俺たちは親友。
親友って、どんなことするんだっけ。
「夏期講習なんだけどさ、今度一緒に準備しようよ。」
俺は、湊に声をかけてみる。
別に1人でもできるんだけど、もっと親友らしくしたいなって思った。
「……いいけど、どこでやるの?」
「学校のカフェとか?でも、夏休みに学校まで行くのめんどくさいよな。」
「うん。でも寮って、部外者立ち入り禁止だから、俺んちは無理……。」
「そうなんだ。……じゃあ、俺んちでやろっか。」
勇気を出して誘ってみる。
少しの間があった後、湊がつぶやく。
「陽向がいいなら、そうしよ。」
「俺は大丈夫だから。じゃあ決まりだね。」
そんなことがあって、今日は湊が俺の家に来ている。
湊と家でふたりきりなんて久しぶりで、ちょっと緊張する。
紅茶を淹れ、湊の前に差し出す。
「陽向って、紅茶好きだったっけ?」
「うん。なんか高校のときに、お土産でもらった紅茶が美味しくて、それでハマったんだよね。」
「……へぇ。そうなんだ。中学のときは、ジュースばっか飲んでたのに。自販機にいちごミルクがあったら、嬉しそうにしてたもんな。」
「まぁ、今もいちごミルク好きだけどね。舌が大人になったっていうか、紅茶の美味しさがわかるようになったかも。」
他愛もない会話をしながら、リュックから講師用のテキストを取り出し、机の上に広げる。
「夏期講習って、思ったよりも大変だよね。」
「うん。コマ数が多いのが疲れる。」
「わかる。最後のコマなんてさ、頭痛くなってくる。」
笑いながら、湊がテキストを開く。
「うわ、お前のテキスト真っ白じゃん。……それで教えられるの?」
自分の書き込みだらけのテキストと見比べて、驚く。
「一応、先に目は通してるよ。読めば理解できるし。」
「さすが……。」
湊は、器用でなんでもできるやつだ。
書き込みなんてしなくても、テキストを読むだけで、教え方が頭の中に思い浮かんじゃうんだろうな。
俺なんて、たまに分からないところが出てくるくらいなのに。
やっぱり、俺とは次元の違うところにいるやつなんだ。
「でも、俺、陽向のテキストいいなって思うよ。すごい一生懸命なの伝わってくるじゃん。」
「……バカにしてるだろ。」
「してないしてない。俺、昔陽向に教えるとき、陽向専用のノート作ってた。」
「……は?……俺、専用?」
「うん。陽向に教えてる時間、すごい好きで。」
涼しい顔で、爆弾発言をする湊。
「……でも湊って、そんなことしなくても教えられるんじゃ?」
「んー。そうかもしれないけど、陽向のためにはちゃんと準備したかったっていうか?どんどん成績上がっていくの嬉しかったし。」
それは知らなかった。俺のためにそこまでしてくれていたとは。
なんだかちょっと申し訳ない気持ちになってくる。
でも、湊がそうやってくれたから、今の自分がいるわけで。
「……なんだよそれ。そっか。あのときは、ありがとう。」
「さ、じゃあ始めるか。」
湊がわずかに口角を上げて、仕切りなおす。
「うん……。」
俺と湊は、高校生を担当している。
俺がバイトを始めたときから担当している生徒。南高の岡崎くん。
最近、定期テストの点数は伸びてきたみたいなんだけど……。
「そういえば、岡崎くん、模試で伸び悩んでるみたい。基礎学力は十分なのに、本番になると緊張しちゃうみたいで。」
「あー、あの子か。難しいよな。なんか、分からないっていうより、自信がないんだろうな。」
「うん。勉強教えるっていうより、自信を持ってもらうために何かしなきゃいけないと思うんだけど、どうしたらいいかわかんなくて。」
「自信がない子の気持ちって、陽向のほうが分かるんじゃないの?」
「え?」
「だって陽向、中学のとき、あんま自信なさそうだったじゃん。周りのことすごく考えられるから学級委員長に推薦されたのに、なんで俺が学級委員長なんかやってるのか分からない、みたいな顔してさ。」
そういえばそうだ。
俺は本当に、自分が学級委員長に推薦された理由がわからなかった。
俺みたいな、特に何かに秀でてるわけでもない奴が、こんな大役任されていいのかなって。
でも、湊はこんなことを言ってくれたっけ。
「陽向ってさ、人のことよく見てるし、クラスメイトが困ってたら声かけられるじゃん。そういうの、誰にでもできることじゃないから。今のクラスの雰囲気、陽向がつくってくれてるよな。頼もしい学級委員長!」
それで俺は、ちょっと自信を持てたんだった。
湊が続ける。
「なんで陽向があのとき自信なかったのか考えて、かける言葉を見つけてあげればいいと思うよ。」
そっか、そうだよな。
人から言葉にして認めてもらえることで、自信に変わることってあるよな。
「うん、ありがと。そうする。」
湊がうなずいて、微笑む。
そしてまた、テキストに視線を落として、読み込みを続けていく。
少し口を尖らせて、黙って、集中して、机に向かい続ける湊。
昔もこうやって一緒に勉強してたよな。
俺専用のノートを用意してくれていたのは、知らなかったけれど。
「……なに?」
湊が怪訝そうに、俺の方を見る。
気がついたら、ずっと湊を見ていた。
「……なぁ。ここの現在完了形の和訳、難しいんだけど……。」
別に分からないわけじゃないのに、気がついたら言葉に出ていた。
「ああ、そこな。」
向かい側に座っていた湊が、なぜか立ち上がって、俺の隣にくる。
「え……。」
そして、丁寧に教えてくれる。
俺に分かりやすいように、話を組み立てて、問いかけて、会話をするように。
やっぱり湊はすごいな。
「ありがと。」
湊のほうに目をやると、耳が赤くなっていた。
湊の耳って、もともと赤かったっけ。
こんなに至近距離で話すのは、かなり久しぶりだから、俺が忘れているだけかもしれない。
なぜか鼓動が早くなっている自分に戸惑う。
大学生になった湊は、昔よりも大人っぽい顔つきになっていて、声も低くなっている。
なんで俺、こんなにドキドキしているんだ?
