親友と3年ぶりに再会しました

「ブー!ブー!ブー!」
アラームが鳴る。俺は開かない目をこすりながら、手を空中で振り回す。

「ガタン!」
ベッドに置いていたスマホが、床に落ちる音がする。
こうなったら仕方がない。
俺は体に力を入れて目を開け、スマホを拾い上げてアラームを止める。

ふう。と一息ついて、ベッドに座る。
朝はあんまり得意じゃない。

スマホに目を戻すと、メッセージが届いていた。
「今日からバイト頑張れよ!」とエーイチ。
「バイトファイト!女子生徒に連絡先聞かれても教えるんじゃねーぞ。」とタクヤ。

教えるわけねーだろと思いながら、フッと笑ってしまう。
そもそも連絡先なんて聞かれないと思うし。

俺は狭いキッチンへ行き、冷蔵庫を開けて、朝ご飯をつくりはじめる。
目玉焼きと白米と、鮭。
自分で言うのもなんだが、大学生とは思えないほど、健康的な食事だと思う。

俺は、母親からご飯はしっかり食べろと、口うるさく言われてきた。
うるさいなと思うときはあったけれど、今の自分がいるのは、親のおかげだと思う。
父親からは、勉強はちゃんとしろとか、友達は大事にしろとか。
学校で教わるようなことだけど、俺はそれをちゃんと守ってきたつもりだ。
あんまり意識することはないけれど、そのおかげで生きるための基本が身についているな、と思う。
ありがとう、なんてまだ恥ずかしくて言えないけれど。

朝ご飯を食べ、「ごちそうさまでした」と手を合わせてから、エーイチとタクヤに返信をする。
画面の時間を確認すると、9時だった。
歯を磨いて、Yシャツに着替える。
家に鍵をかけて、自転車にまたがる。

塾バイトの面接は、塾長先生との面談と、簡単な実力テストで終わり、後日採用の電話をもらった。
塾長先生は、30代くらいの女性で、普段子供と関わっているからか、話しやすかった。
今日の空は、梅雨明けらしい快晴で、ペダルをこぎながら、新鮮な夏の空気を胸いっぱいに吸い込む。
塾まではここから自転車で10分ほど。
楽しみなような、不安なような。
どんな子たちと出会えるんだろうと、やっぱり楽しみな気持ちが大きい気がした。

塾の青い看板が見えてきて、講師用の駐輪場に自転車を止めようとすると、もう一台自転車が止まっていることに気がつく。
塾長先生は車だから、誰の自転車だろう?と首を傾げる。
今日来る生徒は4人だと聞いていたから、別のバイトの人だろうか。

そんな話は聞いていなかったけれど、「バイト友達」というワードが頭の中に浮かぶ。
なんとなく憧れていたものだ。大学生らしくていいじゃんと、余計に心がはずむ。
いやいや、先輩かもしれないし、そもそも学生かもわかんないし、と落ち着かせる。

せわしなく気持ちが動くなか、俺は塾の扉を開ける。
「おはようございます!」
「あ、おはよう。結城(ゆうき)先生。今日からよろしくね。」
塾長先生が、デスク越しに挨拶をしてくれる。
塾の中では、「先生」呼びするのがルールになっている。

「はい、よろしくお願いします。」
「あ、そういえば。今日から結城先生と同じく、バイトに入ってくれた子がいるんだ。」
「え?」
「今トイレに行っちゃってるけど。戻ってきたら紹介するね。結城先生と同じ大学1年生だよ。」
「本当ですか?それは嬉しいです。」

同じ学年だと聞いて、期待が膨らむ。
ひょっとしたら、仲良くなれるかもしれない。
落ち着かず、キョロキョロとしていると、ガチャッと、トイレのドアが開いた。
出てきた人を見て、俺は目を見開いた。

「み、湊!?」
声が大きくなってしまい、慌てて手で口を塞ぐ。
「あ…。お、おう。久しぶりだな、陽向。」
一瞬、湊の目線が泳いだ。
だがすぐに俺と目を合わせ、笑顔を作る。
相変わらず、えくぼが愛らしい。
だけど、どこかたどたどしい。中学のときずっと一緒にいたのだから、それくらいは見て分かってしまう。

どうしてここに、と聞こうとしたが、先に塾長先生が話しかけてきた。
「あら、ふたりとも知り合い?なら紹介する必要ないかもしれないけれど、こちら夏目(なつめ)先生ね。あと、塾の中では生徒もいるから、下の名前じゃなくて、お互い結城先生、夏目先生って呼んでね。」
「「わかりました。」」
「でも良かった。2人とも初めてのバイトでしょ?これからお互い助け合って、働けるといいね。」

