花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 明閻(めいえん)に促されて辿り着いたのは、山奥に似つかわぬほど豪華な建造だった。

 「こ、ここは……?」
 「花嫁候補が共同生活をする(やど)だ。」

 門番が鉛の扉を開けると、母屋が小さく見えるほどの広い庭が広がっていた。
 明閻は、自分の近くを通り過ぎようとする男を呼び止めた。

 「騎刃(きば)。丁度いいところに。」

 呼び止められた男は勢いよく明閻の方へ振り向き、ガシャガシャと身に纏っている重苦しい鎧を鳴らす。
 明閻より一回り大きいその男の風貌は一度見たら忘れられないほどに強烈だ。
 肩にかかる紺青(こんじょう)色の髪の毛先は傷みと絡まりにより四方八方にちりちりになっている。太い眉毛は阿吽像のように吊り上がり、切れ長の目は鋭く万物を睨みつけているよう。

 「オレァ丁度良くねぇですぜ。これから馬の調教しに……。」
 「この三人を女人の間へ案内しろ。私は忙しいんだ。」

 明閻はこの大男にピシャリと言い放つ。
 名指しで命じられた大男・騎刃(きば)は、頭をボリボリかきながら、

 「へーへー、明閻さま、よ。」

 と、またしても鎧で乱暴に風を切りながら、スタスタと歩き出した。
 明閻はチラリと雨音(あまね)たちを見る。
 その視線に気付いた舞鶴(まいつる)は、妹ふたりの肩を軽く叩き、

 「ついて行こう、雨音、瑠璃姫(るりひめ)。」

 と、促した。

 「……そのようですわね。」

 舞鶴と瑠璃姫は、粗雑な騎刃の足取りの後を速足で追いかける。
 その二人の様子を確認し、明閻もサッとこの場を去っていく。
 雨音は姉と妹の後ろに足を動かすが、何度も振り返っては、小さくなる明閻の背中を見つめていた。

 「ちょっとぉ!?」

 瑠璃姫の怒号で、雨音は我に返った。

 「あんた、もう少し速度を落として歩きなさいよ!あたくしたちが小走りしてるのがわからないの!?」

 瑠璃姫は怒りに任せて、大男・騎刃の鎧を小さな手でバシッと叩いた。

 「あ?これでもゆっくり歩いてんだがよ。そんなにあんよが小せぇのか、人間ってモンは。」
 「あたくしは頭領の未来の花嫁なんだから、丁重に扱いなさいよ。」

 騎刃はピタッと足を止め、大きな一歩で瑠璃姫の目の前まで近づき、グッと彼女の顔を覗いた。

 「……へー。言われて見りゃあ、確かに頭領の好きそうな顔だな、アンタ。なんだ、玉のようだ、とか言うんだっけか?」
 「あなたは汚らしい顔だわ。あたくしに寄らないで頂戴。」
 「前言撤回。や~な女だ。」
 「あなたにどう思われようが関係ないわ。」
 「違ぇねぇや。」

 騎刃は堂々とこの広い敷地内を練り歩いていく。
 騎刃が場内の妖たちとすれ違うたびに、周りの者は騎刃に向けて深くお辞儀をしていく。
 その様子を、舞鶴も瑠璃姫も見逃さなかった。

 一方雨音は、この膨大な敷地と豪華絢爛な建造物に委縮し、俯きながら歩いていた。
 雨音は、己を恥じていた。
 なんの目的もなく、ただなんとなく明閻の顔が思い浮かんだだけで、このような場違いなところに来てしまったことを。
 舞鶴も瑠璃姫も、立派な王妃になる姿を容易く想像できる。
 しかし、自分は?
 薄汚れた割烹着に、この右腕の傷。
 玉ではなく、石ころなのだ。

 「着いたぞ。」

 厳格な長屋に、侍女が立っていた。

 「ここからは、こいつらに案内してもらえ。」

 入り口に佇んていた侍女が軽くお辞儀をする。
 ガシャンガシャンと金属の当たる音を鳴らしながら、騎刃はどこかへ行ってしまった。

 「明閻様よりお話は伺っております。こちらへ。」

 無表情のまま、侍女は母屋の奥へと歩き出した。
 連れていかれた大部屋には、ズラリと淑女が並んで座っていた。
 案内役の侍女は、スッと部屋をあとにした。

 「舞鶴姉さま。もしかしてこれが……。」
 「ああ、全員、あやかしの頭領の花嫁候補だろうね。」

 あまりにも多い女の数に、さすがの三姉妹も圧倒される。
 女たちは下から上を舐めるような視線で三姉妹を品定めしている。

 「あ~!つっかれたぁ~!」

 キレイに縦二列に並んで座っているのを無視して、部屋の真ん中にドカッと足を崩して座る瑠璃姫。
 その瞬間、小さなどよめきが部屋中に響いた。
 舞鶴と雨音も、瑠璃姫の隣に沿うように座る。