昔を思い出して、嬉しいから?
ザアアと静かな音が聞こえてくる。
だんだんと音が強くなってきて、外を見やると、大粒の雨が、地面に叩きつけられていた。
これがゲリラ豪雨ってやつか。
テキストに書き込みを続けていると、スマホが警報音を発する。
大雨の警報が出たらしい。湊、寮に帰れるかな?
今、帰れないほうがいいと思ってしまった自分に気がついた。
この時間がもう少し続いてほしい。
「……湊、よければ今日、うちに泊まらない?ほら、雨すごいからさ。帰るの危ないと思うし。」
湊は、一瞬、言葉に詰まった。
「……。いや、今日は帰ろうかな。急に泊まるの悪いし、雨もどうせそのうち止むでしょ。」
「……そっか。」
ところが、1時間経っても、2時間経っても、雨は止む気配がない。
夏の午後5時だというのに、外は暗い。
「湊、やっぱり帰るの無理だと思うよ。泊まりな?」
「ちょっと確認してくる。」
湊が立ち上がって、玄関に向かう。
扉を開けると、激しい雨音がさらに大きく響き渡る。
「ああ……。無理だな……。」
湊が立ち尽くして、ゆっくりと扉を閉める。
「やっぱ俺、泊まるわ。」
湊が気まずそうに俺を見る。
俺んちに泊まるの、嫌なのかな?
なんか変なこと言っちゃった?と思いながらも、ちょっぴり嬉しさを感じている自分がいた。
親友って、どんなことするんだっけ。
「夏期講習なんだけどさ、今度一緒に準備しようよ。」
俺は、湊に声をかけてみる。
別に1人でもできるんだけど、もっと親友らしくしたいなって思った。
「……いいけど、どこでやるの?」
「学校のカフェとか?でも、夏休みに学校まで行くのめんどくさいよな。」
「うん。でも寮って、部外者立ち入り禁止だから、俺んちは無理……。」
「そうなんだ。……じゃあ、俺んちでやろっか。」
勇気を出して誘ってみる。
少しの間があった後、湊がつぶやく。
「陽向がいいなら、そうしよ。」
「俺は大丈夫だから。じゃあ決まりだね。」
そんなことがあって、今日は湊が俺の家に来ている。
湊と家でふたりきりなんて久しぶりで、ちょっと緊張する。
紅茶を淹れ、湊の前に差し出す。
「陽向って、紅茶好きだったっけ?」
「うん。なんか高校のときに、お土産でもらった紅茶が美味しくて、それでハマったんだよね。」
「……へぇ。そうなんだ。中学のときは、ジュースばっか飲んでたのに。自販機にいちごミルクがあったら、嬉しそうにしてたもんな。」
「まぁ、今もいちごミルク好きだけどね。舌が大人になったっていうか、紅茶の美味しさがわかるようになったかも。」
他愛もない会話をしながら、リュックから講師用のテキストを取り出し、机の上に広げる。
「夏期講習って、思ったよりも大変だよね。」
「うん。コマ数が多いのが疲れる。」
「わかる。最後のコマなんてさ、頭痛くなってくる。」
笑いながら、湊がテキストを開く。
「うわ、お前のテキスト真っ白じゃん。……それで教えられるの?」
自分の書き込みだらけのテキストと見比べて、驚く。
「一応、先に目は通してるよ。読めば理解できるし。」
「さすが……。」
湊は、器用でなんでもできるやつだ。
書き込みなんてしなくても、テキストを読むだけで、教え方が頭の中に思い浮かんじゃうんだろうな。
俺なんて、たまに分からないところが出てくるくらいなのに。
やっぱり、俺とは次元の違うところにいるやつなんだ。
「でも、俺、陽向のテキストいいなって思うよ。すごい一生懸命なの伝わってくるじゃん。」
「……バカにしてるだろ。」
「してないしてない。俺、昔陽向に教えるとき、陽向専用のノート作ってた。」
「……は?……俺、専用?」
「うん。陽向に教えてる時間、すごい好きで。」
涼しい顔で、爆弾発言をする湊。
「……でも湊って、そんなことしなくても教えられるんじゃ?」
「んー。そうかもしれないけど、陽向のためにはちゃんと準備したかったっていうか?どんどん成績上がっていくの嬉しかったし。」
それは知らなかった。俺のためにそこまでしてくれていたとは。
なんだかちょっと申し訳ない気持ちになってくる。
でも、湊がそうやってくれたから、今の自分がいるわけで。
「……なんだよそれ。そっか。あのときは、ありがとう。」
「さ、じゃあ始めるか。」
湊がわずかに口角を上げて、仕切りなおす。
