花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 「次期頭領就任式ぃ!?」

 瑠璃姫(るりひめ)のキンキンとした甲高い声で、雨音(あまね)舞鶴(まいつる)もようやく目が覚める。

 「ええ。ですのでこちらへ。」

 三人とも最低限の手荷物を持って、急いで侍女のあとを追いかける。
 長屋を通り過ぎると、ひとつの大きな屋敷とその前にどっしりと構えられている厳重な門が見えた。

 目の前にそびえ立つ立派で大きい門構えに、雨音と舞鶴はあっけに取られている。しかし、瑠璃姫だけは、ここかと澄ました顔をしていた。
 瑠璃姫は門の方から視線を感じた。いつぞやに色を仕掛けた衛角(えいかく)である。瑠璃姫は衛角を睨みつけた。

 (余計なこと言うんじゃないわよ!)

 侍女に続き、門をくぐり屋敷の中へ。案内された大広間には、長屋で暮らしていた令嬢たちが忙しそうに準備していた。
 令嬢たちは全員同じ服を来て、数か所の化粧台を譲り合って使っている。

 「巳の刻から就任式が始まりますので、あなた方はあちらに着替えてご準備を。」

 侍女は一礼すると、速足で部屋を出ていった。

 「あたくしたち、あれに着替えるの…?」

 瑠璃姫がおそるおそる指さした先には、キラリと反射する上質な布の、紫色のシンプルな着物だった。
 もちろん、吉原でも最上級の着物は着てきたはずだ。しかし、今回のそれは今までと比べものにならない品だ。

 「アタシたちだけ、違う色だね。」

 確かに、三姉妹以外の令嬢たちは、みな黒色の着物を着ている。

 「どういう意図なのかしら。」
 「さあね。」

 令嬢たちは三姉妹に向けて嫌悪の視線を向けはするものの、突っかかることはなかった。

 就任式の開始まで時間がない。
 化粧台の椅子に座り、談笑している令嬢に向かって、

 「お化粧が終わったならどいてくださる?」

 と言い切る瑠璃姫だったが、

 「まだ使っていますの。」

 と、令嬢たちは一向に譲ろうとしなかった。

 「この!」

 瑠璃姫は令嬢の着物を掴んで、無理矢理どかそうとする。

 「おやめ瑠璃姫!」

 声を張り上げて瑠璃姫の暴挙を止める舞鶴。

 「なによ!こいつら懲りずにまたあたくしたちを…!」
 「その着物の生地、少しでも無理に引っ張ると傷がつく。傷がつくと反射の仕方が変わるんだよ。ご令嬢のお召し物に傷があるとなれば、それがアタシらのせいだと思われるのは想像つくだろう?」
 「……なによそれ。小癪な次期頭領だこと。」
 「あの、瑠璃姫。私の手鏡で良ければ貸すわ。」

 瑠璃姫は令嬢たちを睨みつけながら、乱暴に雨音の手から手鏡を取った。

 「ふん、なにが令嬢よ。あたくしたちの吉原一の美貌がそんなに怖いのね。雨音姉さま!絶対に誰よりも目立って見せましょ!」

 三姉妹が部屋の隅で化粧を施している途中で、迎えの侍女が来てしまった。就任式の会場へと促されるので、三姉妹も手を止めて、令嬢に続いて部屋を後にする。

 屋敷の外に出ると、兵士や官僚など、多くのあやかしたちが整列しており、今か今かと式の始まりを待っていた。
 瑠璃姫の視界に、騎刃(きば)が映り込む。大勢の兵士の列の先頭で、凛々しく前を見据えている。

 (ふぅん。やっぱりあいつ、それなりの地位にいるのね。)

 三姉妹をはじめ、次期頭領の花嫁候補たちも整列し、次期頭領が来るであろう正面の玉座を見つめた。
 雨音はここに来るまで、なんとなく明閻(めいえん)の姿を探していたが、この大人数では見つけられずにいた。

 しばらくすると、ぞろぞろと数名が正面の舞台に上がり、玉座の後ろにある椅子にそれぞれ座りだした。
 雨音はその数名の中に、想い人を見つけた。

 (あれは…明閻さま…!)

