私を呼ぶ声が聞こえる。
ああ…
これはきっと、明閻さまの声だわ。
落ちていく様は、とてもとてもゆっくりに感じた。
落ちたのが、舞鶴お姉さまじゃなくて良かった。
でもまさか、こんな形で人生が終わってしまうなんて。
もっと、舞鶴お姉さまに私の気持ちを伝えればよかった。
最後の一瞬でも、瑠璃姫に一目会いたかった。
それから…
こんなことなら、明閻さまに、好きって言えばよかった。
……?
なんだろう?
私の右腕が……光ってる…!?
「雨音!」
雨音の目に飛び込んだのは、明閻だった。
雨音の右腕と同じように、明閻の左手も神々しく輝いていた。
「な、なんで……!」
落下しながらも雨音の身体を抱き寄せ、力強く包み込む明閻。
二人の光が合わさったその時、明閻の背中から漆黒の翼が生えた。
明閻は翼を使ってゆっくりと降下し、静かに谷底へと着地した。
「め、明閻さま……これは…?」
「やはり、そうだったか。イチかバチかの賭けだった。」
「え…?それって、どういう…?」
腰が抜けてへたり込んでいる雨音の視線に合わせるように、明閻も膝をついて真っ直ぐに雨音の瞳を見つめ返した。
「お前の右腕に、私の一部が存在している。」
「え…!?」
雨音は、静かに光が引いていく傷を見た。
そして、この傷が刻まれたあの夜の記憶が、雨音の脳内によみがえる。
呼吸をするのも辛くて、痛くて。
ああ、私はもう死んじゃうんだ。そう思って目を瞑ろうとしたとき。
月白色の美しい髪をした少年が、私を見下ろしていた。
「この傷…もしかして……!」
「あの夜、お前を助けたのは…私だ。」
「明閻さまが……。」
「あの時、私を見つめるお前の目は、生きたいという渇望で溢れていた。私に訴えかけていた。お前の右腕は破損していてどうしようもなかった。だから、私は自分の左手を引きちぎり、お前のその腕に移植したんだ。」
「そ、んな……。」
驚きと戸惑いが交錯する雨音の顔から目を背けるように、明閻は立ち上がって雨音に背を向け、少しずつ晴れゆく霧の合間から月を見上げた。
「ただ、それも私の自己満足でしかなかったがな。私が後先考えずにお前を助けたせいで、お前の人生を狂わせてしまった。背負う必要のない業を押し付けてしまった。」
一語一句、ゆっくり丁寧に話す明閻の背中は、いつもよりも小さく見えた。
「……宵花楼で再会し、その傷を見た時からわかっていた。お前の舞う姿は、あの時の生を懇願した少女と同じ強眼差しだった。きっと私は、お前が幸せに苦労なく過ごしている姿を見ないと、自分の行いを肯定できなかっただけなのだろうな。」
明閻の視線は、月から己の足元へと下がった。
「すまなかった。」
「そんな……明閻さまが私に、謝ることなんて……。」
いいえ、違う。
私が明閻さまに伝えたいのは、そんなことじゃないはずだ。
「明閻さま。私…さっき死にかけた時に思ったんです。舞鶴お姉さまとちゃんと話したかった。最期に瑠璃姫の顔が見たかった。そして……。明閻さま、あなたに、好きって伝えたかった。」
明閻は思わず雨音の方を振り返る。
「きっとあのまま命を落としていたら、後悔してこの世を彷徨っていたかもしれません。だから、今言います。明閻さま、ずっとお慕いしておりました。宵花楼で会ったときから、ずっと…!」
感極まった雨音の頬には、無数の涙が流れては落ち、流れては落ち。
「私がなりたいのは、明閻さまの花嫁です……!」
「雨音……。」
振り絞った勇気で震えている細い肩を、抱きしめようと明閻の手が伸びる。
しかし…
「はーい!そこまでだ!」
パン!と一本締めのように両手を叩き、宗玄が二人の間に割って入って来た。
明閻は最悪な弟の登場に思い切り眉間に皺を寄せる。
「待て待て兄者、抜け駆けするんじゃあないぞ。先に想いを伝えていたのは私だ。して、雨音。もう一度聞くが、私の花嫁になる気はないか?」
にこやかな笑顔を向けている宗玄に向かって、深々と頭を下げる雨音。
「申し訳ございません。私は宗玄さまの花嫁にはなりません。この罪は、この覚悟をもってして、償わさせていただきます。」
「そうか。それがそなたの答えか。」
