死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 小春が巨大な瘴気を見つける、少し前のこと。

「志乃さん、今やるべきことではないでしょう!」
 鷹宮の困惑した声が庭先で響く。
 その声に構わず、志乃は葡萄酒を蔵から運び出していた。
「朔夜様も飲まれる大事なお酒です! 安全な場所に移します!」
 数本を抱え、よたよたと蔵を出る。慎重に歩く志乃の目が榊の葉に留まった。
「あら? 枯れているわ」
 顔を近づけ、目を細める。
「榊はそう簡単に枯れる植物ではないのに……。はっ」
 志乃は奥の院の森を見上げる。いつもと変わらない濃緑の葉は、不自然なほど静止している。肌にまとわりつく湿気が、じっとりと冷たかった。
(私は何を見ているのかしら)
 一度、目を閉じてからゆっくりと開き、再び森を見た。すると、水が染み込むように、緑の葉がゆっくりと茶色へ変色していく。同時に、陽炎のように周囲の空気が揺らぐのがわかった。
「たっ、鷹宮さんっ! 森がおかしいわ!」
 志乃の怯える声で鷹宮が森へ振り返る。同じようにしばらく睨みつけるように見つめていたが、次の瞬間、その身体をビクッと震わせた。
「しょ、瘴気が漏れている! 志乃さん、逃げて!」
 志乃は葡萄酒を抱えながら、必死の形相で敷地外に向かって走った。
 鷹宮は叫びながら朔夜の元へ向かった。


 部屋の中央には、白狩衣に身を整えた朔夜が胡座をかき、深く精神を統一していた。
 神経を集中させていた耳が、微かに空気が割れたような音を拾う。ふっと目を開け、奥の院の方角を凝視する。ぎぎぎ、と何かがゆっくりと軋み、ひび割れていく気配がした。その瞬間、身体にまとわりつく空気が、重く冷えたように感じる。
 片膝を立て、そのまま立ち上がる。

「きた」

 朔夜の声は揺らいでいない。むしろ、待ち構えていたかのように冷静だった。
 一瞬だけ腰に結わえた小春の巾着に視線を落とし、そっと触れる。
 指先に残る温もりが小春を思い出させた。
 次に顔を上げた時には鋭い眼差しに変わっていた。
 踏み出したその足には躊躇も迷いもなかった。

 裏手に続く廊下で鷹宮と鉢合わせる。
「朔夜様! ついに結界が!」
 慌てふためく鷹宮に、朔夜は手を突き出す。
「大丈夫だ。すぐに浄化する」
 その足は止まらない。
「ただいま救援もお呼びしますのでっ!」
 もつれそうなほどの早口。鷹宮は大きく肩で息を繰り返している。
 一直線に奥の院へ歩を進める朔夜は、鷹宮を一瞥する。
「志乃と安全な場所に避難を」
 そう呟いた朔夜に、鷹宮はすぐに返す。
「ご武運を!」
 朔夜は軽く片腕をあげるだけだった。