 そして老官が脇に立ち、

 「若様の御成ーりー!」

 と発した瞬間、ワアッとあやかしたちの歓声が上がる。

 煌びやかな衣装を纏った男に、三姉妹は目を疑った。
 明閻は後ろの椅子に座ったままだ。明閻が次期頭領だと情報を得ていた瑠璃姫の頭の中も混乱している。

 帽子から垂れ下がるキラリと光る金属の飾りの隙間から、月白色(げっぱくいろ)の髪がのぞく。

 「我が名は宗玄(そうげん)。今日からあやかしの頭領である。」

 まっすぐ大衆に向けて宣言するその顔は、三姉妹がよく見ていたあの顔だった。

 「明……閻…?」
 「違うわ舞鶴姉さま…。だって明閻は後ろに座ってるじゃない…。それに名前だって…!」
 「顔が…明閻さまと、同じ…。」


 男は続けて、後ろの席を指さし、こう続けた。

 「後ろにいる双子の兄、明閻(めいえん)や皆と共に、より良い国を築いていこうではないか!」

 新頭領・宗玄(そうげん)の演説に、あやかしたちは盛り上がる。

 しかし三姉妹は、2人も存在する"明閻"の事実に頭が真っ白になっていた。
 宗玄は彼女らにさらに追い打ちをかけるかのように、花嫁選定についても話し始めた。

 「そして今日、この場には花嫁候補の人間たちも参列している。私はこの半月ほど、長屋や敷地内を見て歩き、私の正体は明かさずに、この花嫁候補の女性たちと接触していた。飾り気のない、素の彼女たちを視察するためである。」

 花嫁候補たちのどよめきが聞こえた。宗玄は構わずに話し続ける。

 「なかなかに面白かった。しかし、初日から残念なことが起こってな。それから、私の腹のうちはほぼほぼ決まっていた。……黒い服を纏っている女たちは、今すぐここを去れ。花嫁候補失格だ。」

 宗玄の言葉に、もはやどよめきすらなく、重い沈黙が流れた。

 「裏で誰かを陥れたり、蔑むような者はいらぬ。去れと言ったら今すぐに去れ。これは命令だ。」

 侍女に連れられて、強制的にこの場を後にする令嬢たち。すすり泣く者や、ブツブツ文句を言う者もいる。
 そうして花嫁候補として残ったのは、紫の召し物を纏った三姉妹のみになった。

 令嬢たちが去ったのを確認した宗玄は、後ろにいた兄・明閻から何かを受けとると舞台から降り、三姉妹の方へ向かって歩いてきた。

 「ちょ、ちょっと!まさかこの場で決めるつもりじゃないでしょうね!?」
 「そうだとしても、恨みっこなしだよ瑠璃姫。」

 舞鶴と瑠璃姫は小声でヒソヒソ話している。
 頭領の宗玄が止まったのは、雨音の目の前だった。

 「雨音。そなたにはこれを。」

 宗玄が差し出したのは、綺麗な藤色の着物。

 「そなたのために、人間界で評判の良い呉服屋を呼んで仕立て上げたのだ。そなたはいつも同じ服を着ていただろう?好みの色は聞けずじまいだったが、きっとこの色は雨音に似合うはずだ。受け取ってほしい。」
 「な……!」
 「えぇ!?なによそれ!雨音姉さまだけ!?」

 舞鶴と瑠璃姫は呆気に取られていた。
 舞鶴は、握りこぶしをそっと袖で隠す。

 上質な着物を差し出して微笑む目の前の男は、見れば見るほど明閻と同じだ。
 雨音はいつかの会話を思い出していた。

 そう、あれは確か、小屋の壁を作り終えた時に、明閻さまがいらして…。

 「そなたの好きな色はあるか?それか、柄とか。」

 そう聞かれたのを覚えている。
 あれは明閻さまではなく、今目の前にいる宗玄さま。

 私は、明閻さまに会いたかった。
 だから姉や妹とここまで来た。
 私は明閻さまにもっと私を見てほしかった。
 傷を見ても、なにひとつ表情を変えないあの態度に誠実さを感じたから。
 私が焦がれて背中を見ていた人は、どっち…?

 雨音は、深々と頭を下げた。

 「申し訳ありません。受け取れません。」