花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 雨音(あまね)の丁寧な返答に、目を丸くして立ち尽くすしかない宗玄(そうげん)
 その様子に、周りのあやかしがざわつき始める。

 「頭領の贈り物を受け取らぬとは…。」
 「人間の癖に何様だ。」

 そんな声が、段々と大きくなっていく。

 「雨音姉さま!今からでも受け取りなさいよ!このままだとあたくしたちマズいですわよ!」

 しかし、雨音は頭を下げたまま動かない。

 いよいよヤジも飛ぶかと思ったその時、

 「静粛に!」

 明閻(めいえん)が舞台の前に出て、号令をかけた。
 ざわついていたあやかしたちの声がピタッと止まる。

 「就任式の、しかも次期頭領挨拶の最中に非常識ではありませんか、若様。」
 「それもそうか。すまなかったな、雨音。面を上げよ。」

 宗玄は着物を持ったまま、舞台へと戻っていった。
 雨音は、しばらく顔を上げることができなかった。隣にいる舞鶴の表情や、瑠璃姫の冷めた眼差しを受け止める勇気は、ない。



 就任式は無事に終わり、晴れて今日、あやかし社会の世代交代がなされた。
 雨音たち三姉妹は、侍女により屋敷のある一角に案内された。

 「こちらがあなた方の寝室でございます。おひとりずつ部屋がありますので。」

 ひとりひとりに割り当てられた広い部屋。
 この部屋に入ったら、いままでのような関係には戻れないような。三人は、部屋に入るのを躊躇い、立ち止まる。

 「……あたくしは戦うわ。遠慮はしませんわよ。」

 瑠璃姫はまっすぐに姉たちを見据えてそう言い切った後、部屋へは戻らずにどこかへ行ってしまった。
 舞鶴も目の前にある襖に手を掛け、

 「頭領からの贈り物、なぜ受け取らなかったんだい?花嫁になる気がないなら、あの令嬢たちと一緒に出て行った方がいい。」

 自分の指先に力が入るのを見つめながら、隣にいる雨音に投げかけた。

 「…わかりません。自分でも、気付いたら頭を下げていたんです。」
 「そうかい。なら…」
 「でも、私はわからないことを知りたい、です。もちろん、舞鶴お姉さまや瑠璃姫に適うとも思っていませんが…」
 「ああそう。アタシには敵わないと思ってんなら、あんたはアタシの敵じゃないよ。」

 舞鶴は襖をあけて、自分の部屋へと入っていってしまった。

 瑠璃姫も、舞鶴お姉さまも、本気だ。
 私は、こんなにも心の底から沸き上がる、自分の欲している物がなんなのかを知りたい。
 吉原で初めて会った時、私の傷を見た時。あれはきっと、明閻さまのはず。
 では、池のほとりで会っていた人は?
 崖から落ちそうになった時、助けてくれた人は?

 「明閻さま…。」




 一方、御世の間では官僚たちがやいのやいのと新頭領・宗玄に詰め寄っていた。

 「あの奇行はなんだというのです、若様…いえ、頭領!」
 「なぜあの場で人間に最上級の着物を贈ろうとするなど!」
 「それよりも脱落者に納得がいきませぬ!由緒正しい人間の候補者がいなくなってしまった…。献上者の大名たちになんと顔向けすればよいか!」
 「ただでさえ人間が正妻になる、という暴挙に不満の声を上げるあやかしは多いのですぞ、頭領!」

 宗玄は机に頬杖を突き、うるさいなぁと言わんばかりに目を閉じたまま老体の震えている抗議の声を聞いている。

 「その話は兄の明閻が正妻をあやかしの中から選び、その子供を次期頭領として育て、継承すればいいという案で決着がついたではないか。」
 「それはそうですが…。やはり古からの風習の通り、正妻はあやかし、側室は人間という決まりが一番いいと思っているあやかしは多いのでありまするぞ、頭領。」
 「うるさい。私の心は大方決まっているのだ。私は雨音、あの子を正妻として迎えたい。」

 宗玄の言葉に、官僚たちはさらにざわつき始めた。

 「お待ちください頭領!あの雨音という人間の娘…噂で聞いたが、かなり醜い傷跡が腕にあるそうじゃないですか。醜い傷物女を正妻にするなど、民の総意に反することばかり…」

 初老の官僚が文句を言い終わる前に、バン!と大きい物音が部屋中に響いた。
 あれだけ騒いでいた官僚らが一瞬で静まり返る。
 宗玄も突然の物音に驚き、目を開ける。音を出したのは、兄の明閻だった。

