数歩先がもう見えない。霧は濃くなっていくばかりだ。
雨音と明閻は手を繋ぎながら、ゆっくりと林の中を進んでいく。
「妖術が使えなくて悪かったな。」
「え?妖術が使えない…?でも、小屋作りをしていた時には確か炎を…」
「それはおそらく私のフリをしていた宗玄だろう。あることがきっかけで、上手く妖術が使えなくなってしまったんだ。」
「あること…?」
前を見ていた明閻は立ち止まり、雨音の方へと振り返る。
「昔、少女に私の体の一部を渡したことがある。それ以来、上手く制御できないのだ。」
「それってもしかして、その子を助けるために……?」
「ああ、崖から落ちて瀕死になっていた少女を、助けるために。」
その言葉を聞いた瞬間、雨音の微かな記憶が脳裏を過った。
スッとした立ち姿に、月光から少しだけ零れる白髪のような髪の毛が思い浮かぶ。
あれは……。
「…つまらない話をしたな。」
「い、いいえ……。」
再び、舞鶴を探し始める。
「舞鶴お姉さまーっ!いたら返事をしてくださーい!」
何回叫んでも、返ってくるのは静けさのみ。
「ここではないのかもしれんな。」
引き返して別の場所を探すか迷った、その時。
雨音の耳に、かすかに女の人の叫び声が聞こえた。
まさか!
雨音は明閻の手を離し、声のした方へと走り出した。
「雨音!?」
手を伸ばすも、彼女は霧の中へと走り去ってしまった。
「あいつ…!」
走る足音を頼りに、明閻も雨音を追いかける。
霧で白く覆われる視界のなか、無我夢中だった。
舞鶴お姉さま!
しばらく走っていると、ガクンと体が前へと傾き、足を踏み外しそうになった。
急いで前に出した足を引っ込めておそるおそる足元を確認すると、なんと目の前は崖。
「この崖は…!」
あの夜、私が落ちそうになった崖だ。
「あ、雨音…?」
下の方から、弱々しい声が聞こえた。
「舞鶴お姉さま!?お姉さまですか!?」
「来るんじゃ、ないよ。危険だ……。」
「お姉さま!?」
腹ばいになって崖の下を覗くと、崖の途中で生えている枝に掴まって落ちまいと必死に耐えている舞鶴の姿が。
「お……お姉さま!」
手が届きそうだ。
雨音はできるだけ前のめりになり、舞鶴に向かって手を伸ばした。
「舞鶴お姉さま、掴まってください!」
しかし、舞鶴の手は動かない。
「いい、あんたの手なんか借りるくらいなら、いい。」
また、姉の強い眼差しで拒絶された。
怖い、怖い。
こんなに死の淵にいても、私は無力だというのか。
その時、バキッという音を立てて、舞鶴が掴んでいた枝が根から折れた。
「お姉さま!」
舞鶴は咄嗟に岩の窪みに手を掛ける。しかし、強く打つ雨粒が舞鶴を谷底へと誘う。彼女の手は今にも滑り落ちそうになっている。
雨音はさらに落ちるギリギリまで前にのり出し、必死に舞鶴の腕を掴もうとするが、なかなか届かない。
「アタシはあんたに最低なことを言ったんだ。それに…あの言葉は嘘じゃない。だからもう行きな。」
そんな弱々しい姉の言葉を聞いて、雨音の中で、ぷつんとなにかが切れた。
「うるさい!つべこべ言わずに掴まりなさいよ!」
初めてこんなに大声を上げた。力が入りすぎて、声が裏返ってしまった。
「雨音……。」
舞鶴が差し出された手を掴もうとした、次の瞬間。
「あっ!」
舞鶴の指が雨で滑ってしまい、崖から離れる。
「危ない姉さま!」
雨音は腰までのり出し、間一髪で舞鶴の右手を掴んだ。しかし、大人ひとりを持ち上げる腕力はなく、崖上に上げることが出来ない。
「雨音…ありがとう。もういいよ。あんたまで落ちたら…アタシは死んでも死にきれないよ…!」
そう雨音に訴えかける舞鶴の声色は震えている。
「ダメ…ダメです…!絶対離さない!舞鶴お姉さまを独りになんて絶対しません!」
「雨音……。」
そうか。アタシは寂しかったんだ。
もちろん、宗玄の目が雨音に向けられていたことに嫉妬はあった。
女として負けた気がして、悔しかった。
でも、でもね。
同時に、雨音が宗玄と、アタシを置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかって不安だった。
雨音に、アタシ以上に大切な人ができるのが怖かった。
雨音の両手は、雨で滑ってしまい上手く力めない。
雨音の身体も、濡れた衣服が地面にへばりついて動かせない。
どうしよう、もう、限界だ……!
