花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 朝、襖の向こうから声を掛けられる。

 「雨音(あまね)姉さま、いらっしゃいまして?」
 「ええ。」
 「入っても?」
 「どうぞ。」

 バツの悪そうな顔で瑠璃姫(るりひめ)が雨音の部屋に入ってきた。

 「雨音姉さま…あの…」

 瑠璃姫が言葉に詰まりながら雨音に差し出したのは、金魚の飴細工だった。

 「これ、飴なんですって。とても綺麗だったから、雨音姉さまに、って。」

 いつまでも可愛い妹。それがこの子の憎めない部分でもある。
 でも、私は私で昨日の仕打ちをまだ忘れられない。

 「それより、私になにか言うことがあるんじゃないの?瑠璃姫。」
 「えっと…そ、それは……。」
 「いらないわ。舞鶴(まいつる)お姉さまにでも差し上げたら?」

 初めて聞く、雨音の冷たく強い言い方に、持っていた飴細工を思わず落としそうになる。
 瑠璃姫が動けずにいると、開きっぱなしの襖から、舞鶴が様子を見に現れた。

 「受け取ってあげたらどうだい雨音。」
 「舞鶴お姉さま…。」


 舞鶴お姉さまはきっと昨日のことは知らないんだわ。
 だからといって、改めて説明したり、この場で瑠璃姫を責め立てるつもりもない。


 しかし、次の瞬間、衝撃的な言葉が雨音の耳を突き抜ける。

 「許しておやり。ちょっとした悪戯(いたずら)だったんだろう?」

 ずっと据えた目をしていた雨音の淀んだ瞳は、大きく一回瞬きをした。

 「え……?」

 思わぬ長女の言葉に瑠璃姫も驚いて舞鶴の方を見る。

 「吉原ではこんなこと日常の範囲さ。甘いよ、雨音。」

 舞鶴の眼光は、まるで獲物を睨みつける蛇のようだった。



 舞鶴は手持無沙汰に屋敷内をウロウロしていた。

 雨音は昨日、宗玄(そうげん)に誘われてたってのに、アタシは一回も二人きりで会ってない。
 皆で天地里(あめつちさと)に行ったきり、一度も……。
 昨日、アタシは瑠璃姫が雨音の部屋の前で立て板を置いているところを見た。
 アタシは見て見ぬふりをして外へ出た。
 本当だったら、止めるべきだったのかもしれない。
 でもさ、瑠璃姫だって、それだけ本気ってことだろう?
 雨音にばかり肩入れするのも可哀想じゃないか。
 アタシはきっと、悪くない。

 「舞鶴!」

 背後から軽快な声で名前を呼ばれた。振り向かずとも、もう声の主はわかっている。

 「宗玄!」
 「ちょうどよかった。呼びに行こうと思っていたところなんだ。」

 曇りのない眼差しで真っ直ぐにこちらを見てくれる。そんな宗玄の表情がたまらなく愛おしい。

 「なんだい?この舞鶴太夫さまを呼び止めるなら高くつくよ。」

 なんて、冗談めいたことしか返せない自分がもどかしい。

 「ここはひとつ、頭を下げてお願いしよう、舞鶴太夫。」
 「冗談だよ。あんたの頼みなら大抵のことは聞いてやるさ。」
 「恩に着るよ舞鶴。実は…」

 そうして宗玄に連れられたのは、頭領の書斎である御世(みよ)の間だった。御世の間には、官僚らが正座で並んでおり、宗玄が座るであろう場所の近くには明閻(めいえん)が座っている。

 「そ、宗玄、これは?」
 「評定(ひょうじょう)会議だ。今後のあやかしと人の世の(まつりごと)を話し合う場なんだ。ぜひ舞鶴の意見も聞きたくてな。」
 「ア、アタシの?」
 「私と話していた時のように、思ったことをそのまま発言してほしい。そなたの意見はとても参考になる。」
 「若様、そのような独断はおやめください。」
 「固いことを言うな明閻。まずはこの場に一石を投じようではないか。」


