死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 小春は御神影の家のすぐ近くまでやってきた。

「精霊さん、朔夜様は⁈」
 何も返らない。胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように痛んだ。急に息が苦しくなる。

(怖い!)
「お願いっ、誰か応えて!」

 取り乱した小春が叫ぶ。すると、すっと全身から血の気が引いた。足裏の感覚が消え、膝から力が抜けそうになる。咄嗟に生垣に手をついて立ち止まる。同時に、猛烈な眠気に襲われる。

「なっ……いやだ……」

 手先がやけに冷えている。白く血の通わない爪が見えると、急に息が吸えなくなる。
(息が乱れる……しっかりしないと!)

 しかし膝の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。土の冷たさが心地よくて、そのまま沈み込みたくなる。

(……早く……行かないと)

 指先は土を懸命に掻くが意識はすっと遠のいていく。瞼は閉じ、ついに顔は地面についてしまった。
 その時だった。
 小春の頭の中にあの声が届いた。

『小春! 早く来て!』

 かろうじて繋がる意識が、闇の淵から小春を呼び戻す。
「……榊さん……?」
『朔夜様には君が必要だ!』
「どうして……?」
『小春が離れて……朔夜様の心に隙間が出来てしまった!』
(っ!)

『瘴気は、きっとそこに付け込む!』
「そんなっ……」
『必要なのは……ラムネじゃ……ない』
(……え?)

 榊の声が途切れる。
 その言葉だけが小春の胸に残った。

(朔夜様が……危ない)

 しかし世界が白く霞み、少しでも油断したらその場で意識を失いそうだった。

(……行かないと) 

 力を振り絞り顔を上げた。それなのに、瞼が勝手に閉じそうになる。
 小春は震える瞼を細く開けると、道に転がる小石が目に入る。這うように腕を伸ばし小石を拾う。そして、思いきり掌で握りしめた。石の尖った角が、柔らかな小春の肉に食い込む。小春の呼吸は止まっていた。

「いたっ……!」

 顔面が歪んでもその手は緩まない。

(これがなんだって言うの。朔夜様は、もっと苦しいものを一人で抱えている!)

 いっそう力を込めた掌からは、じわりと温かい血が滲んだ。はっとして掌を広げると、そこには血がべっとりと染みついた石があった。その鮮やかな赤が小春の意識を無理やり現実へ引き戻す。

「……行かなきゃ」

 小春はゆっくり肩で呼吸を整えた。

(一秒でも早く!)

 腕に力を込め、壁を伝うように立ち上がった。
 向かう道の先を見据え、再び足は歩みを始めた。

「必ず、おそばに参ります」

 もう二度と、あの人を一人にはしないために。