「一口、噛んでください……そうすればすぐに溶け出しますから!」
縋る思いで懇願するが、朔夜は微動だにしない。
「お願いです……戻ってきてください!」
── 必要なのは君だ。小春!
榊の言葉が再び蘇る。
「必要なのは……菓子だけじゃない。私も……」
ああ、わかった。
指先に、もう迷いはなかった。
ラムネを一粒摘むと、朔夜をまっすぐ見つめた。
「何度でも、私は朔夜様を人間に戻します」
(怖くないわけじゃない)
それでも、朔夜を失う未来だけは選べなかった。
小春は桜ラムネを優しく唇に含んだ。
細い腕が朔夜の首元にかかる。
泥だらけの足で、精一杯、背伸びをする。
冷え切った朔夜の唇に自分の唇を重ねた。
小春の温かな唇が触れた瞬間、朔夜の身体はびくりと震えた。
その微かな隙間から、小春は舌先で『カリン』と砕いた桜のラムネを滑り込ませた。
(弾けて!)
小春はそっと唇を離した。すると、砕けたラムネの気泡が朔夜の口の中でぱちぱちと弾けた。
朔夜の目が一気に色を取り戻す。
その唇がかすかに震えた。
「……小春」
低く、しかし確かに愛おしそうに紡がれた声。
──次の瞬間。
帝都を覆っていた分厚い瘴気の黒雲が、ガラス細工のように音を立てて砕け散った。
