花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 朝、吉原がみな眠りにつく頃。
 巷で評判の美人三姉妹、舞鶴(まいつる)雨音(あまね)瑠璃姫(るりひめ)は、長女・舞鶴の部屋でひっそりと明閻(めいえん)が残していった話を共有していた。

 「それって本当!?」

 一連を舞鶴から聞いた瑠璃姫は、廊下にまで聞こえるような音量で声を張り上げた。

 「しーっ!よせ、誰かに聞かれたらおしまいなんだ。」
 「た、たしかに!」

 舞鶴は静かに、神妙な顔で妹ふたりに語りかけた。

 「…雨音、それに瑠璃姫。この話、どう思う?」
 「ど、どうって…。どういうことよ、舞鶴姉さま。」
 「決まってるだろう。ここに残るか、それともあやかしの頭領の花嫁になるか。」
 「舞鶴姉さまって時々本当におバカでいらっしゃるのね。そんなの花嫁一択じゃない。あやかしの頭領の花嫁なんて…一体どれほどの権力が与えられるかお分かり?」
 「アタシはそうは思わない。鳥かごが違うだけだ。」
 「…なによ。じゃあ舞鶴姉さまは、一生この店の働き馬でい続けるつもり?」
 「そうは言ってない!アタシの夢は…あんたたちと平和に自由に暮らすことなんだから…。」
 「その資金繰りが、あのババアの一声で半分無くなったのよ!?どうやってその夢を叶えるって言うの!」
 「……アタシら三人まとめて水揚げしてくれる旦那様を探す、しか…。」
 「バッカみたい!そんなのあやかしの花嫁となんら変わりないじゃない。だったらあたくしはより権力のある方を選ぶわ。」
 「瑠璃姫…。」

 鼻息を荒くして言い切る瑠璃姫に呆れてため息をつく舞鶴。だがそんな舞鶴の様子など気にもせず、

 「こんなのもう花嫁候補に参加するしかないじゃない!」
 と、なおも捲し立てた。

 「あやかしの頭領だよ!?どんだけ野蛮な者かわかったもんじゃない!」
 「あたくしたちは男を転がすオンナよ。あっちを惚れさせればいいだけの話。」
 「そんなに上手くいく客の方が珍しいのはお前だってわかってるだろう、瑠璃姫。あやかしなんぞ、神経すり減らして、ようやく穏やかに会話できる生き物じゃないか。そんなの此処となんら変わらない…地獄の生活だ。」
 「馬鹿ね。同じ地獄でも金の沙汰次第って言ってるのよ。」
 「…埒が明かないねぇ。」
 「そうね。…ねぇ雨音姉さま。姉さまが決めてくださらない?」
 「……えっ。」

 瑠璃姫の思わぬ提案に、その場の空気が凍り付く。

 「だってあたくしは一歩も引かないし、舞鶴姉さまだってそうでしょう?」
 「ま、待って瑠璃姫!私は…!」
 「雨音はどう思ってるんだい?明閻(めいえん)からあの話を聞いた時、なにを感じた?」
 「ま…舞鶴お姉さま…。」

 雨音は握り切れぬ両手を口元に被せた。

 「わ…私は…。」

 雨音の脳裏には、明閻の姿がずっと残っていた。なぜ、こんなにもあの青年を思い出してしまうのだろう。あの後ろ姿を頭に描くだけで、思わず足を一歩前へ踏み出してしまいそうになる。
 雨音の大きな瞳に宿るキラリとした光の粒を、舞鶴は怪訝な顔で見ていた。

 「雨音。あんたまさか…。」

 舞鶴が問おうとしたとき、障子がガラリと開いた。
 三人とも、ビクッと体を震わせる。

 「雨音、あんた舞鶴の部屋でなにしてんだ!まだ掃除が終わってない部屋があるよ!」

 入ってきたのは、遣手婆だった。

 「も、申し訳ございません!」

 三人をキッと睨みつけたあと、遣手婆は廊下へ出て一階へ降りて行った。雨音も急いでそれについて行こうと、部屋を出る。ふと、

 「雨音。」

 と、後ろから舞鶴に呼び止められた。

 「午の刻までだ。あんたが決めるんだよ。」

 そう投げかけた舞鶴の顔は、薄暗い部屋の影に紛れていた。

 「舞鶴お姉さま…。」


 冷たい水で雑巾を絞り、丁寧に床を磨いていく。
 しかし、雨音の頭は雑念だらけだ。

 (このままこの店で一生働くか…それともこの街を抜け出してあやかしの花嫁選びに参加するか…。私が決めなければいけない…。しかも、今日の午の刻までに。)

