夜が明け、お天道様がてっぺんに昇る頃。
「で…できた!できたよ遂に!」
泥が頬に付着したまま、眩しい笑顔で舞鶴が両手を広げてこじんまりとした小屋を指した。
「ありがとうございます舞鶴お姉さま。」
「なに言ってんだい、雨音。あんただって手伝ってくれたじゃないか。」
「いいえ、私はなにも。」
「それにしても瑠璃姫のやつ、こんなに感動的な場面だってのに、一体どこに行ったんだ?」
「さぁ……。最近、日中はほとんど瑠璃姫と会いませんから。」
「なーにをこそこそしてんだかねぇ。あ、雨音!出来たと言っても、まだ石膏が固まってないからね。触らないでおくれよ。」
「はい。」
遂にかたちになった、三姉妹だけのお城。
雨音はこの日をどれだけ待ちわびていたか。なにからも水を差されることはない、三人だけの秘密の花園。それだけで、良かったはずだ。
「なんだ、もう完成したのか。」
低い男の声が、ふたりの後方から聞こえた。舞鶴と雨音は同時に振り返る。
「明閻…!」
舞鶴の瞼がパッと開いたのを、雨音は見逃さなかった。
「なんだいアンタ。完成してからのこのこ顔を出してきて。もう用済みだよ。」
「それは寂しいな。」
「な……!寂しい、だって!?よくもまぁいけしゃあしゃあと。」
男は舞鶴への挨拶はほどほどに、雨音をジッと見つめて
「少し、いいか?」
と、声を掛けた。
「は、はい……。」
雨音は顔を上げて、近付いてくる深紅の瞳を見つめる。
昨夜の深い紅とはまた違う、煌めくような赤。日光の下だからだろうか。
「そなたは、いつもその割烹着を着ているな。それしかないのか?」
「えっと……。はい。これなら汚れても気になりませんし。」
「そうか。」
男は少し考え込んで、
「好きな色はあるか?それか、柄とか。」
と、雨音に問うた。
「……明閻!」
舞鶴が、雨音に前のめり気味な男を呼び止める。
「あのさ、壁ができたはいいんだけどね。屋根の作り方がどうにもわからないんだよ。教えてくれるかい?」
「……ああ。確かに中途半端にしてしまっていたな。森に材料になる竹がある。取りに行こう。」
「助かるねぇ。」
「あ、あの…舞鶴お姉さま」
「ああ、雨音はそこで待っててくれるかい?瑠璃姫とすれ違いになっても困るからさ。」
「……はい。」
舞鶴は雨音に背を向けて、そっと隣にいる男の背中に手を沿える。
さあ行こう、と、声を掛けようと舞鶴が男を見上げた瞬間、
「あまり気安く触るものではない。」
と、冷たく言い放たれた。
行き場のなくなった舞鶴の手は、華やかな裾にゆっくりと隠れていく。
「悪かったよ。つい、吉原にいたときの癖でね……。」
「竹林はあっちだ、舞鶴。」
去っていく二人を、見えなくなるまで見続けていた雨音だった。
「よい、しょっと!」
木を伝って高い塀の中まで侵入する瑠璃姫。
「ふん、門番の衛角に頼らなくったって、これくらい…!」
辺りに人がいないことを確認し、木から降りようと体勢を変えた時、長い袖が枝に引っかかり、抜けなくなってしまった。
「え!?嘘!ちょっと!」
なんとか枝から袖を離そうと躍起になっていると、足を滑らせてしまった。
「きゃああ!」
重力が容赦なく瑠璃姫を地面へと叩きつける。
が、
「思ったよりも痛くない…?」
「そりゃそうだろ!馬鹿たれが。」
この粗暴な言い回し。
「あんたは……!」
木から落ちた瑠璃姫を両腕に抱えていたのは、騎刃だった。
「まーたお前は性懲りもなくウロウロしてんのか?」
「うるさいわね!あなたには関係ないでしょ!」
「あるね。鼠一匹でも侵入させたらオレの責任が問われるんだよ。」
「あらそ。じゃあ今からでも手形を用意しなさいな。」
「あのなぁ……。」
「とにかく!二度もあなたなんかに助けられるなんて御免だわ!あたくしやることがあるのよ。」
「好奇心は身を滅ぼすぜ。」
「好奇心じゃないわ。本気よ。」
この前と同じように、割烹着を着た瑠璃姫はどこかへ行ってしまった。