いつになく真剣な宗玄の声色に、少し怯える雨音。それでも…。
「はい。変わりはございません。」
「わかった。では、心して償ってもらおう。」
「私にできることであれば、何でもおっしゃってください。」
「……最後に、私からの贈り物を受け取ってはくれぬか。」
「え?」
予想外の償いに、雨音は思わず下げていた頭を上げる。
「そ、そのようなことで…よろしいのですか?」
「そのようなこと、か。人によっては大変な重荷かもしれんぞ。」
「……?」
「新しい頭領の花嫁になってくれ、雨音。それが私からの餞であり、そなたの償いだ。」
「ええ、と……?」
ポカンとしている雨音の前に急いで立ちふさがる明閻。
「お前、まさか!」
「ああ、そうだ。私は頭領を辞退し、兄の明閻に継がせたいのだ!」
長々と文句を言おうとした明閻だったが、崖上からの騎刃の声で遮られてしまった。
「おぉーい!若様ぁー!明閻様ぁー!ご無事でー!?」
騎刃の声に、宗玄も谷底から答える。
「ああ!無事だ!三人とも怪我はない!」
「わかりやしたー!悟助を向かわせるんで、乗ってこっちまで上がってきてくださぁーい!」
そう言うと同時に、すぐに烏姿の悟助が飛んできた。
いつの間にか霧は薄くなり、頭上には朧月が。
崖上へ戻ると、真っ先に雨音に駆け寄ったのは舞鶴だった。
舞鶴は雨音に抱きつき、そしてさらに強く抱擁する。
「雨音…!雨音!ごめんね…!馬鹿な姉で……本当にごめんね……!」
雨音も強く抱きしめ返す。
「ううん…。私、舞鶴お姉さまが生きていたらいいの。いなくなるのが、一番嫌なの。舞鶴お姉さまは、私の憧れの女性なんですから。」
「雨音…。」
感動を分かち合っている二人の間に、
「バカ!!」
と、とんでもなく大きなキンキンとした末っ子の声が響き渡る。
「る…瑠璃姫!」
「あたくしだって探してたんだから!言ったでしょう!?どんなときも、三人一緒じゃなきゃダメだって!うわあああん!」
瑠璃姫の幼子のような泣き声につられて、姉たちもわんわんと泣き出した。
三姉妹はいつまでもいつまでも、互いを抱きしめ合っていた。
ああ…
これはきっと、明閻さまの声だわ。
落ちていく様は、とてもとてもゆっくりに感じた。
落ちたのが、舞鶴お姉さまじゃなくて良かった。
でもまさか、こんな形で人生が終わってしまうなんて。
もっと、舞鶴お姉さまに私の気持ちを伝えればよかった。
最後の一瞬でも、瑠璃姫に一目会いたかった。
それから…
こんなことなら、明閻さまに、好きって言えばよかった。
……?
なんだろう?
私の右腕が……光ってる…!?
「雨音!」
雨音の目に飛び込んだのは、明閻だった。
雨音の右腕と同じように、明閻の左手も神々しく輝いていた。
「な、なんで……!」
落下しながらも雨音の身体を抱き寄せ、力強く包み込む明閻。
二人の光が合わさったその時、明閻の背中から漆黒の翼が生えた。
明閻は翼を使ってゆっくりと降下し、静かに谷底へと着地した。
「め、明閻さま……これは…?」
「やはり、そうだったか。イチかバチかの賭けだった。」
「え…?それって、どういう…?」
腰が抜けてへたり込んでいる雨音の視線に合わせるように、明閻も膝をついて真っ直ぐに雨音の瞳を見つめ返した。
「お前の右腕に、私の一部が存在している。」
「え…!?」
雨音は、静かに光が引いていく傷を見た。
そして、この傷が刻まれたあの夜の記憶が、雨音の脳内によみがえる。
呼吸をするのも辛くて、痛くて。
ああ、私はもう死んじゃうんだ。そう思って目を瞑ろうとしたとき。
月白色の美しい髪をした少年が、私を見下ろしていた。
「この傷…もしかして……!」
「あの夜、お前を助けたのは…私だ。」
「明閻さまが……。」
「あの時、私を見つめるお前の目は、生きたいという渇望で溢れていた。私に訴えかけていた。お前の右腕は破損していてどうしようもなかった。だから、私は自分の左手を引きちぎり、お前のその腕に移植したんだ。」
「そ、んな……。」
驚きと戸惑いが交錯する雨音の顔から目を背けるように、明閻は立ち上がって雨音に背を向け、少しずつ晴れゆく霧の合間から月を見上げた。