 「め、明閻殿…いかがしましたか。」

 官僚のひとりがおそるおそる尋ねる。

 明閻は先程思いっきり机に叩きつけた本を再び手に取り、

 「今の発言を撤回しろ。不愉快だ。」

 と、初老の官僚を睨みつけた。

 「は、はい……?」
 「撤回しろと言っている。」
 「あの傷物の女のことでございましょうか?あれは事実で…。」
 「二度どころか三度目も言わせる気か。」
 「い…いえ、いいえ。」

 明閻は官僚の返事だけ聞くと、御世の間の扉を力の限り勢いよく閉めて出て行った。

 乱暴な足取りで廊下を歩いている明閻。怒りの気持ちがおさまらない。

 あの老いぼれが。お前にあの傷のなにがわかるというのだ。
 それに宗玄も宗玄だ。
 あんな大勢集まる公的な場で雨音に着物を渡すなど、なにを考えている!

 「きゃっ!」

 小さな悲鳴と同時に、思いっきり誰かが正面からぶつかってきた。
 明閻はようやく我に返り状況を確認する。

 「雨音…。」

 明閻のすぐ目の前に、雨音がいた。

 「明閻さま…?あ、いえ、宗玄さまでしょうか?」
 「……明閻だ。」
 「えっ。あ、すみません!」
 「お前はいつも前を見ていないな。どこを見て歩いているのだ。」
 「す…すみません……。」
 「いや、今回ばかりは私も同じか…。」

 雨音の瞳に映る明閻は、珍しくいつもの凛とした厳格な雰囲気はなく、どちらかというと少し元気のないような表情だった。

 なにか……なにか少しでも曇りのないお顔にできたら。

 「明閻さま、カエル!」

 雨音は咄嗟に両指でカエルを作って明閻の顔の前にばあっと差し出した。
 明閻の、重くのしかかっているような瞼が一瞬で見開く。

 「カエル…?カエルだと?」
 「ええ、カエルの顔です。薬指と中指が目玉で、人差し指と親指が口なんです。こんな感じで、ゲロゲロ~って。」
 「なんだその入り組んだ指は。どうなっている!?」

 思った以上に食いついてくる明閻に鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まってしまう雨音。
 ポカンとしている雨音を見て、明閻はようやくカエルに前のめりぎみの己に気付く。

 「すまない、忘れてくれ。」
 「え……。い、嫌です……。」
 「嫌、だと?」
 「だって、カエルに夢中な明閻さまなんて…。ふふ、なんだか可愛らしかったので…。」

 ひとたび笑い出すと、止まらなくなってしまった。
 先程まで頭に血が上っていた明閻も、雨音の笑顔に思わず顔が緩んでしまう。

 嫌なことがあっても、こんなことですぐに怒りの熱は冷めてしまう。
 このなんとも言えない小さな幸福感は、目の前の雨音とでないと成り立たない。


 ……こんな感情、抱いてはいけない。
 だって、この女は宗玄が欲しいものだから。


 「そのカエル、弟の宗玄の方が反応がいいだろう。失礼する。」

 明閻は再び能面のような冷たい表情に切り替わり、この場をあとにした。

 「明閻さま…?」






 翌朝、侍女により集められた三姉妹は、牛車に乗って屋敷の外へと繰り出した。
 半月ぶりに屋敷の敷地外へと飛び出し、深い山を下りていく。

 「ここ、最初に悟助(ごすけ)に連れられてきた山だねぇ。」
 「ちょ、ちょ、ちょっと!それよりもこの牛車揺れすぎじゃないかしら!?体の中身が飛び出そう!」
 「籠を引っ張る牛も、アタシらのところの牛とは様子が違ったしねぇ。あれもあやかしなんじゃないかい?」
 「だからなによ!どうしてお姉さま二人とも平気そうな顔してるのよぉ!」

 山を下りると、少し栄えた人里へと出た。
 牛車が止まり、三人は牛車から降ろされる。

 「よく来たな。」

 降りた先に待っていたのは、頭領の宗玄だった。

 「今日はお前たちにこの天地里(あめつちさと)のことを知って欲しい。…って、おい、大丈夫か瑠璃姫。」
 「話しかけないで…気持ち悪いのよ……。」
 「全く瑠璃姫のやつ…。アタシらはなんともないさ。頭領様も忙しい身でございましょう?アタシたちは先に参りましょう。」
 「まあそう急がなくてもよい。それに、私が頭領だと明かされた矢先に話し方を変える必要はない、舞鶴。私はそなたたちのありのままが見たいのだ。そうだ瑠璃姫、酔いに効く漢方茶を持って来よう、待っていてくれ。」
 「じゃあアタシも行くよ。」