「雨音!舞鶴!」
後ろから、聞きなれた男の声がした。
その瞬間、雨音の身体はものすごい勢いで引っ張られ、雨音、舞鶴共々無事に崖上へと引き上げられた。
「明閻さま…!それに、宗玄さまも。」
助けに来てくれた。雨音はその感動で、思わず目頭が熱くなる。
しかし…。
「馬鹿者が!死にたいのかお前は!」
最初に雨音に降りかかってきたのは、明閻の怒号だった。
「まあまあ兄者。二人とも無事だったんだ、良しとしよう。」
「甘いな宗玄。こいつはもう一発叩かないとわからないらしい。」
「よせ!女子に手を出すものではない!」
「……。」
「それより、はやく帰って着替えないと病気になってしまうぞ。私を先頭にしてくれ兄者。妖眼で先を見ながら道案内しよう。」
「わかった。ほら、立て二人とも。」
「は、はい……。」
へとへとで、全身に力が入らない。でも、行かなければ。
明閻に言われてふらりと立ち上がった拍子に、雨音は足を滑らせ、後ろに倒れてしまった。
「あっ!!」
雨音の頭が、谷底に向かって真っすぐ落ちていく。
「雨音!」
雨音と明閻は手を繋ぎながら、ゆっくりと林の中を進んでいく。
「妖術が使えなくて悪かったな。」
「え?妖術が使えない…?でも、小屋作りをしていた時には確か炎を…」
「それはおそらく私のフリをしていた宗玄だろう。あることがきっかけで、上手く妖術が使えなくなってしまったんだ。」
「あること…?」
前を見ていた明閻は立ち止まり、雨音の方へと振り返る。
「昔、少女に私の体の一部を渡したことがある。それ以来、上手く制御できないのだ。」
「それってもしかして、その子を助けるために……?」
「ああ、崖から落ちて瀕死になっていた少女を、助けるために。」
その言葉を聞いた瞬間、雨音の微かな記憶が脳裏を過った。
スッとした立ち姿に、月光から少しだけ零れる白髪のような髪の毛が思い浮かぶ。
あれは……。
「…つまらない話をしたな。」
「い、いいえ……。」
再び、舞鶴を探し始める。
「舞鶴お姉さまーっ!いたら返事をしてくださーい!」
何回叫んでも、返ってくるのは静けさのみ。
「ここではないのかもしれんな。」
引き返して別の場所を探すか迷った、その時。
雨音の耳に、かすかに女の人の叫び声が聞こえた。
まさか!
雨音は明閻の手を離し、声のした方へと走り出した。
「雨音!?」
手を伸ばすも、彼女は霧の中へと走り去ってしまった。
「あいつ…!」
走る足音を頼りに、明閻も雨音を追いかける。
霧で白く覆われる視界のなか、無我夢中だった。
舞鶴お姉さま!