 「なによこの部屋。化粧台もないわけ?たくさん歩いて汗かいちゃったのに。」
 「アタシの手鏡でよければあるよ、瑠璃姫。」
 「あら~!なになに?ちゃっかり一番高価な手鏡を持ち出してるんじゃない舞鶴姉さまったら。客から貰ったんでしょう?それ。」
 「なにかあったときのためだよ。高く売れるだろう?」
 「舞鶴姉さまらしいわね。遠慮なく借りるわ。」

 瑠璃姫が舞鶴の持っている手鏡に手を伸ばした、その時。

 ガシャーン!と、静まっていた大部屋にガラスの割れる音が響く。
 瑠璃姫と舞鶴は、いきなり床に落ちて破片が飛び散っている手鏡を見たあと、視線に気付き、同時に顔を上げた。
 まるで汚物を見るかのような目で、口元を袖で覆いながら三姉妹を睨みつける女が立っていた。

 「……なにすんのよ。化粧直しが出来なくなったじゃない。」

 そんな瑠璃姫の言葉を無視して、女は震える声で
 「あなたがた……。どちらからいらしたのです。」
 と、三姉妹に尋ねた。

 「はぁ?」
 「ここは、大名……。少なくとも旗本のご令嬢が集うところですの。あ、あなたがたは……。」

 瑠璃姫はジッとこの女を睨みつけたまま、
 「吉原ですけど。なにか?」
 と、堂々と言い放った。

 「……!信じられません。今すぐ元いた場所へお帰りくださいませ!これは遊びではありませんわ!」

 女はハラハラと泣き出した。
 三姉妹に向けられた大部屋中の女の視線は、この女と同じものだった。

 「アタシたちだけ、ってことかい?」
 「そうみたいね、舞鶴姉さま。おぼこい良い子ちゃんなんてはなから敵じゃないわ。……ねぇお庭でも散歩しましょうよ、姉さまたち!」
 「……ふっ、それも悪くないね。」
 「ほら、雨音姉さまも行くわよ!立って!」
 「あ、えっと、瑠璃姫。」

 雨音は散らばった鏡の破片をすごすごと己の袖に集めていた。

 「いいじゃないそんなの!この女に片付けさせなさいよ!」
 「もう終わるから……。」
 「ほら、はやく!」

 瑠璃姫に強引に引っ張られ、三姉妹は大部屋をあとにした。


 澄んだ水面に石が飛び込み、ぽちゃんと小さく濁り音を立てる。
 長屋の目の前にある池のほとりで、三人は時間を潰していた。

 「なーにが名家よ!弱虫泣き虫いんきんたむし!!」

 瑠璃姫は大きく腕を上げ、さらにもうひとつ小石を池へと投げる。

 「あ、あの……。勝手に外に出てきてもいいのでしょうか……?」
 「知らないわよ。なに?雨音姉さまはあのままあいつが割った鏡の破片を拾っていたかったの?」
 「そういうわけじゃ……。」
 「大丈夫だよ雨音。ここからなら、さっきの大部屋の様子が見える。なにか動きがあればシレっと戻ればいいのさ。」
 「で、でも……。明閻さまは、もう私たちは見られている、って。」
 「馬鹿ね、それなら尚更じゃない。」
 「え?」
 「いじめられて大部屋飛び出さざるを得なかったあたくしたちってとっても可哀想!……でしょ?」

 あまりにも堂々とした瑠璃姫の態度に、雨音も思わず笑ってしまう。

 「それに、見られているならその手、どうにかした方がいいんじゃない!?」

 瑠璃姫は舞鶴の袖を強引に引っ張り、右手を池へと突っ込んだ。

 「な、なにするんだい瑠璃姫!」
 「いつまでもババアの血なんて付けてるじゃないわよ!ほら、雨音姉さまも!舞鶴姉さまの指洗って洗って!」
 「ふふっ、そうね。えいっ!」

 雨音が舞鶴の左腕を池へと引っ張る。三姉妹の近くで口を開けていた鯉たちは散り散りに離れていく。

 「ちょっとふたりとも!あとで覚えてなよ!」

 静寂の中に溢れるは、仲睦まじい三姉妹の笑い声。
 この先に待つ運命など知らずに……。