 舞鶴は宗玄と共に漢方茶を貰いに人波に消えていった。

 「くそ…舞鶴姉さまに先を越されたわ。ああ、でもこれは無理…。」

 宗玄の姿が見えなくなった途端、その場にしゃがみ込み苦しそうに唸る瑠璃姫。雨音もしゃがみ、瑠璃姫の背中をさすり続ける。

 「大丈夫?瑠璃姫。」
 「う……。ありがとう雨音姉さま…。吐いたらごめんなさい……。」
 「気にしないで。私が片付けるし、この手ぬぐい、使っていいから。」

 一方、舞鶴と宗玄。
 二人は道中、賑わう里道を見ては色々なことを話す。

 「なるほど、ここがその里だって言うんだね。アタシたちのところで言う関所のようなものか…?」
 「ここに構えられている多くは貿易として機能してる商いばかりだ。あやかし界から人間界へ渡る物もあれば、逆もまた然り。」
 「へぇ~。面白いねぇ。見ていて勉強になるよ。アタシって、耳年魔なだけだったんだ。吉原の外には知らない世界がたくさんある。」
 「ははは、舞鶴は屋敷で奥ゆかしく夫の帰りを待つ妻よりも、案外こうして共に外を飛び回る方が向いていそうだな。」
 「どういう意味だい!あのねぇ、言っておくけど、アタシは花嫁候補なんだよ。ア、アタシはさ……。」

 ずっと宗玄の目を見て話していた舞鶴は、スッと視線を外し、恥ずかしそうに俯く。

 「ちゃんとなりたいと思ってるよ。その、あんたの…」
 「あ、悟助!」
 「……え?」

 舞鶴の言葉は悟助の登場によって遮られた。宗玄は悟助の傍へと駆け寄り、漢方茶の話をし出した。

 「舞鶴、そこの茶屋で貰えるそうだ。悟助、ではまた。」
 「なんだい、あいつこんなところにも出入りしてたのか…。ただの奉公人だと思ってたのに。」
 「ああ、お前たちの店の勤め人もしていたのか。悟助には色々な店を掛け持ちしてもらっているのさ。人間界の細かい事情を把握するのにはこれが手っ取り早いからな。」
 「へぇ…。」
 「で?先程はすまなかったな。なにかを言おうとしていただろう?」
 「知らないよ!遊女は口説き文句は二度言わないんだから!」

 幾度となく、男の欲や口説きを受けてきた。男への対応など、骨の髄まで知り尽くしている。
 なのに何故、この男はアタシの調子を狂わせるんだ。何故、アタシの方が男に振り回されてるのか。
 読めない。アタシには宗玄という男が読めない。

 二人は瑠璃姫と雨音の元へ戻り、(うずくま)っている瑠璃姫へ漢方茶を渡した。
 しばらくすると、

 「だいぶ楽になったわ……。ありがと。」

 と、立ち上がった。

 「それは良かった。折角来たのだ、三人揃って過ごしたい。」

 具合を悪くしたらすぐに漢方茶を取りに行ったり、体調が良くなるまで待っていたりと、悪い男ではないことはわかる。
 吉原にいた時の瑠璃姫の客は、横暴な男もいた。これが瑠璃姫の元へ通うのであれば、良質な客になることは間違いない。

 そう、あたくしはこういう地位もあり性格も穏やかな男を捕まえて、もうなにも考えずに過ごすのが目的のはず。
 なのに、なんで男としての魅力を感じないのかしら。条件としては完璧じゃない。
 あたくしはもっと、雄々しくて強そうな、頼りがいのある…

 そこまで考えて、誰かの顔が(よぎ)る予感がした。
 瑠璃姫はこれ以上考え込むのを止めた。
 瑠璃姫と雨音を見て微笑んでいる宗玄に気付いた瑠璃姫。

 「なにかしら。」
 「いや、こうして見ていると姉妹だなと思ってな。雨音が背中をさすって看病している姿を見ると、私もよく兄から薬草を体に巻き付けられた過去を思い出す。」
 「なにそれ、あいつ澄ました顔して結構やんちゃだったのかしらね。」
 「雨音は優しいな。」

 宗玄の温かい眼差しは、雨音に向けられていた。

 「ふうん、雨音姉さまやるじゃない。」

 感心する瑠璃姫とは反対に、舞鶴の心中は穏やかでなかった。

 …そうか。アタシはどうやって宗玄と二人だけの接点を作ればいいのか考えすぎていた。
 このような女の武器を魅せる技も、遊女として当たり前の技術じゃないか。
 焦りすぎていた……?

 舞鶴は、優しい目で雨音を見つめる宗玄の顔も、それを有難そうに受け取りもしない雨音の困惑した表情も、真正面から受け入れることができなかった。