、にやにやするだけで訂正する気配がない。
「鵜飼くんとは家が隣同士ってだけ!」
「ここ阿澄たちの地元じゃないんだろ?なんで二人揃って遠い高校(とこ)来たん?」
「俺は近くに遊べるとこ多いからここにしたんだけど、後から理久が合わせて来たんだよなー」
「え、そうなん!?」
「阿澄くん、鵜飼のこと大好きじゃん!」
「ちがっ……!」
 クラスメイトの問いかけにあろうことか、事実とはまるで違うことを答える幼なじみ。今のは嘘だ。僕は中学三年生の春からここに進学することを相談していて、あっちも同じ高校を希望したと知ったのは合格発表の時だった。
 ──嫌だ。
 ──このままじゃ“また”、鵜飼くんに外堀を埋められてしまう。
 否定したいけど証拠がないし、クラスの中心人物的な立場にいる向こうの方が僕よりも発言力は上だ。しょうがないと諦めかけた──その時。


「阿澄くんがここ希望したの、鵜飼より前だよ」

 
 騒めく教室でもよく通る声。
 囃し立てるクラスメイトたちから僕を庇うようにやって来た、見慣れた後ろ姿。
五十嵐(いがらし)くん……」
 確かめるように名前を呼ぶと、記憶通りの綺麗な横顔がちらりと覗く。
「阿澄くん、中三の春には進路決めてたよね。ギリギリまで『志望校教えろ』って迫ってたの鵜飼の方だったと思うけど」
「なっ……」
 さらりと暴露された幼なじみが固まる。肩に回った腕が緩んだ隙に抜け出した僕の手を、細く長い指先が絡め取った。
「あと、阿澄くん今日は俺と帰る約束してるから」
「えっ?」
「行こ、阿澄くん」
「あ……うん!そういうわけだから鵜飼くん、また明日ねっ」
 そんな約束はしていない。
 彼はこの場から僕を助けてくれるつもりなんだ。そう気づいてすぐ合わせれば、満足そうな笑みが返ってきた。
「なんで中三の時のことを五十嵐くんが知ってるの?」
「五十嵐もあの二人と同じ中学出身なんだって」
「えっ、鵜飼と五十嵐くんのダブルイケメン輩出(はいしゅつ)してる中学とかヤバすぎ!……阿澄くんは別として」
「わざわざそういうこと言うなよ」
「でも確かに、鵜飼がいなかったら阿澄の名前覚えてなかったかも」
 聞こえてくる話し声に切なくなりながら教室を出る。僕は心穏やかに高校生活を送りたかっただけなのに、どうしてこんなことに。
 離すどころかさりげなく繋ぎ直された温かな手だけが、僕を励ましてくれてる気がした。


◇◇


 僕・阿澄(あすみ) 理久(りく)の人生は幼なじみの鵜飼(うかい)くんと共にあったと言っても過言じゃない。
 幼稚園から同じの鵜飼くんとは家も隣同士で、僕も昔は愛称で呼ぶほど慕っていたけど、今はなるべく離れていたいというのが本音だ。
『今日もどっか付き合ってやるよ』
『俺は近くに遊べるとこ多いからここにしたんだけど、後から理久が合わせて来たんだよなー』 
 あれらの発言からも滲み出てるけど、なぜか鵜飼くんはそういう……僕と仲が良いというアピールをやたらとする。おかげで高校入学からたったの二か月で、僕と鵜飼くんはクラスメイトたちに“名物コンビ”と呼ばれるようになってしまった。
 ──こうなるのが嫌だったから高校は別が良かったのに……!
「……はぁ……」
 地元の駅前、チェーン店のドーナツ屋さんの中。大好物のはずのミートパイを前に僕はため息をつく。
 中学時代、鵜飼くんの“アレ”には随分振り回された。休日に出先でたまたま会えばすぐさま【理久とデート中】とクラスのグループトークに拡散され、スキー合宿の際のホテルの部屋決めでは貴重な二人部屋の枠を『理久は俺にしか寝顔見せないから』と覚えのない主張と共にもぎ取り、僕は周囲にこれでもかと冷やかされた。
 
『阿澄のこと好きだったけど、鵜飼がいるから諦めたんだよ』
 
 当時気になっていた男の子に冗談交じりに告げられた時はさすがに泣いた。その時既に、向こうには恋人がいたから。
 もう二度とあんな思いはしたくないと、高校は地元から──鵜飼くんから離れたところにこっそり行くつもりだったけど彼は謎の執念で僕の進学先を調べ上げ、気づけば高校はおろかクラスまで一緒になっていた。
 ──僕の高校生活はほぼ終わった。
 ──唯一の救いといえば……。
 