 ふと、機械的に動かしていた手が止まる。あの人の背中を思い出したからだ。

 (明閻さま…。)



 夜が明け、店の女たちが起き出し、風呂やら朝食やらと各々過ごしている午前。
 雨音は掃除がひと段落した隙をみて、舞鶴の部屋へ訪ねた。

 「舞鶴お姉さま、雨音です。」
 「ああ、入りな。」
 「失礼します。」

 ゆっくりと障子を開けると、瑠璃姫も部屋の中にいた。

 「どうだ?覚悟は決まったかい?雨音。」

 舞鶴も瑠璃姫も、すこし緊張した顔で雨音の返事を待つ。

 「……はい。決まりました。私…あやかしの花嫁候補になってみたい、です…。」

 雨音が伏し目がちにそう答えると、瑠璃姫の顔がぱあっと明るくなった。

 「きゃはっ!雨音姉さま本当!?ほら、もう決まりよ舞鶴姉さま!あとはもう誰にも見つからないように悟助の元へ行ってここを出るだけだわっ!」
 「…そうだな。もうそろそろ午の刻だ。」

 舞鶴は両手を雨音と瑠璃姫の肩へ乗せ、

 「いっておいで。アタシはあんたたちがここを出られる手助けをしてやる。」
 「な…なに言ってるのよ舞鶴姉さま!」
 「アタシも色々考えたんだよ。その上で、アタシはアタシで…路頭に迷ったあんたたちをまとめて水揚げしてくれる旦那を、ここで探そうと思ってね。」
 「なにそれ!いやよ!三人で自由に暮らすんでしょ!?」
 「そうだよ。だからアタシはアタシであんたたちとは違う方法で…」
 「三人バラバラになるなんて絶対ダメ!ね!?雨音姉さまもそう思うでしょう!?」
 「えっ…わ、私は…。正直、舞鶴お姉さまの言うことにも一理あるかと…。」
 「はぁ!?雨音姉さまはどっちの味方よ!」
 「どっち、というわけでは…。」

 舞鶴と瑠璃姫の迫力に顔を上げられずにいる。

 「舞鶴姉さまも雨音姉さまもいい?こんなところで三人バラバラになったら…道を違えたら、絶対に交わらないわ。永遠の別れになるかもしれなくてよ。」

 姉ふたりは黙ったまま。そんなふたりの様子に、瑠璃姫の声は大きくなっていく。

 「それに!路頭に迷ったあたくしたちってなによ!あたくしはぜーったい!こんなところ抜け出してあやかし頭領の花嫁になるんだから!」

 声を荒げ、まるで子供の我儘のように必死に訴える。
 部屋がしんと静まったあと、一息おいて、障子が思いっきり乱暴に開かれた。扉の向こうに鬼の形相で立っているのは、遣手婆だった。

 「いったいどういうことだい三人とも!」

 真っ赤な顔で、遣手婆は姉妹三人を怒鳴りつけた。

 バレた。バレてしまった。

 遣手婆は一番近い雨音の髪を引っ張り、

 「お前ら全員折檻部屋だよ!来な!」

 と、部屋から引きずり出そうとした。
 しかし、すかさず瑠璃姫も遣手婆の髪を引っ張り、応戦する。

 「待ちなさいよこの強欲ババア!あんた、なにかとケチ付けてあたくしたちの賃金を横取りしてるじゃない!あたくしたちはね、こんなところで干からびるような女じゃないのよ!」

 今にもなぎ倒しになりそうに揉みあっている三人を、慌てて止めに入る舞鶴。
 しかし


 ゴッ!


 と鈍い音がしたあと、
 遣手婆の両手は雨音の髪から離れ、勢いよく床へと倒れ込み、動かなくなった。