本気、か。
無理矢理追い出すことも、それこそ若様に報告することだって可能だ。
しかし、何故だかあの小娘を自由にさせて、どこまで引っ掻き回せるのか観察したい己がいる。
頭の固い官僚のジジイ共が一発嚙まされた日にゃあ、大笑いモンだ。
そう考えてしまう自分は、少なくとも次期頭領に仕えていた方が利害が一致するってもんだ。人間が妖界の中心をウロついてるなんて前代未聞。前に習えのジジイ共にゃ理解できねぇよな。
瑠璃姫、と言ったか、あの性悪女。
あいつが若様の番になったら、とんでもねぇ行く末が見られそうだぜ。
こうしてまたしても屋敷内に忍び込んだ瑠璃姫は、周りにいる下働きのあやかしたちをチラリと見る。
あやかしたちは妖術を使って、ハタキを浮かせて天井を掃いたり、水を自在に操って床掃除をしたり、各々動いている。
瑠璃姫もその辺にあったボロ布を水で絞って、甲斐甲斐しく掃除をするふりをする。
薄汚れた割烹着で床に這いつくばる彼女の様子を気に留めることなく、高貴そうなあやかしたちが行き交いする。
その人の流れを、頭巾を深くかぶりながらジッと観察していた。
その中で、何回もこの廊下を右へ左へ往復する青年の姿が目に留まった。
時には大量の巻物を持ちながら。次は山積みになった書類の束を抱えながら。
(これは使えるかもしれないわ。)
そして、再び忙しそうに廊下を小走りする青年の前に、瑠璃姫は倒れ込んだ。
柔らかな曲線美でこれでもかとしなをつくり、瞳を潤ませる。
「も…申し訳ございませんわ、殿方。」
偽りの涙で少し滲む視界の中で、口をあんぐり開けながら赤面している青年の顔を逃さなかった。
「あっ…。妨げにならぬよう、立ち上がりたいのですが…足が……。」
そう言って、瑠璃姫はわざとらしく足首をさする。
「そっ…!それは失礼した!面目ない!」
瑠璃姫に触れてもいいものか、どぎまぎしている青年。
(ふん。ちょろいわね。)
瑠璃姫の次の獲物は、確定した。
「で…できた!できたよ遂に!」
泥が頬に付着したまま、眩しい笑顔で舞鶴が両手を広げてこじんまりとした小屋を指した。
「ありがとうございます舞鶴お姉さま。」
「なに言ってんだい、雨音。あんただって手伝ってくれたじゃないか。」
「いいえ、私はなにも。」
「それにしても瑠璃姫のやつ、こんなに感動的な場面だってのに、一体どこに行ったんだ?」
「さぁ……。最近、日中はほとんど瑠璃姫と会いませんから。」
「なーにをこそこそしてんだかねぇ。あ、雨音!出来たと言っても、まだ石膏が固まってないからね。触らないでおくれよ。」
「はい。」
遂にかたちになった、三姉妹だけのお城。
雨音はこの日をどれだけ待ちわびていたか。なにからも水を差されることはない、三人だけの秘密の花園。それだけで、良かったはずだ。
「なんだ、もう完成したのか。」
低い男の声が、ふたりの後方から聞こえた。舞鶴と雨音は同時に振り返る。
「明閻…!」
舞鶴の瞼がパッと開いたのを、雨音は見逃さなかった。
「なんだいアンタ。完成してからのこのこ顔を出してきて。もう用済みだよ。」
「それは寂しいな。」
「な……!寂しい、だって!?よくもまぁいけしゃあしゃあと。」
男は舞鶴への挨拶はほどほどに、雨音をジッと見つめて
「少し、いいか?」
と、声を掛けた。
「は、はい……。」
雨音は顔を上げて、近付いてくる深紅の瞳を見つめる。
昨夜の深い紅とはまた違う、煌めくような赤。日光の下だからだろうか。
「そなたは、いつもその割烹着を着ているな。それしかないのか?」
「えっと……。はい。これなら汚れても気になりませんし。」
「そうか。」
男は少し考え込んで、
「好きな色はあるか?それか、柄とか。」
と、雨音に問うた。
「……明閻!」
舞鶴が、雨音に前のめり気味な男を呼び止める。
「あのさ、壁ができたはいいんだけどね。屋根の作り方がどうにもわからないんだよ。教えてくれるかい?」
