親友と3年ぶりに再会しました

「はい、じゃあ今日はここまでにします。レポート提出は今週の水曜日が締切です。忘れずに提出してくださいね。」
教授の声が、講義室に響き渡る。

「はー…。レポートかぁ。まだ全然書いてねーよ。まじだりぃ。陽向(ひなた)ぁ、レポート終わったぁ?」
俺の左隣に座っているタクヤが俺の肩に手を回して話しかけてくる。

「俺はあとちょっとかな。このあとカフェでやろうかなと思ってる。」
「さすがだなぁ、陽向は。そういうとこ、まじで陽向らしい。」
「いやいや、俺、一夜漬けとか無理なタイプだから。逆にタクヤみたいに、一気に集中して仕上げるところ、すごいと思うよ?」
タクヤが少し照れたように俺の肩をゆすり、俺の体から手を離す。

「あ、エーイチ!ペン貸してくれてありがとう。助かった!」
俺は、右隣に座っているエーイチにペンを差し出して返す。

「おう全然よ。陽向が忘れ物するなんて珍しいな。」
「今日、ペンケースに入れたつもりだったんだけど。昨日バイトの履歴書書いてて、机に置いたまま、ペンケースに入れるの忘れてた。」

「「え、バイトはじめんの?」」
タクヤとエーイチの声が重なる。

「うん、俺もそろそろ始めようかなと思って。」
「え、どこでバイトすんの?」とエーイチ。
「陽向は、やっぱり居酒屋だろ?明るいし、愛想も良いし、そんな顔で料理持ってこられたら、俺ファンになっちゃうよぉ!」
タクヤが手でハートマークを作りながら、ウインクしてくる。

エーイチが「なんだこいつ」みたいな顔をしてタクヤを見ている。
俺は苦笑いをしながら、「塾講師。」と答える。

「「塾講師?!」」
また二人の声が重なる。

「うん、俺、人に教えるの好きだし、時給も高いし、やってみようかな。」
「あー、確かに陽向は向いてるかもな。お前の説明わかりやすいしさ、生徒の悩みとか聞いてあげられそうじゃん?」
納得したように、うなずきながらエーイチが言う。
エーイチは、性格は真面目だが、野球部なので、骨格はガッシリしており、独特の存在感がある。

「ギャハハ。それで、高校生に手ぇ出したりすんなよ?」
タクヤが俺の腕をツンツンしながら笑っている。
「しねーわ、バカ!」
タクヤの言葉を軽く受け流す。

タクヤは、茶髪でお調子者。
背は俺と同じくらいで170cmちょっとあって、女子からよく声をかけられている。

俺はこの2人と、入学したときのオリエンテーションでたまたま隣の席になって、仲良くなった。
経済学部経営学科。学部も学科も一緒だし、ほとんど講義もかぶっている。
一緒に講義を受けるだけじゃなくて、昼飯も一緒に食うし、家に帰って一緒にゲームをしたり、そのままお泊まり会をしたりすることもある。

大学は県庁所在地から離れた場所にあり、周りにはほとんど何もなく、緑に囲まれているだけあって、実家から通ってくる人は少ない。
よって3人とも一人暮らし。
一緒にいる時間が長いだけあって、入学して3ヶ月しか経っていないのに、もうずっと昔から友達だったような感覚になっている。

講義室の外を見ると、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空が広がっている。
「なんか雨降り出しそうだな?俺この後の練習、雨降ったらまじだるいんだけど。」とエーイチがため息をつきながら立ち上がる。
「俺はこの後、宅配が来るから家に帰らなきゃ。」とタクヤも立ち上がる。

講義室の前で「またな」と2人に軽く手を振って別れた後、俺は大学内のカフェに向かう。
経済学部棟からカフェまでは、教育学部棟と理学部の前を通らなければならず、少し遠い。
ポツポツと雨が落ちてきて、俺は少し足を速める。

そのとき、ピカッと空が光り、「ドドーン!」と雷の音が轟く。
俺は反射的に近くにあった駐輪場に避難した。
雷は苦手だ。自分に落ちてきたらどうしよう、とか思ってしまう。

少し震えながら、雷が止むのを待っていると、遠くの渡り廊下に、見慣れた顔を見つけた。
「ん…?(みなと)…?!」
思わず叫びそうになって、慌てて手で口を塞ぐ。

長身で、イケメンで、髪が左側できれいに分けられている。
そして、顔が小さく、目は細めだが、黒い瞳は人を惹きつけるほどきれいだ。
何より、笑ったときのえくぼが特徴的。

何度見てもあれは湊だ。
友達と一緒なのかな。笑いながら建物へと入っていく。

同じ大学だったことにもびっくりしたが、大学生になってからおしゃれに磨きがかかっていて、とても大人っぽく見えた。
俺と湊は、中学の時の同級生だ。
3年間同じクラスで、何でも話せる仲だった。

湊は、バレー部に入っていて、スポーツ万能。勉強もできて、中学では校内で一番モテていたと思う。
湊は、中学卒業と同時に、親の転勤で他県に行ってしまったので、高校は別々になってしまった。
高校1年の夏くらいまではメッセージアプリで連絡を取り、電話もたまにしていたけれど、ある日突然、何の連絡もなくメッセージアプリのアカウントが消えていた。

【湊が退室しました】

その文字を見たときの衝撃は忘れられない。
また新しくアカウントを作るかと思っていたけど、特に連絡が来ることはなかった。

俺自身も忙しい高校生活を送っていたし、心配はしていたけれど、あまり触れちゃいけないのかなと思って、今日までこちらから湊のことを探すこともなかった。
そんな湊が教育学部棟の渡り廊下を歩いている?

驚きだったけれど、ほっとした気持ちの方が大きかった。
ちゃんと生きてたんだ。楽しそうにしてんじゃん。笑顔を見ただけで、そんな気持ちが湧き上がってくる。
胸の奥が熱くなった。

けど、不思議と声をかけようという気持ちにはならなかった。声をかけたいけれども。
なんか自分が入っちゃいけない領域な気がする。湊は今を楽しそうに生きている。
何があったのか知らないけれど、メッセージアプリを消したのには、何か理由があったのだろう。

俺自身は今も湊のことを大切な友達だと思ってるけれども、向こうは過去のことを切り離したいのかもしれない。
湊が大事だからこそ、そんな湊の考えは尊重したい。
向こうから声をかけられることがあるのだとしたら、その時まで俺は待っていようと思う。

雨が強くなってきて、渡り廊下が見えなくなってくる。
これは夢なんだろうか。そんな錯覚さえしてしまう。
嬉しいけれど、ちょっと喉がツンとするような感覚を覚えながら、俺は雨が止むのを待っていた。