しばらく走っていると、ガクンと体が前へと傾き、足を踏み外しそうになった。
急いで前に出した足を引っ込めておそるおそる足元を確認すると、なんと目の前は崖。
「この崖は…!」
あの夜、私が落ちそうになった崖だ。
「あ、雨音…?」
下の方から、弱々しい声が聞こえた。
「舞鶴お姉さま!?お姉さまですか!?」
「来るんじゃ、ないよ。危険だ……。」
「お姉さま!?」
腹ばいになって崖の下を覗くと、崖の途中で生えている枝に掴まって落ちまいと必死に耐えている舞鶴の姿が。
「お……お姉さま!」
手が届きそうだ。
雨音はできるだけ前のめりになり、舞鶴に向かって手を伸ばした。
「舞鶴お姉さま、掴まってください!」
しかし、舞鶴の手は動かない。
「いい、あんたの手なんか借りるくらいなら、いい。」
また、姉の強い眼差しで拒絶された。
怖い、怖い。
こんなに死の淵にいても、私は無力だというのか。
その時、バキッという音を立てて、舞鶴が掴んでいた枝が根から折れた。
「お姉さま!」
舞鶴は咄嗟に岩の窪みに手を掛ける。しかし、強く打つ雨粒が舞鶴を谷底へと誘う。彼女の手は今にも滑り落ちそうになっている。
雨音はさらに落ちるギリギリまで前にのり出し、必死に舞鶴の腕を掴もうとするが、なかなか届かない。
「アタシはあんたに最低なことを言ったんだ。それに…あの言葉は嘘じゃない。だからもう行きな。」
そんな弱々しい姉の言葉を聞いて、雨音の中で、ぷつんとなにかが切れた。
「うるさい!つべこべ言わずに掴まりなさいよ!」
初めてこんなに大声を上げた。力が入りすぎて、声が裏返ってしまった。
「雨音……。」
舞鶴が差し出された手を掴もうとした、次の瞬間。
「あっ!」
舞鶴の指が雨で滑ってしまい、崖から離れる。
「危ない姉さま!」
雨音は腰までのり出し、間一髪で舞鶴の右手を掴んだ。しかし、大人ひとりを持ち上げる腕力はなく、崖上に上げることが出来ない。
「雨音…ありがとう。もういいよ。あんたまで落ちたら…アタシは死んでも死にきれないよ…!」
そう雨音に訴えかける舞鶴の声色は震えている。
「ダメ…ダメです…!絶対離さない!舞鶴お姉さまを独りになんて絶対しません!」
「雨音……。」
そうか。アタシは寂しかったんだ。
もちろん、宗玄の目が雨音に向けられていたことに嫉妬はあった。
女として負けた気がして、悔しかった。
でも、でもね。
同時に、雨音が宗玄と、アタシを置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかって不安だった。
雨音に、アタシ以上に大切な人ができるのが怖かった。
雨音の両手は、雨で滑ってしまい上手く力めない。
雨音の身体も、濡れた衣服が地面にへばりついて動かせない。
どうしよう、もう、限界だ……!
「雨音!舞鶴!」
後ろから、聞きなれた男の声がした。
その瞬間、雨音の身体はものすごい勢いで引っ張られ、雨音、舞鶴共々無事に崖上へと引き上げられた。
「明閻さま…!それに、宗玄さまも。」
助けに来てくれた。雨音はその感動で、思わず目頭が熱くなる。
しかし…。
「馬鹿者が!死にたいのかお前は!」
最初に雨音に降りかかってきたのは、明閻の怒号だった。
「まあまあ兄者。二人とも無事だったんだ、良しとしよう。」
「甘いな宗玄。こいつはもう一発叩かないとわからないらしい。」
「よせ!女子に手を出すものではない!」
「……。」
「それより、はやく帰って着替えないと病気になってしまうぞ。私を先頭にしてくれ兄者。妖眼で先を見ながら道案内しよう。」
「わかった。ほら、立て二人とも。」
「は、はい……。」
へとへとで、全身に力が入らない。でも、行かなければ。
明閻に言われてふらりと立ち上がった拍子に、雨音は足を滑らせ、後ろに倒れてしまった。
「あっ!!」
雨音の頭が、谷底に向かって真っすぐ落ちていく。
「雨音!」
