花嫁候補は三姉妹、選ばれたのは妹でした ~後ろ向きなあの子があやかし頭領の花嫁になるまで~

 騎刃(きば)は割烹着姿の瑠璃姫(るりひめ)の腕を掴んで引っ張り、誰もいない部屋へ入ると、襖をピシャリと閉めた。

 「ちょっと!なにすんのよ!」
 「それはこっちの台詞だ。官僚のジジイ共なんぞに見つかったらどうなるか分かってねぇな。」
 「うるさいわね。あたくしは…なんとかするつもりだったわよ。」
 「あの状況でかァ!?」
 「………。」
 「お前、どうやってここまで入ってきたんだ?門番は?」
 「そんなの、あんたに関係ないでしょ。」
 「ハッ、大いにあるぜ。門番のヤツらは俺の部下だからな。お前さんが入れる抜け口があるなら特別指導しなきゃならねぇな。」
 「あ…あたくしは別に…」

 「騎刃様ー!」

 襖の向こうから、騎刃を探す声が微かに聞こえる。

 「おっといけねぇ。もう時間か。おい、一人で戻れるな?俺の声が聞こえなくなったらお前もここを出て姉さんたちのところへ戻れよ。」

 そう言うと、ポン、と瑠璃姫の頭を軽く叩き、騎刃を探している声の主の方へと去っていった。

 「あたくしを(わっぱ)扱いするんじゃないわよ。ふん…。」



 姉たちのいるところへ戻った瑠璃姫は、泥だらけの舞鶴(まいつる)の顔を見てギョッとした。

 「ちょっと舞鶴姉さま!?なによその汚らしい格好!舞鶴太夫の名が廃るわ!」
 「ああ、おかえり瑠璃姫。見てごらん!結構サマになってるだろう!?」
 「小屋を建てる、って本気だったのね。なんて本格的なんでしょ。…雨音(あまね)姉さまは?」
 「ああ、また長屋の様子を見に行ってもらってるよ。」
 「…しなくていいわ。少なくとも明日まではね。」
 「何故だい?」
 「明日、お茶会が開かれるらしいのよ。花嫁候補と頭領の顔合わせみたいなものね。」
 「えぇ!?明閻(めいえん)の奴、小屋作りの手伝いもいいけど、そっちも教えてくれりゃあいいのに。」
 「舞鶴姉さま。今すぐその小汚い泥を落として下さいな。明日があたくしたちの…勝負の日ですわよ。」



 翌朝、三姉妹は獣臭い馬小屋でそそくさと身支度を始めている。

 「ねぇ、舞鶴姉さまちょっと。」

 瑠璃姫がそっと舞鶴に耳打ちする。

 「雨音姉さま、なんなのあれ?今日は一段と暗い顔してるじゃない。あの人いつも陰鬱だけど。」
 「さぁ…。アタシにもさっぱり。昨日から目も合わせてくれないんだよ。」
 「なにそれ。舞鶴姉さまがなにかしでかしたんじゃなくて?」
 「どういう意味だい!」
 「あんな能面みたいな顔でお茶会に顔を出されたら、あたくしたちまで夢幻能(むげんのう)になりそうだわ。」
 「おやめ瑠璃姫。」

 舞鶴はそっと雨音の隣に座った。

 「雨音、これを。」
 「……?」

 雨音の目の前に差し出されたのは、小ぶりな刺繍がちりばめられた、なんとも上品な桜色の着物だった。

 「きっとあんたに似合うよ。今日はこれを着な。」
 「そんな……着れません。」
 「ああ、もしかしてこっちの方がいいかい?確かに水色の着物も雨音に似合いそうだ。」
 「違います!」

 急に声を荒げた雨音に、舞鶴も瑠璃姫も目を丸くする。

 「…違います。私は、舞鶴お姉さまにこのような施しをされる資格なんてありません。」
 「資格?なに言ってんのさ。アタシの妹なんだから、なにを遠慮することがあるんだい。」
 「そうよ!雨音姉さま、うだうだ言ってないで着てごらんなさいな!太夫の持ってきた着物なんて贅沢じゃない。」
 「で…でも……。」

 それでも受け取ろうとしない雨音に違和感を覚えつつも、きっとこのあとのお茶会が不安なのだろうと感じ、舞鶴はそっと雨音のひんやりとした両手を包み込んだ。

 「…違うよ雨音。アタシが…この着物を着たあんたの姿を見たいんだ。後生だよ、姉孝行だと思ってさぁ。」
 「舞鶴お姉さま…。」

 雨音は差し出された桜色の着物を受け取り、すごすごと着替え始めた。
 雨音には、舞鶴は眩しすぎた。昨日からずっと顔を見ることもできない。
 そんな自分の態度が、後ろめたかった。

 どうして舞鶴お姉さまはこんなに優しいのだろう。
 美しくて、気高くて、なのに気さくで。
 私とは大違い。同じ姉妹なのに……。

 舞鶴の背中に咲く大きな牡丹の花の刺繍が、雨音の視界を焦がす。

 舞鶴お姉さまが牡丹の花ならば、私など名もなき野草だ。
 一体だれが、牡丹を無視して野草など愛でようか。
 ただ、それだけのことではないか。

 「……雨音?泣いてるのかい?」
 「へっ。」

 舞鶴に言われて、初めて自分の頬に流れる雫の感覚が走る。

 「雨音、そんなに嫌なら無理してお茶会に出なくても…」
 「ダメよ!絶対に三人で出るのよ。あたくしたち姉妹の誰か一人でも欠けたら…あのお高く留まった雌猫の思うツボですわよ!」

