中学1年のとき。
湊は親の転勤で引っ越してきて、俺と同じ学校になり、クラスも同じになった。
別に最初から仲が良かったわけじゃない。
席が近かったわけではないし、部活も違った。
湊は、バレーがうまくて、長身で、イケメンで、勉強もできる。
そのうえ人当たりも良いから、すぐにクラスの人気者になった。
対して俺は。
入っている部活では補欠で、実質マネージャーのような役割をしていた。
勉強もついていけなくなっていて、授業中に眠くなることもしばしば。
クラスメイトからの推薦で学級委員長なんてやっていたけれど、俺がそんな重荷背負っていいのかなってどこかで思っていた。
俺は湊が羨ましかった。
なんでも器用にできて、モテて、こんな完璧な人間がいるんだって。
こういう奴が、学級委員長をやればいいのに。
そんなある日の放課後。
全員分の部活ノートを職員室まで運び、教室に帰ろうと階段に差しかかったときだった。
屋上の扉が半開きになっているのが見えた。
いつも閉まっている扉がなぜか開いている。
屋上は立ち入り禁止だが、気になって階段をそろそろと昇り、ドアの隙間を覗いた。
するとそこには、ジュルジュルと鼻水を啜りながら練習着のまま、体育座りで泣いている湊の姿があった。
あの湊が泣いている…?
頭をぶん殴られたような衝撃を受けて、一瞬固まった。
けれど、クラスメイトが困っていたら声をかけるのが学級委員長の役割だろう。
気がついたときには、ドアの向こう側にいて、湊の後ろに立っていた。
「夏目くん?」
「グスッ…。イインヂョウ…。(委員長)」
無理して話してほしいわけじゃない。
俺は「大丈夫?」と湊の背中をさすり続けた。
どれくらいの時間が経っただろう。
完全下校10分前の放送が流れた頃、湊はようやく泣き止んだ。
「ありがとう…。」
「ううん、俺一応、学級委員長だし。クラスのやつが泣いてるの放っておけるかよ。何かあった?」
湊は、視線を逸らして、少し黙った。
「別に話したくなかったら、話さなくてもいいよ。」
俺が立ち上がろうとしたその時、湊が俺の制服の裾を掴んだ。
頬をぽりぽりと掻きながら、
「今日一緒に帰ってくんね?遠回りして帰りたい。」
「え?」
「最近ずっと親同士がケンカしてて。家に帰りたくないって思ったら、我慢しきれなくなっちゃって…。」
「それは大変だな…。でも、俺でいいの?イツメンの岡田とか山崎じゃなくて?」
「こんなこと話せない。急にこんな話したら、絶対心配かける。」
「そっか…。」
「委員長には、泣いてるとこ見られちゃったし…。それはその、心配かけて申し訳ないけど…。」
俺たちは、その日一緒に帰った。
遠回りをして、河川敷を歩きながら、溜め込んでいたものを一気に吐き出すように、湊はたくさん話してくれた。
転校してきて、環境がガラッと変わって。
それだけでも十分大変だっただろう。
学校で授業を受けて、放課後はバレーをして。
バレーが終わったら、塾に行って…。
さすがにしんどくなってきたらしく、母親にちょっと塾に行く回数を減らしたいと相談をしたという。
母親は、いいよと言ってくれたらしいけれど、その夜、母親が父親と言い争っているのを聞いてしまったんだって。
湊の将来のことを考えたら、塾を減らすなんてありえないという父親と、自分の転勤で湊に負担をかけているくせに、湊の気持ちには向き合ってやれないのかという母親。
そこから、そもそも湊を転勤に連れ回すのはどうかと思っていたとか、あなたは仕事ばっかりで、子供のことを何も知らないじゃないとか、そんな話にまで飛び火して。
さすがに湊の前ではケンカしないらしいけれど、それでもなんとなく家庭の空気は良くなくて。
自分のせいで両親の仲を壊してしまった。
自分がいなければ、2人はケンカをせずに済んだのかな。
しんどいのに、誰にもしんどいって言えない。
湊は、そんな苦しみを抱えていたらしい。
