花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 天地里(あめつちさと)の大通りには、見たことのない珍しい品物が占めていた。
 ずらりと横並びに続いている店の前には、鉱石や食物、布生地や(かんざし)といった小物など、多種多様なもので彩られている。

 「なんだか市みたいですわね。見たことのないものが多いわ。」
 「あやかしと人間間(にんげんかん)の問屋のようなものだな。あやかし界にしかない代物をここで仕入れて江戸の町はもちろん、西は京や大阪にまで渡り売り歩いているようだ。」

 初めて見る光景に、三姉妹ともキョロキョロしながらゆっくり歩いていく。

 「あら?」

 瑠璃姫の足元に、コロコロと毬が転がってきた。
 すると、向かいから

 「転がっちゃったー!」

 と、毬を追いかけて走ってくる少年が。
 瑠璃姫は毬を手に取り、少年に渡した。

 「ありがとうお姉さん!」

 少年は、足で毬を蹴りながら、片手でけん玉をしながら去っていった。
 少年が持っていたけん玉に妙な違和感を覚えた瑠璃姫。よく見ると、けん玉の糸がない。

 「ねぇ、なにあのけん玉。糸がないじゃない。普通に遊んでるけど、どういうことですの?」

 瑠璃姫の問いで、改めて少年の小さい後ろ姿をちらりと見る宗玄。

 「ああ、あれは練習用のけん玉だ。」
 「練習用?なんの?」
 「妖術の練習だ。あれは元々糸のないけん玉で、糸は妖術で作り出している。で、妖術の糸を操作してけん玉遊びをするのが、妖術の鍛錬になっているのだ。」
 「へぇ~。そんなものがあるのね。面白いわ。」

 しばらく歩いていると、簪や櫛など、女性用の小物が売っている問屋が並んでいる場所に来た。

 「見て見て姉さまたち!簪までありますわよ!これとか珍しい~!翡翠のような色。でもこの透け方は一体なんなのかしら。」
 「あれ、アタシこれ見たことある…。確か客から貰ったような気がするよ。店を出るときに置いてきたから、今は持ってないけどねぇ。」
 「それも元の材料はあやかし界にしかない石を施工して作っているものだ。ここではわりと高値で取引されているようだな。」
 「宗玄、お前さんの話を聞いていると、随分とあやかし界の物は高値で売れているそうじゃないか。アタシたち人間界からの仕入れ物で高値の物はないのかい?」
 「基本ないな。経済面でも、どうしても我々あやかしたちが優位に立つような仕組みになっている。」
 「やれやれ、それを改革していこうだなんて、結構骨が折れるんじゃない?」
 「そうだな。私もそこは色々施策を練っているのだが……。」
 「アタシだったら…。そうだなぁ。あんたらが独り占めしている材料を人間界にもばら撒くかな。」
 「ばら撒く?」
 「小屋作りで作った線積石(せんせきいし)もそうだけど、ここでしか採れないものが多いから値が張るんだろう?アタシだったらその市場価値を崩壊させるね!だってズルいじゃない。」
 「私もそれは考えているのだが、どうも頭の固い老官たちが首を縦に振らなくて困る。」
 「だから言ったろう?ひとりひとりの意識を変えろ、って。こういうことにも繋がるのさ。」
 「まぁ。舞鶴姉さまったら説教臭いわ。この状況、言わば逢瀬のようなものではなくて?太夫にしては色気がなさすぎますわよ、その話題。」
 「うるさいよ瑠璃姫!」
 「なるほど。やはり舞鶴、そなたの見解には気付かされることが多い…あ。」

 宗玄は、簪の陳列の中から、蒼玉(そうぎょく)色の透き通った青い簪を手に取った。その簪の先には、桜の花弁がかたどられていて、なんとも愛らしい。
 宗玄は商人に銭を渡すと、そのまま雨音の黒い髪に刺した。無造作にひとつに束ねられた頭に、青い桜が咲いている。

 「えっ…。宗玄さま?」
 「そなたに似合うと思ってな。思った通りだ。」
 「そんな…。長年着古した割烹着に似つかわしくありません……。」

 雨音は刺された簪を外そうと、左手を上げた。

 「雨音、私も二度も断られるのは寂しい。どうか受け取ってはくれまいか?」
 「そんな、め……。」
 「め?」


 明閻さまと同じ顔で、どうかそのような顔で懇願しないでください。
 私は……。


 舞鶴も瑠璃姫も、二人の間に割って入ることが出来なかった。
 雨音はそんな二人の様子を、脇目で感じてズシンと心が重くなる。
 雨音はそのままそっと簪を髪から外し、宗玄の手に返した。

