親友と3年ぶりに再会しました

【湊side】
すごい雨だったな。
まだ遠くの方でゴロゴロ鳴っている雷の音を聞きながら、教育学部棟を出る。

反対側に向かって歩き出す友人に手を振って別れ、駐輪場へ向かう。
そのまま自転車に乗って、水たまりを避けながら、グラウンドの側を走っていく。

「おーい、夏目~!」
聞き覚えのある野太い声が聞こえる。

俺は「キキィッ」と急ブレーキをかけて後ろを振り返る。
野球部のユニフォームを着て、茶色く日焼けした、ガッシリとした男が走って近づいてくる。

「おう、山田。久しぶりだな。」
「久しぶり。外周しようと思ってたら、夏目じゃんって思って声かけてみた。」
「入学してから一回も会ってなかったもんな。」
「そうだな。」

山田詠一(えいいち)は、高校のときの同級生。1年と2年のとき同じクラスだった。
同じ大学に進学することは知っていたが、高校とは違って学生の数が多いので、今日まで会うことがなかった。

大学生活はどうだとか、バイトはしているのかとか、なんでもない話をしていたとき、山田の視線が、俺のリュックに移った。

「相変わらず、そのキーホルダーつけてんだな。」
山田は、俺のリュックにぶら下がっている、バレーのユニフォームをかたどった青色の布製キーホルダーを指さした。
「MINATO 1」と白色で縫いつけられている。

「ああ、これは中学のときの親友にもらった大事なものだからな。」
チクッと胸が痛む。本当はもう外してもいいかと思っていたけれど、どうしても外せなかったもの。
「そんなこと言っていたな。そういえば、俺の友達にもバレーボールのキーホルダーを付けている奴がいるわ。」
「え?」
「バレーボールの真ん中に『1』っていう文字が入っているんだよな。」
「……。」

頭の中が真っ白になって、周りの音が聞こえなくなる。
いや、まさか。そんなはずはない。
でも……。

ーーー
中学1年の冬。
俺は、バレーの新人大会に出場することになった。
3年生が引退して、初めての大会だ。

「なぁ、今度、大会があるんだけどさ、陽向に観にきてほしい。」
「え、行ってもいいの?」
「もちろん。あ、でも陽向も部活がある?」
「うーん。どうだろ。いつ?」
「再来週の土曜日。」
「再来週かぁ。あ、ちょうど休みだ。うん、俺、行ける!」

陽向が俺の大会を観に来てくれる。
それがとても嬉しくて、必死に練習を頑張った。
部活の時間だけじゃなくて、家に帰ってからも、公園で自主練までして。

陽向には、俺のカッコ悪いところばかりを見せている。
他の友達には話せない家族のことをたくさん聞いてもらっている。
陽向は、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。
だから、たまにはカッコいいところも見せたい。

初霜が降りた日だった。
朝練に行かなきゃと、白い息を吐きながら、自転車で走っていたとき。
ハンドルを取られて、車体が傾き、地面に体を強く打ちつけた。

「おい、湊?!大丈夫か?」
隣を走っていた陽向が、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「う……。だいじょうぶ……。じゃないかも。」
俺は、痛みが走る右腕を押さえた。
立ち上がろうとしたけれど、あまりの痛みにうずくまるしかなかった。

陽向が近くの家に駆け寄って救急車を呼んでくれた。
病院に行くと、骨折だって分かった。
大会には間に合わない。
目の前が真っ暗になった。

せっかく陽向にいいところを見せようと思って、頑張っていたのに。
何をやっているんだ、俺は。

翌日の土曜日、陽向は、俺の家に来てくれた。
「湊、お見舞いに来たよ。」

陽向の姿が、不意にぼやける。ポロッと頬に熱いものが流れていく。
陽向は、少し戸惑いながらも、優しい表情を浮かべ、無言で俺の背中をさすってくれた。

屋上で見つけてくれたあの日もそうだった。
陽向にさすられると、気持ちが落ち着いてくる。

「ありがとう……。」
「骨折だって聞いたけど、大会に出るの無理なんだよね……?」
「うん……。せっかく陽向を誘ったのに、ごめん……。」
また、しゃくり上げそうになる。

「そっか……。謝らないで、一番辛いのは湊なんだから。」
「……。」
「はい、これ。」

陽向は、あのキーホルダーを差し出してきた。

「え、どうしたの?これ。」
「昨日の夜、作ってみた。湊に元気を出してほしいなって思って。」
「ありがとう……。この『1』っていうのは?」
「俺の中で、湊が一番っていう意味!湊が大会に出るために、頑張ってたの知ってるからさ。」
「でも怪我しちゃったから、陽向の前で、プレーするところ見せられない……。」
「今は無理でもさ、また次の大会もあるじゃん。今まで湊が頑張ってきたことがなくなるわけじゃないって。絶対見に行くからさ、そのとき俺に湊のかっこいい姿を見せてよ。」

もらったキーホルダーを見るたびに、その言葉を何回も何回も思い出した。
そのおかげでリハビリを乗り越えることができた。

俺は、2年生の夏の大会に出場して、県ベスト4に入ることができた。
3年生が引退し、背番号『1』をもらった。

キャプテンになった俺は、陽向にバレーボールのキーホルダーを渡した。
真ん中に『1』の文字が入っているキーホルダー。

「俺、これ作ってみた。陽向に持っておいてほしい。」
「俺に?」
「うん。陽向がそれを持っていてくれると、俺、なんか安心する。」
「ははっ。なんだよそれ。ありがとう、大事にする。」

ーーー
「おーい、どうした。夏目?」
山田が俺の前で、怪訝そうに手を振る。

「あ、いや……。そいつの名前って、もしかして陽向……?」
気がついたときには、口から出ていた。

「え……?なんで知ってんの?知り合い?」
「これ、陽向にもらったキーホルダー。」
「え、どういうこと?お前の中学のときの親友って陽向なの?」
「うん……。」

ああ、言ってしまった。出てしまった言葉を取り消すことはできない。
「そうなのか。それなら、今度一緒に飯でも……」
「いや、陽向には俺に会ったこと、秘密にしておいてほしい。」
山田の言葉を遮るように、俺は言う。

「ええ……。分かったよ。でもお前、めちゃくちゃ会いたいって顔してるぞ。」
「は……?そんなこと……。」

明らかに動揺している俺に、口角をフッと上げて山田が続ける。
「あいつ、塾のバイトの面接受けるんだってよ。」
「……。」
「あいつのバイト先が決まったら、こっそり教えてやってもいいぜ。」
「……。」

リュックのキーホルダーを、ぎゅっと握りしめる。
どこかにまだ、陽向に会いたいという気持ちが残っているのかもしれない。