「うん……。」
俺と湊は、高校生を担当している。
俺がバイトを始めたときから担当している生徒。南高の岡崎くん。
最近、定期テストの点数は伸びてきたみたいなんだけど……。
「そういえば、岡崎くん、模試で伸び悩んでるみたい。基礎学力は十分なのに、本番になると緊張しちゃうみたいで。」
「あー、あの子か。難しいよな。なんか、分からないっていうより、自信がないんだろうな。」
「うん。勉強教えるっていうより、自信を持ってもらうために何かしなきゃいけないと思うんだけど、どうしたらいいかわかんなくて。」
「自信がない子の気持ちって、陽向のほうが分かるんじゃないの?」
「え?」
「だって陽向、中学のとき、あんま自信なさそうだったじゃん。周りのことすごく考えられるから学級委員長に推薦されたのに、なんで俺が学級委員長なんかやってるのか分からない、みたいな顔してさ。」
そういえばそうだ。
俺は本当に、自分が学級委員長に推薦された理由がわからなかった。
俺みたいな、特に何かに秀でてるわけでもない奴が、こんな大役任されていいのかなって。
でも、湊はこんなことを言ってくれたっけ。
「陽向ってさ、人のことよく見てるし、クラスメイトが困ってたら声かけられるじゃん。そういうの、誰にでもできることじゃないから。今のクラスの雰囲気、陽向がつくってくれてるよな。頼もしい学級委員長!」
それで俺は、ちょっと自信を持てたんだった。
湊が続ける。
「なんで陽向があのとき自信なかったのか考えて、かける言葉を見つけてあげればいいと思うよ。」
そっか、そうだよな。
人から言葉にして認めてもらえることで、自信に変わることってあるよな。
「うん、ありがと。そうする。」
湊がうなずいて、微笑む。
そしてまた、テキストに視線を落として、読み込みを続けていく。
少し口を尖らせて、黙って、集中して、机に向かい続ける湊。
昔もこうやって一緒に勉強してたよな。
俺専用のノートを用意してくれていたのは、知らなかったけれど。
「……なに?」
湊が怪訝そうに、俺の方を見る。
気がついたら、ずっと湊を見ていた。
「……なぁ。ここの現在完了形の和訳、難しいんだけど……。」
別に分からないわけじゃないのに、気がついたら言葉に出ていた。
「ああ、そこな。」
向かい側に座っていた湊が、なぜか立ち上がって、俺の隣にくる。
「え……。」
そして、丁寧に教えてくれる。
俺に分かりやすいように、話を組み立てて、問いかけて、会話をするように。
やっぱり湊はすごいな。
「ありがと。」
湊のほうに目をやると、耳が赤くなっていた。
湊の耳って、もともと赤かったっけ。
こんなに至近距離で話すのは、かなり久しぶりだから、俺が忘れているだけかもしれない。
なぜか鼓動が早くなっている自分に戸惑う。
大学生になった湊は、昔よりも大人っぽい顔つきになっていて、声も低くなっている。
なんで俺、こんなにドキドキしているんだ?
昔を思い出して、嬉しいから?
ザアアと静かな音が聞こえてくる。
だんだんと音が強くなってきて、外を見やると、大粒の雨が、地面に叩きつけられていた。
これがゲリラ豪雨ってやつか。
テキストに書き込みを続けていると、スマホが警報音を発する。
大雨の警報が出たらしい。湊、寮に帰れるかな?
今、帰れないほうがいいと思ってしまった自分に気がついた。
この時間がもう少し続いてほしい。
「……湊、よければ今日、うちに泊まらない?ほら、雨すごいからさ。帰るの危ないと思うし。」
湊は、一瞬、言葉に詰まった。
「……。いや、今日は帰ろうかな。急に泊まるの悪いし、雨もどうせそのうち止むでしょ。」
「……そっか。」
ところが、1時間経っても、2時間経っても、雨は止む気配がない。
夏の午後5時だというのに、外は暗い。
「湊、やっぱり帰るの無理だと思うよ。泊まりな?」
「ちょっと確認してくる。」
湊が立ち上がって、玄関に向かう。
扉を開けると、激しい雨音がさらに大きく響き渡る。
「ああ……。無理だな……。」
湊が立ち尽くして、ゆっくりと扉を閉める。
「やっぱ俺、泊まるわ。」
湊が気まずそうに俺を見る。
俺んちに泊まるの、嫌なのかな?
なんか変なこと言っちゃった?と思いながらも、ちょっぴり嬉しさを感じている自分がいた。