 瑠璃姫も雨音の隣に座り、グッと雨音の顎を持ち上げた。

 「ほら、誰にも文句を言わせない姉さまにして差し上げるわ。あたくしのお化粧は一級なのよ。」
 「大丈夫だよ雨音。アタシたちは三人一緒にいれば、向かうところ敵なしなんだから。」

 雨音の心が、ほんのり温かくなる。
 しかし、心のもっと奥底では、ズシンとなにかが重くのしかかる感覚に(さいな)まれていた。




 藤の花が風に乗りゆらゆら揺れ、見事に咲き誇る。
 こぢんまりとした詫び寂びを感じる茶室には、花嫁候補の令嬢がずらりと並んで座っている。
 錆利休(さびりきゅう)色の茶室の戸が静かに開かれると、令嬢たちの空気に緊張が走った。
 戸を開けて入室したのは、明閻だ。
 明閻は令嬢らの列を正面に座り、

 「私は次期頭領ではない。側近の明閻だ。今からこのお茶会の説明をする。」

 と、淡々と話し始めた。

 資料を片手に、明閻が説明しようとした、その時。
 またしても茶室の戸が開いた。

 「おや。正午にはまだ早いってのに…もう始まるのかい?」
 「とんだせっかちがいるようね。あたくしたちは悪くないわ。」

 一段ときらびやかな美人三姉妹が姿を現した。
 その堂々とした態度に、女一同はどよめく。
 一気に異様になった雰囲気など微塵も気にせず、空いている場所にドカッと座りだす三姉妹たち。
 そんな三人をチラリと確認した後、表情を変えずお茶会の説明をしだす明閻もまた、この流れを予想していたかのような落ち着きっぷりである。

 このお茶会は、座っている順番に和歌を()むというものだった。
 先攻が上の句をを詠んだあと、後攻が下の句を詠み、ひとつの和歌を完成させるという遊びである。
 明閻は、この茶会で詠んだ歌を次期頭領に献上すると説明した。どうやら、この場には姿を見せないようだ。

 説明を聞いた瞬間、ひぃ、ふぅ、みぃ、と、瑠璃姫は並び順を数えていた。

 (良かった。この順番だとあたくしが上の句を詠んで、隣の舞鶴姉さまが下の句で合わせてくれるわ。)

 令嬢たちにとっては慣れた遊びであるのか、どの娘もスラスラと風流な歌を詠みあげていく。
 瑠璃姫は顔が動かぬ程度に辺りを見回し、茶室の様子を観察していた。ふと、窓から見える満開の藤の花が目に留まる。

 (なるほど。わざとらしいくらいに藤の花しか見えないわね。きっと次期頭領様は藤の花がお好きなんだわ。だから藤の花の歌を聞きたくてしょうがないのよ。)

 瑠璃姫の番になった。
 瑠璃姫は筆を取り、スラスラと上の句を書いていく。

 『八重八重に 咲きこぼるるは 藤の花』

 (これだけ大胆ならば、きっと舞鶴姉さまに意図は伝わるはず。)

 瑠璃姫の上の句を受け、少し考えたあと、舞鶴もまた筆を取り、力強い筆先で下の句を和紙に載せていく。

 『わが想いとぞ 余るばかりに』

 舞鶴と瑠璃姫は顔を合わせ、上々だろうと頷きあった。
 そんな二人の様子とは裏腹に、舞鶴の次の番の雨音の手は止まっていた。

 (どうしよう……。私、和歌なんて詠んだことない…!)

 焦る心に比例して、益々頭は真っ白になっていく。
 それでもなんとか文字を書かねばと、筆を取って右手を上げた。その動作で、するりと右腕の裾が手首から肘まで落ちていく。

 「ひぃっ!」

 雨音の隣から、金切り声に近い悲鳴が上がった。
 一斉に視線が雨音に集まる。そして、次々と小さな悲鳴が聞こえてくる。
 雨音は隣の令嬢の視線の先を辿って初めて、皆がなにに怯えているのか理解した。
 令嬢が見つめていたのは、雨音の傷だった。
 赤黒い皮膚に、盛り上がった幾重もの筋。その形相はまるで鬼か妖のよう。

 「ば…化け物…!」

 第一声を皮切りに、やれ未知の病だの人ならざる者だの、はたまた業を背負う証であるだの、令嬢たちは強く雨音を非難し始めた。
 そのうち、令嬢の中のひとりが、

 「わたくしは……ここに来た日から懸念しておりました!そもそも、身分のない遊女なぞが花嫁候補に並ぼうなどとはおこがましいですわ!このようなおぞましい女たちと、これ以上お茶会を進めることなどできませぬ!」

 と、威勢よく言い放った。それを聞いた瑠璃姫は、聞き捨てならないと鼻息を荒くして応戦する。

 「……なによあんた。舞鶴姉さまの手鏡を割った野蛮女じゃないの!なにを今更気取ってらしてるわけ?」
 「わ、割ってなど…いません!とにかく、わたくしはこれ以上この場に留まりたくありません。失礼いたします。」

 令嬢はすっと立ち上がり、戸に向かって歩き出した。

 「ま、待ってください!私が…私が出ていきますから…」

 雨音は令嬢を追いかけて着物の袖を掴もうと手を伸ばす。しかし、それに気づいた令嬢は勢いよくその手を振り払った。

 「触らないで!化け物!」

 そう言い残して令嬢がひとり茶室を出ていくと、ひとり、またひとり、と、続くようにぞろぞろと茶室を後にした。
 明閻は彼女らを止めるでもなく、なにかを考えるようにジッと見つめたまま動かない。

 とうとう、この場に残ったのは三姉妹と明閻だけだった。