「ただ、それも私の自己満足でしかなかったがな。私が後先考えずにお前を助けたせいで、お前の人生を狂わせてしまった。背負う必要のない業を押し付けてしまった。」
一語一句、ゆっくり丁寧に話す明閻の背中は、いつもよりも小さく見えた。
「……宵花楼で再会し、その傷を見た時からわかっていた。お前の舞う姿は、あの時の生を懇願した少女と同じ強眼差しだった。きっと私は、お前が幸せに苦労なく過ごしている姿を見ないと、自分の行いを肯定できなかっただけなのだろうな。」
明閻の視線は、月から己の足元へと下がった。
「すまなかった。」
「そんな……明閻さまが私に、謝ることなんて……。」
いいえ、違う。
私が明閻さまに伝えたいのは、そんなことじゃないはずだ。
「明閻さま。私…さっき死にかけた時に思ったんです。舞鶴お姉さまとちゃんと話したかった。最期に瑠璃姫の顔が見たかった。そして……。明閻さま、あなたに、好きって伝えたかった。」
明閻は思わず雨音の方を振り返る。
「きっとあのまま命を落としていたら、後悔してこの世を彷徨っていたかもしれません。だから、今言います。明閻さま、ずっとお慕いしておりました。宵花楼で会ったときから、ずっと…!」
感極まった雨音の頬には、無数の涙が流れては落ち、流れては落ち。
「私がなりたいのは、明閻さまの花嫁です……!」
「雨音……。」
振り絞った勇気で震えている細い肩を、抱きしめようと明閻の手が伸びる。
しかし…
「はーい!そこまでだ!」
パン!と一本締めのように両手を叩き、宗玄が二人の間に割って入って来た。
明閻は最悪な弟の登場に思い切り眉間に皺を寄せる。
「待て待て兄者、抜け駆けするんじゃあないぞ。先に想いを伝えていたのは私だ。して、雨音。もう一度聞くが、私の花嫁になる気はないか?」
にこやかな笑顔を向けている宗玄に向かって、深々と頭を下げる雨音。
「申し訳ございません。私は宗玄さまの花嫁にはなりません。この罪は、この覚悟をもってして、償わさせていただきます。」
「そうか。それがそなたの答えか。」
いつになく真剣な宗玄の声色に、少し怯える雨音。それでも…。
「はい。変わりはございません。」
「わかった。では、心して償ってもらおう。」
「私にできることであれば、何でもおっしゃってください。」
「……最後に、私からの贈り物を受け取ってはくれぬか。」
「え?」
予想外の償いに、雨音は思わず下げていた頭を上げる。
「そ、そのようなことで…よろしいのですか?」
「そのようなこと、か。人によっては大変な重荷かもしれんぞ。」
「……?」
「新しい頭領の花嫁になってくれ、雨音。それが私からの餞であり、そなたの償いだ。」
「ええ、と……?」
ポカンとしている雨音の前に急いで立ちふさがる明閻。
「お前、まさか!」
「ああ、そうだ。私は頭領を辞退し、兄の明閻に継がせたいのだ!」
長々と文句を言おうとした明閻だったが、崖上からの騎刃の声で遮られてしまった。
「おぉーい!若様ぁー!明閻様ぁー!ご無事でー!?」
騎刃の声に、宗玄も谷底から答える。
「ああ!無事だ!三人とも怪我はない!」
「わかりやしたー!悟助を向かわせるんで、乗ってこっちまで上がってきてくださぁーい!」
そう言うと同時に、すぐに烏姿の悟助が飛んできた。
いつの間にか霧は薄くなり、頭上には朧月が。
崖上へ戻ると、真っ先に雨音に駆け寄ったのは舞鶴だった。
舞鶴は雨音に抱きつき、そしてさらに強く抱擁する。
「雨音…!雨音!ごめんね…!馬鹿な姉で……本当にごめんね……!」
雨音も強く抱きしめ返す。
「ううん…。私、舞鶴お姉さまが生きていたらいいの。いなくなるのが、一番嫌なの。舞鶴お姉さまは、私の憧れの女性なんですから。」
「雨音…。」
感動を分かち合っている二人の間に、
「バカ!!」
と、とんでもなく大きなキンキンとした末っ子の声が響き渡る。
「る…瑠璃姫!」
「あたくしだって探してたんだから!言ったでしょう!?どんなときも、三人一緒じゃなきゃダメだって!うわあああん!」
瑠璃姫の幼子のような泣き声につられて、姉たちもわんわんと泣き出した。
三姉妹はいつまでもいつまでも、互いを抱きしめ合っていた。