 これは果たして有利な流れなのだろうか?
 でも、あのまま雨音に宗玄を渡したくない…。
 ここで有能なアタシを見てもらえれば、きっと宗玄は考え直してくれるに違いない……。
 アタシは舞鶴太夫。
 吉原一の店の看板を背負ってきた女だよ、やるんだ。


 「あのさ、ひとついいかい?」
 「どうした?」
 「今後のあやかしと人の世の(まつりごと)って言ってるのに、なんで"あやかしさま"しかいないのさ。人間のお役所さまは?アタシじゃなくて、そっちを呼ぶのが先だろう?」

 舞鶴の問いに、宗玄は不思議そうな顔をして、

 「幕府の連中には評定会議で決まった事柄を文で達している。だから呼ぶ必要はないのだ。」

 なんて当たり前のように言うものだから、舞鶴も呆れてしまった。

 「あんたね!それのどこが人とあやかしの平等社会になるって!?ふざけるんじゃないよ!」

 勢いあまって頭領を叱咤してしまった。しかし、意外にも当の本人は拍手をして喜んでいる。

 「さすが舞鶴。見たか?これが日本一の太夫よ。」
 「あのねぇ……。」

 そうして、舞鶴という人間を交えた長い評定会議は終わった。

 宗玄が気前よく持ち上げるものだから、ついつい己の意見を話しすぎてしまった気がする。
 それに、今日の宗玄の様子を見て感じたが、果たしてあの純粋さが頭領に向く度量なのだろうか?宗玄の意見に正論をぶつけて場を操っている明閻の方が向いていそうだけど。
 ……今日のアタシの振る舞いは、悪くなかったどころか上々だった。
 あやかしの頭領の花嫁になる者が、このような秀でた面を有しているのは加点になるはずだ。
 こんなこと、雨音には絶対にできないだろう。
 はやく、気付いて、宗玄。


 舞鶴は、ふつふつと湧いてくる己の感情を抑え込むのに必死だった。
 考え込んでいる舞鶴の横を素通りし、どこかへ向かう宗玄の姿が、舞鶴の目に入った。

 「宗玄、どこか行くのかい?」
 「ああ、ちょっと雨音のところに。」

 また雨音?

 「どうして?伝言ならアタシが伝えておこうか?」
 「いや、侍女から雨音が私を呼んでいると聞いたからな。部屋にいるそうだから行ってくる。」

 雨音が、宗玄を?
 まさか……昨日の返事じゃあ……

 「アタシも自分の部屋に戻るんだ、そこまで一緒に行くよ。」

 そして宗玄は雨音の部屋に、舞鶴はその隣の自分の部屋へ戻るフリをした。
 雨音の部屋の襖が閉ざされ、ボソボソと話し声が聞こえ始めたのを確認した舞鶴は、雨音の部屋の襖に耳を立て、二人の会話に神経を研ぎ澄ました。

 「それはまことか!?」
 「はい。これ以上はもう、私のいる意味がありません。」
 「そんなことはない。私はそなたを妻に迎え入れたいと思っている。」
 「私よりも、優秀な舞鶴お姉さまを選んだ方がよろしいかと…。」
 「そなたは優しすぎる。なぜそこまで姉や妹を想い、己を犠牲にするのだ。」
 「……では、なぜ宗玄さまは私たち三姉妹だけを候補に残したのですか。」
 「昨夜も申した通りだが、私は雨音を一目見たときから惹かれていた。だから、そなたが寂しくないように、三姉妹全員を花嫁候補として残し、姉妹一緒に暮らせるように配慮したのだ。」
 「やはり、そういうことでしたか……。」

 舞鶴は力が抜けた足に躓き、その場で尻餅をついてしまった。

 襖の外からドスンとなにかが落ちる音がしたので開けてみると、青い顔で転げた舞鶴がいた。

 「舞鶴お姉さま……!?」

 尻餅をついた自分を、しなやかな立ち姿の妹が見下ろしている。
 こんなに恥ずかしくて屈辱的なことがあろうか。

 舞鶴はなにも言わずにその場から走り去った。

 「舞鶴お姉さま!?」