花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 屋敷に戻り、身を整えて、あとは寝るだけ。
 ひとつだけ違うのは、三姉妹がひとつの部屋に集まっていることだった。

 「ねぇねぇ姉さまたち!花札やりましょうよ、花札!」
 「なんでこんな時間から!アタシは寝るよ、疲れた!」
 「ちょっとぉ!夜はこれからでしょう!?」
 「生憎吉原を離れてからは働き人と同じ生活が馴染んだからね。夜は眠いんだよ。」
 「なによ!雨音(あまね)姉さまからも言ってやってくださいませ!」
 「えーっと……花札じゃなくても、別に…。」
 「雨音姉さままで!?」

 クスクスと笑いあって、布団に入ってゆっくりと色々な話をしていくうちに、舞鶴(まいつる)瑠璃姫(るりひめ)は寝息を立て始めた。
 雨音は変に興奮冷めやらぬ状態で、体は疲れているのになかなか寝付けなかった。

 ふと思い立って、屋敷を出て真夜中の散歩をする。
 裏戸から屋敷を囲っている塀の外を抜け、なんとなく、明閻(めいえん)と会っていたあの池のほとりまで来てしまった。


 今日はここで、初めて舞鶴お姉さまと喧嘩して、そして……。
 あれ?そういえば、私の一世一代の告白は、明閻さまに届いていたのかしら。
 あれからなにも言われてないけど…。


 腰を下ろして、月の浮かぶ池を眺める雨音。

 「こんなところでなにをしている。」
 「明閻さま。眠れなくて…。」
 「……そうか。」

 雨音は座ったまま、明閻はその隣に立ったまま、しばし沈黙が流れる。

 明閻さまは、私のことどう思っているのだろう。
 宗玄さまが強引に決めていた、次期頭領というのも…

 「お前は、ここに骨を埋める覚悟はあるのか。」
 「へ……。」
 「ここで暮らし、世のため人のために人事を尽くし、生涯を捧げる意志はあるのか。」

 明閻の真剣な眼差しを受け、雨音の瞳は潤みだす。


 きっと言葉にするほど簡単なことではないのかもしれない。
 辛いことも、苦しこともあるかもしれない。
 でも、それでも私は、この人と一緒に生きたい。この人の隣にいたいんだ。


 雨音はスッと立ち上がった。

 「ええ。私は明閻さまのお側にいとうございます。」

 その言葉を受けて、明閻は雨音に向き合い、ゆっくりと雨音の右袖を捲った。

 「私が一生懸けて、この傷で失った分の幸福を与えよう。私についてきてはくれぬか、雨音。」
 「ええ、もちろんです…!」




 ひと月後。

 しばらくの時を経て、ようやくあやかし頭領の継承の儀が開かれた。それと同時に、新頭領と花嫁による婚約の儀も催される。

 「はぁ。やぁ~っと結婚するのねぇ雨音姉さま。」

 広場で大勢の兵士が剣術型の訓練をしているのを、瑠璃姫は脇の腰掛にだらりと座りながら眺めていた。その隣には、兵士たちひとりひとりの様子を零すことなく見回す騎刃(きば)の姿が。

 「頭領引継ぎのあれやこれやに加えて総民の説得や明閻様独自の政治的新体制を形成していた下準備期間だったからな。むしろよくひと月で終わらせたと思うぜ。」
 「あっそ。……あ、いの組とはの組、微妙に型間違えてるわよ。」
 「同じこと思ってたところだ。おおい!対円(たいえん)!"い"と"は"に再指導だ!」
 「まったく。あたくしを朝から借り出して働かせないでほしいわ。あたくしが贅沢できるまであんたが一日中汗水たらして働きなさいよ。」
 「お前の贅沢は化け物級なんだよ。それにお前、次女も嫁いで長女も長旅に出るとなると、いよいよ暇だろ?今に干からびて死ぬぜ。」
 「うるっさいわね。あたくしそろそろ行くわ。雨音姉さまの晴れ姿の準備を手伝わなきゃ。」

 瑠璃姫は屋敷の中に入り、雨音の部屋へと歩いていく。
 部屋に入ると、長い帯と舞鶴が格闘していた。

 「ちょっと。なにしてらっしゃるわけぇ?舞鶴姉さま。」
 「ああ、ちょうどよかった瑠璃姫!帯を結ぶの手伝ってくれ!難しいんだよ、あやかし流の帯の結び方。」
 「はぁ~…。だから当日の準備は侍女に任せておけば、って言ったじゃない。」
 「冷たいやつだねぇ!大事な妹の晴れ舞台なんだ。アタシの手で準備して送り出してやりたいじゃないか。」
 「それで着付けをぐちゃぐちゃにされちゃあ、たまったもんじゃないわよねぇ?雨音姉さま。」
 「うう……苦しいから早くして……!」
 「まったくもぉー!」

 純白のお引摺(ひきず)りを身に纏った雨音は、姉と妹によって化粧も施される。

 「よく似合ってるよ。純粋で清らかなあんたにね。」
 「そうね。肌に映えるような白が雨音姉さまにぴったりだわ。」
 「あ……ありがとう二人とも……。」
 「ちょっとちょっと!まだ泣くんじゃないよ!」
 「化粧が落ちちゃうじゃない!」
 「ああ、いけないこんな時間だ。アタシたちも部屋に戻って儀に出る準備しなきゃね。」
 「そうね。じゃあ雨音姉さま、またあとでね。」