それまで湊とは、あまり話したことがなかった。
完璧だと思っていた湊のイメージが、バラバラと崩れていく。
家では色々あっても、学校ではみんなに心配をかけたくない。
家に居場所がなくて、学校でも居場所がなくなるのが怖いから、弱みを見せられなくなっているのかもしれない。
「完璧な湊」であり続けなきゃいけない。
なんでもできて、人生で苦労なんてしたことがないんだろうな。
湊のことをそんな風に思っていた自分が恥ずかしくなった。
それから俺と湊はよく話すようになった。
はじめは湊を放っておけないという気持ちのほうが強かった。
誰にも言えない悩みを聞いて、少しでも気持ちが軽くなったらいいなって。
でも、思った以上に湊は俺と過ごしたかったらしく。
「陽向、理科室一緒に行かね?」
「俺と?」
「うん、陽向と一緒に行きたい。」
一緒に登校するようになって、移動教室も一緒に行くようになって。
休み時間もなぜか俺の隣にいるのが当たり前になって。
いつの間にか「夏目くん」「委員長」じゃなくて、名前呼びに変わっていた。
バレーの試合を観に来てほしいって言うし、部活が休みの日に一緒に遊びたいって言ってくるし。
家で一緒にゲームをして、勉強を教えてもらって。
湊はピーマンが苦手とか、ジェットコースターに乗れないとか、意外な一面も知った。
なんだ湊、ちゃんと人間じゃん。
いつの間にか、なんでも話せて、いろんな気持ちを共有できる親友になっていた。
湊は俺のことをよく肯定してくれた。
「陽向って、人のことによく気づけるよな」
「陽向の明るさに、いつも元気をもらってる」
「今のクラスの雰囲気、陽向がつくってくれてるよな。頼もしい学級委員長!」
「陽向の部活が地区大会で優勝したの、陽向のサポートのおかげでしょ。バレー部にもお前みたいなマネージャーが欲しい」
俺は自分のこと、何にもない人間だと思っていた。
でも湊は、そんな俺のいいところをたくさん見つけて、言葉にしてくれた。
自分にも、人の役に立てている何かがあるのかもしれない。
もっと素直に自分のことを認めてあげればいいんだと思えた。
あっという間に3年間が過ぎていった。
振り返れば、思い出のほとんどが、湊で染まっている。
卒業式が終わり、湊が引っ越しをする前夜、湊は俺の家に遊びに来た。
「俺、陽向のこと、絶対に忘れない。陽向に出会えてなかったら、きっと壊れてた。俺を見つけてくれてありがとう。陽向だけが、俺の特別。」
俺の部屋で、湊は俺を後ろからそっと抱きしめた。
あのとき、背中から伝わる鼓動が早かった気がするのは、気のせいだったんだろうか。
湊は親の転勤で引っ越してきて、俺と同じ学校になり、クラスも同じになった。
別に最初から仲が良かったわけじゃない。
席が近かったわけではないし、部活も違った。
湊は、バレーがうまくて、長身で、イケメンで、勉強もできる。
そのうえ人当たりも良いから、すぐにクラスの人気者になった。
対して俺は。
入っている部活では補欠で、実質マネージャーのような役割をしていた。
勉強もついていけなくなっていて、授業中に眠くなることもしばしば。
クラスメイトからの推薦で学級委員長なんてやっていたけれど、俺がそんな重荷背負っていいのかなってどこかで思っていた。
俺は湊が羨ましかった。
なんでも器用にできて、モテて、こんな完璧な人間がいるんだって。
こういう奴が、学級委員長をやればいいのに。
そんなある日の放課後。
全員分の部活ノートを職員室まで運び、教室に帰ろうと階段に差しかかったときだった。
屋上の扉が半開きになっているのが見えた。
いつも閉まっている扉がなぜか開いている。
屋上は立ち入り禁止だが、気になって階段をそろそろと昇り、ドアの隙間を覗いた。
するとそこには、ジュルジュルと鼻水を啜りながら練習着のまま、体育座りで泣いている湊の姿があった。
あの湊が泣いている…?