 「私より、舞鶴お姉さまの方が似合うと思います。あの、私、少しあちらを見てますので。」

 そう言って雨音は、向かいの問屋を見に行ってしまった。
 行き場を失くした簪は、宗玄の手により舞鶴へと渡された。

 「きっとそなたの美しい髷姿にも似合うであろうな。」

 宗玄は向かいで野菜を見ている雨音の方へと歩いていった。

 「…こんなの、アタシには可愛らしすぎるだろうに。」






 夜、瑠璃姫は舞鶴の部屋に酒を持ち込み、足をおおっぴろげに広げて不貞腐れたような態度で一杯、また一杯と小さな口に酒を注ぎこんだ。

 「なぁ~~~によあれ!あの頭領、完全に雨音姉さまにお熱な感じじゃない!あたくしたちも残したんなら!ちょっとは!こっちを!見ろってのよ!」
 「瑠璃姫、飲みすぎだよ。」
 「あーら随分と余裕じゃない舞鶴姉さま。まぁ、舞鶴姉さまはまだ勝算がありそうだからいいのかもしれないけど!」
 「そんなんじゃないよ…。」
 「花嫁候補で残ったけど、ここからどうやって一人に絞るのかしらね、あの若様。」
 「さあねぇ。アタシたちに出来ることは限られてるのかもしれないね。」
 「舞鶴姉さま?そんな心持ちでいいと思ってるんですの?あたくしは……なんとしてもあの地位に並べる肩書が欲しい。そのためならあたくし、きっとなんでもやるわ。」

 舞鶴は、瑠璃姫から渡されたお猪口に浮かぶ酒の揺らめきを眺めて物思いに(ふけ)る。


 アタシも、瑠璃姫のように割り切れたらどんなにいいだろう。
 アタシは姉として、女として…。


 「あら、なくなっちゃった!」
 「え?」
 「お酒よ、お酒!その辺の侍女に言ってもう一本出してもらうわ。」
 「飲み過ぎだって!」
 「なに言ってるのよ。楽しくやりましょうよ、姉さま!」

 瑠璃姫はほろ酔いの上機嫌な様子で舞鶴の部屋を出ていった。


 そうだよ、アタシにはこんなにも可愛い妹たちがいるじゃないか。
 瑠璃姫も、雨音だって。吉原に売られてつらい時期も、ずっとずっと励まし合って生きてきた。その絆に替えられるものなどなにひとつないはずだ。
 だからアタシは、妹たちの幸せを願わなきゃいけない。


 ふと、昼間の優しい声を思い出す。


 「やはり舞鶴、そなたの見解には気付かされることが多い。」


 お猪口を持つ右手で、思わずそれを握りつぶしそうになる。我に返り、そのままグイっと一杯飲み干した。

 「なんで……。」





 もう一本の酒瓶を手に入れて、更に上機嫌な瑠璃姫。舞鶴の部屋に戻ろうと、屋敷の縁側をスタスタ歩いていると、縁側の向こうの中庭に、雨音の後ろ姿が見えた。

 (雨音姉さま?こんなところでなにしてるのかしら。)

 声を掛けようと口を開けたが、雨音の傍に誰かが駆け寄って来た。

 (あれは…明閻?それとも宗玄かしら。)

 瑠璃姫は目を凝らして男の着物を観察する。勝色(かついろ)の地の色に映える金糸雀色(かなりあいろ)の派手やかな刺繍の着物から、きっと頭領の宗玄だろうと推測した。
 傍にある太い木の柱に隠れて、二人の会話を盗み聞きしようと耳を澄ませる。

 「だから、来てほしいのだ。」
 「わかりました…。それと、私の簪よりも先に、舞鶴お姉さまと瑠璃姫のお着物を見て下さると嬉しいです…。二人とも、あの小屋作りで随分と汚れてしまって。洗濯はしているんですけど、落ちない汚れもあって…。」
 「もちろん。そなたたちの野外での生活はずっと前から知っていた。だが、あのような事情ですぐに助けることができずに申し訳なかったと思っている。」
 「そんなこと…。小屋作りを手伝ってくださったのは、きっと宗玄さまですよね…?」
 「ああ、そなたたちとも接して見たくて、兄のふりをして通っていた。おっと、そろそろ戻らねば明閻に煩く言われるな。では、明日の正午に御世の間へ来てくれ。待っている。」

 二人の会話から、逢瀬の約束に違いないと感じる瑠璃姫。

 聞いたのがあたくしでよかったわ。
 だって、舞鶴姉さまだったらなにもしないもの、こんな絶好の機会、ね。