「……ああ。確かに中途半端にしてしまっていたな。森に材料になる竹がある。取りに行こう。」
「助かるねぇ。」
「あ、あの…舞鶴お姉さま」
「ああ、雨音はそこで待っててくれるかい?瑠璃姫とすれ違いになっても困るからさ。」
「……はい。」
舞鶴は雨音に背を向けて、そっと隣にいる男の背中に手を沿える。
さあ行こう、と、声を掛けようと舞鶴が男を見上げた瞬間、
「あまり気安く触るものではない。」
と、冷たく言い放たれた。
行き場のなくなった舞鶴の手は、華やかな裾にゆっくりと隠れていく。
「悪かったよ。つい、吉原にいたときの癖でね……。」
「竹林はあっちだ、舞鶴。」
去っていく二人を、見えなくなるまで見続けていた雨音だった。
「よい、しょっと!」
木を伝って高い塀の中まで侵入する瑠璃姫。
「ふん、門番の衛角に頼らなくったって、これくらい…!」
辺りに人がいないことを確認し、木から降りようと体勢を変えた時、長い袖が枝に引っかかり、抜けなくなってしまった。
「え!?嘘!ちょっと!」
なんとか枝から袖を離そうと躍起になっていると、足を滑らせてしまった。
「きゃああ!」
重力が容赦なく瑠璃姫を地面へと叩きつける。
が、
「思ったよりも痛くない…?」
「そりゃそうだろ!馬鹿たれが。」
この粗暴な言い回し。
「あんたは……!」
木から落ちた瑠璃姫を両腕に抱えていたのは、騎刃だった。
「まーたお前は性懲りもなくウロウロしてんのか?」
「うるさいわね!あなたには関係ないでしょ!」
「あるね。鼠一匹でも侵入させたらオレの責任が問われるんだよ。」
「あらそ。じゃあ今からでも手形を用意しなさいな。」
「あのなぁ……。」
「とにかく!二度もあなたなんかに助けられるなんて御免だわ!あたくしやることがあるのよ。」
「好奇心は身を滅ぼすぜ。」
「好奇心じゃないわ。本気よ。」
この前と同じように、割烹着を着た瑠璃姫はどこかへ行ってしまった。
本気、か。
無理矢理追い出すことも、それこそ若様に報告することだって可能だ。
しかし、何故だかあの小娘を自由にさせて、どこまで引っ掻き回せるのか観察したい己がいる。
頭の固い官僚のジジイ共が一発嚙まされた日にゃあ、大笑いモンだ。
そう考えてしまう自分は、少なくとも次期頭領に仕えていた方が利害が一致するってもんだ。人間が妖界の中心をウロついてるなんて前代未聞。前に習えのジジイ共にゃ理解できねぇよな。
瑠璃姫、と言ったか、あの性悪女。
あいつが若様の番になったら、とんでもねぇ行く末が見られそうだぜ。
こうしてまたしても屋敷内に忍び込んだ瑠璃姫は、周りにいる下働きのあやかしたちをチラリと見る。
あやかしたちは妖術を使って、ハタキを浮かせて天井を掃いたり、水を自在に操って床掃除をしたり、各々動いている。
瑠璃姫もその辺にあったボロ布を水で絞って、甲斐甲斐しく掃除をするふりをする。
薄汚れた割烹着で床に這いつくばる彼女の様子を気に留めることなく、高貴そうなあやかしたちが行き交いする。
その人の流れを、頭巾を深くかぶりながらジッと観察していた。
その中で、何回もこの廊下を右へ左へ往復する青年の姿が目に留まった。
時には大量の巻物を持ちながら。次は山積みになった書類の束を抱えながら。
(これは使えるかもしれないわ。)
そして、再び忙しそうに廊下を小走りする青年の前に、瑠璃姫は倒れ込んだ。
柔らかな曲線美でこれでもかとしなをつくり、瞳を潤ませる。
「も…申し訳ございませんわ、殿方。」
偽りの涙で少し滲む視界の中で、口をあんぐり開けながら赤面している青年の顔を逃さなかった。
「あっ…。妨げにならぬよう、立ち上がりたいのですが…足が……。」
そう言って、瑠璃姫はわざとらしく足首をさする。
「そっ…!それは失礼した!面目ない!」
瑠璃姫に触れてもいいものか、どぎまぎしている青年。
(ふん。ちょろいわね。)
瑠璃姫の次の獲物は、確定した。