頭をぶん殴られたような衝撃を受けて、一瞬固まった。
けれど、クラスメイトが困っていたら声をかけるのが学級委員長の役割だろう。
気がついたときには、ドアの向こう側にいて、湊の後ろに立っていた。
「夏目くん?」
「グスッ…。イインヂョウ…。(委員長)」
無理して話してほしいわけじゃない。
俺は「大丈夫?」と湊の背中をさすり続けた。
どれくらいの時間が経っただろう。
完全下校10分前の放送が流れた頃、湊はようやく泣き止んだ。
「ありがとう…。」
「ううん、俺一応、学級委員長だし。クラスのやつが泣いてるの放っておけるかよ。何かあった?」
湊は、視線を逸らして、少し黙った。
「別に話したくなかったら、話さなくてもいいよ。」
俺が立ち上がろうとしたその時、湊が俺の制服の裾を掴んだ。
頬をぽりぽりと掻きながら、
「今日一緒に帰ってくんね?遠回りして帰りたい。」
「え?」
「最近ずっと親同士がケンカしてて。家に帰りたくないって思ったら、我慢しきれなくなっちゃって…。」
「それは大変だな…。でも、俺でいいの?イツメンの岡田とか山崎じゃなくて?」
「こんなこと話せない。急にこんな話したら、絶対心配かける。」
「そっか…。」
「委員長には、泣いてるとこ見られちゃったし…。それはその、心配かけて申し訳ないけど…。」
俺たちは、その日一緒に帰った。
遠回りをして、河川敷を歩きながら、溜め込んでいたものを一気に吐き出すように、湊はたくさん話してくれた。
転校してきて、環境がガラッと変わって。
それだけでも十分大変だっただろう。
学校で授業を受けて、放課後はバレーをして。
バレーが終わったら、塾に行って…。
さすがにしんどくなってきたらしく、母親にちょっと塾に行く回数を減らしたいと相談をしたという。
母親は、いいよと言ってくれたらしいけれど、その夜、母親が父親と言い争っているのを聞いてしまったんだって。
湊の将来のことを考えたら、塾を減らすなんてありえないという父親と、自分の転勤で湊に負担をかけているくせに、湊の気持ちには向き合ってやれないのかという母親。
そこから、そもそも湊を転勤に連れ回すのはどうかと思っていたとか、あなたは仕事ばっかりで、子供のことを何も知らないじゃないとか、そんな話にまで飛び火して。
さすがに湊の前ではケンカしないらしいけれど、それでもなんとなく家庭の空気は良くなくて。
自分のせいで両親の仲を壊してしまった。
自分がいなければ、2人はケンカをせずに済んだのかな。
しんどいのに、誰にもしんどいって言えない。
湊は、そんな苦しみを抱えていたらしい。
それまで湊とは、あまり話したことがなかった。
完璧だと思っていた湊のイメージが、バラバラと崩れていく。
家では色々あっても、学校ではみんなに心配をかけたくない。
家に居場所がなくて、学校でも居場所がなくなるのが怖いから、弱みを見せられなくなっているのかもしれない。
「完璧な湊」であり続けなきゃいけない。
なんでもできて、人生で苦労なんてしたことがないんだろうな。
湊のことをそんな風に思っていた自分が恥ずかしくなった。
それから俺と湊はよく話すようになった。
はじめは湊を放っておけないという気持ちのほうが強かった。
誰にも言えない悩みを聞いて、少しでも気持ちが軽くなったらいいなって。
でも、思った以上に湊は俺と過ごしたかったらしく。
「陽向、理科室一緒に行かね?」
「俺と?」
「うん、陽向と一緒に行きたい。」
一緒に登校するようになって、移動教室も一緒に行くようになって。
休み時間もなぜか俺の隣にいるのが当たり前になって。
いつの間にか「夏目くん」「委員長」じゃなくて、名前呼びに変わっていた。
バレーの試合を観に来てほしいって言うし、部活が休みの日に一緒に遊びたいって言ってくるし。
家で一緒にゲームをして、勉強を教えてもらって。
湊はピーマンが苦手とか、ジェットコースターに乗れないとか、意外な一面も知った。
なんだ湊、ちゃんと人間じゃん。
いつの間にか、なんでも話せて、いろんな気持ちを共有できる親友になっていた。
湊は俺のことをよく肯定してくれた。
「陽向って、人のことによく気づけるよな」
「陽向の明るさに、いつも元気をもらってる」
「今のクラスの雰囲気、陽向がつくってくれてるよな。頼もしい学級委員長!」
「陽向の部活が地区大会で優勝したの、陽向のサポートのおかげでしょ。バレー部にもお前みたいなマネージャーが欲しい」
俺は自分のこと、何にもない人間だと思っていた。
でも湊は、そんな俺のいいところをたくさん見つけて、言葉にしてくれた。
自分にも、人の役に立てている何かがあるのかもしれない。
もっと素直に自分のことを認めてあげればいいんだと思えた。
あっという間に3年間が過ぎていった。
振り返れば、思い出のほとんどが、湊で染まっている。
卒業式が終わり、湊が引っ越しをする前夜、湊は俺の家に遊びに来た。
「俺、陽向のこと、絶対に忘れない。陽向に出会えてなかったら、きっと壊れてた。俺を見つけてくれてありがとう。陽向だけが、俺の特別。」
俺の部屋で、湊は俺を後ろからそっと抱きしめた。
あのとき、背中から伝わる鼓動が早かった気がするのは、気のせいだったんだろうか。
