死神の旦那様は花嫁菓子しか食べられない 〜捨てられた霊草菓子職人は、主神様の唯一の救いになりました〜




 朔夜はそれを指で摘み、宙へ掲げた。
 崩れることなく、しっかりと錠剤になっている小春のラムネ。
 鼻に近づけると、ほのかに桜の香りが鼻腔をくすぐった。

「落ち着くな」

 つい、口から漏れる。急に我に返り、ラムネを巾着に戻して懐にしまった。

(これがあると、妙に温かい)

 小春と離れて、まだ数日も経っていない。それなのに、小春を欲している身体は妙に温度が下がっていた。このラムネから小春の陽だまりのような温もりを分けてもらっている気がした。朔夜はその存在に縋るように、胸元から手を離せなかった。

 その時、嫌な鋭い感覚が胸を貫いた。
 朔夜の目が一瞬で細くなる。
 部屋から奥の院の方角を見据え、耳を研ぎ澄ませた。

(……何かが……蠢き出したか)

 すっと立ち上がると、躊躇せず奥の院へと足を向けた。
 空は雲ひとつない青空だった。だが、なぜか偽物を見せられているようで、朔夜の肌に鳥肌が立つ。

 奥の院の森の入り口に立つと、いつも通りの景色がどこか違っていた。
 鳥が鳴かない。
 結界を張る湧水場の水は流れているのに、耳鳴りのせいで音が聞こえない。 
 風が吹かず、森がまるで静止画のようだった。
 朔夜は目だけを左右に動かす。

(何かが、おかしい)

 いつもなら聞こえるはずの気配がない。
 穢れは本来、もっと濁っている。
 だが今感じるのは異様な静寂だった。

 そこへ鷹宮がやってきた。
「朔夜様、こちらでしたか。明日のお仕事のことでご連絡が入って──」
 朔夜に手で制され、鷹宮は口を閉じた。
「どうなさいましたか?」
 朔夜は視線だけを鷹宮に向ける。
「奥の院が限界を知らせている」
 鷹宮がこれ以上ないほど目を見開き、森を見上げた。
「ど、どういたしましょうか」
「落ち着け。まだ大丈夫だ」
「そ、そうおっしゃいましても……」
 焦る鷹宮に、朔夜は身体を向けた。
「今日は家にいる。何かあればすぐに対応できる。だが、気は抜くな」
「は、はい。承知しました」
 その一瞬、湿った冷たい風が吹き抜けた。
「……森はこんなにも静かなのに」
 異変を感じた鷹宮の額に、じんわりと汗が浮かぶ。
 朔夜は森を睨みつけるように見つめ、低く呟いた。

「こちらが油断する隙を狙っている」

 そう言った瞬間、森の奥で何かが笑った気がした。