 2人は、御世(みよ)の間の隣にある雨音の部屋を出た。
 次期頭領・明閻に嫁ぐことが決まってからは、花嫁候補の時に住んでいた部屋ではなくこちらに移ったのだ。

 「あーあ。雨音姉さまだけお部屋が遠くなって不便だわ。ひと月経つけどまだ慣れない。」
 「そうだねぇ。」

 二人一緒に長い廊下を歩いていると、向こう側からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
 柄が控えめな青藍の着物を着た、宗玄(そうげん)だった。

 「宗玄、どうしたんだいそんなに慌てて。」
 「昨日、兄者に渡された挨拶文が書かれた紙をどこかに落としたみたいなんだが、どこにもないんだ。」
 「落としたぁ?あんた昨日御伽草子の本のしおり代わりにその紙を挟んだ後どこやったんだい?」
 「……あっ。私としたことが、すっかり忘れていたぞ!そうだ、確かにしおり代わりにしていたな!」
 「なにが私としたことが、だよ。しょっちゅうじゃないか!」
 「恩に着る舞鶴、早速取りに行って…」
 「待ちな!屋敷を駆けずり回ったんだろう?着崩れてるよ。せっかくの外交官としての正装が台無しじゃないか。」

 舞鶴はパッパと皺が寄っている裾や帯周りを整えた。

 「かたじけない。」
 「これ以上着崩さないように、焦らず歩いて取りに行くんだよ。」
 「ああ、そうする。」

 宗玄は颯爽と自分の部屋へ戻っていった。
 そんな彼の後ろ姿を見送る舞鶴は妙に機嫌がいい。

 「なんか浮かれてるわね、舞鶴姉さま。」
 「そりゃそうだろう。雨音の花嫁姿を拝めるんだ。」
 「それはそうだけど、それ以外にもありますでしょう?」
 「えっ……。」
 「明日からでしたっけ?宗玄さまと日本全国を旅するの。あ、一応舞鶴お姉さまも外交官補佐としてお供するんでしたっけ?」
 「いや、それは、その……。って、一応ってなんだい。アタシゃ立派な外交官補佐だよ。」
 「はいはい。外交官補佐としては優秀ですけれど、舞鶴姉さま。女としてはどうかしら?吉原一の太夫が今まであれだけ色仕掛けして靡かなかったんですもの、あの男。明日からもきっとなにもないわ。」
 「瑠璃姫!怒るよ!」




 侍女に連れられ、儀式を行う大広間の舞台袖へと歩いていく。
 着物が重い。長い布に巻かれて足元がおぼつかない。こんなにめかし込んだのは人生で初めてだ。
 舞台裏では、多くの下働きのあやかしたちが忙しそうに行き来している。
 その中でひとり、ジッと立ったまま巻物と睨めっこしている男が目に入った。男は雨音の視線に気付き、手招きして傍へ来るよう促した。

 「明閻さま、その巻物はなんですか?」
 「これから衆に話す内容がすべて書いてあるものだ。一応、間違いがないか見直していた。」
 「昨日の夜も、ずっと確認されていたではありませんか。」
 「しかし、直前にもう一度と思ってな。」
 「明閻さまって案外神経質…いえ、しっかりしていらっしゃいますね。」
 「神経質?お前は繊細に見えて図太いよな。」
 「えっ…!こ、婚礼の儀の前に悪口は言わないでください!」
 「お前から言ったんだろう。」
 「わ、私は悪口ではなく感想です。」
 「たち悪いな。」
 「明閻さま!」
 「おうおう、すっかり仲良しさんだな、兄者に雨音。」
 「宗玄さま。」
 「なんだ宗玄お前その恰好は。着物がよれているぞ。」
 「ああ、舞鶴に少しだけ直してもらったんだが、やはりまだダメか?」
 「着なおしてこい、みっともない。」
 「そうか……。ああ、雨音、そのお引摺(ひきず)り、とてもよく似合っているぞ。」
 「ありがとうございます。…あ、行ってしまいましたね。」
 「騒々しいヤツだ。頭領として過ごしていた時は多少マシだった気がするんだが、人の性根はそうそう変わるものではないな。」
 「……それは明閻さまもです。」
 「私か?」
 「ええ。私が明閻さまの花嫁になると決まってから、明閻さまはあまり変わらないんですもの。ぶっきらぼうな物言いは初めて会った時のままですし…。」
 「残念だがそれが私だ。」
 「それにしても、お褒めの言葉くらいいただきたかったです。宗玄さまの方が先に褒めてくださいましたよ。」
 「そろそろ時間だな。」

 明閻はずっと目を通していた巻物をするすると戻し、懐へと仕舞った。
 動揺も反省も顔に出ないこの男の顔に、むっと顔がむくれる雨音。
 明閻は、スッと雨音の右手を自分の方へ引くと、

 「一目見た時から、見惚れていた。今日のその装束も似合っている。」

 と、耳打ちした。
 不意打ちに驚いて明閻の顔を見上げると、珍しく顔を真っ赤にした彼がいた。

 「……ふふ。」
 「勘弁してくれ、慣れないんだこういうのは。」
 「ええ。わかっています。これからずっとお側におりますもの。少しずつ慣れますわ。」

 舞台の向こうから、官僚の司会の声が聞こえる。

 雨音と明閻は、共に一歩ずつ踏み出した。

 これから、夫婦としての新たなふたりが、始まる。

 今日は世界で一番幸せな、花嫁の晴れ舞台であった。