そのとき、ドアがガラッと開き、「おはようございま〜す」と、「南高」と書いてあるバッグを背負った男の子が入ってくる。
ここから徒歩数分のところにある高校だ。
今日は土曜日だから、塾で勉強した後、部活に行くのだろうか。

ここは個別指導の塾で、事前に自分が担当する生徒の名前は聞いている。
その男の子が靴を脱いで、自分のネームプレートを裏返すと、自分の担当する生徒だということが分かった。

「おはよう。今日君の先生をします、結城です。よろしくね。」
「あ、よろしくお願いします…」
少し男の子の声のトーンが下がった気がする。
いつも通っている塾に突然現れた新人先生に、少し緊張しているようだ。
でも、自分も高校のとき同じ部活だったとか、カバンについているキャラクターが俺も好きだとか話しているうちに、すっかり仲良くなった。

俺は今日、2人の生徒を受け持った。
それぞれ塾のテキストを見ながら、問題を解きすすめていく。
わからないところがあれば、質問してくるし、こちらも困っていそうだったら声をかけてみる。

近くで別の生徒を担当している湊も、笑顔で2人に教えているようだ。
湊の教え方は、本当に上手い。
同じ問題でも、生徒によって教え方を変えることができる。
今日初めて会った生徒なのに、すごいなと思う。

初日ということもあり、俺たちのバイトは昼過ぎで終わった。
「2人とも、お疲れ様。疲れたでしょ?はい、これどうぞ。」
塾長先生が、ペットボトルのジュースを差し出してくれた。
りんごのすっきりした甘みで疲れを癒やしながら、日報を書く。

今日どこまでテキストが進んだとか、生徒の様子はどうだったとか。
ふと目線を上げると、机の向かい側に座っている湊が、びっしりと文字を埋めていた。
ああそうか、こいつ教育学部棟を歩いていたから、きっと教育学部なんだろう。
先生になりたいのかな。
先生になりたいから、塾講師のバイトに?

いや、でも中学のときの湊って、勉強はできたけど、そんなこと言っていたっけ?
そういえば俺が勉強を好きになったきっかけは、湊に勉強を教えてもらったからだ。
中学のとき、勉強についていけなくなりそうだった俺に、休みの日につきっきりで教えてくれたんだっけ。
湊は教えるのが本当にうまくて、俺は勉強することの楽しさを知ることができた。
だから高校では勉強を頑張って、今の大学に入れた。

勉強の楽しさを、勉強が苦手な子に知って欲しい。
俺が塾講師のバイトをはじめようと思ったきっかけの1つでもある。

そういえば、今もまだバレーをやっているんだろうか。
なんでこの大学に入ろうと思ったのか。
あんなに仲が良かったのに、俺の知らない湊の3年間がある。
それは、やっぱりちょっと寂しかった。

塾長先生に見送られ、俺たちは、無言のまま前後に並ぶような形で駐輪場へ向かう。
なんて声をかけたらいいんだろう。
というか声をかけるべきなんだろうか。 
胸にモヤモヤが渦巻きはじめた頃、湊が振り返って口を開いた。

「陽向、ほんとにごめんな。急に連絡先消したりして。俺、あのとき、いろいろおかしくて。うまく言えないけど、本当におかしかったんだ。」
湊は、最初は俺の方をまっすぐ見ていたけれど、だんだんと目線が地面に落ちていく。
頬をぽりぽりと人差し指で掻いている。

何か言いづらいことがある時の湊だ。
それっきり、微妙な無言の時間が流れる。
湊がメッセージアプリを消したのには、それなりの理由があったはずだ。
こんなところで突然再会して、いきなり理由を説明しろというほうが難しいだろう。

「ふふっ。別に今無理して言わなくてもいいよ!
湊には湊の事情があったんだろ。湊が話したい時が来たら、ゆっくり話してくれればいいからさ。じゃあまたな!」

俺は湊に手を振って、自転車のところまで早足で向かう。
そのままガチャっと鍵を回すと、サドルにまたがり、勢いよくペダルをこぎだす。
後ろから、待ってという声が聞こえたような気がするけれど、たぶん気のせいだろう。
本当はすごく聞きたい。けれど、理由を聞いてしまったら、大事なものが壊れてしまうような気がする。
心の準備もしないまま、それを聞くのはとても怖かった。