「阿澄くん、大丈夫?」
 
 いつまでも食べない僕にテーブルの向こうから声をかけるのは、さっき困ったところを助けてくれた五十嵐(いがらし) (そう)くん。
 165センチの僕が思い切り見上げてやっと頭が見えるくらいの長身に、羨ましいくらい癖のないサラサラな黒髪。瞳を覆うような繊細で長いすだれまつ毛のせいか、どこかミステリアスな雰囲気のある美形だ。
「あっ……ごめん。ちょっと考え事してて」
 心配そうな五十嵐くんの視線を受け、僕は慌ててミートパイを手に取る。
 この五十嵐くんも僕と同じ中学出身だけど、鵜飼くんとのことをからかったりせず普通に接してくれる。高校入学早々『ここで一番のイケメンでは』と囁かれる容姿に反して気さくで趣味も合うし、彼の存在が現状唯一の心の支えだった。
「……お疲れ様」
 山のように積まれたドーナツのひとつを口に運びながら五十嵐くんは言う。中学時代は同じクラスでもたまに挨拶するくらいだったのが、今ではこうしてたまに軽食をつまむくらいの仲になった(五十嵐くんが買ったドーナツの量はとても軽食とは呼べないけど)。
「今日も大変そうだったね」
「五十嵐くんがいなかったら言い返せないで終わってたよ……」
「今日みたいに生徒会がない日はすぐ助けられるんだけど」
「ううん、毎日助かってる。ほんとにありがとう」
 今言ったのも本音だけど、思い出すだけで頭が痛くなってくる。まるで僕の方が執着してるように言ってくる鵜飼くんと、必死に否定してるのに『またやってる』と笑うだけのクラスメイト。
「……このまま」
 ミートパイに小さくかじりついた後、僕は呟いた。
「ほんとに鵜飼くんとカップルになっちゃったらどうしよう」
 本人に聞かれたら鼻で笑われそうだけど、ここまで外堀を埋められるとそんな未来も見えて来る。どうして鵜飼くんはあそこまで僕にこだわるんだろう、幼稚園の頃から下に見ている僕を隣に置いて優越感に浸りたいとか?顔もスタイルも抜群なうえに誰とでも仲良くなれるんだから、そっちで青春しといてくれれば良いのに。
「……」
 僕の呟きを聞いた五十嵐くんの視線を感じる。美形の無言と真顔怖い!なんて中学時代は震えていたけど、ただ感情を表に出さないタイプなだけだと今は知っている。
「……じゃあさ」
 僕がミートパイを半分くらい食べ進めた頃、五十嵐くんが切り出す。
「そうならないように対策する?」
「対策……?」
「うん」
 話が読めないと──あれだけあったドーナツがちょっと俯いた隙に消えていると、困惑する僕。

「鵜飼とカップルになりたくないなら、俺と付き合ってることにすれば」
「…………え!?」

 状況を飲み込むのに時間がかかった。遅れて目を剥く僕に対して、五十嵐くんはあくまで淡々と話す。
「阿澄くんに彼氏がいればさすがに鵜飼も“デート中”なんてふざけないでしょ」
「た、確かに……」
 それは一理ある。僕が鵜飼くんだったら変な誤解を与えないため、そういう冗談はすぐにやめると思う。
「いやでも、さすがに五十嵐くんに悪いよ……!」
「俺も最近は毎日告白されて困ってたから、阿澄くんが恋人のフリしてくれたら断る理由が出来て助かる」
「……ああ……」
 遠い目をする五十嵐くんに合点がいった。僕と事情は違えど、彼も大変な思いをしてきたんだ。そういえば中学時代もそんなことがあったような。
 鵜飼くんに外堀を埋められるのを回避出来て、五十嵐くんを助けることも出来るなら一石二鳥じゃないか。
「そういうことなら、よろしくお願いします……!」
「こちらこそ、よろしくね」
 ミートパイを一旦置いて頭を下げると、五十嵐くんも丁寧に返してくれた。
「OKもらえて良かった。……阿澄くんが鵜飼に取られたら嫌だし」
「何か言った?」
「ううん」
 最初は聞き取れたけど、店内CMにかき消されて後半が分からなかった。小さめの声だったしひとりごとか何かだろうと結論付けた僕は、たった今出来た偽装の彼氏が再びドーナツを買いに行くのを見送るのだった。