死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜



 
 
 小春が打ち水をすると、湿った土の香りがふわりと広がった。

 緑の木々に遮られた縁側には、涼しい木陰が落ちている。そこに朔夜が腰を下ろし、静かに空を見上げていた。

 手桶と柄杓を片付けた小春は、その隣へそっと腰を下ろした。

 二人の脇には水を張ったタライが置かれ、その中で冷やされたラムネ瓶が、吹き込む風に揺れて小さく音を立てた。

 風鈴が、ちりんと涼やかに鳴る。

 遠くではヒグラシの声がかすかに響いていた。

「夕立が来そうだ」

 朔夜がぽつりと呟く。

 小春もつられるように空を見上げた。

「今日は……雲が少し低いですね」

 朔夜は目を伏せ、ふっと息を漏らす。

「……嵐、か」

 どこか含みのある言い方に、小春は首を傾げた。だが、その視線はすぐタライのラムネへ向かう。

「朔夜様、ラムネを飲みましょう」

 小春は水から引き上げた瓶の水滴を布で拭き取り、朔夜へ差し出した。

「ああ」

 朔夜は受け取ると、慣れた手つきで栓を抜く。
 ぽんと小気味よい音が鳴った。
 だがそのまま自分では飲まず、小春へ差し出す。

「え? これは……朔夜様の分です」

「……俺は開けるのは得意だからな。受け取れ」

 そう言って、さらに瓶を小春の手元へ寄せた。
 小春は思わず笑みをこぼす。

「お優しいですね……ありがとうございます」

 受け取ろうとした瞬間、指先がそっと触れ合った。
 小春は思わず朔夜と顔を見合わせ、くすりと笑う。
 朔夜も自分の分のラムネを開けた。

 瓶の表面には、すぐに細かな水滴が浮かび上がっていく。

 二人は同時に一口飲んだ。

 しゅわりと弾ける炭酸に思わず目を細める。爽やかな刺激のあと、やわらかな甘みが舌の上に広がった。

 小春はその味を確かめるように、隣にいる朔夜の横顔を見つめる。

「やっぱり、美味しいですね」

「小春のラムネの再現度は、なかなかだな」

 朔夜が静かに目を細める。

「初めてラムネを飲んだのも……朔夜様と一緒でした」

「あの頃は、まだここまで暑くはなかったな」

 ぬるい風が二人の間を通り抜けた。

(あの頃は、ただ隣にいたかった)

 小春は瓶についた水滴を指先でなぞる。

「……なんだか」

「なんだ」

 朔夜がもう一口飲み、小さく息を吐く。

 その横顔を見つめながら、小春はそっと言った。

「季節を一緒に感じているんだなって……不思議に思えて」

 一瞬だけ朔夜の手が止まった。
 そして、静かにラムネ瓶へ視線を落とす。

「……そうだな。一人では季節の移り変わりにも気が付かない」

 その声は穏やかだった。
 小春の胸が、じんわりと温かくなる。

「では次は、秋の気配ですね。どちらが先に見つけられますかね」

 小春が笑うと、朔夜は間を置かず答えた。

「同時だろ」

 小春は目を丸くしたあと、ゆっくり瞬きをする。

(ずっと一緒ってこと……)

 頬が自然と緩んだ。