死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




「御神影家から救援要請です! 奥の院の結界が崩壊した模様です!」

 報告書に落としていた視線を、九条は弾かれたように上げた。次の瞬間には、手から報告書を放り窓際に駆け寄った。
 確認する方向は承知していた。その視線は迷わない。

「黒い……雲? 違う、瘴気だっ!」
 振り返ると同時に、九条は椅子に掛けていた上着をひったくる。 

「鎮定局員、総動員招集!」

 部下たちは統制の取れた軍隊の如く動いた。
 九条は上官の部屋へと駆け込む。ノックなしに乱暴にドアを開くと、開口一番に叫んだ。

「失礼! 奥の院の結界が崩れました。住民を安全な場所へ移動させてください!」

 上官の返事を待たずに、九条はドアノブから手を離した。そして廊下を疾走する。その顔は酷く青白い。しかし、そこには迷いは一切なかった。
 部下が待ち構える馬車へと飛び乗り、部下へ言い放った。

「すでに瘴気は漏れ出している。御神影一人では時間の問題だ。到着次第、すぐに固定を始める!」
 部下たちの喉が鳴る。
「出せ!」
 馬のいななきと共に、鎮定局員を乗せた馬車が走り始めた。

(御神影、持ち堪えろ!)

 早いはずの馬がスローモーションに見える。奥歯を噛み締め、叫びたい衝動を押し込める。
 九条は自らを落ち着かせようと、いつも通り黒革の手袋を嵌める。
 窓から見える瘴気は、すでに渦を巻き始めている。馬車の揺れに合わせ窓の外の瘴気が不気味に蠢く。
 九条は無意識に、手袋の革をきつく引いた。
 その視線はただ一点──御神影家だけを射抜いていた。

「ついに、きた」

 九条は低く呟いた。
 誰もが先送りにしてきた終わりが。